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2021年8月

金管七重奏 夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)

金管七重奏 夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)
(Winthrop Rogers Festival Series)
To Be Sung On a Summer Night On The Water
Delius,F. ディーリアス
To be sung of a summer night on the water: 2 Unaccompanied Part Songs

編成はTp.3本、Hn.2本、Tbn.またはEup.、Tubaです。
サックス七重奏版、木管七重奏版、クラリネット七重奏版は発売中です。

ディーリアスによる近代音楽の魅力を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

金管七重奏 夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)
(Winthrop Rogers Festival Series)
To Be Sung On a Summer Night On The Water
Delius,F. ディーリアス
To be sung of a summer night on the water: 2 Unaccompanied Part Songs

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参考音源
https://youtu.be/Vh2t6C-wOPw

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)」は2曲から成る、無伴奏合唱(2曲目にテノールのソロが加わる)のための作品です。
透明感、清涼感のあるハーモニーで、ディーリアス作品の中でも極めて美しい音楽です。
作曲家でありディーリアスの『代筆者』であるエリック・フェンビーが、この曲を弦楽合奏のために編曲し
「2つの水彩画」というタイトルを付けています。

無伴奏の無歌詞による2曲の小品からなっていて、1曲目は合唱で「アァ~」と歌われ、
2曲目はテノールのソロが「ラララ~」と合唱をバックに歌います。
それぞれ2分前後の小品ですが、実に涼やかで夏の夜の静けさを感じさせる秀曲です。
去り逝く夏を惜しむ様子も充分窺われる作品です。
パリ郊外のグレ・シュール・ロワンに長く住んだディーリアスは、ロワン川をイメージして作曲しました。

フレデリック・シーオドア・アルバート・ディーリアス(Frederick Theodore Albert Delius CH 1862年 - 1934年)は、
イギリスの作曲家です。本名はフリッツ・シーオドア・アルバート・ディーリアス(Fritz-)です。
過去には日本語で「デリアス」と表記されることが多かったのですが、より原音に近い「ディーリアス」が一般的となりました。
イングランド北部の裕福な商人の家庭の生まれでしたが、ディーリアスは商売の道に進みたがりませんでした。
1884年にはオレンジのプランテーションを運営するためにアメリカのフロリダ州に送られるものの、
仕事を放棄した彼は黒人音楽に感化されて作曲を行うようになりました。
1886年からしばらくはドイツで正式な音楽教育を受け、パリに移って職業作曲家としてのキャリアを開始しました。
その後、遠く離れないグレ=シュル=ロワンに居を構えて、その地で妻のイェルカ・ローゼンと共に大戦時を除く生涯を過ごしました。

ディーリアスが最初に成功を手にしたドイツでは、1890年代終盤からハンス・ハイムをはじめとする指揮者が
彼の作品を紹介していました。祖国のイギリスにおいては、トーマス・ビーチャムが作品を取り上げた1907年より、
彼の音楽は演奏会のプログラムの常連となりました。
ビーチャムの貢献は1909年のロンドンでの「人生のミサ」の前全曲初演(彼は1908年にドイツで第2部の初演も行っています)、
1910年のロイヤル・オペラ・ハウスにおけるオペラ「村のロメオとジュリエット」の上演、1929年の6日間にわたる
ディーリアス音楽祭の開催、また多くのディーリアス作品の蓄音機録音などがあります。
ディーリアスはパリ時代の初期に梅毒に感染し、1918年からはこの病に苦しめられることになりました。
彼は身体が麻痺すると共に視力を失いましたが、代筆者のエリック・フェンビーの助けを借りて
1928年から1932年の後期作品の作曲を行いました。

ディーリアスの初期作品に見られる叙情性には、彼がアメリカで耳にした音楽と、リヒャルト・ワーグナーや彼と親交があった
エドヴァルド・グリーグなどのヨーロッパの作曲家の影響が見られます。その後、彼は自らの技法を確立していき、
オーケストレーションや半音階的和声法に特徴付けられる独自の様式を築き上げるに至りました。
1962年に彼の熱心な支持者らが設立したディーリアス協会は、ディーリアスの生涯と作品に関する周知活動を続けていて、
毎年若手音楽家に授与されるディーリアス賞のスポンサーにもなっています。

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  2021/08/31   animato

木管六重奏(クラ六重奏)「カーマンの笛」ウィリアム・バード

木管六重奏(クラ六重奏)「カーマンの笛」ウィリアム・バード
The Carmans Whistle.
Byrd,W.

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bs.Cl.、Bsn.です。
Fl.、Ob.はCl.に変更可能で、パート譜を同梱しています。
Bs.Cl.をBsn.に、Bsn.をBs.Cl.に変更可能で、パート譜を同梱しています。
サックス六重奏版、金管六重奏版は発売中です。

イギリス・ルネサンス期の飾らない美しさをぜひ味わってください。

木管六重奏(クラ六重奏)「カーマンの笛」ウィリアム・バード
The Carmans Whistle.
Byrd,W.

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https://youtu.be/OgfsqNdoTYk

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

William Byrd (c.1543-1623)
ウィリアム・バード
バードはエリザベス一世に代表されるテューダー朝を代表する音楽家で、師のトマス・タリスとともに、
英国教会音楽の黄金時代を築きました。20歳でリンカーン主教座聖堂オーガニストに就任、
29歳で王室礼拝堂オーガニストに就くなど、教会音楽の指導的役割を担うかたわら、
1575年にはタリスとともにエリザベス女王から楽譜印刷及び販売の独占権が与えられ、
多くの作品を作曲・出版しました。教会合唱曲としては、ミサ曲3曲、モテット集3巻78曲、
グラヂュアーレ集3巻109曲にのぼります。

「カーマンズホイッスル」はテューダー時代の歌です。タイトルは「カーマン」(または今日言うようにカーター)の職業を指します。
カーマンは口笛を吹く習慣で知られており、ウィリアム・チャペルによれば、それは馬の管理に効果的でした。
Risqueの歌詞は、「The Courteous Carman and the Amorous maid:Or、TheCarman'sWhistle」というタイトルのバージョンを含めて存続しています。

リュートのためのこの曲のバージョンは、ロバート・ジョンソンまたは彼の父ジョン・ジョンソンに因ります。
最もよく知られているバージョンは、一連のバリエーションの基礎として曲を使用したウィリアムバードによるキーボード作品です。
バードの作品は、ルネッサンスのキーボード音楽の最も重要な2つのコレクション、My Ladye NevellsBookeとFitzwilliamVirginalBookに含まれていました。
My Lady Nevells Bookeの日付は1591年で、晩年のバード作曲です。
カーマンズホイッスルはバードの生涯で人気のある作品でした。 この作品はハ長調でキーボードプレーヤーのための教育目的で使用されていました。

この作品が掲載されている「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック」は、イングランドのエリザベス朝から
ジェームズ一世時代(ルネサンス末期から初期バロック期)に編纂されたとされる資料集です。
当時活躍していた作曲家の作品が300曲以上収録されています。
当時の慣例で楽器の種類は特定されていないものの、この時代の鍵盤楽器ならどれを使用しても演奏可能であり、
奏者によってヴァージナル、クラヴィコード、オルガンなどの様々な楽器が選択されています。

ヴァージナル(virginal)
チェンバロの一種で17世紀半ば以前の英語でチェンバロ族一般を指します。
ヴァージナル(英: virginal [virginals], 独: Virginal)は小型の撥弦鍵盤楽器で、弦が楽器の長辺および鍵盤と平行に張られているものを指します。
特に長方形の楽器を指すこともあります。一般に弦は一組のみで、手前に低音、奥に高音の弦が張られています。
イタリアのヴァージナル(あるいはスピネット)は、長方形、あるいは多角形のケースで、突き出た形の鍵盤を持つものが多く見られます。
フランドルのヴァージナルは、鍵盤が本体の左側に位置するスピネット型と、右側に位置するミュゼラー型(muselar, muselaar)に分けられます。
どちらも一般に長方形で鍵盤が窪んだ場所に位置し本体から突き出ていません。

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  2021/08/30   animato

サックス五重奏 ショパン :ワルツ(19曲) 第6番 「小犬のワルツ」 Op.64-1 変ニ長調

サックス五重奏 ショパン :ワルツ(19曲) 第6番 「小犬のワルツ」 Op.64-1 変ニ長調
Chopin, Frederic:19 waltzes Valse No.6"Petit chien" Des-Dur Op.64-1 CT212

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
変ロ長調(原調は変二長調)です。
木管五重奏版、クラリネット五重奏版は別途発売中です。

ショパンが恋人へプレゼントした愛らしい作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

サックス五重奏 ショパン :ワルツ(19曲) 第6番 「小犬のワルツ」 Op.64-1 変ニ長調
Chopin, Frederic:19 waltzes Valse No.6"Petit chien" Des-Dur Op.64-1 CT212

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
変ロ長調(原調は変二長調)です。
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ショパンが恋人へプレゼントした愛らしい作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

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https://youtu.be/6b2PQh-xYcI

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「子犬のワルツ」はワルツ第6番変ニ長調Op.64-1の愛称です。ショパンは生涯で19曲のワルツを書いています。
ショパンには、長年連れ添った恋人ジョルジュ・サンドがいました。
彼女は子犬を飼っており、その子犬には"尻尾を追ってぐるぐる回る"習性がありました。
それをピアノで表現したワルツと言われています。中間部の高く短い音は子犬がつけた鈴の音のようです。
英語ではMinute Waltz(1分間ワルツ)という愛称でも親しまれています。

ショパンの「ワルツ第6番」(作品64-1)は、ピアノ独奏のためのワルツで、晩年の1846年から1848年にかけて作曲されました。
一般的に『小犬のワルツ』の通称で知られている作品です。
この作品はショパンの友人であったデルフィナ・ポトツカ伯爵夫人(ポーランドの貴族)に献呈されました。
作品64は3つのワルツでなっており、この第1曲の『小犬のワルツ』はとても明るい音楽です。
ショパンは第1曲に明るい音楽を用いる手法をしばしばとりました。
また、作品64には、この他に有名な第2曲(ワルツ第7番)もあります。

ただし作曲のエピソードは暖かい雰囲気ですが、この頃のショパンと恋人との関係は冷え切っていました。
約10年も続いていた彼らの関係は、間もなく終わりを迎えることとなります。
それにはショパンの健康状態の悪化も少なからず関係しているかもしれません。
サンドはショパンの介護士となり、周囲にはその不満を漏らしていました。
彼女はショパンを「子ども」「受難者」「愛しい小さな死人」などと手紙に残しています。

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  2021/08/29   animato

木管八重奏(複四重奏)《主はあなたのために、御使いに命じて》

木管八重奏(複四重奏)《主はあなたのために、御使いに命じて》
フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)
Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
Denn er hat seinen Engeln befohlen”

編成はFl. or Ob.、Cl.3本と、サックスのアルト2本、テナー、バリトン、Bs.Cl.です。
バリトンサックスはBs.Cl.に変更可能で、Bs.Cl.楽譜を同梱しています。
ファゴットでも演奏可能です。
Fl. or Ob.はCl.に変更可能で、Cl.楽譜を同梱しています。
金管八重奏版は発売中です。

メンデルスゾーンの最も大規模で著名な作品を、ぜひお楽しみください。

木管八重奏(複四重奏)《主はあなたのために、御使いに命じて》
フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)
Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
Denn er hat seinen Engeln befohlen”

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この曲はメンデルスゾーンによる詩編91の美しい詩句を歌い交わす8声部です。
ハーモニーはまさに今、天使が現れた瞬間を描いています。
神を深く信頼する者の上を光で満たし、どんな苦難の道があろうともその道を照らし導く。
メンデルゾーンの音楽は優しく、幸福感にあふれ、神の恩恵が心に沁み込む作品です。

F.メンデルスゾーン B. 「主は天使たちに命じた」
テキストは詩篇 91:11-12 をもとにアカペラの複合唱曲として作られ、後にオラトリオ「エリア」7曲目に、天使たち
の複4重唱として歌われるようになりました。

『エリヤ』(独:Elias)作品70は、フェリックス・メンデルスゾーンによって作曲されたオラトリオです。
日本語での曲名の表記方法については、題名のドイツ語表記をそのままカタカナ表記すれば「エリ(ー)アス」に、
英語表記の"Elijah"は「イライジャ」にそれぞれなりますが、日本語では、日本語訳の聖書の表記にしたがって、ヘブライ語の
「エーリヤーフ」に由来する「エリヤ」と表記されることが多い曲です。
また、作曲者の母国語であり、楽曲の原語であるドイツ語の「エリ(ー)アス」に由来して「エリア」と表記されることも少なくありません。
メンデルスゾーンの代表作であるのみならず、オラトリオ全体の中でも、ヘンデルの「メサイア」、ハイドンの「天地創造」と並んで
最も著名な作品の一つです。

「主は天使たちに命じた」

7. Doppelquarttett    
Die Engel

Denn er hat Engeln befohlen uber dir,
Das sie dich behuten auf allen deinen Wegen    
das sie dich auf den Handen tragen,    
und du deinen Fus nicht an einen stosest.
Rezitativ
Ein Engel
Nun auch der Bach vertrocknet ist, Elias,
mache dich auf, gehe gen Zarpath und bleibe    
daselbst! Denn der Herr hat daselbst
einer Witwe geboten, das sie dich versorge.    
Das Mehl im Cad soll nicht verzehrt warden,
Und dem olkrug soll nichts mangeln,    
bis auf den Tag, da der Herr
regnen lassen wird auf Erden.    

7. 二つの四重唱
天 使

主は天使に命じて
あなたの行く道を守り
手を取って導き
足が石に躓かないようにしてくださる。
朗 唱
天 使
エリヤよ、小川の水も涸れた。
立ってサレプタに行け。
主はそこにいる一人のやもめに命じて
あなたの面倒を見させてくださる。
つぼの中の小麦粉は尽きることなく
かめの中のオリーブ油もなくならない。
主が地上に雨を降らせてくださる日まで続く。

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  2021/08/28   animato

金管五重奏 ボンヌ・ヌーヴェル(喜ばしい知らせ)

金管五重奏 ボンヌ・ヌーヴェル(喜ばしい知らせ)
Bonne Nouvelle
ジョン・M・ロレッツ.Jr
John M. Loretz.Jr (1840-1912)

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木管五重奏版、サックス五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。

アメリカの隠れた名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

金管五重奏 ボンヌ・ヌーヴェル(喜ばしい知らせ)
Bonne Nouvelle
ジョン・M・ロレッツ.Jr
John M. Loretz.Jr (1840-1912)

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https://youtu.be/5JG9ZYDnB9U

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ピアノのための作品「Bonne Nouvelle」(ボンヌ・ヌーヴェル)とは、
吉報 ・ 喜ばしい知らせ ・ 朗報 ・ 福音 ・ 良いニュース、といった意味がこめられています。
ロレッツが協会のオルガン奏者を歴任したことと、深く関わっている楽曲です。
自身がフランスからの移民であることがフランス語による曲名から感じ取れます。
日本では殆ど知られていない明快で愛らしい貴重な作品です。

ジョン・M・ロレッツは家族とともに9歳の時にフランスからアメリカへ渡った作曲家です。
アメリカのオルガニストでドラマチックな作風の作曲家です。
アメリカではピアニストとしてコミックオペラでデビューし、その豊かで旋律の自然な流れの音楽とユーモアで好評を博しました。
ブルックリン・フィルハーモニック・ソサエティや、いくつかの教会のオルガニストを務めています。
ブルックリン、パーク劇場の指揮者、ニューヨークのバンドマスター、オペレッタなどでも活躍しました。
聖ステファン教会(ニューヨーク市)、続いてクリントンアベニュー会衆教会(ブルックリン)でオルガニストを務めました。 
1880年代初頭にオルガニストを引退しました。

時はさかのぼり、彼の父であるジョン・B・ロレッツは1812年にフランスのアルザス・ロレーヌ地方のミュルーズで生まれました。
少年の頃、彼は建築家であった父親のもとで大工の見習いをしていました。12歳になる頃には音楽に強い興味を示し、
ミュルーズの大聖堂のオルガニストに弟子入りしました。ジョンが大聖堂のオルガニストになったのは19歳の時で、
13年間務めました。ジョン・M・ロレッツはミールハウゼンで1840年に生まれました。父の影響で音楽豊かな幼少期を過ごしました。
ロレッツ氏はミュルーズ大学の教授となり、1848年の革命の際には、教区の共和党代表に選出されました。
ロレッツ氏は、ルイ18世に強く反対した共和党を支持したため、1849年に家族とともに国外に出なければなりませんでした。

アメリカに渡り、ニューヨークのブルックリンに来て音楽協会で活躍し、すぐにニューヨークの聖ステファン教会のオルガニストに任命されました。
同教会を離れた後は、ブルックリンの「ボディントン博士教会」(クリントン・アベニュー集会教会)のオルガニストとなりました。
1881年にボディントン博士が亡くなると、ロレッツ氏は辞職し、音楽教育に専念しました。
ジョン・ロレッツは水彩風景画の画家としても活躍し、その多くはニューヨークで展示されました。

ジョン・B・ロレッツと彼の妻には3人の息子がいました。オペラ「バグダッドの真珠」のオルガニストで作曲家のジョン・M・ロレッツ、
商人のアルバート・ロレッツ、ブルックリン水道のエンジンを作ったエンジニアのアーサー・ロレッツです。
ジョン・ロレッツは1887年5月12日、75歳で自宅で亡くなりました。
彼の死に際の願いは「花に埋葬されたい」というもので、その願いは叶えられました。
こうして父から息子へ受け継がれた音楽がアメリカで花開くこととなったのです。

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  2021/08/27   animato

クラリネット五重奏 ラグタイム・ダンス

クラリネット五重奏 ラグタイム・ダンス
The Ragtime Dance
A Stop-Time Two Step
Scott Joplin

編成はクラリネット4本、バスクラリネットです。
サックス五重奏、木管五重奏、金管五重奏、は発売中です。

弾むように楽しい雰囲気のラグタイムをコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

クラリネット五重奏 ラグタイム・ダンス
The Ragtime Dance
A Stop-Time Two Step
Scott Joplin

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『ラグタイム・ダンス』(The Ragtime Dance)は、1902年にスコット・ジョプリンが作曲したラグタイムです。
1906年に改訂されていて、一般的に演奏されるのは改訂版のほうです。
ジョプリンの作品中では比較的有名な曲で、金管五重奏曲としても演奏される作品で、特に日本の管楽アンサンブルに火を点けた
フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのトロンボーン奏者であったジョン・アイヴソンが編曲したものが有名です。
ラグタイムにはストップ・タイム(Stop Time)という手法があります。ラグの絶え間ないリズムに乗りつつ、曲を一時停止するテクニックです。
通常は足踏み(ストンプ)を伴い、ストップタイムを強調する。足踏み以外は完全に休符にすることもあれば、
つなぎのメロディー(ブレイク)を弾くこともあります。
Scott Joplin は、その名もズバリの曲「Stop Time」(1910)や、この「Ragtime Dance」(1902-1906)などで使っています。

スコット・ジョプリンはアメリカ黒人が作り上げた音楽スタイル「ラグタイム ragtime」の中で、
最も良く知られている作曲家/ピアニストです。
明治維新の年にテキサス州テキサカーナで生まれ、1917年、ニューヨークで亡くなりました。
1885年から1893年にかけてはセントルイスのナイト・クラブで演奏し、90年代にはミズーリ州のセダリアで
ザ・クイーン・シティ・ニグロ・バンドでコルネットを吹いていました。
93年には、シカゴ万博にも出演しています。

当時のアメリカでは、楽曲はシート・ミュージック(楽譜)の売り買いによって世間に広まりましたが、
ジョプリンも例外ではなく「Please Say You Will」「Picture of Your Face」など自作曲の権利を売っていました。
彼にとって初めてのラグタイム曲となる「Original Rags」(1899年)も同様でした。
しかし、彼の代表作「メイプル・リーフ・ラグ Maple Leaf Rag」は印税契約という、当時の黒人としては異例の方法が取られました。
そして、この契約を申し出たジョン・スターク(白人)と共同歩調を取ることによってスコット・ジョプリンは、
ラグタイムの象徴となりました。
ちなみに「メイプル・リーフ・ラグ」(1899年)のシート・ミュージックは、発売されたその年だけで7万5千部も売れました。
ジョプリンはその後、たくさんのラグタイム曲を出版しましたが、彼の望みはバレーやオペラなど「格の高いジャンル」で
認められることでした。このような彼の意識背景には、アメリカの黒人差別がありました。
ジョプリンはバレー曲「The Ragtime Dance」(1902年)、オペラ「The Guest of Honor」(03年)を作曲しましたが、
ことごとくが失敗に終わりました(「The Guest of Honor」は出版されなかった)。
そうこうしているうちに、ラグタイムに影響され、より黒人色の強いジャズが台頭しきました。
ラグタイムがアメリカ最初の「自国の音楽」として欧米で持て囃されたのは19世紀末から1920年あたりだと言われていますが、
ジョプリンはまさにその短い時代に世に出て、そして亡くなったミュージシャンでした。
1910年頃には彼は梅毒におかされ、17年に亡くなりました。

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  2021/08/26   animato

サックス四重奏 アダージョ イ短調 K.540

サックス四重奏 アダージョ イ短調 K.540
Adagio in A minor, K.540

編成はサックスのソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
ソプラノの最高音はCです。
アルトの最高音はG、テナーの最高音はCisです。
クラリネット四重奏版、木管四重奏版は発売中です。

謎多きモーツァルト作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 アダージョ イ短調 K.540
Adagio in A minor, K.540

編成はサックスのソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
ソプラノの最高音はCです。
アルトの最高音はG、テナーの最高音はCisです。
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この曲は1788年に作曲されました。よく親しまれているハ長調のピアノ・ソナタ(K. 545)が作曲されたのも、この年のことです。
アダージョの4分の4拍子、ロ短調で書かれています。また、3部形式の形をとっていて、中間部では、冒頭のテーマがト長調で展開されます。
主要テーマは、半小節遅れて低音が入り、並進行をすることが特徴的です。
そして、曲全体を通して、ゆったりとしたアダージョの音楽の流れの中に、細やかな音価が散りばめられています。

モーツァルトの曲では非常に珍しい(唯一と言ってもよい)ロ短調という調性の曲です。 展開部を持った典型的なソナタ形式で書かれ、
6小節のコーダを伴います。 自作目録に「1788年3月19日 ウィーン」と記入されました。 
何のために書いたか分かっていないのですが、この年の8月に姉ナンネルに送ったピアノ独奏用作品の一つではないかと考えられています。

この作品に関連する手紙が残されています。
1788年8月2日
ぼくに腹を立てるのも当然です! でも、この郵便馬車でぼくの最新のクラヴィーア作品を受け取ったら、
それでもやはり怒るのかなあ? いや、そんなことはない! またすべてうまく行くと思いますよ。

父レオポルトの死後、遺産相続について姉弟の間で争いがあったことはよく知られています。 
そのような時期にこのロ短調のアダージョが書かれたこととの関係が説明できるわけでもなく、
また、この曲の前後の作品を見ても、作曲の動機となるようなヒントは見つかりません。 
作曲の目的が謎であるだけに、この短調作品はいっそう深く暗いイメージを聴く者に与えています。
また、捉えどころの難しい、もどかしさを感じるような作品でもあります。

アインシュタインは次のように記しています。
モーツァルトがかつて作曲したもののうちで最も完璧で、感覚的で、最も慰めのないものの一つである。 
長調の終結部は、この曲が或るホ短調ソナタのためのものだったことを暗示する。 
しかしこのような作品が、困難であると同時に幸福だった時期に、別に《目的》もなく、
モーツァルトのペン先から流れ出しえたのだと、単純に言ってしまったらいいのではなかろうか?

“神童”モーツァルトの生い立ちと遍歴
 モーツァルトは“ウィーン古典派”を代表する作曲家です。
同じ古典派の中では、ハイドンとベートーヴェンの間に位置しています。
ヴァイオリン奏者で作曲家の父レオポルトのもと、現オーストリアのザルツブルクに生まれた彼は、
5歳にして作曲を行い、8歳で最初の交響曲を書くなど、幼少から才能を発揮しました。
また、父に連れられて、イタリアやウィーンはもとより、ロンドンやパリに至るヨーロッパ主要都市へ旅行し、
神童ぶりを披露しながら、各地の音楽文化を吸収しました。

 13歳でザルツブルク宮廷楽団の無給(その後有給に)のコンサートマスターとなり、主に地元の行事や
コンサートのために数多くの作品を作曲しましたが、雇用主であるザルツブルク大司教コロレードとの関係が悪化。
1777~79年には、母親と共に「マンハイム・パリ旅行」に出て、
求職活動を行います。しかし成果は思わしくなく、旅行中にパリで母親が亡くなり、失恋もしました。
ただこれは、人生経験を深め、当時の音楽都市マンハイムやパリで多くのものを得るなど、重要な旅行になりました。
 1781年、大司教と完全に決裂し、ウィーンへ定住。1782年にはコンスタンツェと結婚し、
ピアニスト兼作曲家として大人気を獲得します。その後は円熟味を加えた名作を多数作曲。
しかし1791年、奇しくも「レクイエム」作曲のさなかに、35歳の若さで亡くなりました。
 ちなみに映画「アマデウス」などで知られる、ライバル作曲家サリエリによる毒殺説に根拠はなく、
研究者からは病死とみなされています。また、晩年は作風があまりに深化したため、一般に受け入れられなくなって、
借金に苦しんだといわれてきましたが、最近では実状とは異なるとの見方もなされています。

「フリーランス大作曲家」の先駆け
 モーツァルトがそれまでの作曲家と大きく違うのは、ウィーン移住後、宮廷や教会に所属することなく、
作曲、演奏、個人教師のみで生計を立てたこと。つまり大作曲家では初めてフリーランスで活動し、
ベートーヴェン以降の在り方の先駆けをなしました。
 作品の中で最も重要なのはオペラでしょう。特に円熟期の4大オペラ=『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』
『コジ・ファン・トゥッテ』『魔笛』は、それ以前の作曲家の作品とは比較にならないほど頻繁に上演されています。
このほか、第35番から第41番に至るウィーン移住後の交響曲、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」をはじめとする
セレナードやディヴェルティメント、オペラと並ぶ重要分野であるピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲やクラリネットなど
管楽器のための協奏曲、弦楽四重奏ほか各種の室内楽曲、ピアノ・ソナタ、教会音楽など、残された名作はあらゆる
ジャンルに及んでいます。
 彼の音楽は、伸びやかで美しい旋律にあふれています。同時に、大胆な楽器法や転調や和声が天才ならではの特徴です。
そして何より、絶妙に交錯する喜びと哀しみの情感が、聴く者を魅了してやみません。

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  2021/08/25   animato

木管四重奏「悲歌」カリンニコフ

木管四重奏「悲歌」カリンニコフ
Chanson Triste
4 Compositions for Piano 
Vasily Kalinnikov

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
Ob.はCl.に変更可能、Bsn.はBsCl.に変更可能です。
サックス四重奏版、クラリネット四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

素朴で飾らないロシアの魅力を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

木管四重奏「悲歌」カリンニコフ
Chanson Triste
4 Compositions for Piano 
Vasily Kalinnikov

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
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参考音源
https://youtu.be/o97YgcuShNw

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

カリンニコフの「悲歌」は、その美しく切ないメロディーゆえに愛されている作品です。
カリンニコフは決して有名な作曲家とは言えませんが、ロシア音楽が好きな方なら耳にしたことがあるかもしれません。

「悲歌」の5拍子のシンプルで美しい音楽は、まるでロシアの風景が浮かび出てくるかのようです。

ヴァシリー・カリンニコフ(Vasily Kalinnikov/1866年-1901年)は、ロシアのオリョールで貧しい警察官の家庭に生まれました。
音楽の才能の発揮したカリンニコフですが、青年期に最初の不幸が訪れます。
モスクワ音楽院に入学するも、経済的な理由で数か月で退学しなければならなくなったのです。

就職と同時期に肺結核
しかし才能のあったカリンニコフは、1892年に別の学校(モスクワ・フィルハーモニー協会の音楽学校)を修了後、
チャイコフスキーに認められます。そして1983年にイタリア歌劇場の副指揮者の職を手にします。
ここで二つ目の不幸が訪れます。
肺結核にかかり、仕事を辞めざるをえなくなったのです。
彼は闘病の中、作曲活動も続けます。
カリンニコフは2つの交響曲や管弦楽曲、ピアノ曲を残しましたが、34歳の若さで帰らぬ人となりました。

カリンニコフは34歳で夭折したロシアの作曲家です。長らく忘れられた存在でしたが、
その交響曲第1番が巨匠スヴェトラーノフによって演奏会に取り上げられたり、NAXOSによる
交響曲第1番・第2番のCD(テオドル・クチャル指揮ウクライナ交響楽団、1995年)が異例のベストセラーになり、脚光を浴びています。
むせかえるようなロマン溢れる旋律には、一度聴いたら忘れられない強烈なインパクトがあり、近年では日本でも、
人気レパートリーとして各地で演奏されています。
カリンニコフは薄幸の作曲家で、音楽院を卒業し、チャイコフスキーの推薦を得てモスクワで指揮活動を始めた矢先に、
27歳で結核に冒されてしまいます。以後、一線を退き、34歳で亡くなるまで、余生を温暖なクリミアで闘病と作曲に費やしました。
しかし、この療養生活でいくつかの魅力的な作品が残されたのは喜ばしいことで、師で友人のクルーグリコフに捧げられた
交響曲第1番は、紛れもなく彼の最高傑作です。クルーグリコフの尽力により実現した初演(1897年キエフ)は大成功を収め、
さらなる上演へと繋がりますが、カリンニコフ自身は闘病のためその舞台に立ち会うことはできませんでした。
当時のロシア音楽界の潮流は、西欧の作曲語法を積極的に取り入れたルビンシテイン、チャイコフスキーらのモスクワ楽派と、
反西欧を掲げて土着の素材にこだわった「五人組」らの国民楽派に二分されます。カリンニコフの作風は、
チャイコフスキーの洗練された書法の影響を強く受けながらも、ロシア民謡に根ざした土の匂いも色濃く残していて、
土臭いけれどもキャッチ―で分かりやすい、という固有の魅力を持っています。
交響曲第1番でも、濃厚な旋律に対し、木管楽器に縁どられた透明感あるオーケストレーションが施され、バランスを保っています。
カリンニコフのピアノ小品「悲しい歌 Chanson triste」で、スラヴ音楽特有の珍しい5拍子(3+2)で
書かれています(ちなみに、5拍子の曲でまず思い出されるチャイコフスキー「悲愴」第2楽章は、2+3の5拍子です)。
そして、同じ調性(ト短調)で書かれた交響曲第1番や、ドヴォルザークの交響曲第8番などと同様、
エオリアンスケール(自然短音階)でト短調と変ロ長調の空間を行き来する響きが何とも温もりのある郷愁を感じます。
1世紀の時を経て人気が再燃しつつある作曲家カリンニコフの秀作です。

カリンニコフは、2つの交響曲といくつかの付随音楽、そして多数の歌曲を遺しました。
いずれの作品もみな、ロシア民謡の特徴に根ざしています。2つの交響曲、なかでも《交響曲 第1番》は、
20世紀初頭に頻繁に演奏されました。
2曲の完成された交響曲こそは、美しい民族的な旋律と、色彩的な管弦楽法ゆえに、カリンニコフの代表作と言えます。
どちらの曲もほとんど病床で作曲されたものですが、生への希望に満ちた明るさが感じられます。
おそらく、作曲者は、これらの曲を実際に聴くことはなかったでしょう。
カリンニコフの作風は、おおむねチャイコフスキーに倣って西欧的な楽曲構成法を採っていながらも、
旋律や和声法に民謡や民族音楽の影響が自明であるように、国民楽派(「五人組」)からの影響も見られます。
このようにカリンニコフは、モスクワ楽派とペテルブルク楽派のいずれかに与するのではなく、
その両方の伝統の美点を折衷した作曲家でした。

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  2021/08/24   animato

金管五重奏曲 第1番「シンフォニー」第3楽章:エワルド

金管五重奏曲 第1番「シンフォニー」第3楽章:エワルド
SYMPHONY for Brass Quintet
Victor Ewald

編成はTp.2本.、Hn.、Tbn. or Eup.、Tuba.です。
ロシア音楽の名曲をコンテストやコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。
第1楽章、第2楽章は発売中です。

金管五重奏曲 第1番「シンフォニー」第3楽章:エワルド
SYMPHONY for Brass Quintet
Victor Ewald

編成はTp.2本.、Hn.、Tbn. or Eup.、Tuba.です。
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参考音源
https://youtu.be/vpq9DRVgzek

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲はロマン派のオーソドックスな形式、和声法が用いられ、伝統的手法とロシアの民族的要素がうまく結合されていて、
歴史の浅い金管室内楽曲の重要なレパートリーとなっています。
金管5重奏曲の代表作として金管奏者なら誰でも1度は出会う名曲です。エワルドのこのシリーズは、1番から3番までありますが、
アンサンブル・コンテストでは、圧倒的にこの作品が演奏されています。さらに各楽章ごとに選曲されることも多く、
その中でも第3楽章が最も人気です。
この編曲版はライプツィヒ版(原典版)をベースとして、現代の演奏スタイルにマッチした最小限の改訂を施しています。

ヴィクト(ー)ル・エワルド(またはエヴァルド、エヴァルト)(Victor Ewald, 1860年 - 1935年 サンクトペテルブルク)は、
北欧系もしくはバルト系のロシアの作曲家です。主に金管楽器の合奏曲が有名です。

子供の頃からチェロやホルン、コルネットを学んでいて、モスクワ音楽院でさらに専門的に演奏や作曲・音楽理論を学びましたが、
ペテルブルク大学で建築・工学を学び、土木技師として生計を立てました。豪商ベリャーエフのサークルの一員であり、
その出版社から金管合奏のための数々の室内楽が出版されました。ロシア民謡集も出版しています。
作曲家としては、ロシア情緒と西欧的な均整美の釣り合いのとれた作風で、チャイコフスキーやボロディンの影響が
指摘されています。

ロシア音楽の革命家~ヴィクトル・エワルド

作曲当時に使われた楽器=ピリオド楽器を主体とするブラス・アンサンブル“プリンス・リージェント・バンド”による
“スターリン体制の時代に抑圧された作曲家の作品”です。
1930年代のソビエトでは、スターリンの名の下に大粛清が行われ、数多くの外国人たちも追放されてしまいました。
エワルドはモスクワ音楽院で作曲を学ぶと同時に、ペテルブルク大学で建築を学んだ才人です。
ベリャーエフのサークルに属し、作品も多く残るなどベーメとは対照的な生涯を送った人です。

サンクト・ペテルブルグにつどった音楽家たち
 バルト海に臨む風光明媚なロシアの古都サンクトペテルブルグは18世紀はじめ、皇帝ピュートル1世の時代にこの名を与えられて以来、
学術・文化の中心地としてこの街は永く栄えてきました。トルストイをはじめ、文豪たちの数多くのロマンの舞台として描かれてきた街です。
歴史のさまざまな風雪に耐え、今世紀初頭の革命をきっかけに「レニングラード」と改名されましたが、1991年のソ連解体後、
かつての「サンクトペテルブルグ」という名称を取り戻しました。 
音楽の歴史に目を向ければ、チャイコフスキーをはじめとするロシアの楽匠たちの名曲やオペラの多くは、
このサンクト・ペテルブルグで初演され、ここから世界の楽壇に広まっていきました。

 このようなロシア音楽の発展の流れを思い起こすとき、必ず引き合いに出される人物がいます。
ミトロファン・ペテロヴィッチ・ベリャーエフ(1836~1904)は、ペテルブルグではもとより、ロシアでも有数の資産家でした。
父親から受け継いだ広大な森林を元手に、材木商としてゆるぎない地位にあった彼は、音楽の庇護者たることを最大の生きがいとしていました。
1880年頃から楽譜出版を手がけたり、コンサート協会を設立するなど、自国の作曲家たちを世に出すことにさまざまな角度から力を尽くすようになりました。
ちなみにベリャーエフが興した出版社は後にドイツのフランクフルトに移され、現在も営業を続けています。 
そのような人物でしたから、ベリャーエフの広い邸宅にはプロ・アマを問わず多くの音楽家たちがつどい、
やがて金曜日の夜ごとに、室内楽の演奏会が開かれるようになりました。
演奏の主体は弦楽四重奏でしたが、ときにはピアノをまじえた三重奏、五重奏、さらにそれ以上の編成でも行われました。

「曲作り」が生計のためではなかった当時のロシアのほとんどの「作曲家」たちにとって、ベリャーエフ邸での《金曜日の夜のつどい》は、
自分たちの新作の室内楽曲を気軽に発表できる場でもありました。海軍の軍人リムスキー・コルサコフ、化学者ボロディン、
近衛仕官ムソルグスキーら、世紀の楽匠たちが本職のかたわらに書き上げた作品を持ち寄り、ときには自ら演奏に加わり、
音楽談義に花を咲かせたのです。
その《金曜日の夜のつどい》はいつも《酒宴》に形を変え、深夜の3時頃まで続いたといわれています。
 ベリャーエフ自身もヴィオラを担当していた《金曜日の夜》の弦楽四重奏団の中に、ひとりの青年技師がいて、チェロを弾いていました。
その青年技師の名前こそヴィクトル・ヴラディミロヴィッチ・エヴァルドでした。

エヴァルドと音楽の出会い
 ペテルブルグ生まれのエヴァルド(1860~1935)は、12歳の頃から当市の音楽院でコルネットを習い始めました。
同じ頃、ピアノやチェロ、ホルンなども手がけたと伝えられています。
 ロシア帝国のこの首都には、フランスのコルネットの名手ジャン・バティスト・アルバン(1825~1889)が毎年のように演奏に訪れたし、
ドイツのバロック・トランペット奏者ユリウス・コズレック(1825~1905)も、バッハのプログラムなどによって優れた技を披露しました。
彼らのコンサートは、もともと音楽好きな少年エヴァルドの金管楽器に対する情熱を、高めていく糧となりました。
ただ、いつの頃からかエヴァルドの金管楽器熱は《ホルン》に集中するようになりました。評伝にみられるこの《ホルン》が、
《フレンチホルン》をさすのか、それともかつての吹奏楽で中低音域を占めていた一連の楽器族(アルトホルン、テナーホルンなど)のことなのかは
不明です。
後年はオーケストラでトロンボーンを吹いていましたし、自作の4曲の金管五重奏曲の初演の際にはチューバを担当したとも伝えられているため、
ひと通りの金管楽器はそれなりにこなせたと考えられています。

しかし、これらは「音楽愛好家」エヴァルドのほんの一面に過ぎません。先述のペテルブルグきっての音楽サロンというべきベリャーエフ邸で、
弦楽四重奏団の一員として演奏した彼のチェロの腕前は相当なものだったはずです。また、ロシア各地の民謡を採集する、
在野の学究らしい一面もありました。  
もちろんエヴァルドは本職の技師としても有能で、仲間の信望も厚かったことでしょう。
教師として勤めていた工業学校で、晩年は校長に任命されたのでした。

4曲の金管五重奏曲について
 エヴァルドの4曲の金管五重奏曲からは、帝政ロシア末期のペテルブルグの、落ち着いた楽壇の雰囲気が伝わってくるようです。

 『金管五重奏曲第1番』は彼の作品のうちで、最もよく知られた作品です。作曲年は不明ですが1912年にベリャーエフによって初版出版されました。
編成は当初、2本のコルネット、アルトホルン(変ホ)、テノールホルン(変ロ)、およびチューバと指定されていました。

 この曲を『金管合奏のための交響曲(Symphony for Brass Choir)』という表題にしている版もあります。
その版は低音部をバリトンとチューバとにわけて全体を6声部とし、「合奏」としての効果をねらった後世の編曲です。
「六重奏」で演奏されることも少なくありません。

 『金管五重奏曲第2番』と『第3番』の2曲は、永い間その存在が知られていませんでした。
ロシアに眠っていたこれらの楽譜を《西側》に持ち出したのは、かつてのレニングラードを研鑚のために訪れていたノルウェーの
ホルン奏者F.R.ヴェクレでした。
その楽譜が、後に親交を得た米国の「エンパイア・ブラス」のメンバーの目に止まり、この卓抜のアンサンブルによって1970年代に
初めて録音されました。作曲年はいずれも不明です。

『金管五重奏曲第4番』は、エヴァルドの出世作ともいえる弦楽四重奏曲からの編曲です。ペテルブルグで1893年に室内楽の作曲コンクールが開かれました。
チャイコフスキーやリムスキー・コルサコフらが審査員をつとめたそのコンクールで、入賞したのがこの曲の原曲です。
金管アンサンブルに書き直したのが誰かは不明とされていますが、初演にエヴァルドがチューバ奏者としてかかわっていたという
先述の仮説から、彼自身が編曲したと考えられています。

 かつては金管アンサンブルのオリジナル作品といえば、スタイルはともかく、儀式や祭典のためのもの、ないしはファンファーレ風の
小品が主流でした。
しかし、弦楽重奏の趣をひそめて書かれたエヴァルドの一連の金管五重奏曲は、その後のこのジャンルの音楽の方向性の広がりを
予見させるる作品群と言えるでしょう。

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  2021/08/23   animato

クラリネット七重奏 夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)

クラリネット七重奏 夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)
(Winthrop Rogers Festival Series)
To Be Sung On a Summer Night On The Water
Delius,F. ディーリアス
To be sung of a summer night on the water: 2 Unaccompanied Part Songs

編成はCl.5本、Alto.Cl.、Bs,Cl.です。
サックス七重奏版、木管七重奏版、金管七重奏版は発売中です。

ディーリアスによる近代音楽の魅力を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

クラリネット七重奏 夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)
(Winthrop Rogers Festival Series)
To Be Sung On a Summer Night On The Water
Delius,F. ディーリアス
To be sung of a summer night on the water: 2 Unaccompanied Part Songs

編成はCl.5本、Alto.Cl.、Bs,Cl.です。
サックス七重奏版、木管七重奏版、金管七重奏版は発売中です。

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参考音源
https://youtu.be/4Tqe3yqCjS0

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「夏の夜、水の上で歌うための(2つの水彩画)」は2曲から成る、無伴奏合唱(2曲目にテノールのソロが加わる)のための作品です。
透明感、清涼感のあるハーモニーで、ディーリアス作品の中でも極めて美しい音楽です。
作曲家でありディーリアスの『代筆者』であるエリック・フェンビーが、この曲を弦楽合奏のために編曲し
「2つの水彩画」というタイトルを付けています。

無伴奏の無歌詞による2曲の小品からなっていて、1曲目は合唱で「アァ~」と歌われ、
2曲目はテノールのソロが「ラララ~」と合唱をバックに歌います。
それぞれ2分前後の小品ですが、実に涼やかで夏の夜の静けさを感じさせる秀曲です。
去り逝く夏を惜しむ様子も充分窺われる作品です。
パリ郊外のグレ・シュール・ロワンに長く住んだディーリアスは、ロワン川をイメージして作曲しました。

フレデリック・シーオドア・アルバート・ディーリアス(Frederick Theodore Albert Delius CH 1862年 - 1934年)は、
イギリスの作曲家です。本名はフリッツ・シーオドア・アルバート・ディーリアス(Fritz-)です。
過去には日本語で「デリアス」と表記されることが多かったのですが、より原音に近い「ディーリアス」が一般的となりました。
イングランド北部の裕福な商人の家庭の生まれでしたが、ディーリアスは商売の道に進みたがりませんでした。
1884年にはオレンジのプランテーションを運営するためにアメリカのフロリダ州に送られるものの、
仕事を放棄した彼は黒人音楽に感化されて作曲を行うようになりました。
1886年からしばらくはドイツで正式な音楽教育を受け、パリに移って職業作曲家としてのキャリアを開始しました。
その後、遠く離れないグレ=シュル=ロワンに居を構えて、その地で妻のイェルカ・ローゼンと共に大戦時を除く生涯を過ごしました。

ディーリアスが最初に成功を手にしたドイツでは、1890年代終盤からハンス・ハイムをはじめとする指揮者が
彼の作品を紹介していました。祖国のイギリスにおいては、トーマス・ビーチャムが作品を取り上げた1907年より、
彼の音楽は演奏会のプログラムの常連となりました。
ビーチャムの貢献は1909年のロンドンでの「人生のミサ」の前全曲初演(彼は1908年にドイツで第2部の初演も行っています)、
1910年のロイヤル・オペラ・ハウスにおけるオペラ「村のロメオとジュリエット」の上演、1929年の6日間にわたる
ディーリアス音楽祭の開催、また多くのディーリアス作品の蓄音機録音などがあります。
ディーリアスはパリ時代の初期に梅毒に感染し、1918年からはこの病に苦しめられることになりました。
彼は身体が麻痺すると共に視力を失いましたが、代筆者のエリック・フェンビーの助けを借りて
1928年から1932年の後期作品の作曲を行いました。

ディーリアスの初期作品に見られる叙情性には、彼がアメリカで耳にした音楽と、リヒャルト・ワーグナーや彼と親交があった
エドヴァルド・グリーグなどのヨーロッパの作曲家の影響が見られます。その後、彼は自らの技法を確立していき、
オーケストレーションや半音階的和声法に特徴付けられる独自の様式を築き上げるに至りました。
1962年に彼の熱心な支持者らが設立したディーリアス協会は、ディーリアスの生涯と作品に関する周知活動を続けていて、
毎年若手音楽家に授与されるディーリアス賞のスポンサーにもなっています。

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  2021/08/22   animato