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2021年7月

サックス四重奏ロンド ト短調 K.511 モーツァルト

サックス四重奏ロンド ト短調 K.511 モーツァルト
Rondo g moll 原調イ短調 6/8
〔作曲〕 1787年3月11日 ウィーン

編成はサックスのソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
ソプラノの最高音はEsになります。アルトの最高音はAsになります。
クラリネット四重奏版、木管四重奏版は別途発売中です。

珍しいモーツァルトの嘆きをコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

サックス四重奏ロンド ト短調 K.511 モーツァルト
Rondo g moll 原調イ短調 6/8
〔作曲〕 1787年3月11日 ウィーン

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参考音源
https://youtu.be/aXpWCLqheIw

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

1787年5月28日、父レオポルト・モーツァルトの死を迎えることになるこの年は、10月28日に『ドン・ジョヴァンニ』が
作曲される意義深い年でもあり、「この年に書いた作品は生涯のどんな時期よりもずっと表現力に富んでいる」と言われています。 
輪舞曲や回旋曲などと訳される「ロンド」は、一つの主要な旋律(A)が、別のいくつかの旋律(BやC)をはさみながら何回か繰り返されるものです。
この曲は「A・B・A・C・A・A」のように構成されています。 
多くは明るく軽やかというのがロンドの性格です。しかしそれに反して、この曲のアンダンテの主題は何かの嘆きを代弁しているかのようです。

モーツァルトはなぜこのようなロンドを書いたのでしょうか。 よく知られているように、父の死を予感している手紙が残されています。
モーツァルトがその頃父に送った手紙には、彼の死生観が述べられていることで有名です。

1787年4月4日
最近のお手紙から、ありがたいことに大層お元気だと推察できたばかりなのに、お父さんが本当に病気だと聞いたので、なおさらがっかりしました。
・・・ 私は何ごとについてもいつも最悪のことを考えるのが習慣になっています。 
死は(厳密に考えて)われわれの一生の真の最終目標なのですから、私は数年この方、人間のこの真の最善の友ととても親しくなって、
その姿が私にとってもう何の恐ろしいものでもなくなり、むしろ多くの安らぎと慰めを与えるものとなっています!
そして、神さまが私に、死がわれわれの真の幸福の鍵だと知る機会を(私の申すことがお分かりになりますね)幸いにも恵んでくださったことを、
ありがたいと思っています。私は、(まだこんなに若いのですが)もしかしたら明日はもうこの世にいないのではないかと、
考えずに床につくことは一度もありません。それでいて、私を知っている人はだれ一人として、私が人との交際で、
不機嫌だったり憂鬱だったりするなどと、言える人はいないでしょう。

モーツァルトがこの曲を作ったのはちょうどこの手紙を書いていた頃なので、この曲の哀調を、死への思いに結び付ける説が多く見られます。
実際、父レオポルトは、この手紙を受け取って2ヵ月後に世を去ります。

そんな思いに乗せて半音階の哀感をたたえた、心に沁みるテーマが切々と奏でられます。リズムもシチリアーノ風で、ゆったりとしています。
原調のイ短調のロンドをはさんで、ヘ長調、そしてイ長調に転調する展開はかなわない思いや不安とやるせなさ、あきらめと希望が、交錯しているようです。
コーダは主題がうめくように揺らぎ、ろうそくの最期の光のように消えていきます。

このロンド主題は、溜息をつきながら進むような半音階進行が見られ、冒頭からこの小品がただものでないことを、すべての聴き手の耳に刻みます。 
単旋律と、伴奏もとても簡素で単純ですが、不思議な含蓄があって、一切の虚飾を排し、限られた音の中にすべてを言い尽くそうとしているかのようです。 
簡素で小さなモティーフは、やがて奥行きのある、複雑でダイナミックな変化を遂げていきます。 
この音楽の不思議さは変幻自在な展開とともに、そのデリケートな味わいと柔らかさから出来上がっています。 
モーツァルト自身が、心の中でしみじみとした対話を行いながらこの名曲を作曲したのではないでしょうか。

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  2021/07/04   animato

金管五重奏 ショパン:前奏曲(プレリュード)第6番、第7番

金管五重奏 ショパン:前奏曲(プレリュード)第6番、第7番
24 Preludes
Frederic Chopin

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、木管四重奏版が別途発売中です。

ショパンの色彩豊かな名曲をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

金管五重奏 ショパン:前奏曲(プレリュード)第6番、第7番
24 Preludes
Frederic Chopin

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、木管四重奏版が別途発売中です。

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参考音源
https://youtu.be/7CaoiYTI3q4

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

フレデリック・ショパン作曲の前奏曲 Prelude は、ピアノのための作品です。
24曲の前奏曲から成る曲集と独立曲2曲の、計26曲から成ります。
24の前奏曲が完成したのは1839年の1月ですが,少なくとも1836年から,一説では1831年から書き始められ,
長きにわたって天才ショパンが推敲に推敲を重ねた完全無欠の作品です。
29才の青年ショパンは,作り物の悲劇のような悲惨な状況にありました。
祖国ポーランドはロシアに占領され,亡命者となったショパンは二度と祖国に足を踏み入れることはできません。
幸福に包まれた幼少時代の家庭をなつかしく思いやりながら,祖国の家族と会うことはできません。
望郷の念にかられながら,同じような幸せな家庭を築こうと求婚したマリアからは婚約を破棄され,理想的な家庭を築く夢は叶いませんでした。
ジョルジュ・サンドと恋仲にはなりましたが,ショパンが理想としていた家庭を築くための伴侶としては,あまりにも先進的で前衛的な女性でした。
サンドのような女性と深い関係になったことは,ワルシャワの家族に秘密にしてしまうような,後ろめたいものでした。
幼少の頃から弱かった身体は肺病に冒され,喀血を繰り返します。
医者からは結核だと診断され,そんな診断は間違いだと思ってはいましたが,心のどこかで,自分は結核なのかもしれないと気づきはじめていたかもしれません(現在では,ショパンはやはり結核を患っていたのだと結論づけられています)。
日光とさわやかな空気に恵まれた南国の楽園を夢見て訪れたマジョルカ島では,雨季が訪れ,天候は大荒れで悲惨な冬となりました。
結核と診断されたことで,滞在先の別荘から,家の消毒代やベッドの焼却と買い替えの代金を請求された上で追い出され,古い空き家のヴァルデモーザ修道院に引っ越すことを余儀なくされます。
村人たちには「男は肺病だそうだ」「あれは夫婦ではないらしい」「女がズボンをはいていた」「女が煙草をふかしていた」などと奇異の目で恐れられ,食料や日用品も普通には売ってもらえません。
作曲に使用しているピアノは借り物の安いピアノで,お気に入りのプレイエルのピアノは税関が法外な関税を要求して足止めをくって届きません。
暴風雨の中,サンドとその子どもたちの帰りを待って一人でいるときなどは,不安と絶望から幻覚と幻聴におそわれて涙します。
肺病に対する島民の迷信的な恐怖は異常になり,彼らはショパンが地獄に落ちる運命であることを信じ,このまま死ぬことがあっても島内に埋葬することは許さぬと脅します。
この島を脱出して文化的な街へ行かなければ,本当に死んでしまいそうなほど病状は悪化していました。
しかし,まずは航海に耐えられるまでに体力が回復しなければ,それは叶いません。
さらに,冬の地中海は時化る危険があります。
ショパンはこのとき,もしかしたらこのまま死ぬのではないかとの予感もあったと思います。
そんな中,やっと届いたプレイエルのピアノのおかげで少し元気が出て,書き溜めていた前奏曲に推敲を繰り返して,大作,前奏曲集Op.28を完成させました。
曲集が完成した後,マジョルカ島を脱してフランスを目指すことになりますが,その道中も悲惨でした。
肺病がうつってしまうからと,村人からは馬車を貸してもらえず,スプリングのない荷車で港までいき,ショパンは酷く喀血してしまいます。
港から船で出港しますが,ここでも結核だからと一番悪いベッドしか与えられず,船室は百頭もブタが積み込まれているデッキにありました。

ショパンは,天性の和声的感覚を持ち,天から授かったような美しい旋律を生み出す天才でした。
それ以上に,ショパンが際立っているのは,納得のいく音楽ができるまで,何度でも推敲を重ねることができる,その完全主義にありました。
神からの啓示を授かる幸運と,受け取った天啓が具現化されるまで徹底的に推敲を重ねることができる完璧主義,
これ以上ないほどの悲劇的な境遇,死の予感,力強いサンドの愛(サンドの介助がなければ作品の完成を前に死んでしまった可能性が高い)
これら奇跡的な出会いによって,この曲集は生まれました。
冬の雨季の僧院の,寒さと雨音。侘びと寂び。美しい諦めの境地を表現しています。
このような曲集を完成させたのが,29才(正確には誕生日直前の28才)であることにも驚きを禁じえません。

●24の前奏曲(プレリュード)作品28より第6番
ロ短調 レント・アッサイ,4分の3拍子。
「彼の天才は自然の不思議な和音に満ちていましたが、それらの和音は、彼の楽想のなかにあるそれと等価値の崇高なもので
置き換えられたものであり、外部の音の単なる模倣の繰り返しではありませんでした。その夜の作曲は雨滴れの音に溢れたものでしたが、
その音は僧院の屋根に音をたてて落ちた雨だれであっても、彼の幻想と歌の中に、心の上に空から落ちる涙によって置き換えられた
雨だれだったのです。」
~ジョルジュ・サンドの回想より~

第4番と対になっており,第6番は,右手伴奏,左手旋律で,逆転しています。また,第1番から続いた「奇数番目は長調の速い曲,偶数番目は短調の遅い曲」という流れが,
いったんここで終了します。第一幕が終幕,といった感じでしょうか。
第4番では,メロディが極限まで簡素化されていましたが,第6番では,左手のメロディが,まるでチェロのように,豊かに歌い上げられます。
しかし,伴奏は,第4番よりもさらに簡素化されています。第4番では”和音”の連打だったのですが,第6番ではさらに簡略化され,

抑揚がつけられ趣のある単音の連打になります。これこそが,僧院の屋根に落ちる雨だれの音です。
凛として静かに奏でられる雨だれの音。ここには”侘び寂び”の心があります。
日本人にとってショパンに親しみを感じる理由は,ショパンの音楽に”侘び寂び”を感じるから,かもしれません。

●24の前奏曲(プレリュード)作品28より第7番

イ長調 アンダンティーノ,4分の3拍子。
第1番より,奇数番号=長調の速い曲,偶数番号=短調の遅い曲,という流れが続いていましたが,第7番は,第6番に続いて遅い曲で,
ここから順番が逆転します(例外はありますが)。第2幕の幕開けといった印象です。
No.7→No.8の2曲を通して,”奇数番号=落ち着いた明るい平穏な長調の曲”,”偶数番号=激しく情熱的な短調の曲”という,
これ以降の曲集の性格付けがされます。
さて,この第7番はテレビのコマーシャルで使われていたこともあり,日本人には馴染み深い曲です。
1分に満たない小品ですが,対旋律が秀逸で,愛らしい優美なマズルカです。
こんなにも少ない音符で,こんなに美しい作品を作ってしまうショパンは流石です。
モンポウがこの曲を主題にして長大な変奏曲を作曲しています。
ショパンの作品には珍しく,後半に非常に大きな和音が出てきます。この和音が大変に美しい響きです。

ショパンの24の前奏曲 作品28より 第7番 イ長調(Frederic F. Chopin - 24 Prelude, Op. 28: No. 7, Andantino in A Major)です。
フレデリック・ショパン(1810-1849) はポーランドの前期ロマン派音楽を代表する作曲家で、ほとんどの作品が素晴らしいピアノの独奏曲です。
有名どころと言えば、 「子犬のワルツ」、「幻想即興曲」、「雨だれ」などなど旋律が美しい曲ばかりです。 

太田胃散の「作品28より 第7番」は人によって弾く速さが違いますが、3拍子の16小節しかない、だいたい30秒?50秒くらいの曲なので
コマーシャル(30秒)にぴったりだったのでしょう。あと「胃腸薬」だから「イ長調」(いちょう)という解釈もできます。
日本人にしかわからないちょっとしたジョークです。 
「イ長調」ってよく考えるとまだ日本の古いの言い方をつかってるんですよね。曲というものには大きく分けて、
音調が明るい「長調」と音調が暗めの「短調」にわかれます。英語では major/minor、ドイツ語では dur/mollといいます。

本来の前奏曲(プレリュード)は前述した通り、規模の大きい楽曲の前に演奏する食事でいう前菜的な位置づけなのですが、
ショパンの前奏曲(プレリュード)はそういう訳ではありません。
ショパンの前奏曲(プレリュード)はバロック音楽時代に活躍したJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集にある前奏曲のように
一対で24の長短に全て対応している作品(バッハ平均律集へのオマージュで24の調性すべてを使った曲集)という意味合になります。

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  2021/07/03   animato

クラリネット四重奏 ガブリエリ :4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番

クラリネット四重奏 ガブリエリ :4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番
(Canzon secunda a 4)C.187(K.C.44)(1608)

編成はCl.3本、Bs,Cl.です。
金管四重奏版、木管四重奏版、サックス四重奏版は別途発売中です。
ヴェネツィア楽派の壮麗な名曲をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

クラリネット四重奏 ガブリエリ :4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ジョヴァンニ・ガブリエリ(c1554/1557~1612)は、ヴェネツィア楽派のポリフォニー音楽を語る上で最重要の作曲家の一人です。
ガブリエリの「4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番」は、1608年に出版された作品です。
現在でも金管楽器や木管楽器で頻繁に演奏されています。

ジョヴァンニ・ガブリエーリは、当時流行の多くのジャンルで作曲したにもかかわらず、明らかに合唱のための宗教曲と器楽曲を好んでいました。
声楽のための世俗曲は、すべてかなり初期の作品です。後半生においてガブリエーリは、声楽と器楽のための宗教曲に専念して、
音響効果を最大限に追究しました。

聖マルコ大寺院のジョヴァンニ・ガブリエーリに前後する作曲家と同じように、彼もまたこの大寺院の異例な空間配置を利用しようとしようとしました。
左右両陣の互いに向き合う聖歌隊席(と、それぞれに1つずつしつらえられたオルガン)が、著しい空間効果――エコーやディレイ、
一種のステレオ効果――が得られるのです。

ほとんどのジョヴァンニ・ガブリエーリの作品は、合唱集団ないしは器楽集団が、まずは左手から聞こえ、
それを右手の音楽家集団が追うというように、一種のアンティフォナ様式によっています。このような分割合唱様式は、数十年来の伝統があり、
少なくともヴェネツィアにおいて開祖はおそらくアドリアン・ヴィラールトであったにせよ、ジョヴァンニ・ガブリエーリは、
楽器法において二つ以上のグループを厳密に方向付けることにより、器楽集団や声楽集団の利用を、細心の注意をもって決定した
最初の作曲家となったのです。

聖マルコ大寺院のアコースティックはこの400年の間にほとんど変化していないので、楽器は、適切に配置すれば、
遠い地点でも完全に明晰に聞き分けることができます。したがって、たとえば弦楽器の独奏者と金管楽器の集団というような楽器編成は、
文字にすると奇妙に見えても、聖マルコ大寺院で響かせてみるなら、完璧なバランスを保っているのです。
ガブリエーリは楽器の活用においてだけでなく、強弱記号の展開においても独創的でした。
《ピアノとフォルテのソナタ Sonata pian' e forte》は、おそらく強弱法を用いた最初期の作品です。
しかもその上、通奏低音を用いた最初の作曲家の一人でもありました。通奏低音は、1602年にロドヴィコ・ヴィアダーナの曲集によって
一般化した作曲技法だったからです。 

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  2021/07/02   animato

金管四重奏 ピーチェリン・ラグ

金管四重奏 ピーチェリン・ラグ
(Peacherine Rag)Scott Joplin

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
サックス四重奏、木管四重奏、クラリネット四重奏、は発売中です。

弾むように楽しい雰囲気のラグタイムをコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

金管四重奏 ピーチェリン・ラグ
(Peacherine Rag)Scott Joplin

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「ピーチェリン・ラグ」(Peacherine Rag)は、スコット・ジョプリンが1901年に作曲したラグタイムです。
映画『海の上のピアニスト』のBGMで使われました。
ラグタイム・ミュージックの立役者スコット・ジョプリンは「エンターティナー」や
「メープルリーフ・ラグ」などが有名です。
「ピーチェリン」とは、ピーチ(桃)とネクタリン(椿桃)を掛け合わせた造語です。
甘くてキュートな作品は、コンサート・ピースにもぴったりです。

スコット・ジョプリンはアメリカ黒人が作り上げた音楽スタイル「ラグタイム ragtime」の中で、
最も良く知られている作曲家/ピアニストです。
明治維新の年にテキサス州テキサカーナで生まれ、1917年、ニューヨークで亡くなりました。
1885年から1893年にかけてはセントルイスのナイト・クラブで演奏し、90年代にはミズーリ州のセダリアで
ザ・クイーン・シティ・ニグロ・バンドでコルネットを吹いていました。
93年には、シカゴ万博にも出演しています。

当時のアメリカでは、楽曲はシート・ミュージック(楽譜)の売り買いによって世間に広まりましたが、
ジョプリンも例外ではなく「Please Say You Will」「Picture of Your Face」など自作曲の権利を売っていました。
彼にとって初めてのラグタイム曲となる「Original Rags」(1899年)も同様でした。
しかし、彼の代表作「メイプル・リーフ・ラグ Maple Leaf Rag」は印税契約という、当時の黒人としては異例の方法が取られました。
そして、この契約を申し出たジョン・スターク(白人)と共同歩調を取ることによってスコット・ジョプリンは、
ラグタイムの象徴となりました。
ちなみに「メイプル・リーフ・ラグ」(1899年)のシート・ミュージックは、発売されたその年だけで7万5千部も売れました。
ジョプリンはその後、たくさんのラグタイム曲を出版しましたが、彼の望みはバレーやオペラなど「格の高いジャンル」で
認められることでした。このような彼の意識背景には、アメリカの黒人差別がありました。
ジョプリンはバレー曲「The Ragtime Dance」(1902年)、オペラ「The Guest of Honor」(03年)を作曲しましたが、
ことごとくが失敗に終わりました(「The Guest of Honor」は出版されなかった)。
そうこうしているうちに、ラグタイムに影響され、より黒人色の強いジャズが台頭しきました。
ラグタイムがアメリカ最初の「自国の音楽」として欧米で持て囃されたのは19世紀末から1920年あたりだと言われていますが、
ジョプリンはまさにその短い時代に世に出て、そして亡くなったミュージシャンでした。
1910年頃には彼は梅毒におかされ、17年に亡くなりました。

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  2021/07/01   animato