金管五重奏 ジムノペディ第1番
3つの『ジムノペディ』 (Gymnopedies) は、エリック・サティが1888年に作曲したピアノ独奏曲です。
第1番 ゆっくりと痛ましげに (Lent et douloureux)
編成はトランペット2本、ホルン、トロンボーンまたはユーフォニアム、チューバです。
2番トランペットはホルンまたはトロンボーン、ユーフォニアムに変更可能。
ホルンはトロンボーン、ユーフォニアムに変更可能。
その他、木管、サックスなどの五重奏も可能。
サティの魅力を、ぜひ演奏で表現してみてください。
金管五重奏 ジムノペディ第1番
3つの『ジムノペディ』 (Gymnopedies) は、エリック・サティが1888年に作曲したピアノ独奏曲です。
第1番 ゆっくりと痛ましげに (Lent et douloureux)
編成はトランペット2本、ホルン、トロンボーンまたはユーフォニアム、チューバです。
2番トランペットはホルンまたはトロンボーン、ユーフォニアムに変更可能。
ホルンはトロンボーン、ユーフォニアムに変更可能。
その他、木管、サックスなどの五重奏も可能。
サティの魅力を、ぜひ演奏で表現してみてください。

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参考音源
https://youtu.be/irRf88nQEV0
アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3
サティの初期の代表的なこの3曲にはそれぞれ主題があります。
第1番 ゆっくりと痛ましげに
第2番 ゆっくりと悲しげに
第3番 ゆっくりと厳かに
3曲とも4分音符以上の長い音符のみで作曲されており、
テンポの遅い3拍子ということでとても簡素な印象を受けます。
機能和声や対位法を用いた論理的な構成を持った曲とは異なります。
後に発展するミニマル・ミュージックに見られる終始一貫した同型反復と、
それに重なる長調とも短調ともつかない独特な旋律が特徴的です。
1番と3番は当時、ドビュッシーによって管弦楽曲に編曲され、
また現在に至ってもポップスやジャズなどの世界で様々なアーティストがアレンジしています。
曲名の「ジムノペディ」は古代ギリシャの神々をたたえる祭典(ジムノペディア=裸の踊り)からとられています。
この祭典は、人々が酒によって大騒ぎをし興奮して死人も随分出る程激しいものでした。
しかしサティはジムノペディアの様子を描いた静かなたたずまいの古代の壺を見て曲想を得たため、
曲は終始ゆっくりと静かです。ユーモアとも皮肉とも感じられる、当時の音楽界の保守的な雰囲気を嫌っていた、
若かりし頃のサティらしい発想だったのかもしれません。
どこか物憂げ美しく、つかみどころのない旋律。テレビや映画、
街中で、エリック・サティの音楽を耳にしたことのない人は、いないといっても過言ではないでしょう。。
クラシック音楽の世界からは「異端児」とされ、一方で「現代音楽のルーツの1つ」と称されるエリック・サティ。
1866年フランスに生まれ、59才でその生涯を閉じるまでに、
後世へまで影響力を持つ数多くの音楽作品を残しました。
「パリ音楽院で最も怠惰な生徒」。これが「音楽界の異端児」と呼ばれたエリック・サティの
学生時代の評価でした。優等生とは程遠い生活を送っていたサティは、パリ音楽院を中退し、
何を思ったのか軍隊へ志願入隊します。しかしその軍隊も1年で除隊となったサティ。
1887年、22才で足を踏み入れたのが、当時パリの中でも画家や詩人、
ダンサーなどの若い芸術家たちが集い、自由な雰囲気をたたえていた街・モンマルトルでした。
サティは、17世紀頃から300年近く続いていた西洋音楽の伝統「調性音楽(長調や短調など機能和声に基づいた音楽)」、
いわゆる「ドレミファソラシド」のルールを壊した張本人と言われているのです。
モーツァルトもベートーヴェンもワーグナーも「調性音楽」という枠の中で作曲していたけれど、
サティはそれをぶっちぎって、グレゴリオ聖歌(9世紀頃に発祥したローマ・カトリックの宗教音楽)で
使われていた音階「教会旋法」を、クラシック音楽に初めて持ち込み、「無調」といわれる音楽の先駆けになりました。
そして、ドビュッシーやラヴェルが続き、シェーンベルクが「十二音技法」という無調音楽の作曲技法を確立し、そこから現代音楽が花開いていきました。
さらにそれはジャズや今のポッブスにもつながっています。
つまり伝統的なクラシック音楽と今の音楽をつないでいるところにサティがいるのです。
?エリック・サティという作曲家は、異色の作曲家といわれます。
これは比較的穏当な描写ですが、なかには、“異端児”とか“変人”と称される場合もあります。
こういったレッテルが貼られる最大の所以は、サティが常に己の心の命じるところに正直に生きところにありました。
自分らしく音楽に向き合うことが常識への挑戦となったのです。
サティは、名誉や権威を(過度に)求めることなく、真摯に理想の音楽を追求しました。
その結果、現代の音楽につながる、新しい扉が開きました。サティの功績には偉大なるものがあります。
そのサティが書いた数ある作品の中で最も有名で、かつサティの目指した音楽の原型が明確に刻まれているのが「ジムノペディ」です。
ジムノペディとは、ギリシア語の gymnos(裸の)と pais(子ども・少年)という意味からなり、
裸体の少年たちが、踊ったり体操風の遊戯を行ったする古代スパルタの神々(古代ギリシアの戦没兵士)を
祀るための儀式の名称「Gymnoppaedic」から、エリック・サティーが作った造語です。
日本では、戦前に早坂文雄と共にサティ作品の演奏・紹介に努めていた伊福部昭が、
1951年に著した「音楽入門―音楽鑑賞の立場」において『人類が生みえたことを神に誇ってもよいほどの傑作』と絶賛していました。
また、この曲には気分を落ち着かせる効果もあるとされ、例えば病院における血圧測定中に心身の緊張をほぐすBGMとして流されたり、
精神科などでは心理療法の治療の一環として使用されることもあるそうです。
アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/