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2021年9月

金管五重奏 毒グモは、とても悪い虫(サパテアード)

金管五重奏 毒グモは、とても悪い虫(サパテアード)
G.ヒメネス (G.Gimenez) / タランチュラ ~〈早咲きの娘〉より (Zapateado~〈La Tempranica〉)
Tarantula

ラ・テンプラニーカ
La Tempranica
ヘロニモ・ヒメネス作曲/フリアン・ロメア・パルラ台本
Compositor:Geronimo Gimenez/Libretista:Julian romea Parra
Fecha de estreno:19 de septiembre de 1900/Lugar de estreno:Teatro de la Zarzuela

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
サックス五重奏版、木管五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。

スペインの歌劇サルスエラの魅力を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

金管五重奏 毒グモは、とても悪い虫(サパテアード)
G.ヒメネス (G.Gimenez) / タランチュラ ~〈早咲きの娘〉より (Zapateado~〈La Tempranica〉)
Tarantula

ラ・テンプラニーカ
La Tempranica
ヘロニモ・ヒメネス作曲/フリアン・ロメア・パルラ台本
Compositor:Geronimo Gimenez/Libretista:Julian romea Parra
Fecha de estreno:19 de septiembre de 1900/Lugar de estreno:Teatro de la Zarzuela

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
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参考音源
https://youtu.be/lJehFuzgZxM

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

◆サルスエラ〈早咲きの娘〉あらすじ
「ラ・テンプラニーカ」は、1900年9月19日、マドリッドのサルスエラ劇場で初演されました。
時は1890年頃、グラナダの壮大な山脈を舞台に、ジプシー娘のマリアと、グラナダの青年貴族ドン・ルイスの悲恋が描かれた物語です。
マリアの弟グラビエが歌う“サパテアード”や、マリアのロマンサほか、ジプシーの暮らしが在り在りと浮かぶ曲が印象的です。

◆ヘロニモ・ヒメネス・ベリド (Geronimo Gimenez y Bellido, 1854年10月10日 - 1923年2月19日) はスペインの後期ロマン派に属する作曲家、指揮者。
セビリアに生まれ、父親から音楽教育を受ける。隣県カディスにおいて、画家サルバドール・ビニエグラに師事しました。
その後、パリ音楽院に学び、1885年に帰国。同年、マドリードにあるアポロ劇場の指揮者に就任しました。
ほぼすべての作品は初演がマドリードである。マドリードで死去しました。

◆サルスエラ (La Zarzuela) と呼ばれる歌劇に相当するスペイン独自の音楽様式を中心に作曲を続けました。
室内楽と交響楽の作品もある。代表作は1896年初演のルイス・アロンソの舞踏会、1897年初演のルイス・アロンソの結婚式と、1900年初演のテンプラニカです。

サルスエラは1657年、スペインの首都マドリードにおいて、国王フェリペ4世の前で演奏するために作られた歌を伴う喜劇 "El Laurel de Apolo" に由来する様式です。
サルスエラという名前は、イバラ(スペイン語zarza)に覆われた王の狩小屋にちなんで付けられました。
18世紀にはスペインの風俗、民俗を題材とした曲が現れ、ヒメネスが活躍した19世紀にはイタリアのオペレッタから独立したスペインの歌劇がサルスエラであると位置付けられ、
大衆的な歌劇となりました。

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  2021/09/08   animato

クラリネット五重奏 ショパン :ワルツ(19曲) 第6番 「小犬のワルツ」 Op.64-1

クラリネット五重奏 ショパン :ワルツ(19曲) 第6番 「小犬のワルツ」 Op.64-1 CT212 変ニ長調
Chopin, Frederic:19 waltzes Valse No.6"Petit chien" Des-Dur Op.64-1 CT212

編成はクラリネット4本、バスクラリネットです。
バスクラリネットはファゴットに変更可能です。
変ロ長調(原調は変二長調)です。
木管五重奏版、サックス五重奏版、鍵盤打楽器三重奏版は発売中です。

ショパンが恋人へプレゼントした愛らしい作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

クラリネット五重奏 ショパン :ワルツ(19曲) 第6番 「小犬のワルツ」 Op.64-1 CT212 変ニ長調
Chopin, Frederic:19 waltzes Valse No.6"Petit chien" Des-Dur Op.64-1 CT212

編成はクラリネット4本、バスクラリネットです。
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https://youtu.be/v_-scT3RBuQ

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「子犬のワルツ」はワルツ第6番変ニ長調Op.64-1の愛称です。ショパンは生涯で19曲のワルツを書いています。
ショパンには、長年連れ添った恋人ジョルジュ・サンドがいました。
彼女は子犬を飼っており、その子犬には"尻尾を追ってぐるぐる回る"習性がありました。
それをピアノで表現したワルツと言われています。中間部の高く短い音は子犬がつけた鈴の音のようです。
英語ではMinute Waltz(1分間ワルツ)という愛称でも親しまれています。

ショパンの「ワルツ第6番」(作品64-1)は、ピアノ独奏のためのワルツで、晩年の1846年から1848年にかけて作曲されました。
一般的に『小犬のワルツ』の通称で知られている作品です。
この作品はショパンの友人であったデルフィナ・ポトツカ伯爵夫人(ポーランドの貴族)に献呈されました。
作品64は3つのワルツでなっており、この第1曲の『小犬のワルツ』はとても明るい音楽です。
ショパンは第1曲に明るい音楽を用いる手法をしばしばとりました。
また、作品64には、この他に有名な第2曲(ワルツ第7番)もあります。

ただし作曲のエピソードは暖かい雰囲気ですが、この頃のショパンと恋人との関係は冷え切っていました。
約10年も続いていた彼らの関係は、間もなく終わりを迎えることとなります。
それにはショパンの健康状態の悪化も少なからず関係しているかもしれません。
サンドはショパンの介護士となり、周囲にはその不満を漏らしていました。
彼女はショパンを「子ども」「受難者」「愛しい小さな死人」などと手紙に残しています。

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  2021/09/07   animato

サックス六重奏 バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 前奏曲,BWV867 

サックス六重奏 バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 前奏曲,BWV867 
Praeludium No. 22 in b
変ロ短調 4/4、5声

編成はソプラノ、アルト2本、テナー2本、バリトンです。
クラリネット六重奏版、木管六重奏版、金管六重奏版は発売中です。

バッハの深遠な様式美を、ぜひお楽しみください。

サックス六重奏 バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 前奏曲,BWV867 
Praeludium No. 22 in b
変ロ短調 4/4、5声

編成はソプラノ、アルト2本、テナー2本、バリトンです。
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https://youtu.be/IHbl0Ygi3VA

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平均律クラヴィーア曲集(原題独: Das Wohltemperirte Clavier)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した
鍵盤楽器のための作品集です。1巻と2巻があり、それぞれ24の全ての調による前奏曲とフーガで構成されています。
第1巻 (BWV 846?869) は1722年、第2巻 (BWV 870?893) は1742年に完成しました。

原題の"wohltemperiert(e)"とは、鍵盤楽器があらゆる調で演奏可能となるよう「良く調整された(well-tempered)」という
意味であると考えられ、必ずしも平均律を意味するわけではありませんが、和訳は「平均律」が広く用いられています。
バッハは第1巻の自筆譜表紙に次のように記しました。
「指導を求めて止まぬ音楽青年の利用と実用のため、又同様に既に今迄この研究を行ってきた人々に特別な娯楽として役立つために」

第1巻はいつ頃から手がけられたものか、明確ではありませんがバッハのクラヴィア作品の変貌ぶりが一目で分かる曲集です。
オルガンではなく、クラヴィアよってくり広げられるバッハの世界を味わい尽くすことができます。
ケーテン宮廷は1720年ころから財政的な理由で、宮廷楽団を縮小しました。これによってバッハの作曲おける協奏曲の活動から、
少人数あるいは独奏曲による器楽曲へと作曲の中心を移していきます。これを契機にクラヴィア作品やヴァイオリン無伴奏作品、
室内楽曲が多く作られるようになりました。その1720年1月22日に9歳になった長男ヴィルヘルム・フリ-デマンのために
クラヴィア小曲が書き始められ、1722年には「平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846~829」の手稿の浄書譜が残され、
1723年には「インヴェンション(2声)BWV772~786とシンフォニア(3声) BWV787~801Inventionen und SinfonienBWV772~801」(1720~23年作曲)の
自筆譜を完成させました。この曲集においてよりバッハの個性を発揮した対位法音楽が展開されています。
「平均律クラヴィーア曲集第1巻」で示されたフーガに重点を置いた作品集よりもシンプルに自由であり、バッハの対位法音楽の極地といえる作品集です。

「平均律クラヴィーア曲集第1巻」は、ケーテン時代のバッハの有名な作品集です。
この全24曲構成は伝統への傾斜という形を取りながら、作曲家バッハの新しいものへ挑戦する意欲と実験的な創意がくみ取れる作品集です。
それは24の調を用いて作曲している点で明白です。曲名“Das Wohltemperierte Clavier”には平均律という意味はなく、
直訳すれば“よく調律されたクラヴィーア(鍵盤楽器)”という意味です。
全24曲の異なる調を順次半音ずつ上がっていく音[ハ、嬰ハ、ニ、変ホ=嬰ニ、ホ、ヘ、嬰ヘ、ト、変イ、イ、変ロ、ロ]を
同主音を調にした長調と短調で展開しています。鍵盤楽器による演奏の可能性を実証するためでしたから、よく調律された楽器で弾いて欲しいという
ユーモアとウィットを感じさせています。

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  2021/09/06   animato

木管五重奏“我が母の教え給いし歌”ドヴォルザーク:歌曲集 「ジプシーの歌」作品55より

木管五重奏“我が母の教え給いし歌”ドヴォルザーク:歌曲集 「ジプシーの歌」作品55より
Songs my mother taught me
from "Gypsy Melodies"
A.Dvorak

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.です。Ob.はCl.に変更可能です。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、金管五重奏版は発売中です。

ドヴォルザークによるシンプルで、美しい作品を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

木管五重奏“我が母の教え給いし歌”ドヴォルザーク:歌曲集 「ジプシーの歌」作品55より
Songs my mother taught me
from "Gypsy Melodies"
A.Dvorak

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.です。Ob.はCl.に変更可能です。
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https://youtu.be/BownmPVoZPs

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「我が母の教え給いし歌」は、アントニーン・ドヴォルザークが1880年に作曲した、
全7曲からなる「ジプシー歌曲集」作品55の第4曲です。
歌曲集の歌詞は、荒野を放浪する女性ジプシーによる一人語りの形式が採られ、『我が母の教えたまいし歌』を含む
7曲から成っています。原詩はチェコ語ですが、歌曲での歌詞はドヴォルザークによりドイツ語で記述されています。

ドヴォルザークの歌曲の中ではもっとも親しまれている「ジプシーの歌」は、チェコの詩人アドルフ・ヘイドュクの詩に
ドヴォルザークが曲をつけたもので、ロマのジプシーの生活をロマンティックに描いています。

中でもこの「我が母の教え給いし歌」は最もよく知られ、素朴でなんとなくもの悲しく、それでいて漠然と希望があるメロディは、
後にフリッツ・クライスラーがヴァイオリンとピアノのために編曲したことによっていっそう有名になりました。

日本語名の「我が母の教えたまいし歌」は、英語名“Songs My Mother Taught Me ”からの訳であり、
ドイツ語では、「老いた母さんが歌うことを私にまだ教えてくれた時 Als die alte Mutter mich noch lehrte singen 」という
題名と歌詞になっています。NHKでは「母が教えてくれた歌」と表記し、
CDなどの音楽ソフトでもそのように表記されることが多い作品です。

この曲はソプラノ歌手によって好んで取り上げられていて、歴史的にはネリー・メルバ、ジョーン・サザーランドらによって
歌われてきました。またポール・ローブソンの愛唱歌としても知られています。

最もシンプルで、美しさが凝縮されている冗長の無い曲です。
「わが母の教え給いし歌」とは、この曲のもつあたたかさと宝石のような美しさを表していますが、
現代の感覚から見ると、身近な感覚で、「母が教えてくれた歌」や「母に教わった歌」が適切だと思います。
娘の母親への共感や生きることへの共感に涙があふれる曲です。

英語訳では、”Songs my mother taught me”

Songs my mother taught me In the days long vanished
Seldom from her eyelids Were the teardrops banished

Now I teach my children Each melodious measure
Oft the tears are flowing Oft they flow from my memory treasure

日本語では、;「母が教えてくれた歌」
(堀内敬三訳では「わが母の教え給いし歌」)

堀内敬三訳

母がわたしに この歌を 教えてくれた 昔の日
母は涙を 浮かべていた

今は私が この歌を 子どもに教える ときとなり
私の目から 涙があふれ落ちる

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  2021/09/05   animato

金管五重奏曲 第1番「シンフォニー」第2楽章:エワルド

金管五重奏曲 第1番「シンフォニー」第2楽章:エワルド
SYMPHONY for Brass Quintet
Victor Ewald

編成はTp.2本.、Hn.、Tbn. or Eup.、Tuba.です。
ロシア音楽の名曲をコンテストやコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。
第1楽章、第3楽章は発売中です。

金管五重奏曲 第1番「シンフォニー」第2楽章:エワルド
SYMPHONY for Brass Quintet
Victor Ewald

編成はTp.2本.、Hn.、Tbn. or Eup.、Tuba.です。
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https://youtu.be/VFELbanzJBc

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲はロマン派のオーソドックスな形式、和声法が用いられ、伝統的手法とロシアの民族的要素がうまく結合されていて、
歴史の浅い金管室内楽曲の重要なレパートリーとなっています。
金管5重奏曲の代表作として金管奏者なら誰でも1度は出会う名曲です。エワルドのこのシリーズは、1番から3番までありますが、
アンサンブル・コンテストでは、圧倒的にこの作品が演奏されています。さらに各楽章ごとに選曲されることも多く、
その中でも第3楽章が最も人気です。
この編曲版はライプツィヒ版(原典版)をベースとして、現代の演奏スタイルにマッチした最小限の改訂を施しています。

ヴィクト(ー)ル・エワルド(またはエヴァルド、エヴァルト)(Victor Ewald, 1860年 - 1935年 サンクトペテルブルク)は、
北欧系もしくはバルト系のロシアの作曲家です。主に金管楽器の合奏曲が有名です。

子供の頃からチェロやホルン、コルネットを学んでいて、モスクワ音楽院でさらに専門的に演奏や作曲・音楽理論を学びましたが、
ペテルブルク大学で建築・工学を学び、土木技師として生計を立てました。豪商ベリャーエフのサークルの一員であり、
その出版社から金管合奏のための数々の室内楽が出版されました。ロシア民謡集も出版しています。
作曲家としては、ロシア情緒と西欧的な均整美の釣り合いのとれた作風で、チャイコフスキーやボロディンの影響が
指摘されています。

ロシア音楽の革命家~ヴィクトル・エワルド

作曲当時に使われた楽器=ピリオド楽器を主体とするブラス・アンサンブル“プリンス・リージェント・バンド”による
“スターリン体制の時代に抑圧された作曲家の作品”です。
1930年代のソビエトでは、スターリンの名の下に大粛清が行われ、数多くの外国人たちも追放されてしまいました。
エワルドはモスクワ音楽院で作曲を学ぶと同時に、ペテルブルク大学で建築を学んだ才人です。
ベリャーエフのサークルに属し、作品も多く残るなどベーメとは対照的な生涯を送った人です。

サンクト・ペテルブルグにつどった音楽家たち
 バルト海に臨む風光明媚なロシアの古都サンクトペテルブルグは18世紀はじめ、皇帝ピュートル1世の時代にこの名を与えられて以来、
学術・文化の中心地としてこの街は永く栄えてきました。トルストイをはじめ、文豪たちの数多くのロマンの舞台として描かれてきた街です。
歴史のさまざまな風雪に耐え、今世紀初頭の革命をきっかけに「レニングラード」と改名されましたが、1991年のソ連解体後、
かつての「サンクトペテルブルグ」という名称を取り戻しました。 
音楽の歴史に目を向ければ、チャイコフスキーをはじめとするロシアの楽匠たちの名曲やオペラの多くは、
このサンクト・ペテルブルグで初演され、ここから世界の楽壇に広まっていきました。

 このようなロシア音楽の発展の流れを思い起こすとき、必ず引き合いに出される人物がいます。
ミトロファン・ペテロヴィッチ・ベリャーエフ(1836~1904)は、ペテルブルグではもとより、ロシアでも有数の資産家でした。
父親から受け継いだ広大な森林を元手に、材木商としてゆるぎない地位にあった彼は、音楽の庇護者たることを最大の生きがいとしていました。
1880年頃から楽譜出版を手がけたり、コンサート協会を設立するなど、自国の作曲家たちを世に出すことにさまざまな角度から力を尽くすようになりました。
ちなみにベリャーエフが興した出版社は後にドイツのフランクフルトに移され、現在も営業を続けています。 
そのような人物でしたから、ベリャーエフの広い邸宅にはプロ・アマを問わず多くの音楽家たちがつどい、
やがて金曜日の夜ごとに、室内楽の演奏会が開かれるようになりました。
演奏の主体は弦楽四重奏でしたが、ときにはピアノをまじえた三重奏、五重奏、さらにそれ以上の編成でも行われました。

「曲作り」が生計のためではなかった当時のロシアのほとんどの「作曲家」たちにとって、ベリャーエフ邸での《金曜日の夜のつどい》は、
自分たちの新作の室内楽曲を気軽に発表できる場でもありました。海軍の軍人リムスキー・コルサコフ、化学者ボロディン、
近衛仕官ムソルグスキーら、世紀の楽匠たちが本職のかたわらに書き上げた作品を持ち寄り、ときには自ら演奏に加わり、
音楽談義に花を咲かせたのです。
その《金曜日の夜のつどい》はいつも《酒宴》に形を変え、深夜の3時頃まで続いたといわれています。
 ベリャーエフ自身もヴィオラを担当していた《金曜日の夜》の弦楽四重奏団の中に、ひとりの青年技師がいて、チェロを弾いていました。
その青年技師の名前こそヴィクトル・ヴラディミロヴィッチ・エヴァルドでした。

エヴァルドと音楽の出会い
 ペテルブルグ生まれのエヴァルド(1860~1935)は、12歳の頃から当市の音楽院でコルネットを習い始めました。
同じ頃、ピアノやチェロ、ホルンなども手がけたと伝えられています。
 ロシア帝国のこの首都には、フランスのコルネットの名手ジャン・バティスト・アルバン(1825~1889)が毎年のように演奏に訪れたし、
ドイツのバロック・トランペット奏者ユリウス・コズレック(1825~1905)も、バッハのプログラムなどによって優れた技を披露しました。
彼らのコンサートは、もともと音楽好きな少年エヴァルドの金管楽器に対する情熱を、高めていく糧となりました。
ただ、いつの頃からかエヴァルドの金管楽器熱は《ホルン》に集中するようになりました。評伝にみられるこの《ホルン》が、
《フレンチホルン》をさすのか、それともかつての吹奏楽で中低音域を占めていた一連の楽器族(アルトホルン、テナーホルンなど)のことなのかは
不明です。
後年はオーケストラでトロンボーンを吹いていましたし、自作の4曲の金管五重奏曲の初演の際にはチューバを担当したとも伝えられているため、
ひと通りの金管楽器はそれなりにこなせたと考えられています。

しかし、これらは「音楽愛好家」エヴァルドのほんの一面に過ぎません。先述のペテルブルグきっての音楽サロンというべきベリャーエフ邸で、
弦楽四重奏団の一員として演奏した彼のチェロの腕前は相当なものだったはずです。また、ロシア各地の民謡を採集する、
在野の学究らしい一面もありました。  
もちろんエヴァルドは本職の技師としても有能で、仲間の信望も厚かったことでしょう。
教師として勤めていた工業学校で、晩年は校長に任命されたのでした。

4曲の金管五重奏曲について
 エヴァルドの4曲の金管五重奏曲からは、帝政ロシア末期のペテルブルグの、落ち着いた楽壇の雰囲気が伝わってくるようです。

 『金管五重奏曲第1番』は彼の作品のうちで、最もよく知られた作品です。作曲年は不明ですが1912年にベリャーエフによって初版出版されました。
編成は当初、2本のコルネット、アルトホルン(変ホ)、テノールホルン(変ロ)、およびチューバと指定されていました。

 この曲を『金管合奏のための交響曲(Symphony for Brass Choir)』という表題にしている版もあります。
その版は低音部をバリトンとチューバとにわけて全体を6声部とし、「合奏」としての効果をねらった後世の編曲です。
「六重奏」で演奏されることも少なくありません。

 『金管五重奏曲第2番』と『第3番』の2曲は、永い間その存在が知られていませんでした。
ロシアに眠っていたこれらの楽譜を《西側》に持ち出したのは、かつてのレニングラードを研鑚のために訪れていたノルウェーの
ホルン奏者F.R.ヴェクレでした。
その楽譜が、後に親交を得た米国の「エンパイア・ブラス」のメンバーの目に止まり、この卓抜のアンサンブルによって1970年代に
初めて録音されました。作曲年はいずれも不明です。

『金管五重奏曲第4番』は、エヴァルドの出世作ともいえる弦楽四重奏曲からの編曲です。ペテルブルグで1893年に室内楽の作曲コンクールが開かれました。
チャイコフスキーやリムスキー・コルサコフらが審査員をつとめたそのコンクールで、入賞したのがこの曲の原曲です。
金管アンサンブルに書き直したのが誰かは不明とされていますが、初演にエヴァルドがチューバ奏者としてかかわっていたという
先述の仮説から、彼自身が編曲したと考えられています。

 かつては金管アンサンブルのオリジナル作品といえば、スタイルはともかく、儀式や祭典のためのもの、ないしはファンファーレ風の
小品が主流でした。
しかし、弦楽重奏の趣をひそめて書かれたエヴァルドの一連の金管五重奏曲は、その後のこのジャンルの音楽の方向性の広がりを
予見させるる作品群と言えるでしょう。

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  2021/09/04   animato

クラリネット五重奏 ラコッツィ行進曲(ハンガリー行進曲)(H. ベルリオーズ)

クラリネット五重奏 ラコッツィ行進曲(ハンガリー行進曲)(H. ベルリオーズ)
Marche Hongroise from La Damnation de Faust (Hector Berlioz)

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
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ベルリオーズによる勇壮なマーチの魅力を演奏で味わいたいものです。
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クラリネット五重奏 ラコッツィ行進曲(ハンガリー行進曲)(H. ベルリオーズ)
Marche Hongroise from La Damnation de Faust (Hector Berlioz)

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
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ラーコーツィ行進曲(一般にはラコッツィ行進曲。英語:Rakoczi March, ハンガリー語:Rakoczi-indulo)は、ハンガリーの民謡です。
17世紀末期に作曲されたと考えられています。作曲者は不詳ですが、無名のロマ音楽家によるとも言われています。
トランシルバニアのラーコーツィ・フェレンツ2世がこの曲を大変に気に入っていたと伝えられています。
19世紀初めころにはロマのビハリ・ヤーノシュ(Jano? Bihari)が作曲者ではないかと考えられていました。
エクトル・ベルリオーズは彼の代表作『ファウストの劫罰』でこの行進曲を引用したことで知られ、一般的にはこちらのほうが有名になっています。
そのほか、フランツ・リストも『ハンガリー狂詩曲』の第15番でこの曲を引用しています。
また、ヨハネス・ブラームス『ハンガリー舞曲』など、19世紀に流行した古典音楽の少なからぬ場所でこの旋律の引用が見られます。
ハンガリーの伝統性のある民俗音楽にもこの旋律の引用が見られます。

ラコッツィー行進曲は「ハンガリー行進曲」というとおり、ハンガリーに古くから伝わる民族的な行進曲です。
「ラコッツィー」とは、1706年~1711年にハンガリーがドイツ系のハプスブルク帝国に対して自由を求めて起こした最初の紛争である
「ラーコーツィの独立戦争」の指導者であるラコッツィー・フェレンツ2世という貴族の名前に由来しています。
この「ラーコーツィの独立戦争」は結局失敗に終わり、その後ハンガリーは長い支配と独立の動きに身を投じることになりますが、
それでも彼はハンガリーの国民的英雄とされており、今でもブダペスト市内や国内のあちこちに銅像が立っていて、
500フォリント紙幣にもラコッツィー・フェレンツ2世の肖像が描かれています。

1700年代には既に、ラコッツィー・フェレンツ2世が自由を求めて起こした戦争とハンガリー人の精神を歌にした
「ラコッツィー・ソング」(ハンガリー語;Rakoczi-nota)が歌われていました。
そしてそのラコッツィー・ソングを洗練させて行進曲にしたのが「ラコッツィー行進曲」(ハンガリー語;Rakoczi-indulo)です。
ハンガリーの抵抗の歴史と英雄の象徴となるこの行進曲のメロディーはずっと人々に愛され受け継がれてきました。
ハンガリーでは現在の国歌になるまでは、なんとラコッツィー行進曲が非公式の国歌でした。
そして今でも結婚式でラコッツィー行進曲を演奏するなど、ラコッツィ行進曲はハンガリーの第2の国歌として愛され続けています。
現在で最も有名なラコッツィー行進曲は、ベルリオーズが自作の劇的物語「ファウストの劫罰」に用いた管弦楽曲です。
ベルリオーズはラコッツィー行進曲の存在をフェレンツ・エルケルから教わりました。
ベルリオーズがブダペストに演奏旅行に行った際、エルケルから教わった行進曲を管弦楽曲にしタイトルを「ハンガリー行進曲」として
演奏したところ聴衆の反応が大変熱狂的だったため、ファウストの劫罰に取り入れることにしました。

ベルリオーズ版では頭のファンファーレや中間の推移部が新たに作られており、また終盤の部分も転調しながらクライマックスに向かう形になっています。
ハンガリーの人々は、伝統的な自分たちの行進曲がドラマチックかつオーケストラで色鮮やかに変身したのを聴いたのですから、
確かに熱狂したかもしれません。

なお、ファウストの劫罰自体は原作がゲーテで、舞台がドイツですが、どうしてもこのラコッツィ行進曲を使いたいがために冒頭の舞台設定を
ハンガリーに変えてしまったということです。
日本でも世界でも、ラコッツィー行進曲といえば基本的にベルリオーズの曲を指します。

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  2021/09/03   animato

サックス四重奏「悲歌」カリンニコフ

サックス四重奏「悲歌」カリンニコフ
Chanson Triste
4 Compositions for Piano 
Vasily Kalinnikov

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
金管四重奏版、木管四重奏版、クラリネット四重奏版は発売中です。

素朴で飾らないロシアの魅力を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

サックス四重奏「悲歌」カリンニコフ
Chanson Triste
4 Compositions for Piano 
Vasily Kalinnikov

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
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素朴で飾らないロシアの魅力を演奏で味わいたいものです。
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https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/vsAsptZJr2Q

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

カリンニコフの「悲歌」は、その美しく切ないメロディーゆえに愛されている作品です。
カリンニコフは決して有名な作曲家とは言えませんが、ロシア音楽が好きな方なら耳にしたことがあるかもしれません。

「悲歌」の5拍子のシンプルで美しい音楽は、まるでロシアの風景が浮かび出てくるかのようです。

ヴァシリー・カリンニコフ(Vasily Kalinnikov/1866年-1901年)は、ロシアのオリョールで貧しい警察官の家庭に生まれました。
音楽の才能の発揮したカリンニコフですが、青年期に最初の不幸が訪れます。
モスクワ音楽院に入学するも、経済的な理由で数か月で退学しなければならなくなったのです。

就職と同時期に肺結核
しかし才能のあったカリンニコフは、1892年に別の学校(モスクワ・フィルハーモニー協会の音楽学校)を修了後、
チャイコフスキーに認められます。そして1983年にイタリア歌劇場の副指揮者の職を手にします。
ここで二つ目の不幸が訪れます。
肺結核にかかり、仕事を辞めざるをえなくなったのです。
彼は闘病の中、作曲活動も続けます。
カリンニコフは2つの交響曲や管弦楽曲、ピアノ曲を残しましたが、34歳の若さで帰らぬ人となりました。

カリンニコフは34歳で夭折したロシアの作曲家です。長らく忘れられた存在でしたが、
その交響曲第1番が巨匠スヴェトラーノフによって演奏会に取り上げられたり、NAXOSによる
交響曲第1番・第2番のCD(テオドル・クチャル指揮ウクライナ交響楽団、1995年)が異例のベストセラーになり、脚光を浴びています。
むせかえるようなロマン溢れる旋律には、一度聴いたら忘れられない強烈なインパクトがあり、近年では日本でも、
人気レパートリーとして各地で演奏されています。
カリンニコフは薄幸の作曲家で、音楽院を卒業し、チャイコフスキーの推薦を得てモスクワで指揮活動を始めた矢先に、
27歳で結核に冒されてしまいます。以後、一線を退き、34歳で亡くなるまで、余生を温暖なクリミアで闘病と作曲に費やしました。
しかし、この療養生活でいくつかの魅力的な作品が残されたのは喜ばしいことで、師で友人のクルーグリコフに捧げられた
交響曲第1番は、紛れもなく彼の最高傑作です。クルーグリコフの尽力により実現した初演(1897年キエフ)は大成功を収め、
さらなる上演へと繋がりますが、カリンニコフ自身は闘病のためその舞台に立ち会うことはできませんでした。
当時のロシア音楽界の潮流は、西欧の作曲語法を積極的に取り入れたルビンシテイン、チャイコフスキーらのモスクワ楽派と、
反西欧を掲げて土着の素材にこだわった「五人組」らの国民楽派に二分されます。カリンニコフの作風は、
チャイコフスキーの洗練された書法の影響を強く受けながらも、ロシア民謡に根ざした土の匂いも色濃く残していて、
土臭いけれどもキャッチ―で分かりやすい、という固有の魅力を持っています。
交響曲第1番でも、濃厚な旋律に対し、木管楽器に縁どられた透明感あるオーケストレーションが施され、バランスを保っています。
カリンニコフのピアノ小品「悲しい歌 Chanson triste」で、スラヴ音楽特有の珍しい5拍子(3+2)で
書かれています(ちなみに、5拍子の曲でまず思い出されるチャイコフスキー「悲愴」第2楽章は、2+3の5拍子です)。
そして、同じ調性(ト短調)で書かれた交響曲第1番や、ドヴォルザークの交響曲第8番などと同様、
エオリアンスケール(自然短音階)でト短調と変ロ長調の空間を行き来する響きが何とも温もりのある郷愁を感じます。
1世紀の時を経て人気が再燃しつつある作曲家カリンニコフの秀作です。

カリンニコフは、2つの交響曲といくつかの付随音楽、そして多数の歌曲を遺しました。
いずれの作品もみな、ロシア民謡の特徴に根ざしています。2つの交響曲、なかでも《交響曲 第1番》は、
20世紀初頭に頻繁に演奏されました。
2曲の完成された交響曲こそは、美しい民族的な旋律と、色彩的な管弦楽法ゆえに、カリンニコフの代表作と言えます。
どちらの曲もほとんど病床で作曲されたものですが、生への希望に満ちた明るさが感じられます。
おそらく、作曲者は、これらの曲を実際に聴くことはなかったでしょう。
カリンニコフの作風は、おおむねチャイコフスキーに倣って西欧的な楽曲構成法を採っていながらも、
旋律や和声法に民謡や民族音楽の影響が自明であるように、国民楽派(「五人組」)からの影響も見られます。
このようにカリンニコフは、モスクワ楽派とペテルブルク楽派のいずれかに与するのではなく、
その両方の伝統の美点を折衷した作曲家でした。

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  2021/09/02   animato

木管五重奏 オーボエ協奏曲 ニ短調 BWV 1059R 第2楽章 アダージョ

木管五重奏 オーボエ協奏曲 ニ短調 BWV 1059R 第2楽章 アダージョ
Oboe Concerto in D minor, BWV 1059R
fur Oboe, Streicher und Basso Continuo
Bach, Johann Sebastian
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 

編成はOb.、Cl.3本、Bsn.です。
同曲の”金管五重奏「アリオーソ」BWV 156 より”は発売中です。
参考音源
https://youtu.be/FM4F1zNxZ88

バッハの甘美な作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

木管五重奏 オーボエ協奏曲 ニ短調 BWV 1059R 第2楽章 アダージョ
Oboe Concerto in D minor, BWV 1059R
fur Oboe, Streicher und Basso Continuo
Bach, Johann Sebastian
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲 

編成はOb.、Cl.3本、Bsn.です。
同曲の”金管五重奏「アリオーソ」BWV 156 より”は発売中です。

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バッハのオーボエ協奏曲は、現在良く演奏されるチェンバロ協奏曲の原曲として知られています。
カンタータではアリアのオブリガート等で頻繁に使われており、バッハはこの楽器をこよなく愛していました。
通常チェンバロ協奏曲全集には含まれないBWV1059の2楽章はうっとりするカンタービレです。
バッハのオーボエの魅力を存分に味わえる一曲です。
この曲は”カンタータ 第156番「我が片足はすでに墓穴に入りぬ」 BWV 156”としても有名で、
「アリオーソ」の曲名で知られています。

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  2021/09/01   animato