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2022年8月

クラリネット五重奏 メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「信頼」

クラリネット五重奏 メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「信頼」 Op.19-4 U 73
Lieder ohne Worte Heft 1 "Confidence" A-Dur Op.19-4 U 73
Mendelssohn, Felix

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
金管五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版は発売中です。

可愛らしくもロマンチックで優美なメロディーを、ぜひお楽しみください。

クラリネット五重奏 メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「信頼」 Op.19-4 U 73
Lieder ohne Worte Heft 1 "Confidence" A-Dur Op.19-4 U 73
Mendelssohn, Felix

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参考音源
https://youtu.be/8xuOxItKlUM

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『無言歌集 Lieder ohne Worte』は、メンデルスゾーンが生涯にわたって作曲したピアノ独奏のための作品集です。
全8巻からなり、各巻6曲ずつで合計48曲が収められています。
メンデルスゾーンのピアノ作品として最も有名で、しかもロマン派の教材として取り上げられることの多いのが「無言歌集」です。
ワーグナーが「第一級の風景画家」と言ったように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮しています。
この“言葉のない歌曲”、「無言歌」、という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現しました。
歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏することが重要です。

メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及しました。
そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られましたが、この《無言歌集》もその一つです。

《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までです。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版されました。
1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記していて、《無言歌集》の名称を
もつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことでした。

標題をもっているものが多いのですが、作曲者自身によってつけられたものはわずかです。
実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようです。

4曲目の「信頼」は、ないしょの話(内緒話)とも呼ばれています。
曲想が特に優美で温かく親しみやすいことが特徴です。

第1巻

1.ホ長調「甘い思い出」 / op.19-1 (1831)

全体を流れるなめらかな16部音符の上に、抒情的な旋律がうたわれます。

2.イ短調「後悔」 / op.19-2 (1832)

3.イ長調「狩人の歌」 / op.19-3 (1832)

勇ましい狩りの情景がえがかれます。第3曲〈狩人の歌〉という標題は、メンデルスゾーン自身もみとめていたニックネームです。
6曲中最も有名な曲です。

4.イ長調「信頼」 / op.19-4(1829)

5.嬰ヘ短調「眠れぬままに」 / op.19-5 (1831)

ポコ・アジタート、四分の六拍子で情熱的な趣をもつ。無言歌の中ではめずらしいソナタ形式をとっています。

6.ト短調「ヴェネツィアの舟歌 第1」 / op.19-6 (1830)

6曲中メンデルスゾーン自身が命名した唯一の曲です。無言歌曲集には、他に同名の作品が3曲あり、
これらは「ゴンドラ・リート」と呼ばれます。これらの作品は波の上を揺れ動くような動きを特徴しています。

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  2022/08/31   animato

木管五重奏 夕べの歌 Op.85-12

木管五重奏 夕べの歌 Op.85-12
小さな子供と大きな子供のための12の連弾小品 Op.85から
12.「夕べの歌」
12.Abendlied
R.シューマン 
Schumann, Robert:12 Vierhandige Clavierstucke fur kleine und grosse Kinder Op.85

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.です。
金管五重奏版、サックス五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。
ドイツ・ロマン派を代表するR.シューマンの音楽を、ぜひお楽しみください。

木管五重奏 夕べの歌 Op.85-12
小さな子供と大きな子供のための12の連弾小品 Op.85から
12.「夕べの歌」
12.Abendlied
R.シューマン 
Schumann, Robert:12 Vierhandige Clavierstucke fur kleine und grosse Kinder Op.85

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

元はシューマンのピアノ連弾曲集「小さな子供と大きな子供のための12のピアノ曲集
(Klavierstucke fur kleine und grose Kinder)」Op.85の
12曲中最後に収められている曲で「夕べの歌(Abendlied)」です。
その美しさゆえに、多くの人によってバイオリンやチェロのために編曲されています。
曲集は次のような12曲から成っています。

1.誕生日の行進曲 Op.85-1
演奏時間:2分30秒

2.熊の踊り Op.85-2
演奏時間:2分00秒 

3.庭園のメロディ Op.85-3
演奏時間:2分30秒 

4.花環を編みながら Op.85-4
演奏時間:2分00秒 

5.クロアチア人の行進 Op.85-5
演奏時間:2分30秒 

6.嘆き Op.85-6
演奏時間:2分00秒 

7.騎士の馬上試合の行進.輪舞 Op.85-7
演奏時間:5分00秒 

8.輪舞 Op.85-8
演奏時間:2分00秒 

9.噴水のほとりで Op.85-9
演奏時間:2分30秒 

10.かくれんぼ Op.85-10
演奏時間:1分30秒 

11.お化けの話 Op.85-11
演奏時間:2分30秒 

12.夕べの歌 Op.85-12
演奏時間:3分00秒 

ロベルト・アレクサンダー・シューマン(ドイツ語: Robert Alexander Schumann, 1810年6月8日 - 1856年7月29日)は、
ドイツ・ロマン派を代表する作曲家です。ローベルト・シューマンと表記されることもあります。
ベートーヴェンやシューベルトの音楽のロマン的後継者として位置づけられ、交響曲から合唱曲まで幅広い分野で作品を残しました。 
特にピアノ曲と歌曲において高い評価を得ています。
シューマンが生まれたのは1810年6月8日、ザクセンのツヴィッカウという小さな町で、父フリードリヒ・アウグストとヨハンナの間の
4男1女の子供たちの末子として生まれました。
 父フリードリヒ・アウグストは書籍出版・販売業を営んでいて、その関係でシューマンの兄のエドゥアルト、カール、ユーリウスも
書籍業を営むことになり、このような中でシューマンは、幼い時期から数多くの文学書に囲まれる生活環境にありました。
父は文学をこよなく愛し、優れた文学書を刊行するだけではなく、今日の文庫本の刊行を手がけたことでも知られています。
母親のヨハンナは音楽を愛好し、その関係から彼は早い時期から音楽に親しみ、シューマンの音楽熱はこの母親から受け継ぎました。
 シューマンは早くから芸術とくに音楽への関心を示し、7歳(1817年)から教会オルガニスト、ヨハン・ゴットフリート・クンチュに
ピアノを師事するようになりました。8歳(1818年)のとき、母と保養地のカールスバートに5週間滞在し、同地でモシェレスの演奏を聴きました。
当時、高い評価を得ていたこのボヘミア出身の作曲家で名ピアニストの演奏との出会いはシューマンのその後の音楽的資質の開花に影響しました。
10歳(1820年)にギムナジウム(9年制の学校)に入学し、ふたたびカールスバートでモシェレスの演奏を聴きました。
すでにこの頃から作曲の試みを始め、シューマンは14歳のときに完成した「詩篇150番」は、1821年、シューマン11歳の頃に最初の構想を抱いて
作曲を進めていて、1822年にその一部を学生仲間と初演しています。
この作品はシューマンの創作の現存するもっとも初期の作品ですが、ソプラノとアルト、それに2Fl.2Ob,Fg,2Trp,ティンパニ、2Vl,Vla,ピアノという
大規模な編成の作品です。少年時代のシューマンは作曲とともに特にピアノの演奏に親しみ、とくにピアノ練習曲で用いていたフンメルや
ベートーヴェンのほかに、シューベルトの作品を演奏していました。このシューベルト体験は強い印象を与え、シューベルトの音楽は長くその後の
彼の創作に影響を及ぼすことになりました。
 1826年に父親が没し、姉のエミーリエは自殺しました。感情の起伏の激しい姉の性格はシューマンにも受け継がれており、それはさらに
シューマンの息子のルートヴィヒにも継承されています。シューマンは裕福な商人カールス家に出入りするようになり、同家で催される演奏会で
ベートーヴェンやモーツァルトなどの作品に接しました。1827年7月、この家の主人の甥で医師のエルンスト・カールスの妻アグネス・カールスに会い、
アグネスを通してシューベルトの歌曲の魅力を知りました。ジャン・パウルの小説に夢中になるようになるのもこの頃からです。
1829年5月、シューマンは、ハイデルベルクに向かう旅で南ドイツを回りました。マイン川およびライン川沿いを馬車で下り、フランクフルト、
マインツ、コブレンツなどを経由して5月21日にハイデルベルクに到着しました。このとき初めてライン川を見たシューマンは感銘を受け、
母親に宛てて次のように書き送っています。

「老いて堂々とした父なるラインの初めて見せる光景を、冷静な心全体で受け止めることができるように、ぼくは目を閉じました。
それから目を開いてみますと、ライン川はぼくの前に古いドイツの神のようにゆったりと、音も立てず、厳粛に、誇らしげに横たわり、
それとともに、山や、谷のすべてがぶどうの楽園である、花が咲き緑なすラインガウのすばらしい全景が広がっていたのです」
1829年5月、母ヨハンナに宛てたシューマンの手紙

彼は1834年ごろから精神障害の症状に悩まされるようになりました。1844年にライプツィヒからドレスデンへ、1850年にデュッセルドルフへと移住して
指揮者としても活動しました。この間、子供向けのピアノ曲を作曲するなど教育分野での貢献も残しました。
1853年にヨハネス・ブラームス(1833年 - 1897年)と出会い、「新しい道」と題する論文で若き天才として紹介しましたが、翌1854年に
ライン川に投身自殺を図りました。救助されたシューマンはボン近郊のエンデニヒの療養所に収容され、2年後の1856年に46歳でこの世を去りました。

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  2022/08/30   animato

サックス四重奏「G線上のアリア」

サックス四重奏「G線上のアリア」
Air On The G String
J.S.Bach

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
金管四重奏版、木管四重奏版、クラリネット四重奏版は発売中です。
中編成吹奏楽譜も発売中です。

優雅で美しいバッハの魅力をぜひ味わってください。
 

サックス四重奏「G線上のアリア」
Air On The G String
J.S.Bach

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

穏やかで優雅で荘厳な美しさに溢れているメロディーでみんなに”G線上のアリア”で親しまれているこの曲は
ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685年から1750年)がおそらくケーテン時代の36才から37才の頃、
管弦樂組曲第3番二長調.BWV1068の第2曲(=エア(アリア))として
書かれたものが原曲となった曲です。
バッハが生きていた時には評判にもならず、バッハが亡くなって100年のちに発掘され
曲を演奏されることによって、ようやくこの曲にスポットライトが当てられました。
まだこの時はほぼ原曲のままだったと思われます。

バッハがヴァイオリニストの地位も確立して来た頃、G線だけで演奏するという事が話題に上っていたようです。
流行にのって1871年にドイツのヴァイオリニストのアウグスト・ヴイルヘルミ(1845年から1908年)が
バッハのアリアを原曲にバイオリンのG線(=テーマメロディがバイオリンの四本の弦の一番低い音のG弦)
だけで弾けるように編曲することで、世の中に広く”G線上のアリア”として知られ親しまれる曲となりました。
現在では広くヴァイオリンや他の楽器が他の線で弾く時にも”G線上のアリア”として紹介されるようになり、
”G線上のアリア”と言う名が世に浸透しました。

バッハ一族は音楽家の家系で、数多くの音楽家を輩出しましたが、
中でも、ヨハン・ゼバスティアン・バッハはその功績の大きさから、大バッハとも呼ばれています。
一般的にはJ・S・バッハとも略記されています。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685年3月31日 - 1750年7月28日)
は、18世紀のドイツで活躍した作曲家・音楽家です。
 バロック音楽の重要な作曲家の一人で、鍵盤楽器の演奏家としても高名であり、
当時から即興演奏の大家として知られていました。バッハ研究者の見解では、
バッハはバロック音楽の最後尾に位置する作曲家としてそれまでの音楽を集大成したとも評価されていますが、
後世には、西洋音楽の基礎を構築した作曲家であり音楽の源流であるとも捉えられ、
日本の音楽教育では「音楽の父」と称されました。

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  2022/08/29   animato

金管五重奏と打楽器のための「クリサンシマム(菊)」

金管五重奏と打楽器のための「クリサンシマム(菊)」
The Chrysanthemum
An Afro-American Intermezzo
Scott Joplin

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaに加えてDrumsです。
打楽器(ドラムセット)を含めて総勢6名になります。
金管八重奏版、木管八重奏版、クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版は発売中です。

スコット・ジョプリンのラグタイムをコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

金管五重奏と打楽器のための「クリサンシマム(菊)」
The Chrysanthemum
An Afro-American Intermezzo
Scott Joplin

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「クリサンシマム」(The Chrysanthemum)は、1904年にスコット・ジョプリンが作曲したピアノ曲です。
ジョプリンが「2度目の妻 Freddie Alexander に捧げた」とも言われている落ち着いた雰囲気のラグタイム作品です。
クリサンシマムは菊の花の意味です。ラテン語の属名を英語読みにして「クリサンセマム」または略して「マム」と呼ぶこともありますが、
これは種としてのキクを指す場合と、キク属を指す場合とがあります。 属名はギリシア語の "chryso-"「黄金の」と
"‐anthemon"「花」に由来し、菊に黄色い花が多いことによっています。

ラグタイム王スコット・ジョプリン
スコット・ジョプリンはアメリカ黒人が作り上げた音楽スタイル「ラグタイム ragtime」の中で、
最も良く知られている作曲家/ピアニストです。
明治維新の年にテキサス州テキサカーナで生まれ、1917年、ニューヨークで亡くなりました。
1885年から1893年にかけてはセントルイスのナイト・クラブで演奏し、90年代にはミズーリ州のセダリアの
ザ・クイーン・シティ・ニグロ・バンドでコルネットを吹いていました。
93年には、シカゴ万博にも出演しています。

当時のアメリカでは、楽曲はシート・ミュージック(楽譜)の売り買いによって世間に広まりましたが、
ジョプリンも例外ではなく「Please Say You Will」「Picture of Your Face」など自作曲の権利を売っていました。
彼にとって初めてのラグタイム曲となる「Original Rags」(1899年)も同様でした。
しかし、彼の代表作「メイプル・リーフ・ラグ Maple Leaf Rag」は印税契約という、当時の黒人としては異例の方法が取られました。
そして、この契約を申し出たジョン・スターク(白人)と共同歩調を取ることによってスコット・ジョプリンは、
ラグタイムの象徴となりました。
ちなみに「メイプル・リーフ・ラグ」(1899年)のシート・ミュージックは、発売されたその年だけで7万5千部も売れました。
ジョプリンはその後、たくさんのラグタイム曲を出版しましたが、彼の望みはバレーやオペラなど「格の高いジャンル」で
認められることでした。このような彼の意識背景には、アメリカの黒人差別がありました。
ジョプリンはバレー曲「The Ragtime Dance」(1902年)、オペラ「The Guest of Honor」(03年)を作曲しましたが、
ことごとくが失敗に終わりました(「The Guest of Honor」は出版されなかった)。
そうこうしているうちに、ラグタイムに影響され、より黒人色の強いジャズが台頭しきました。
ラグタイムがアメリカ最初の「自国の音楽」として欧米で持て囃されたのは19世紀末から1920年あたりだと言われていますが、
ジョプリンはまさにその短い時代に世に出て、そして亡くなったミュージシャンでした。
1910年頃には彼は梅毒におかされ、17年に亡くなりました。

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  2022/08/28   animato

クラリネット四重奏 シューベルト:セレナーデ

クラリネット四重奏 シューベルト:セレナーデ
F.Schubert
Serenade (Standchen)

編成はBbクラリネット3本、バスクラリネットです。
サックス四重奏、金管四重奏、木管四重奏版は発売中です。

恋人への苦しい思いを歌った作品をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

クラリネット四重奏 シューベルト:セレナーデ
F.Schubert
Serenade (Standchen)

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

シューベルト 歌曲「セレナーデ」

『シューベルトのセレナーデ(Standchen)』は、オーストリアの作曲家フランツ・シューベルト(Franz Schubert/1797年-1828年)によって書かれました。
『白鳥の歌(Schwanengesang)』の第4曲に当たります。

『白鳥の歌』はシューベルトの死後に、出版社や友人たちによってまとめられました。
従って、歌曲集ではありますが曲ごとの繋がりはありません。

歌曲集「白鳥の歌」14曲中、第4曲が「セレナーデ」です。
ドイツでは白鳥は死ぬ前に一度だけ鳴くという言い伝えがあり、シューベルトが亡くなる最後の年の作品です。
シューベルト歌曲の中で最も有名なものの一つで、恋人に対する切々たる思いをマンドリンを模した伴奏の上に歌いあげます。

男性が歌う歌詞で、今の時代では少し気恥ずかしいのですが、素晴らしい歌詞です。
セレナーデは夜のしじまに恋人の窓辺に立って歌う愛の歌。

ドイツ語原文では、夜鳴きウグイスと呼ばれるナイチンゲールの声に例えていますが、
この鳥は、ヨーロッパに住み、冬になると暖かいアフリカへと飛び立ちます。 

叶わぬ恋に咽び泣き、愛おしい恋人を誘い出すのが小夜曲です。
アンデルセン童話の「小夜啼鳥」にナイチンゲールと王様のお話があります。 

鳥の鳴き声で王様の病が治るという、それぐらい巧妙で美しい鳴き声です。
ナイチンゲールはヨーロッパの春を告げ、夕方から夜更けまで鳴き通すのです。 

日本語では堀内敬三の訳詞で歌われており、艶めかしさたっぷりです。
ロマン溢れる感傷的な歌詞は、今の時代では作ることは難しく、見事な名文です。 


日本語 歌詞  堀内敬三 訳詩
 
秘めやかに 闇をぬう 我が調べ
静けさは 果てもなし 来よや君
ささやく木の間を もる月影 もる月影
ひとめもとどかじ たゆたいそ たゆたいそ

君聞くや 音にむせぶ夜の鳥
我が胸の秘め事を そは歌いつ
鳴く音に込めつや 愛の悩み 愛の悩み
わりなき思いの かの一節 かの一節

深き思いをば君や知る
わが心 さわげり
待てるわれに 出で来よ君
出で来よ

ドイツ語歌詞  Standchen (セレナーデ)  作詞:ルートヴィヒ・レルシュタープ 

Leise flehen meine Lieder               僕の歌は夜の中を抜け
Durch Nacht zu dir;                       あなたへひっそりとこう訴えかける。
In die stillen Hain hernieder,           静かな森の中へと降りておいで、
Liebchen, komm zu mir!                 恋人よ、僕のもとへ!

 
Flusternd schlanke Wipfel rauschen 細い梢が月の光の中で
In des Mondes Licht;                      ささやくようにざわめいている。
Des Verraters feindlich Lauschen     裏切り者の意地悪い盗み聞きを
Furchte, holde, nicht.                      怖がる事はない、優しい人よ。

 
Horst die Nachtigallen schlagen?     ナイチンゲールの声が聞こえるかい?
Ach! sie flehen dich,                       ああ!それはあなたに訴えている。
Mit der Tone susen Klagen              甘い嘆きの音色で
Flehen sie fur mich.                        僕の代わりに訴えているんだ。

 
Sie verstehn des Busens Sehnen,   ナイチンゲールはこの胸の憧れ、
Kennen Liebesschmerz,                  愛の苦しみを知っていて、
Ruhren mit den Silbertonen            その銀色の音色で
Jedes weiche Herz.                         やさしい心を揺さぶるんだ。

 
Las auch die Brust bewegen           どうかあなたも胸動かされ、
Liebchen, hore mich!                      恋人よ、僕の願いを聞きいておくれ!
Bebend harr' ich dir entgegen!        僕はあなたの前で身もだえ、待ちわびているんだ!
Komm, beglucke mich!                   来て、僕を幸せにしておくれ!

 <セレナード>の訳語「小夜曲」はあまり見かけません。
意味するのは、男性が思いを寄せる女性の家の窓辺で夕暮れにうたう歌や器楽でうったえる音楽のことです。
朝方ならフランスにオーバードaubade、イタリアに<マティナータ>があります。
夕べの情緒と若々しい愛情を歌いあげた歌曲です。
この<セレナード>はシューベルトの没後に編まれた歌曲集『白鳥の歌』14曲のなかにあり、
楽譜を見ると曲名はStandchenシュテンチェンとあります。これが<Serenade>の原題です。
ドイツリート[歌曲]というジャンルは、シューベルトが1814年17歳のとき作曲した<糸を紡ぐグレートヒェン>で
確立したといわれます。彼は1828年に31歳で亡くなりますが、短い生涯でたくさんの音楽作品を残します。
なかでも「歌曲王」とよばれるように、このジャンルが多く名曲ばかりです。

 シューベルト没年の作品<セレナード>は、歌曲集に7曲あるルートヴィヒ・レルシュタープの詩によります。
ハインリヒ・ハイネの詩は6曲あり、なかに<海辺にてAm Meer>があって、
字面から独語オンチにはシャンソンのLa Mer(仏語)のように明るい地中海を想像させますが、
ドイツリートのほうは北の暗い海でしょうか、夕暮れの海辺での悲恋をうたった歌のようです。

ハイネはシューマンの歌曲集『詩人の恋』などで知られますが、レルシュタープにはスイスの
ルツェルン湖で舟遊びをしたとき波間に映る月影をながめベートーヴェンのあのピアノソナタを思い浮かべて
「月光」と名づけた、という逸話が残いってます。シューベルトは異性にたいし内気で善良で消極的でした。
彼は「愛を歌うと悲しみになり、悲しみを歌うと愛になった」というのです。
彼の生涯を知るには、映画『未完成交響楽』1935、『シューベルト?未完の旅路』53、
『三人姉妹の家』54があります。

 シューベルトが作曲した歌曲は約600曲といわれます。
 シューベルトなら交響曲、管弦楽、五重・四重・三重などの室内楽、ヴァイオリン・ピアノほかの器楽曲など、
やはりすべて美しい作品です。
 セレナードはドイツだけではありません。イタリアにトスティの歌曲<セレナータ>があり、
シャンソンにはフランシス・ロペス作曲の<パリのセレナーデ>があります。
ティノ・ロッシが映画『Paris chante toujours』1952のなかで若い娘に寄り添い歌いかけています。

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  2022/08/27   animato

木管五重奏 メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「信頼」 Op.19-4

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『無言歌集 Lieder ohne Worte』は、メンデルスゾーンが生涯にわたって作曲したピアノ独奏のための作品集です。
全8巻からなり、各巻6曲ずつで合計48曲が収められています。
メンデルスゾーンのピアノ作品として最も有名で、しかもロマン派の教材として取り上げられることの多いのが「無言歌集」です。
ワーグナーが「第一級の風景画家」と言ったように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮しています。
この“言葉のない歌曲”、「無言歌」、という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現しました。
歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏することが重要です。

メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及しました。
そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られましたが、この《無言歌集》もその一つです。

《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までです。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版されました。
1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記していて、《無言歌集》の名称を
もつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことでした。

標題をもっているものが多いのですが、作曲者自身によってつけられたものはわずかです。
実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようです。

4曲目の「信頼」は、ないしょの話(内緒話)とも呼ばれています。
曲想が特に優美で温かく親しみやすいことが特徴です。

第1巻

1.ホ長調「甘い思い出」 / op.19-1 (1831)

全体を流れるなめらかな16部音符の上に、抒情的な旋律がうたわれます。

2.イ短調「後悔」 / op.19-2 (1832)

3.イ長調「狩人の歌」 / op.19-3 (1832)

勇ましい狩りの情景がえがかれます。第3曲〈狩人の歌〉という標題は、メンデルスゾーン自身もみとめていたニックネームです。
6曲中最も有名な曲です。

4.イ長調「信頼」 / op.19-4(1829)

5.嬰ヘ短調「眠れぬままに」 / op.19-5 (1831)

ポコ・アジタート、四分の六拍子で情熱的な趣をもつ。無言歌の中ではめずらしいソナタ形式をとっています。

6.ト短調「ヴェネツィアの舟歌 第1」 / op.19-6 (1830)

6曲中メンデルスゾーン自身が命名した唯一の曲です。無言歌曲集には、他に同名の作品が3曲あり、
これらは「ゴンドラ・リート」と呼ばれます。これらの作品は波の上を揺れ動くような動きを特徴しています。

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  2022/08/26   animato

サックス四重奏 モテット より「キリストは我らのために」

サックス四重奏 モテット より「キリストは我らのために」
(アントン・ブルックナー)
Christus Factus Est

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
木管四重奏、クラリネット四重奏版、金管四重奏版は発売中です。
ブルックナーの敬虔さを感じる実直で奥深い音楽を、ぜひお楽しみください。

サックス四重奏 モテット より「キリストは我らのために」
(アントン・ブルックナー)
Christus Factus Est

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ブルックナーは、1884年5月25日に聖木曜日の段階を使用してこのモテットを作曲しました。この作品は、6か月後の11月9日に
ウィーナーホフムシッカペルで上演されました。ブルックナーはその作品を彼の生徒の一人であるオッド・ロイドルに捧げました。
元の原稿は個人のコレクション(Dr Wilhelm、Bottmingen )にありますが、その写本はクレムスミュンスター修道院とオーストリア国立図書館の
アーカイブにあります。この作品は、1886年にウィーンのTheodorRattigによって他の3つの
漸進的作品(Locus iste、WAB 23、Os justi、WAB 30、Virga Jesse、WAB 52)と一緒に公開されました。

Christis factus est の歌詞はラテン語です。

Christus factus est pro nobis
obediens usque ad mortem autem crucis.
propter quod et deus exaltavit illum
et dedit illi nomen, quod est super omne nomen.

キリストは、わたしたちのために、従順になられた、
死に至るまで、しかも十字架に至るまで。
そのゆえに神は彼を高く挙げ、
彼にすべての名にまさる名をお与えになった。
 
出典は新約聖書・フィリピの信徒への手紙2章8~9節(パウロの書簡)です。

 この手紙は、パウロがAD50年代にマケドニア(ギリシアの北)のフィリピの教会に当てて書いたものです。獄中から書いたものと伝えられています。
 これは「キリスト賛歌」と呼ばれる箇所でパウロ以前にさかのぼる古い祈りの言葉です。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、
人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。
こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と
公に宣(の)べて、父である神をたたえるのです。」2:6‐11

 日本聖公会祈祷書では、復活前主日(しゅろの主日)の聖餐式(ミサ)の「感謝聖別」の中、「特別序唱」としてこの言葉が用いられます。
「ことに、主イエス・キリストは人となり、己(おのれ)を低くして死に至るまで、十字架の死に至るまで従われました。
これは地から挙げられ、すべての人をみもとに引き寄せてくださるためです」

ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(Joseph Anton Bruckner, 1824年9月4日 - 1896年10月11日) は、オーストリアの作曲家、オルガニストです。
交響曲と宗教音楽の大家として知られています。

彼はリンツ近くのアンスフェルデンに学校教師の長男として生まれ、村の教会のオルガン奏者を兼ねる父のもとで早くから音楽に親しみました。
13歳で父を失ったのち近くのザンクト・フロリアン修道院の寄宿舎に入り、少年聖歌隊員としてオルガンやピアノ、バイオリンを学びました。
師範学校を経て1841年に助教師となりましたが作曲にも手を染め、ザンクト・フロリアン修道院のオルガン奏者、1856年にはリンツ大聖堂の
オルガン奏者に就任しました。以後作曲の勉強に本格的にとりくみ,R.ワーグナーの音楽に傾倒しました。
1864年?1868年、《ミサ曲第1番ニ短調》にはじまる〈三大ミサ曲〉を完成しました。1868年ウィーン音楽院教授に就任し、
1873年からはワーグナーと親交を深めました。また1875年にはウィーン大学講師となり、学生だったマーラーと交流しました。
《交響曲第4番ロマンティック》(1881年初演)以来ようやく高まり始めた作曲家としての名声は60歳の年、
1884年のニキシュによる《交響曲第7番》初演の大成功で頂点を迎え、生涯初の栄光をブルックナーにもたらしました。
1891年ウィーン大学名誉博士の称号を得ました。《交響曲第9番》を未完のまま72歳で永眠。その音楽の基盤には敬虔(けいけん)なカトリック信仰が
あり、教会オルガン奏者として精通した多声音楽の伝統とベートーベン以来のドイツ、オーストリア音楽の諸様式とが融合し、
独自の書法を形づくっています。第0番と習作1曲を含む11曲の交響曲(1863年―1896年)のほか、《テ・デウム》(1884年)、
《詩篇第150番》(1892年)など多くの教会音楽、《弦楽五重奏曲》(1879年)などがあります。

ブルックナーには独自の技法や表現があり、それらはブルックナーの名前を付けて呼ばれています。
有名なものでは「ブルックナー開始」があげられますが、これは第1楽章の始まりを弦楽器のトレモロという音を小刻みに演奏する技法で始めるものです。
他には「ブルックナー休止」「ブルックナー・ゼクエンツ」「ブルックナー・ユニゾン」「ブルックナー・リズム」などがあります。

●ブルックナー開始
第1楽章が弦楽器のトレモロで始まる手法であり、交響曲第2、4、7、8、9番に見られます。ベートーヴェンの『交響曲第9番』に影響を受けています。
●ブルックナー休止
楽想が変化するときに、管弦楽全体を休止(ゲネラル・パウゼ)させる手法です。
●ブルックナー・ユニゾン
オーケストラ全体によるユニゾン。ゼクエンツと共に用いられて効果を上げます。
●ブルックナー・リズム
(2+3) によるリズム。第4、6番で特徴的である。(3+2) になることもあります。初期の稿では5連符として書かれていたものが、改訂稿では
ブルックナー・リズムに替えられている例も見られます。
●ブルックナー・ゼクエンツ
ひとつの音型を繰り返しながら、音楽を盛り上げていく手法。いたるところに見られます。
●コーダと終止
コーダの前は管弦楽が休止、主要部から独立し、新たに主要動機などを徹底的に展開して頂点まで盛り上げます。
●和声
ブルックナーの和声法で、響きが濁るので従来多くの作曲家が避けた技法。例えば根音Gとした場合、根音Gに対して、
属9の和音以上に現れる9の音のA♭が半音違いで鳴ること、属11の和音においてBとCが半音違いで鳴ることや、13の和音においてDとE♭が半音違いで鳴ること。
もう一つは対位法の場面で現れ、対旋律や模倣が半音違いで鳴ること。従って和声学上の対斜とは意味が異なりますが、バルトークの
ブルーノート風の半音のぶつかりも「対斜」とされているので、ここでは「ブルックナー対斜」と読んでも差し支えありません。
またワーグナーのトリスタン和音がそのまま使われていることがあります。和音の音色を明確にするため同一楽器に当てている例が多く見られます。
和音の機能をはっきりさせるために同楽器の密集配置がほとんどで、これが後期ロマン派の香りを引き立たせる大きな要因となっています。

幼い頃から音楽の才能を発揮していたブルックナーは、10歳くらいの年齢になった際に、オルガン奏者だった父親の代わりに
オルガンの演奏を教会で行うことがあったそうです。そして11歳の年には、名付け親でありオルガニストだった人物の元で音楽の教育を
受けることとなりますが、その後父親が亡くなると、すぐに修道院の聖歌隊に入ることになりました。
その後16歳で小学校の補助教員免許を取ると、翌年には補助教員として働き始めますが、そこでは授業以外の雑用や畑仕事なども行う必要がありました。
しばらくして別の場所へと転勤になりますが、移った先はブルックナーにとって良い環境だったらしく、初期の合唱曲が生み出されることとなります。

1855年には、リンツ大聖堂のオルガニストの試験でその席を勝ち取ることとなり、大きな収入を得ていくようになったようです。
しかし同年、ブルックナーは再び作曲の勉強をしたいと考え、6年間に渡ってジーモン・ゼヒターに師事しました。
1868年には、師事していたゼヒターの後にウィーン国立音楽院教授となると、しばらくの間はリンツ大聖堂の仕事と掛け持ちしている状態だったそうです。
作曲を行いながらオルガニストの仕事も継続していたブルックナーは、この時期オルガニストとしてとても高く評価されていました。
ちなみにこのころに作曲されたのが、初期の交響曲である「第1番」「第2番」、そして「第0番」と呼ばれる作品です。

1873年、バイロイトでワーグナーとの交流の機会を得たブルックナーは、自身の「交響曲第3番」を献呈しました。このことは、ワーグナーには
良い印象を与えましたが、当時の反ワーグナー派からは批判を受けることとなったようです。
そして1876年、バイロイト音楽祭を訪れたブルックナーは、作曲してきた交響曲を大幅に改訂することにしました。この時に大幅改訂されたのが、
「交響曲第1番」から「第5番」だったようです。

その後1877年に行われた「第3番」の初演は失敗に終わりますが、次の「第4番」が好評となったためブルックナーは交響曲の作曲家としても
知られるようになります。そして、宗教曲の中の代表作である「テ・デウム」や、「交響曲第7番」などが作曲され、さらに有名になっていきました。
1884年ころから「交響曲第8番」に取り掛かると1887年には初稿が完成しましたが、大幅な改訂を必要としたため現在よく知られている
第2稿が完成したのは1890年でした。
この作品は、ブルックナーの作品の中でも代表作と言える交響曲で、当時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に献呈されています。
また、この「第8番」の改訂の際には、他のいくつかの交響曲も改訂が行われました。

数階建ての建物に住んでいたブルックナーでしたが、体を悪くすると、階段の往復が辛くなっていきました。
それを知ったフランツ・ヨーゼフ1世は、ブルックナーを宮殿敷地内の建物に住まわせることにしたようです。

また、ブルックナーは亡くなる当日まで「交響曲第9番」の作曲を行っていましたが、完成には至らないままとなってしまいました。
当時の音楽界は、ブルックナーが「交響曲第3番」を献呈したワーグナー派と、ドイツ三大Bの内の1人であるブラームス派に分かれていました。
そのためワーグナー派とされていたブルックナーと、ブラームスの仲は良いものではなかったようです。
しかし、「交響曲第8番」に関してはブラームスも評価をしていました。そして、ブルックナーの葬儀の際は遠くから見ていたり、
泣いていたりといった様子が確認されたと言われています。

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  2022/08/25   animato

金管四重奏 グリーグ :抒情小品集 第4集 Op.47-7

金管四重奏 グリーグ :抒情小品集 第4集 Op.47-7
エレジー
Lyriske smastykker No.4 op.47-7
Elegie
Grieg, Edvard Hagerup

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、木管四重奏版は発売中です。

ノルウェー色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

金管四重奏 グリーグ :抒情小品集 第4集 Op.47-7
エレジー
Lyriske smastykker No.4 op.47-7
Elegie
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

グリーグはベルゲンというオスロに次ぐ大都市に5人兄弟の第4子として生まれました。
幼少より母親からピアノを習いはじめ、15歳から18歳までは、ドイツのライプツィヒ音楽院で作曲とピアノを学び、
メンデルスゾーンやシューマンらの影響を受けました。
音楽院を卒業後は故郷ベルゲンに戻り、さらに翌1863年にコペンハーゲンで
ニールス・ガーデ(Niels Gade, 1817年~1890年)から作曲を教わり、国民楽派の影響を受けたと言われています。

彼はノルウェーの民族音楽から着想を得て、国民楽派の作曲家として注目されました。
民族音楽からの深い影響は『ペール・ギュント』第1組曲の第1曲「朝」の冒頭がノルウェーの民族楽器である
ハリングフェーレの共鳴弦を端からつま弾いた時の旋律から始まっていることからもうかがうことができます。
グリーグの肖像は、旧500クローネ紙幣に描かれていました。
グリーグはとても小柄であった。生前は卓越したテクニックのピアニストとしても著名で、自作を携えヨーロッパをたびたび演奏旅行している。晩年のアコースティック録音およびピアノロールが残されており、現在もCDで入手できる。

生地であるノルウェーの旧首都ベルゲンの自然と海をこよなく愛しました。
死後に火葬され、遺言によりトロールハウゲンの住居の下にある湖を望む岩壁に墓が設けられ、一部の遺灰は湖に撒かれました。

グリーグは終世、手のひらに乗るぐらいの小さな蛙の置物や子豚のぬいぐるみを大切にし、
寝る時も一緒だったそうです。演奏会の時は、あがらないように、ポケットの中で蛙の置物をそっと握りしめたそうです。
なお、この蛙の置物と子豚のぬいぐるみはグリーグの家(現在のエドヴァルド・グリーグ博物館)に展示されています。

ちょうどこのグリーグが活躍した時代というのは、当時勢いのあったドイツのロマン派音楽が周辺諸国へと波及し、
それぞれの国の民族的要素と融合した新しい音楽様式が生まれましたが、それを音楽史の中では「国民楽派」と呼んでいます。
その背景には、当時鉄道が整備され人々の移動が容易になったことも関係しているのではないかと思われます。
国民楽派の作曲家たちは、自国の歴史や風物、民謡、民族音楽などを題材にした作品を積極的に作りました。
ロシア、ボヘミア地方、北欧などで様々な作曲家たちが活躍し始めるのがこの時期です。

『抒情小曲集』は、エドヴァルド・グリーグが1867年から1903年にかけて作曲した、全66曲からなるピアノ曲集です。
6~8曲ごとにまとめられて出版され、全10集からなっています。

1867年、《ピアノ協奏曲イ短調 作品16》で一躍有名になったグリーグは、この年から1901年にかけてこの作品集を書き上げました。
抒情小品は生涯にわたって作曲されているため、グリーグの作風、ピアニズム、その変遷すべてがその中にあらわれていて、
作品群の中でも中心的な存在です。
いずれも1分~6分程度の小品で、ステージ用というよりは、主にサロンや家庭で広く親しまれていました。
どの曲にも標題がつけられていて、それぞれの曲に対して、一つの感情、気分、情景が表現されています。

1867年、第1集を発表しましたが、その後ピアノ、作曲、指揮など多忙だったこともあって、第2集が発表されたのは、
その16年後でした。第2集から第10集はある一定の間隔をおきながら続けて作曲されました。
全10巻で、計66曲の作品がおさめられています。

グリーグ : 抒情小品集 第4集 / Lyriske smastykker No.4 op.47

第4集は、第3集の出版からちょうど10年後にあたる1888年に出版された。比較的やさしい技巧で弾くことができた第3集までの作品と比べ、
第4集以降、やや難易度が増しています。また、第3集にみられたような、全曲を通しての内容の一貫性はありません。

1.即興的ワルツ / op.47-1 "Valse-Impromptu":民族的な舞曲のリズムにのせて、どことなく物憂げで神経質なメロディがさまようように奏でられます。
Strettoの部分は即興的で、非常に煌びやかな効果をあげています。全体的に単調にならないよう、ハーモニーの変化を感じて演奏しましょう。

2.アルバムのページ / op.47-2 "Albumblad":なにか輝かしい良き日の思い出を想わせるような、一曲で、技巧的に難しい曲です。
メロディが中心となる主要な箇所と、挿入句的なパッセージの部分とは、効果的に雰囲気を分けて演奏しましょう。

3.メロディー / op.47-3 "Melodie":和音が一定のリズムを保ちながら、伴奏をきざみ、その上を憂いにみちた旋律が延々と歌われていきます。
和音の中で、いかに旋律を音楽的に奏でることができるかが重要です。そのために、伴奏のリズムに推進力をもたせることも大切でしょう。

4.ハリング / op.47-4 "Halling":民族的な和声とリズムの面白さが魅力的な曲です。第2集の〈ハリング〉と同じリズムが用いられています。
5度の音程をシンコペーションのリズムで一定に刻み続けます。時に音量を変化させながらも、このリズムをかなり正しく演奏することが、
曲の雰囲気を出す上で重要です。声部ごとに強迫拍の位置が異なっていることも意識して演奏しましょう。

5.メランコリー / op.47-5 "Melankoli":タイトルが示すとおり、ため息のような旋律が欝欝とした様子で静かに奏されます。
各部によって、支えになっている持続音が変化しているので、これを意識して、色合いを変化させていきましょう。

6.スプリング・ダンス / op.47-6 "Springdans":1975年に出版された《家庭音楽集》の中に既におさめられていた曲を改訂した曲です。
舞曲のリズムが刻まれ、その上を活気に満ちた旋律が進んでいきます。大きな跳躍をみせる技巧的な部分、叙情的な中間部など魅力に富んでいます。
中間部の旋律は、比較的あっさりめに演奏するほうが旋律のもつ性格が活かされるでしょう。
和声的な進行を意識し、主要な音の動きを把握して演奏することも大切です。

7.エレジー / op.47-7 "Elegie":旋律につけられているアクセントは、強く、というよりはテヌート気味に奏されます。
物憂げに繰り返される旋律に対して、下降していく和音の色づけにも心を配りたいところです。
中間部では、装飾音を帯びて増やされた音とともに、抑圧された悲しみも、より増していくように感じられます。

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  2022/08/24   animato

クラリネット五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第1番

クラリネット五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第1番
3 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はCl.4本、Bs.Cl.です。
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シューベルトの明るく活発な名曲を、ぜひお楽しみください。

クラリネット五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第1番
3 Marches militaires
Schubert, Franz

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert/1797年?1828年)の『軍隊行進曲』は、ピアノ連弾のための曲集で
彼のピアノ作品の中でも有名なものです。
特に第1番は広く知られており、管弦楽用やピアノ独奏用にも編曲され親しまれています。
作曲年は諸説ありますが、1818年が有力だと現在ではされています。

作曲されたとされる1818年頃、シューベルトは貧しい生活を送っていました。
1816年に教師の職を辞めたことで、安定して稼げる仕事がなくなったためです。

しかし仕事を辞めてからは音楽を愛する仲間たちと出会い、彼らに助けられて貧しいながらも充実した時間を過ごしていました。
また1818年は作曲した作品数自体は少ないものの、シューベルトが自らの作品のためのコンサートを初めておこなった年でした。

さらには同年夏(1818年)、シューベルトはエステルハージ伯爵一家の音楽教師としてハンガリーのツェリスにも招かれます。
エステルハージ伯爵家には2人の娘がいましたので、そのために連弾曲が書かれたと推測もされています。

シューベルトはこの地でとても楽しい夏を過ごしたと言われています。
その影響もあるのか、『軍隊行進曲』は3曲とも明るく活発な音楽が印象的です。
この年は、シューベルトにとって明るい道筋が少しずつ開けるような年だったようです。

軍隊行進曲 シューベルト
シューベルト(Franz Peter Schubert/1797?1828)
『軍隊行進曲』は、シューベルトがピアノ連弾のために作曲した曲集『3つの軍隊行進曲 Trois Marches Militaires』 D733 作品51。

作曲された年については諸説あり、一説によれば、シューベルトがエステルハージ伯爵家の娘の教師を務めていた頃と説明されることがあります。
この作品の第1番は、現在シューベルトの作品の中でもっともポピュラーなピアノ曲のひとつとして、独奏されることが多いのですが、
もとはピアノ連弾曲である。シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲であり、
エステルハージ家での楽しいピアノ・レッスンの風景を想像させる作品です。

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  2022/08/23   animato

Solo+木管五重奏 「明日!」R.シュトラウス Op.27-4

Solo+木管五重奏 「明日!」R.シュトラウス Op.27-4
Morgen!
リヒャルト・シュトラウス
Richard Strauss

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.およびSoloパートです。Fl.パートはOb.でも演奏可能です。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
Tubaは1オクターブ下げて演奏できます。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
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Morgen!
リヒャルト・シュトラウス
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「明日!」(ドイツ語: Morgen!)作品27-4は、リヒャルト・シュトラウスが1894年に作曲した歌曲です。
タイトルの「Morgen!」は、「明日!」「あした!」「あした」「あしたには!」「明日(あす)の朝」など、さまざまに訳されています。
新婚の妻パウリーネのために書かれたと伝えられる「4つの歌曲」作品27の締めくくりに位置します。シュトラウスの作品のなかでも特にロマンティックなものの一つとされ、
知名度が高い作品です。簡素ながら、非常に繊細な美しさを持った作品で、ジェラルド・ムーアは著書『歌手と伴奏者』のなかで、
「『壊れものにつき、取扱注意』のラベルを張るべきである」と述べています。
ジョン・ヘンリー・マッケイ(英語版)によるテクストは、明日、輝く太陽のもとで、愛し合う二人が再び一つになるだろう、というきわめて希望に満ちた愛の詩で、
やや感傷的ですが、儚く、繊細な詩です。シュトラウスもそれを受けて、繊細の極みといってよい音楽をつけました。
Langsam, sehr getragen(ゆるやかに、きわめて落ち着いて)、ト長調、4/4拍子。最初のフレーズが解決しないうちに、歌がサブドミナントで入ってくる開始は非常に印象的です。
作曲者自身による管弦楽編曲もあり、そこでは、一貫してアルペッジョをハープが、主旋律を独奏ヴァイオリンが受け持っています。

シュトラウスは色々なタイプの歌曲を書いていますが、こういった世紀末の詩人たちのメロメロにロマンティックな詩につけた甘美な歌曲は特に魅力的です。
ただ歌詞は「そして」という単語がやや多いようです。
長めのピアノのイントロがあって、これは美しいピアノの小品か、と思うと歌が始まるのはフォーレの「月の光」と同じ。オーケストラ版ではヴァイオリン・ソロが旋律を歌い、
これも非常に美しい作品です。
詩はスコットランド生まれの作家、思想家のジョン・ヘンリー・マッケイによるものです。
この作品は、まずピアノパートの甘く美しい長めの前奏で始まることが特徴的で、歌はピアノの前奏曲の途中からさりげなく入ってきます。
恋人同士のこのうえなく甘美で幸せな世界を歌ったものですが、日本でグレアム・ジョンソンがこの曲を演奏する前に
「明日はもっと良くなるという内容です。そして明日は恋人たちだけでなく、すべての人に平和と幸福を与えてくれます。」と言っています。
シュトラウストの音楽性を堪能し、メロディーの美しいレガートに酔いしれるというのが、この作品の楽しみ方でしょう。
1894年作曲。
ト長調、4分の4拍子、全43小節
Langsam sehr getragen(ゆっくりと、非常に荘重に)

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Morgen!
 明日!

Und morgen wird die Sonne wieder scheinen,
und auf dem Wege, den ich gehen werde,
wird uns, die Glucklichen, sie wieder einen
inmitten dieser sonnenatmenden Erde...
 そして明日には太陽が再び輝くだろう、
 そして私の歩む道で
 私たち、幸せな二人を再び一つにするだろう、
 この太陽の息づく大地のさなかで。

Und zu dem Strand, dem weiten, wogenblauen,
werden wir still und langsam niedersteigen,
Stumm werden wir uns in die Augen schauen,
und auf uns sinkt des Gluckes stummes Schweigen...
 そして広々として、青く波立つ浜辺へと
 私たちは静かに、ゆっくりと下りていき、
 黙ったまま相手の目を見つめるだろう。
 すると幸せの無言の沈黙が私たちに降りてくるのだ。

詩:John Henry Mackay (1864-1933)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

アトリエ・アニマート
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  2022/08/22   animato