実践的編曲法講座 [はじめに]
■内容について
音楽を演奏する場面の多くは、準備された楽譜をそのまま使用できることは幸運な場合でしょう。編成や演奏目的が違えば、そこに編曲の必要性が生まれてきます。この解説は学校音楽や吹奏楽を中心とした合唱・合奏のための楽曲を編曲する範囲に限定しています。また内容は筆者の私的解釈によるものです。ご意見などをお寄せ頂き、譜例も活用しながら改編する予定です。■編曲といっても
編曲は「楽曲を本来の形態から他の演奏形態に適するように改編すること」とされています。一言で編曲といっても大きく二つの領域があります。1.トランスクリプション(編成の置き換え)
2.アレンジメント(自由で創造的な編曲)前者は単純ながら最も原理的な編曲の営みであり、原曲(オリジナル)の雰囲気を最優先した編成の置き換え作業です。後者はパラフレーズのように拡大・展開された新たな楽曲作品として認められるべきでしょう。どちらの領域で編曲を行うのかについて、はっきりとした目的意識をもって作業を進めなければなりません。
[編曲法の原理]
■素材としての音
編曲に際しては作曲の際と同様に音を素材として認識しなければなりません。素材としての音は大きく次のように分けられます。
1.音域
高音域・中音域・低音域など演奏させる音域(それに適した楽器や声)を使い分けます。2.音色
楽器や声の音色的キャラクターを把握して素材として使い分けます。またそれら複数の音色を組み合わせてブレンドし、効果的なアレンジを実現させます。3.強さ
音の重なり具合やダイナミクスの指示によって、緊張・緩和を自在に表現します。4.速さ(テンポ)
曲想やテーマの変奏に適した速度を認識して使い分けます。■どんなスタイルなのか
トランスクリプションの場合は原曲のスタイルを十分に理解して、その雰囲気を生かしながら作業を進めなければなりません。また特にアレンジメントの場合はどんなスタイルにしていくのかを最初に決定しておく必要があります。マーチ・ラテン・ロック・スウィングなど、そのスタイルによって曲の雰囲気は大きく変わります。
[編曲の技法]
■編成の決定
リズム・メロディー・ハーモニー、それぞれの役割を担う楽器を構想しておくことが必要です。スタイルによっても編成(特に打楽器)を考慮し、音(パート)に役付けをしておかなければなりません。どの楽器にメロディーを担当させるのが妥当か(調性の決定にもかかわる)ハーモニーの充填はどの楽器を使うのかによっても楽曲の雰囲気が左右されます。
■調性の決定
編成とともに各楽器の音域や声域に配慮して調性を決定します。しばしばシャープ系は冷たくフラット系は温かいといった調性のキャラクターが論じられることがあります。弦楽器はシャープ系、管楽器はフラット系が得意です。その根拠は弦楽器においての音程変化は上行(指板を押さえて弦を短くする)させることにより、管楽器においての音程変化は下行(管を伸ばす)させることによっているからです。また、管楽器はフラット系の管種(基音)が多く、それぞれの得意とする調があります。それらを考慮して調性の決定します。転調をする場合は、その関連性も考えておかなければなりません。
参考→ : New! 5度圏
参考→ : New! 近親調
参考→ : 実音表記・読み替え表
■全体の起承転結
前奏・間奏・後奏、反復などが有機的に横の繋がりを形成できるよう、音楽の起承転結を念頭に置いて計画を練っておかなければなりません。主題がスタイルを変えて何度も現れるようなアレンジメントの場合は、いっそう包括的な計画が必要です。
■ダイナミクス
静かに始まり、賑やかに終わる。賑やかな始まりで静かに終わる。縦の重なり(オーケストレーションの厚さ・薄さ)や打楽器でダイナミクスを操ることで楽曲における横の流れが形成されます。リズムや伴奏音型によってもダイナミクスの操作が可能です。
■バランス
適切なバランスで浮き上がる主題を表現できます。逆に様々なモティーフや音型が雑踏のように鳴り響くことで賑やかさや華やかさを表現できます。どちらの場合も最適なバランスを意図して書かなければなりません。そうでなければ厚すぎるハーモニーの充填で主題が埋没してしまったりモティーフのどれかが聞こえにくくなってしまうからです。また、打楽器の濫用にも注意しなければなりません。多用し過ぎは大変危険です。打楽器は効果的で最小限の意図的な使用にとどめるのが賢明です。
高音域に比べて中低音域を厚めに書くと落ち着いた安定感が得られます。高音域を中心に鳴らす場面ではドッシリとした感じではなく緊張感や澄んだイメージの音になります。打楽器の使用もシンバルやトライアングル・スネアドラム・グロッケンシュピールなどは高音域、ティンパニや大太鼓は低音域となります。この点でのバランスも考慮に入れることが肝要です。
[楽曲の構成要素]
■音楽の組立
音楽の組立で基本的な作業原理というのは「共通の素材をどのように配置構成するか」です。素材や要素は反復して現れます。時には形を変えて展開されたものが使われます。反復して現れるからこそ素材であると言えます。編曲の際にはこれら素材や要素を意図的に配置することが望ましいのです。
■モティーフ
モティーフ(Motive)は構成要素の最小単位です。モティーフは反転・拡大・縮小・逆行・模倣(動きの特徴だけを用いる)といった変化を伴って使用されます。
■フレーズ
フレーズは楽句と訳されます。モティーフのように分割や変化を伴わずにそのまま使用します。
■フィギュア
フィギュアは一組になった音群です。その動きに独自の形が認められます。伴奏型やメロディの応答、「つなぎ」としても使用します。フィギュアが変わることによって楽曲の「括り」が変化したことを感じさせることができます。
■リズム
リズムはある一定のパターンが認められる要素として用います。楽曲に統一したスタイルを持たせるためにはリズムの選択も重要です。
参考→ : New! フィルイン
[楽器法的な視点]
■各楽器の音域
楽器や声には一番得意とする音域があります。声は個人差がありますが、おおよそ4つのパートで音域を把握しておくと書きやすいでしょう。各楽器や声に共通することとして重要なことは、音域の中でも下のような性格があるということです。もちろん楽器毎に独自のキャラクターの変化が見られます。
高音域 → 張り詰めた緊張感、音程を外しやすい。
中音域 → 安定した穏やかな感じ、信頼性が一番高い。
低音域 → 不安定で弛緩した感じ、特に管楽器では音程を取りにくい場合がある。響きが緩慢である。
注1)この表で示す音域は筆者の私的解釈のもと、編曲時に学生でも演奏できると考えている音域です。
注1)表記は移調楽器を含み、すべて記譜音(実音ではない場合がある)です。従って管楽器は管種によって記譜のC(ド)が違った音になります。参考→ : 実音表記・読み替え表
参考→ : New! 倍音
■各楽器のキャラクター
楽器には、それぞれ固有のキャラクターがあります。それは個人差があって一言で表現できるものではありません。音色から想起できる暖かさや冷たさ、素早いパッセージの得手不得手、音量など楽器固有の持ち味を100%生かせるような編曲をしたいものです。
フルートは他の木管楽器と違って、エアリードという空気の流れの振動により発音します。音域は高く音色は明るく澄んでいて優美さや繊細さを持っています。冷たさを感じることもできます。
クラリネットは中音域を中心に管楽器の中では一番音域が広く木管楽器の主役的存在です。ファミリーも幅広く、一般的な音色は独特の丸みがあり暖かみを感じる音色の楽器です。
サクソフォンの音色は人間の肉声にとても近く様々な表現ができます。アルトサックス*2、テナーサックス、バリトンサックスが一般的編成です。時にソプラノサックスを加えることもあります。迫力ある攻撃的な音や柔らかく澄んだ音も持っています。金管楽器の持つ音量と木管楽器の機動性を兼ね備える楽器です。
トランペットは金管楽器の主役といえるでしょう。高音域を直進性のある輝かしい発音をします。哀愁のある音色も出せますが、力強さが全面に出る楽器です。
■各楽器の相性
楽器は単独でフレーズを担当させることもありますが重ねて使うことで新たなキャラクターを生みだします。トランペットとトロンボーンといった直進性のある同族楽器を重ねることで、その性格を強めるはたらきを期待できます。逆に柔らかい音色と芯のある音色を同時に使うことで立体感を表現することもできます。またピッコロとファゴットの2オクターブ・ユニゾンなど定番の重ね方にも独特な味わいがあります。
[和声法的な視点]
■重複音の禁則など
和声的な充填で気を付けなければならないのは「三和音の3度をバスが受け持つ(第一展開型)際には3度を重複させない」などといった重複の禁則を避けることや、導音の二度上行を守ることで心地好い和声効果を保たなければなりません。
■代理和音・ナポリ調など
伝統的な和声法で言うところのラモーの五六の和音(下属和音 IV とその代理 II6 を重ねた和音)など主要三和音以外の代理和音(副三和音)も念頭に入れなければなりません。また、ナポリのII(ナポリの6度)といえば短調でIIの三和音で根音を半音下げたものです。フランスの II(II の第3音を半音上げたもの)、ドリアの IV(IV の第3音を半音上げたもの)などがあります。進行に禁則もあって神経を使いますが楽曲のスタイルによって独自の雰囲気作りにはテンション・コードのみならず、これらの変質和音も身に付けたいものです。
参考→ : 教会旋法の試聴
■転調
転調には楽器群の音域や声域の必然から発生するものと、楽曲の表現方法としての効果を期待して発生するものがあります。前者の場合は適切な調を選択することに難はありませんが、一定の効果を狙う場合は熟慮しなければなりません。一般に行進曲でのTrioが下属調に転調し、再度主調(Trioから見た属調)に戻ることが慣例になっていることからも解るように。5度上方(属調)への転調は「躍動」「緊張」といった雰囲気を持ちます。5度下方=4度上方(下属調)への転調は「弛緩」「減退」という雰囲気を持ちます。これら2つの調以外にも平行調(ハ長調とイ短調の関係)、同主調(ハ長調とハ短調の関係)の近親調へ転調する場合は多く見られます。
それ以外には
1.共通する和音内の構成音を読み替えて(単音で保続する場合もある)転調する場合
2.減7の和音を使ったエンハーモニック(異名同音的)転調
3.和声的な処理(終止形)を省いて突然転調する場合もあります。意外性を狙う場合は3.が効果的であるとも言えます。
参考→ : New! 転調
参考→ : New! 5度圏
参考→ : New! 近親調
■セブンス・テンション(注2)
クラシックの機能和声を基本とした編曲ではセブンス・コード程度で事足りるのですが、ポピュラー音楽やジャズにはテンション・コードは欠かせません。
注2)三和音上に七度音程を付加してできる和音をセブンス・コードといいます。属七の和音(ハ長調ではG7)は主要三和音に次ぐ重要な和音です。三和音に付加された音で9th、11th、13th の音をテンション・ノートといいます。テンションとは緊張を意味し、セブンスコードに音を付加して緊張感のある和音にできます。テンション・ノートが付加されたコードをテンション・コードと呼びます。
[対位法的な視点]
■様々な音域の充填
主旋律に対してフィギュアやオスティナート、アルペジオ、吹き伸ばし(弾き伸ばし)などで様々な音域の充填を図ります。その際に横の動きには注意が必要です。可能な限り順次進行を心掛け、連続1度・8度・5度、並達1度・8度・5度の禁則も守ることが賢明です。増音程進行・減音程進行・複音程進行も避けなければなりません。
■オブリガート.対旋律
主旋律に対する音域や音色の対比を考慮しながらも2度進行(順次進行)3度進行・4度進行・5度進行・8度進行の範囲でモティーフやフィギュアを効果的に使った魅力あるオブリガートは音楽的な遠近感や色彩感を確固たるものにします。適切な配置を心掛けましょう。
[その他の技法]
■トリル・グリッサンド
「よごし」の技法とも呼ばれるトリルやグリッサンドなども適切に使用し、効果を狙いたいものです。「よごし」の技法なしに平板で稚拙・貧弱感を拭えない作品となってしまうことに注意を払います。特にR.シュトラウスに限らず好んだホルンにおける強奏ユニゾンのグリッサンドは目を見張る効果があります。しかし何事も多用は禁物です。新鮮な印象の範囲を越えないよう心掛けましょう。
■トレモロ・音塊
吹き伸ばしによる充填だけでなくトレモロや音塊も独自の効果があります。
1.緊張感を持続させる。
2.勢いを伴った急激なcresc.などで次ぎのフレーズへ導入を促す。
3.突然爆発するような音楽的効果を狙う。
4.主に中音域でふくらみ、消えていく様を表現する。■ピッツィカート
弦楽器で用いられる奏法ですが軽く弾んだ印象は効果抜群です。管楽合奏や吹奏楽などではスタッカート奏法で模倣的な効果を上げることが出来ますが、撥弦楽器や鍵盤楽器によって十分に補える余地があります。筆者にとっても重要な研究課題であり、今後も積極的な使用と検証を進めていきたい表現方法です。
■sul G・ハーモニクス
これも弦楽器(バイオリン)で用いられる奏法で、指定部分全ての音をG線で弾くという意味の楽語です。高音楽器の低音域はクラリネットなどで顕著に同じ効果が得られます。フルートの低音域は不気味さを持っていますが、音量の点で周囲の配慮が必要です。オーボエの低音域は雑然とした独特の雰囲気が表現できますがピッチやブレスのコントロールに熟練を要します。
一方、ハーモニクス奏法も弦楽器で用いられる独特の音色です。管楽合奏や吹奏楽で表現することは極めて困難ですが可能性は研究の余地があります。グロッケンシュピールのボウイング(弓で弾く)や超高音域を避けたフルートやピッコロ(時にはエスクラリネット)で効果的に補うことができます。いずれもハーモニクス奏法の持つ繊細さを失わないことが最大の留意事項でしょう。
[前奏・間奏・後奏]
■前奏(オープニング)
一般的に前奏はなめらかに主題の提示ができるよう、また主題を引き立たせるように書きます。華やかな強奏であっても静かな始まりでも主題部分との整合性を持った方が無難です。そのため、しばしば主題のモティーフを何らかの形で用いることがあります。
■間奏(ブリッジ)
間奏は主題部分の反復をつなぐ役割を果たしますが、主題と無関係なモティーフで雰囲気を換える場合があります。多くの場合は主題部分の変奏的要な性格が見られます。少なくとも主題部分とのオーケストレーションに変化や落差を持たせた方が楽曲の輪郭が明示できるはずです。
■後奏(エンディング)
後奏は楽曲全体を終止するのが最も大切な役割です。その内容は回想であったり「はじまり」(前奏)とのつながりを持たせたり、全く違った雰囲気に転換したりと多種多様です。しかし、ダイナミクスやオーケストレーションは楽曲の流れに添ったものが用いられなければなりません。
以上
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