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2022年6月

金管五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第2番

金管五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第2番
2 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
木管五重奏、サックス五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。
明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい音楽を、ぜひお楽しみください。

金管五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第2番
3 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert/1797年?1828年)の『軍隊行進曲』は、ピアノ連弾のための曲集で
彼のピアノ作品の中でも有名なものです。
特に第1番は広く知られており、管弦楽用やピアノ独奏用にも編曲され親しまれています。
作曲年は諸説ありますが、1818年が有力だと現在ではされています。

作曲されたとされる1818年頃、シューベルトは貧しい生活を送っていました。
1816年に教師の職を辞めたことで、安定して稼げる仕事がなくなったためです。

しかし仕事を辞めてからは音楽を愛する仲間たちと出会い、彼らに助けられて貧しいながらも充実した時間を過ごしていました。
また1818年は作曲した作品数自体は少ないものの、シューベルトが自らの作品のためのコンサートを初めておこなった年でした。

さらには同年夏(1818年)、シューベルトはエステルハージ伯爵一家の音楽教師としてハンガリーのツェリスにも招かれます。
エステルハージ伯爵家には2人の娘がいましたので、そのために連弾曲が書かれたと推測もされています。

シューベルトはこの地でとても楽しい夏を過ごしたと言われています。
その影響もあるのか、『軍隊行進曲』は3曲とも明るく活発な音楽が印象的です。
この年は、シューベルトにとって明るい道筋が少しずつ開けるような年だったようです。

軍隊行進曲 シューベルト
シューベルト(Franz Peter Schubert/1797?1828)
『軍隊行進曲』は、シューベルトがピアノ連弾のために作曲した曲集『3つの軍隊行進曲 Trois Marches Militaires』 D733 作品51。

作曲された年については諸説あり、一説によれば、シューベルトがエステルハージ伯爵家の娘の教師を務めていた頃と説明されることがあります。
この作品の第1番は、現在シューベルトの作品の中でもっともポピュラーなピアノ曲のひとつとして、独奏されることが多いのですが、
もとはピアノ連弾曲である。シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲です。

この作品のもとはピアノ連弾曲です。シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲であり、エステルハージ家での楽しいピアノ・レッスンの風景を想像させます。
第1番は特に有名で、広く演奏されています。オーケストラ編曲やタウジッヒによるピアノ独奏編曲があります。
 他の多くのシューベルトの連弾作品が家庭的な楽しみのために書かれたようにこの作品も書かれたのでしょう。

第1番 ニ長調 4分の2拍子 Allegro vivace
 下属調のトリオをはさむ三部形式 でできています。
ファンファーレ風に始まる軽快な行進曲 となっています。
トリオはト長調で 優しい感じの歌謡風な旋律です。

第2番 ト長調 4分の4拍子 Allegro molto moderato
 1番同様下属調のトリオをはさむ三部形式でできています。

第3番 変ホ長調 4分の4拍子 Moderato
ファンファーレのような短い序奏で始まります。
最初の主題は付点音符のリズムによるとてもリズミックな旋律です。
トリオはやはり下属調の変イ長調です。トリルの入ったアウフタクトで始まる優美な旋律です。

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  2022/06/10   animato

クラリネット四重奏 ベートーヴェン メヌエット Op.20から第3楽章

クラリネット四重奏 ベートーヴェン メヌエット Op.20から第3楽章
Menuetto from Septet in E-flat major, Op.20
L. V. Beethoven

編成はCl.3本、Bs,Cl.です。
サックス四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

若きのベートーヴェンの明るい作品を、ぜひお楽しみください。

クラリネット四重奏 ベートーヴェン メヌエット Op.20から第3楽章
Menuetto from Septet in E-flat major, Op.20
L. V. Beethoven

編成はCl.3本、Bs,Cl.です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この七重奏曲 変ホ長調 作品20 は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した、7つの楽器による室内楽曲です。
作曲者によるピアノ三重奏への編曲版も存在します(ピアノ三重奏曲第8番 変ホ長調 作品38)。
ベートーヴェン初期の傑作で、明るい旋律と堂々としたリズムをもち、作品が公開された当初から広く親しまれました。
初版が出版される前から海賊版が出回っていたとも言われています。作曲されたのは1799年から1800年にかけてで、
同時期に作曲されたものに交響曲第1番などがあります。
ベートーヴェンの作曲人生の中では古典派音楽の勉強と自らの独自性を模索する時期になります。
モーツァルトのディヴェルティメントのように、娯楽的でサロン向けの音楽として書かれていますが、旋律やリズム、構成の面などで
その後のベートーヴェンらしい作品の登場を予感させる部分も随所に見られます。第5楽章のスケルツォはそのひとつです。

しかし、この作品の人気とは裏腹に当のベートーヴェンは、いつまでもこの作品がもてはやされ続けるのを拒んだと言われていて、
「あの七重奏曲のベートーヴェンさん」と形容されるたびに不快感を示したといわれています。
これはベートーヴェンにとって、この作品が大衆迎合の域を出ておらず、自分の追い求める音楽とは違っているということの意思の現れでしょう。

シュポーアやフンメルなど、古典派から初期ロマン派の作曲家にこの編成が多く、ブランやブルッフのようにロマン中期の作曲家にも同編成での作品があります。
シューベルトはこの作品に影響されて八重奏曲を書いたとされています。

ベートーヴェン生存中で最も人気のあった室内楽作品として、この弦楽器と管楽器の編成による七重奏曲「変ホ長調」作品20が挙げられます。
1799年に作曲され皇帝フランツ2世皇妃マリア・テレジアに献呈されました。
演奏時間およそ40分にも及ぶこの大作は、6楽章からなるセレナーデあるいはディヴェルティメント型の作品です。

大変な人気で、1810年ころまでに10種類以上の編曲版が出版されていました。ギター二重奏から管楽十一重奏版まで実にさまざまです。

セレナーデとディヴェルティメントは、明るい娯楽的な器楽形式のことです。
クラリネット、ホルン、ファゴット、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという編成によるこの作品は、とても人気があったようです。
「交響曲第1番 ハ長調」が初演されたコンサートでは、この七重奏曲が当時の名手たちによって披露され、好評を博しました。
当時、多くの人を虜にした作品だったのです。

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  2022/06/09   animato

サックス五重奏「美しきロスマリン」クライスラー

サックス五重奏「美しきロスマリン」クライスラー
Schon Rosmarin
Fritz Kreisler

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
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20世紀初頭の美しい名曲を、ぜひお楽しみください。

サックス五重奏「美しきロスマリン」クライスラー
Schon Rosmarin
Fritz Kreisler

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『美しきロスマリン Schon Rosmarin』は、オーストリア出身の音楽家フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler/1875-1962)による
ヴァイオリンとピアノのための小作品です。ヴァイオリンだけでなく、フルートやチェロ、クラリネットなどでも演奏されています。
「ロスマリン」とは、ハーブとして有名なローズマリー(rosemary)のことです。属名Rosmarinus(ロスマリヌス)は
「海のしずく」を意味します。
イングランド民謡『スカボローフェア Scarborough Fair』でも、パセリやセージと並んで、歌詞にローズマリーが登場します。
ハーブとしても用いられる植物の名前ですが古代ヨーロッパでは神秘的な力を持つと言われ、「貞操」「変わらぬ愛」の象徴と
されていることから女性の名前としても使われることが多いようです。
爽やかな強い香りがあり、丈夫で育てやすく、
古代ギリシャ時代から、ローズマリーは悪魔から守られる神秘的な力をもつとされていました。
葬儀の際には棺の上に小枝をのせたり、花嫁の冠に編み込んだりしたのです。
葬儀にローズマリーを利用する習慣は、やがてヨーロッパ各地に定着して行きました。
薬草として強壮剤や収れん剤などに利用されたりしたようです。
強力な抗酸化成分であるロスマリン酸が発見された事により、若返りのハーブとしての古くからの評判が再認識されています。

クライスラー『美しきロスマリン』においては、ロスマリンは花の名前というよりも、むしろ美しい女性、
愛らしい女性の象徴として用いられています。
曲調もその名の通りとても可愛らしく、ちょっとおてんばな感じがするところはとてもチャーミングな一曲です。
小刻みなヴァイオリンがワルツのリズムを踏むように軽やかなメロディで始ります。
とても喜んではしゃいでいるような軽やかなメロディはとても新鮮で華麗に流れてきます。
中盤ではリズムがややなだらかになり、少ししっとりとした雰囲気を聴かせてくれますが、後半はまた明るく美しいメロディに
戻り軽快なステップを踏むように華麗な曲を聴かせてくれます。
演奏時間は2分足らずと、とても短い曲ですが、短い時間の中にあふれんばかりの笑顔をふりまいてくれるような、楽しい曲です。

クライスラーの有名な作品といえば、この『美しきロスマリン』以外にも、同じくヴァイオリンとピアノのための楽曲である
『愛の喜び』、『愛の悲しみ』が広く知られています。
クライスラーは、これら3曲を自身のコンサートでのアンコール曲として頻繁に演奏していたほか、1911年に3曲をピアノソロに
編曲した「ウィーン古典舞曲集 Alt-Wiener Tanzweisen」を出版しています。
現代でもこの3作品はアンコール曲として演奏されるほか、3曲を一連の作品として取り上げる機会が多く見られます。
ちなみに、『愛の喜び Liebesfreud』の英語タイトルは『Love's Joy』、『愛の悲しみ Liebesleid』は『Love's Sorrow』、
そして『美しきロスマリン』は『Lovely Rosemary』(ラブリー・ローズマリー)と言います。
これら3曲で「ラブ・ラブ・ラブ」の愛の三部作として輝きを放ち続けています。

英国ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス(RAD) から発売されているバレエ・レッスン用ピアノ曲集には、
バレエにおける基本的な回転動作「ピルエット」用の曲として、この『美しきロスマリン』が収録されています。

彼は7歳で特例でウィーン音楽院に入学し、10歳にして首席で卒業、その後パリ国立高等音楽院に留学し、
12歳にして首席で卒業と言う神童ぶりを発揮しました。その翌年の1888年からヴァイオリニストとしてのキャリアを
スタートさせ、20世紀前半を代表するヴァイオリニストとして名を馳せています。

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  2022/06/08   animato

木管八重奏「夏至の歌」ディーリアス

木管八重奏「夏至の歌」
Midsummer Song    
F.ディーリアス
Frederick Theodore Albert Delius

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、A.Sax.、T.Sax.、Bs.Cl.、Bsn.です。
サックス八重奏、クラリネット八重奏版、金管八重奏版は発売中です。
無限のノスタルジアの世界を持つ清冽な音楽を、ぜひお楽しみください。

木管八重奏「夏至の歌」
Midsummer Song    
F.ディーリアス
Frederick Theodore Albert Delius

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、A.Sax.、T.Sax.、Bs.Cl.、Bsn.です。
サックス八重奏、クラリネット八重奏版、金管八重奏版は発売中です。
無限のノスタルジアの世界を持つ清冽な音楽を、ぜひお楽しみください。

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

夏至の歌は1908年、ディーリアスによって作曲されました。無伴奏混声合唱(8声)の作品です。
英国音楽を代表する作曲家の一人であるディーリアスは、1862年1月29日にブラッドフォードに誕生し、
2022年に生誕160周年を迎えます。

ドイツ人を両親に英国に生まれ育ったディーリアスは、22歳の年に渡米し、音楽教師をしながら作曲もしますが、24歳のときにはドイツのライプツィヒ音楽院に進み、26歳で卒業後はパリに移住、35歳でパリ郊外のグレ=シュール=ロワン村に居を構えてからは、72歳で亡くなるまで同地で人生を過ごすこととなります。
つまりディーリアスが英国にいたのは人生最初の22年間と、戦時の疎開などの一時的滞在くらいで、その疎開の際にも
グレ=シュール=ロワン村を故郷のように懐かしむなど、生活の拠点はあくまでグレ=シュール=ロワン村にあったようです。
このイギリスとフランスに加え、最初の仕事場で現地女性との間に子供までいたともいわれるアメリカ南部や、
若き日に過ごした北欧といった地域からの影響が、ディーリアスの音楽に複雑な魅力を与えているのかもしれません。

グレ=シュール=ロワン村は、画家たちや芸術家、文化人が集まる場所として有名で、ディーリアスがこの地に移り住んだのも、
パリで知り合い恋愛関係にあった画家のイェルカ・ローゼンが、絵を描くためにこの村の別荘に住むようになったからでした。
ニーチェに対する共通の興味からディーリアスと意気投合したイェルカは、作曲家でピアニストのイグナツ・モシェレスの孫娘で、
ディーリアスとは1903年に結婚、ディーリアスが亡くなった翌年に世を去り、現在は二人揃ってロンドン郊外のリムスフィールドに
埋葬されています。

19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて書かれたディーリアスの音楽は、ロマン派や印象派の雰囲気を感じさせる自由なもので、
魅力的な旋律に恵まれた仕上がりの美しい作品が多いのが特徴となっています。
クラシック音楽の趨勢からすると、ディーリアスの音楽は異端の部類に属する かもしれません。
ディーリアスの音楽は、非常に分かりやすい音楽です。
一度ハマってしまえば、おそらく 一生離れることが出来ないと思います。
ディーリアスのメッセージは、現在の私たちに実にタイムリーです。 彼の世界の魅力は、ノスタルジアだけではなく、
現在における普遍的な真理の問いかけにあると言えます。
彼による一流の仕上げが、どの曲にも懐かしい光を放っています。
そして私たち聴き手は、 ディーリアスの、無限のノスタルジアの世界に引きこまれていきます。
なんとも清冽な世界の深みを十分に堪能できる作品ばかりです。

夏至の歌 
Midsummer Song    
ディーリアス
Frederick Theodore Albert Delius
    
詩: ディーリアス (Frederick Theodore Albert Delius,1862-1934) イギリス     
曲: ディーリアス (Frederick Theodore Albert Delius,1862-1934) イギリス   
歌詞言語: 英語

On midsummer day we’ll dance and we’ll play
And we’ll wander and stray through the woods.
We’ll dance and we’ll kiss whilst it’s youth,love and bliss
And the night is not far away,heigh-ho!

夏至の日に われらは踊ろう われらは遊ぼう
それからわれらはさすらい さまようのだ 森の中を
われらは踊ろう キスしよう 若さと愛と至福のうちに
夜は遠く離れてはいない ヘイ・ホー!

アカペラ合唱曲 詞はR.S.ホフマンのもの(ドイツ語)を作曲者自身が訳したものです。

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  2022/06/07   animato

金管五重奏+ ワシントン・ポスト (行進曲)

金管五重奏+ ワシントン・ポスト (行進曲)
The Washington Post
作曲者    ジョン・フィリップ・スーザ
J.P.Sousa

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、TubaおよびDrum Setです。
木管五重奏、サックス五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。
マーチ王と讃えられるスーザの音楽を、ぜひお楽しみください。

金管五重奏+ ワシントン・ポスト (行進曲)
The Washington Post
作曲者    ジョン・フィリップ・スーザ
J.P.Sousa

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、TubaおよびDrum Setです。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『ワシントン・ポスト』(英語: The Washington Post)は、1889年にジョン・フィリップ・スーザによって作曲されたアメリカ合衆国の
愛国的な行進曲です。アメリカをはじめ多くの国で、スーザの最も有名な行進曲の1つとして親しまれています。
1889年、アメリカの新聞『ワシントン・ポスト』のオーナーが、紙上で行われた作文コンテストの表彰式で使う行進曲の作曲を
当時アメリカ海兵隊楽団長であったスーザに依頼しました。
スーザはその依頼に応え作曲し、同年6月15日の表彰式において、新聞名と同じタイトルのこの行進曲を初演しました。
この行進曲は、かつては平凡な新聞であったワシントン・ポスト紙に名声と注目をもたらしました。
この出来事から、あるイギリス人のジャーナリストはスーザのことを「マーチ王」と呼びました。スーザはワシントンD.C.にある
ワシントン・ポスト・ビルの一角において、ワシントン・ポスト紙とアメリカ合衆国への貢献が称えられています。

この曲の楽式は行進曲形式で構成されており(IAABBCCDCDC:ABCDIは旋律を表します)、同じスーザの代表曲である『星条旗よ永遠なれ』と同じく
中間部(トリオ)から主部に戻らない形をとっています。拍子は8分の6拍子で書かれています。第1旋律は有名で多くの人に知られていて、
荘厳で堂々としたテンポ(110-120BPM)で演奏されます。トリオでは、唐突な6つの8分音符が旋律を先へ進めていきます。
一風変わった落ち着いた移行部は、トリオ部の旋律のシンプルな変形となっている。それに続く一回目のトリオの繰り返しから、
金管楽器の低音による対旋律(オブリガート)が始まります。

作曲当時『ワシントン・ポスト』はツー・ステップというダンスのための音楽として流行しました。
ワシントン・ポストは最も演奏されたスーザの作品の1つである。コンサートやマーチングバンドなどで区別無く広く演奏され、
また重要な曲として研究されています。曲のタイトルは"The Washington Post"、"Washington Post March"、また単純に"Washington Post"などと
様々な表記がされることがあります。しかし、元の楽譜では2つの線の上に
The Washington Post.
March.
のように書かれ、それぞれにピリオドが付けられていました。またスーザの下の手書き楽譜は同様の形式になっていました。
そして楽譜の表紙にも中央部に新聞の表紙の切り抜きを貼り付けた形で"The Washington Post"と配置され、
下部に"March By John Philip Sousa."と書かれていました。以上のことはスーザと出版者がタイトルは"The Washington Post"で、
"March"は行進曲であることの説明だと考えていたようです。
この行進曲は1978年に大ヒットした映画『アニマル・ハウス』(National Lampoon's Animal House)にも取りあげられました。
演奏時間は約2分半。

J.P.Sousa
彼はワシントンD.C.で生まれ、13歳のときにワシントン海兵隊楽団に入団。5年間在籍した後、各地のオーケストラやブラスバンドで演奏活動を続ける中で
創作活動を行いました。オペレッタの分野でも多くの作品を残していますが、有名なのはやはり行進曲です。彼の曲は、アメリカを象徴する音楽であると同時に
世界中で演奏されていて、今でも行進曲といえば、真っ先にスーザの名前が上がるほど、彼の功績は偉大です。

作品には、『ワシントン・ポスト』『士官候補生』『雷神』など広く知られた行進曲がたくさんありますが、何といっても彼の名を不滅にしたのは、
1896年に作曲された『星条旗よ永遠なれ(Stars and Stripes Forever)』でしょう。この曲は「アメリカ合衆国第二の国歌」とも呼ばれています。

合衆国第21代大統領チェスター・A・アーサーの依頼により作曲されたこの曲は、誇り高く勇壮で、時に「男の哀愁」をも感じさせる主部のテーマ、
ドラムマーチに導かれてトランペットが奏でる晴れやかな中間部など、いかにも整然と行進する兵隊の姿が目に浮かぶようで、行進曲の魅力を
すべて兼ね備えた名曲です。この曲は、アメリカ海兵隊の公式行進曲に制定されています。

スーザは、77年の生涯に100曲を超える行進曲を残していて、まだまだ隠れた名曲とも呼べる素晴らしい曲がたくさんあります。
なお、マーチングバンドでよく見かける、演奏者の身体に巻き付いた大きなアサガオのような金管楽器「スーザフォン」は、彼が考案したことにちなんで
名付けられています。

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  2022/06/06   animato

クラリネット四重奏<モテット>より「ロクス・イステ」

クラリネット四重奏<モテット>より「ロクス・イステ」
ブルックナー作曲
Locus iste of Motteten by Anton Bruckner (1824-1896)

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穏やかな流れの中に立体的な奥行きと、響きの清潔感を感じる音楽を、ぜひお楽しみください。

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ブルックナー作曲
Locus iste of Motteten by Anton Bruckner (1824-1896)

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

Locus iste(この場所は神によって造られた)
作曲:Anton Bruckner(アントン・ブルックナー)(1824~1896)
この曲は1869年にオーストリアの作曲家、ブルックナーによって作曲された聖堂献堂式のための昇階唱です。

歌詞:
Locus iste a Deo factus est inaestimabile sacramentum irreprehensibilis est.

邦訳:
この場所は神によって造られた。それは何とはかり知れぬ秘跡 であることか。そこには何の欠点もない。

Anton Bruckner
ブルックナー
編成は四部のコーラス(SATB)です。
最近はシンフォニーでよく知られるようになったブルックナーですが、やはり真髄はアカペラの教会音楽にあります。
モテットのなかでは、Ave Maria、Os justi、Chiristus factus est、Virga Jesse、Vexilla regisなどと並んでよく演奏される曲のひとつです。

Bruckner がオーストリア郊外、リンツの教会 (Votifkapelle) の新しい聖堂の献堂式の為に作曲しました。
簡素で慎ましい曲ですが、ハーモニーの豊かな響き合いの中に胸を打つ瞬間があります。特に神の奇跡は
「非の打ちどころ ( 間違いが ) ない」“irreprehensibilis“ という言葉に付けられた、半音階的ハーモニーの推移は見事です。
無意識の内に潜んでいた形の無いものが次第に浮かび上がり、やがて調和したハーモニーに到達した時に、その言葉 (irreprehensibilis) が
輪郭を表します。全体を通じて穏やかな流れの中に立体的な奥行きと、響きの清潔感を感じることができます。

ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(Joseph Anton Bruckner, 1824年9月4日 - 1896年10月11日) は、オーストリアの作曲家、オルガニストです。
交響曲と宗教音楽の大家として知られています。

リンツ近くのアンスフェルデンに学校教師の長男として生まれ、村の教会のオルガン奏者を兼ねる父のもとで早くから音楽に親しみました。
13歳で父を失ったのち近くのザンクト・フロリアン修道院の寄宿舎に入り、少年聖歌隊員としてオルガンやピアノ、バイオリンを学びました。
師範学校を経て1841年に助教師となりましたが作曲にも手を染め、ザンクト・フロリアン修道院のオルガン奏者、1856年にはリンツ大聖堂の
オルガン奏者に就任しました。以後作曲の勉強に本格的にとりくみ,R.ワーグナーの音楽に傾倒しました。
1864年?1868年、《ミサ曲第1番ニ短調》にはじまる〈三大ミサ曲〉を完成しました。1868年ウィーン音楽院教授に就任し、
1873年からはワーグナーと親交を深めました。また1875年にはウィーン大学講師となり、学生だったマーラーと交流しました。
《交響曲第4番ロマンティック》(1881年初演)以来ようやく高まり始めた作曲家としての名声は60歳の年、
1884年のニキシュによる《交響曲第7番》初演の大成功で頂点を迎え、生涯初の栄光をブルックナーにもたらしました。
1891年ウィーン大学名誉博士の称号を得ました。《交響曲第9番》を未完のまま72歳で永眠。その音楽の基盤には敬虔(けいけん)なカトリック信仰が
あり、教会オルガン奏者として精通した多声音楽の伝統とベートーベン以来のドイツ、オーストリア音楽の諸様式とが融合し、
独自の書法を形づくっています。第0番と習作1曲を含む11曲の交響曲(1863年―1896年)のほか、《テ・デウム》(1884年)、
《詩篇第150番》(1892年)など多くの教会音楽、《弦楽五重奏曲》(1879年)などがあります。

ブルックナーには独自の技法や表現があり、それらはブルックナーの名前を付けて呼ばれています。
有名なものでは「ブルックナー開始」があげられますが、これは第1楽章の始まりを弦楽器のトレモロという音を小刻みに演奏する技法で始めるものです。
他には「ブルックナー休止」「ブルックナー・ゼクエンツ」「ブルックナー・ユニゾン」「ブルックナー・リズム」などがあります。

●ブルックナー開始
第1楽章が弦楽器のトレモロで始まる手法であり、交響曲第2、4、7、8、9番に見られます。ベートーヴェンの『交響曲第9番』に影響を受けています。
●ブルックナー休止
楽想が変化するときに、管弦楽全体を休止(ゲネラル・パウゼ)させる手法です。
●ブルックナー・ユニゾン
オーケストラ全体によるユニゾン。ゼクエンツと共に用いられて効果を上げます。
●ブルックナー・リズム
(2+3) によるリズム。第4、6番で特徴的である。(3+2) になることもあります。初期の稿では5連符として書かれていたものが、改訂稿では
ブルックナー・リズムに替えられている例も見られます。
●ブルックナー・ゼクエンツ
ひとつの音型を繰り返しながら、音楽を盛り上げていく手法。いたるところに見られます。
●コーダと終止
コーダの前は管弦楽が休止、主要部から独立し、新たに主要動機などを徹底的に展開して頂点まで盛り上げます。
●和声
ブルックナーの和声法で、響きが濁るので従来多くの作曲家が避けた技法。例えば根音Gとした場合、根音Gに対して、
属9の和音以上に現れる9の音のA♭が半音違いで鳴ること、属11の和音においてBとCが半音違いで鳴ることや、13の和音においてDとE♭が半音違いで鳴ること。
もう一つは対位法の場面で現れ、対旋律や模倣が半音違いで鳴ること。従って和声学上の対斜とは意味が異なりますが、バルトークの
ブルーノート風の半音のぶつかりも「対斜」とされているので、ここでは「ブルックナー対斜」と読んでも差し支えありません。
またワーグナーのトリスタン和音がそのまま使われていることがあります。和音の音色を明確にするため同一楽器に当てている例が多く見られます。
和音の機能をはっきりさせるために同楽器の密集配置がほとんどで、これが後期ロマン派の香りを引き立たせる大きな要因となっています。

幼い頃から音楽の才能を発揮していたブルックナーは、10歳くらいの年齢になった際に、オルガン奏者だった父親の代わりに
オルガンの演奏を教会で行うことがあったそうです。そして11歳の年には、名付け親でありオルガニストだった人物の元で音楽の教育を
受けることとなりますが、その後父親が亡くなると、すぐに修道院の聖歌隊に入ることになりました。
その後16歳で小学校の補助教員免許を取ると、翌年には補助教員として働き始めますが、そこでは授業以外の雑用や畑仕事なども行う必要がありました。
しばらくして別の場所へと転勤になりますが、移った先はブルックナーにとって良い環境だったらしく、初期の合唱曲が生み出されることとなります。

1855年には、リンツ大聖堂のオルガニストの試験でその席を勝ち取ることとなり、大きな収入を得ていくようになったようです。
しかし同年、ブルックナーは再び作曲の勉強をしたいと考え、6年間に渡ってジーモン・ゼヒターに師事しました。
1868年には、師事していたゼヒターの後にウィーン国立音楽院教授となると、しばらくの間はリンツ大聖堂の仕事と掛け持ちしている状態だったそうです。
作曲を行いながらオルガニストの仕事も継続していたブルックナーは、この時期オルガニストとしてとても高く評価されていました。
ちなみにこのころに作曲されたのが、初期の交響曲である「第1番」「第2番」、そして「第0番」と呼ばれる作品です。

1873年、バイロイトでワーグナーとの交流の機会を得たブルックナーは、自身の「交響曲第3番」を献呈しました。このことは、ワーグナーには
良い印象を与えましたが、当時の反ワーグナー派からは批判を受けることとなったようです。
そして1876年、バイロイト音楽祭を訪れたブルックナーは、作曲してきた交響曲を大幅に改訂することにしました。この時に大幅改訂されたのが、
「交響曲第1番」から「第5番」だったようです。

その後1877年に行われた「第3番」の初演は失敗に終わりますが、次の「第4番」が好評となったためブルックナーは交響曲の作曲家としても
知られるようになります。そして、宗教曲の中の代表作である「テ・デウム」や、「交響曲第7番」などが作曲され、さらに有名になっていきました。
1884年ころから「交響曲第8番」に取り掛かると1887年には初稿が完成しましたが、大幅な改訂を必要としたため現在よく知られている
第2稿が完成したのは1890年でした。
この作品は、ブルックナーの作品の中でも代表作と言える交響曲で、当時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に献呈されています。
また、この「第8番」の改訂の際には、他のいくつかの交響曲も改訂が行われました。

数階建ての建物に住んでいたブルックナーでしたが、体を悪くすると、階段の往復が辛くなっていきました。
それを知ったフランツ・ヨーゼフ1世は、ブルックナーを宮殿敷地内の建物に住まわせることにしたようです。

また、ブルックナーは亡くなる当日まで「交響曲第9番」の作曲を行っていましたが、完成には至らないままとなってしまいました。
当時の音楽界は、ブルックナーが「交響曲第3番」を献呈したワーグナー派と、ドイツ三大Bの内の1人であるブラームス派に分かれていました。
そのためワーグナー派とされていたブルックナーと、ブラームスの仲は良いものではなかったようです。
しかし、「交響曲第8番」に関してはブラームスも評価をしていました。そして、ブルックナーの葬儀の際は遠くから見ていたり、
泣いていたりといった様子が確認されたと言われています。

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  2022/06/05   animato

サックス四重奏「失われた幸福」メンデルスゾーン

サックス四重奏「失われた幸福」メンデルスゾーン
メンデルスゾーン :無言歌集 第3巻 Op.38から第2曲
Mendelssohn, Felix:Lieder ohne Worte Heft 3 Op.38-2

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
木管四重奏、クラリネット四重奏版、金管四重奏版は発売中です。
メランコリックなノスタルジーを感じさせてくれる音楽を、ぜひお楽しみください。

サックス四重奏「失われた幸福」メンデルスゾーン
メンデルスゾーン :無言歌集 第3巻 Op.38から第2曲
Mendelssohn, Felix:Lieder ohne Worte Heft 3 Op.38-2

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲は1837年にメンデルスゾーンによって作曲されました。
低音と旋律の間の和音構成音がシンコペーションによる、あと打ちのリズムで装飾する形をとっています。
少し悲しげで、幸せだった過去を振り返るようで、どこかノスタルジックな雰囲気の漂う曲調です。
アレグロ・ノントロッポの指示があるように、停滞感が出てしまわないように注意して演奏したいものです。

ワーグナーが「第一級の風景画家」と言われたように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮しています。
この“言葉のない歌曲”「無言歌」という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現しました。
歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏すると良い演奏になります。
メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及しました。
そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られましたが、この《無言歌集》もその一つです。
《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までです。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版されました。
1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記していて、《無言歌集》の名称を
もつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことでした。
標題をもっているものが多いのですが、作曲者自身によってつけられたものはわずかです。実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、
音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようです。

第3巻は次のようになっています。
1.変ホ長調「夕べの星」 / op.38-1 (1837)
2.ハ短調「失われた幸福」 / op.38-2 (1837)
低音と旋律の間の和音構成音がシンコペーションによる、あと打ちのリズムで装飾する形をとっています。
少し悲しげで、幸せだった過去を振り返るようで、どこかノスタルジックな雰囲気の漂う曲調です。
アレグロ・ノントロッポの指示があるように、停滞感が出てしまわないように注意して演奏したいものです。
3.ホ長調「詩人の竪琴」 / op.38-3 (1837)
4.イ長調「希望」 / op.38-4 (1837)
5.イ短調「情熱」 / op.38-5 (1837)
第2曲と同様、シンコペーションによる、あと打ちのリズムを利用した楽曲構成になっています。情熱というよりは、
焦燥感や不安をかきたてられるような印象の作品です。
6.変イ長調「デュエット」 / op.38-6 (1836)
6曲中唯一、メンデルスゾーン自身によって命名された作品です。テンポはゆっくりめですが、動きはゆるやかではありません。
「常に両声部をくっきりと際立たせなければならない」と記されていて、装飾声部を均質に演奏しながら、2つの主要な旋律を
はっきりとうきたたせることが大切です。やや技巧的な曲です。

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  2022/06/04   animato

Solo+木管五重奏 ザ・ロスト・コード(失われた琴線)

Solo+木管五重奏 ザ・ロスト・コード(失われた琴線)
The Lost Chord
Arthur Sullivan

編成はOb.、Cl.3本、Bsn.およびSoloパートです。Ob.パートはFl.でも演奏可能です。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
in C低音Tuba版、
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
金管五重奏版、クラリネット五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

イギリスのロマン派を味わえる名曲を、ぜひお楽しみください。

Solo+木管五重奏 ザ・ロスト・コード(失われた琴線)
The Lost Chord
Arthur Sullivan

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲は19世紀イギリスの作曲家、アーサー・サリバンによるコラール曲です。
邦題では「失われた琴線」「失われた和音」などとして広く知られています。
作曲者のサリバンは讃美歌や歌曲の他にもウィリアム・S・ギルバート(劇作家・作詞家、William S. Gilbert, 1836年 - 1911年)と
組んでオペラを創った事で知られています。
このサリバンとギルバートのコンビは、イギリス出身の世界的シンガーソングライター、ギルバート・オサリバンの名前の由来にもなっています。

サヴォイオペラで「ミカド」や「軍艦ピナフォー」「近衛兵」などの傑作を作曲したアーサー・サリヴァンはイギリス音楽で多くの美しいメロディーを書きました。
ヴィクトリア~エドワード朝の大英帝国が最も光り輝いた時代を音にし、ユーモア溢れる喜劇の舞台でも気品を忘れない彼の音楽は、
美しさの中にほのかな翳りを漂わせている点で、人気の高いエドワード・エルガーと通じるところがあります。
この歌曲「Lost Chord」は比較的知られている作品です。
この詩は作曲者が兄のためのレクイエムとして書いた作品で、オルガンの荘厳な響きと共に聴くと、大変厳粛な気持ちになります。
レクイエムといっても悲しいメロディではなく、明るくも荘重な、そしてオルガンのまさに「Lost Chord」ともいうべき偉大な和音が印象的です。
特に素晴らしい盛り上がりが最後を飾ります。哀愁を帯びた美しい和声と旋律を味わえる作品です。

アーサー・シーモア・サリヴァン(Sir Arthur Seymour Sullivan, 1842年5月13日 - 1900年11月22日)は、
ロンドンで生れました。父親は軍楽隊の隊長をしていて、アーサーは8歳になる頃には父のバンドで使う楽器を器用に操るようになっていました。
ベイスウォーター (Bayswater) の私立学校に行った後、王室礼拝堂の合唱隊への加入を認められ、チェイニー・ウォーク (Cheyne Walk) にある
その合唱隊の学校に通うようになりました。その頃、彼は賛美歌や歌を作曲し始めています。
1856年、サリヴァンは最初のメンデルスゾーン賞を授与され、王立音楽アカデミーに学生として2年間在籍します。
1858年(16歳)に、サリヴァンはライプツィヒへ旅行し、そこで勉学を継続し指揮法を学びました。彼はこの期間に著しい音楽的な成長を遂げたのです。
1862年にロンドンに帰り、クリスタル・パレスで演じられたシェイクスピアの「テンペスト」の付随音楽が誕生しています。
サリヴァンは次第に、英国最高の作曲家として評価されるようになっていきました。1866年に「交響曲ホ長調(アイリッシュ)」の演奏会が開かれました。
この当時の作品には、「イン・メモリアム (In Memoriam)の序曲」と「チェロ協奏曲」(1866年)、
オラトリオ「放蕩息子 (The Prodigal Son)」(1869年)、「失われた琴線 (The Lost Chord)」(1877年)等があります。

歌詞

Seated one day at the organ,
I was weary and ill at ease,
And my fingers wandered idly
Over the noisy keys.

I know not what I was playing,
Or what I was dreaming then;
But I struck one chord of music,
Like the sound of a great Amen.

It flooded the crimson twilight,
Like the close of an angel's psalm,
And it lay on my fevered spirit
With a touch of infinite calm.

It quieted pain and sorrow,
Like love overcoming strife;
It seemed the harmonious echo
From our discordant life.

It linked all perplexed meanings
Into one perfect peace,
And trembled away into silence
As if it were loth to cease.

I have sought, but I seek it vainly,
That one lost chord divine,
Which came from the soul of the organ,
And entered into mine.

It may be that death's bright angel
Will speak in that chord again,
It may be that only in Heav'n
I shall hear that grand Amen.

日本語意訳

ある日オルガンの前に腰掛け
私は落ち着かない気持ちのまま
何を考えるでもなく
私は鍵盤を叩いていた

何を弾いていたのか思い出せないし
何を夢想していたのかも覚えていない
しかし、ひとつの和音だけは鳴り続けた
偉大なアーメンの響きのように

その調べは深紅の夕暮れの中
天使たちの歌う詩編の余韻のように満ち溢れ
限りない安らぎの感触で
私の昂ぶる心を静めてくれた

すると痛みや悲しみは消え去った
愛が憎しみに打ち勝つように
それは不協和音に満ちた私たちの人生が
妙なる調和へとこだまするようだった

すべての混乱は結び付けられ
ひとつの完全な安息となった
そして震えながら和音は静寂の中へと消えた
消え行くことを惜しむかのように

それから私はむなしく探しつづけてきた
オルガンの精髄より沸き上がり
私の中へと入り込んだ
あの神々しい一つの和音を

死を司る天使のみが
その和音を再び鳴らすことができるのだろう
再び私がその偉大なアーメンの響きを聴けるのは
天に召されたその時なのだろう

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  2022/06/03   animato

金管と打楽器のためのゴスペル「オー・ハッピー・デイ」

金管と打楽器のためのゴスペル「オー・ハッピー・デイ」
Oh Happy Day
American Gospel

編成はSolo in Bに加えてTp.3本、Tbn.またはHn.2本、Tbn.またはEup.、Tuba
およびDrums、Tamb.、Vib. 、El.Bs.です。
来場客などによる手拍子(記譜あり)がラストに入ると盛り上がります。
木管版は発売中です。

ゴスペルの明るく輝ける名曲を、ぜひお楽しみください。

金管と打楽器のためのゴスペル「オー・ハッピー・デイ」
Oh Happy Day
American Gospel

編成はSolo in Bに加えてTp.3本、Tbn.またはHn.2本、Tbn.またはEup.、Tuba
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「オー・ハッピー・デイ」 (Oh Happy Day) は、エドウィン・ホーキンズが18世紀の賛美歌をもとに書いた楽曲です。
エドウィン・ホーキンズ・シンガーズ名義で1969年4月に発表されました。
録音は1967年にカリフォルニア州バークレーにある教会で行われました。
Billboard Hot 100チャートで4位(1969年5月31日~6月7日)、
R&Bチャートで2位を記録しました。
1993年にはミュージカル映画『天使にラブ・ソングを2』でも使われました。
その後、さまざまな作曲家によって編曲されているため、混声合唱曲としても知られています。

「天使にラブソングを2」で有名曲となった「OH HAPPY DAY」は1967年にリリースされたゴスペルソング。
18世紀の讃美歌516番の「主イエスを知りたる嬉しきこの日や」をもとに作られました。
讃美歌を明るいイメージでアップテンポでポップな雰囲気にアレンジしました。
1969年のポップチャートでは全米4位、イギリス2位の記録を持ちます。1993年公開の映画「天使にラブソングを2」の
劇中歌としてクローズアップされたことで世界中でリバイバルヒットしました。

「OH HAPPY DAY」は曲名からは単純に「幸せな日」と単に歌っているのではなく、とても深い意味を持っています。
の歌詞を簡単に日本語に訳すと、
「神が私の罪を清めてくれた。そして、誰もが調和と努力と祈りを忘れないことで喜びに満ちた日々を送ることができる。」
とても単純な歌詞の中に秘められた、パワーやエネルギーや当たり前と思うことに感謝する、
そんな思いを伝える歌なのです。ゴスペルの魅力は、明るさとPOPな雰囲気の中に込められる人々の想いや、
生き方、生きる意味、エネルギーをそれぞれが自然に感じることができることにおいては
世界最高峰の音楽ジャンルだと言えます。
神様は生きている人間すべての罪を許し、洗い流してくれる、そのためには努力を怠らず、周りとの調和を図り、
努力と祈りを忘れないことで、喜びを感じることができ幸せを与えてくれる、という思いを込めた歌なのです。
ゴスペル、楽しく歌うだけでなく心の奥底から、魂から、表現できる、そんな音楽なのだと思います。
ゴスペルが世界中で愛される理由は、誰もが神から平等に与えられた、「エネルギーに満ち溢れた幸せの歌」だからです。
奥深いゴスペルの世界に浸りたいものです。

Oh Happy Day(歌詞)

Oh happy day (oh happy day)
Oh happy day (oh happy day)
When Jesus washed (when Jesus washed)
When Jesus washed (when Jesus washed)
Jesus washed (when Jesus washed)
Washed my sins away (oh happy day)
Oh happy day (oh happy day)

ああ幸せな日
神様が、私の罪を清めて(赦して)くださったから
私の罪は洗い流された。
ああ、なんて幸せな日

Oh happy day (oh happy day)

Oh happy day (oh happy day)
Oh happy day (oh happy day)
When Jesus washed (when Jesus washed)
When Jesus washed (when Jesus washed)
When my Jesus washed (when Jesus washed)
He washed my sins away

He taught me how (oh, He taught me how)
To wash (to wash, to wash)
Fight and pray (to fight and pray)
Fight and pray
And he taught me how to live rejoicing
yes, He did (and live rejoicing)
Oh yeah, every, every day (every, every day)
(oh yeah) Every day!

神は教えてくださった どうやって心を清め、どうやって戦い、祈るのかを。
それから、どうやって喜びとともに生きるのかを、神は教えてくださった。
毎日、毎日。
毎日。

Oh happy day (oh happy day)
Oh happy day, yeah (oh happy day)
When Jesus washed (when Jesus washed)
When my Jesus washed (when Jesus washed)
When Jesus washed [hits high note] (when Jesus washed)
My sins away (oh happy day)

ああ幸せな日
神様が、私の罪を清めて(赦して)くださったから
私の罪は洗い流された。
ああ、なんて幸せな日

I'm talking about that happy day (oh happy day)

He taught me how (oh yeah, how)

To wash (to wash)
Fight and pray (sing it, sing it, c'mon and sing it)
Fight and pray
And to live
yeah, yeah, c'mon everybody (and live rejoicing every, every day)
Sing it like you mean it, oh....

私は幸せな日について話してるの。
神が教えてくれた(どうやって)
心を清めて、
戦って、
祈るのかを(歌おう、さあ、歌おう!)

Oh happy day (oh happy day)
I'm talking about the happy days (oh happy day)
C'mon and talk about the happy days (oh happy day)
Oh, oh, oh happy days (oh happy day)
Ooh talking about happy day (oh happy day)
Oh yeah, I know I'm talking about happy days (oh happy day)
Oh yeah, sing it, sing it, sing it, yeah, yeah (oh happy day)
Oh, oh, oh
Oh happy day

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  2022/06/02   animato

クラリネット五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第2番

クラリネット五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第2番
2 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はCl.4本、Bs.Cl.です。
木管五重奏、サックス五重奏版、金管五重奏版は発売中です。
明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい音楽を、ぜひお楽しみください。

クラリネット五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第2番
3 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はCl.4本、Bs.Cl.です。
木管五重奏、サックス五重奏版、金管五重奏版は発売中です。
明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい音楽を、ぜひお楽しみください。

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert/1797年?1828年)の『軍隊行進曲』は、ピアノ連弾のための曲集で
彼のピアノ作品の中でも有名なものです。
特に第1番は広く知られており、管弦楽用やピアノ独奏用にも編曲され親しまれています。
作曲年は諸説ありますが、1818年が有力だと現在ではされています。

作曲されたとされる1818年頃、シューベルトは貧しい生活を送っていました。
1816年に教師の職を辞めたことで、安定して稼げる仕事がなくなったためです。

しかし仕事を辞めてからは音楽を愛する仲間たちと出会い、彼らに助けられて貧しいながらも充実した時間を過ごしていました。
また1818年は作曲した作品数自体は少ないものの、シューベルトが自らの作品のためのコンサートを初めておこなった年でした。

さらには同年夏(1818年)、シューベルトはエステルハージ伯爵一家の音楽教師としてハンガリーのツェリスにも招かれます。
エステルハージ伯爵家には2人の娘がいましたので、そのために連弾曲が書かれたと推測もされています。

シューベルトはこの地でとても楽しい夏を過ごしたと言われています。
その影響もあるのか、『軍隊行進曲』は3曲とも明るく活発な音楽が印象的です。
この年は、シューベルトにとって明るい道筋が少しずつ開けるような年だったようです。

軍隊行進曲 シューベルト
シューベルト(Franz Peter Schubert/1797?1828)
『軍隊行進曲』は、シューベルトがピアノ連弾のために作曲した曲集『3つの軍隊行進曲 Trois Marches Militaires』 D733 作品51。

作曲された年については諸説あり、一説によれば、シューベルトがエステルハージ伯爵家の娘の教師を務めていた頃と説明されることがあります。
この作品の第1番は、現在シューベルトの作品の中でもっともポピュラーなピアノ曲のひとつとして、独奏されることが多いのですが、
もとはピアノ連弾曲である。シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲です。


この作品のもとはピアノ連弾曲です。シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲であり、エステルハージ家での楽しいピアノ・レッスンの風景を想像させます。
第1番は特に有名で、広く演奏されています。オーケストラ編曲やタウジッヒによるピアノ独奏編曲があります。
 他の多くのシューベルトの連弾作品が家庭的な楽しみのために書かれたようにこの作品も書かれたのでしょう。

第1番 ニ長調 4分の2拍子 Allegro vivace
 下属調のトリオをはさむ三部形式 でできています。
ファンファーレ風に始まる軽快な行進曲 となっています。
トリオはト長調で 優しい感じの歌謡風な旋律です。

第2番 ト長調 4分の4拍子 Allegro molto moderato
 1番同様下属調のトリオをはさむ三部形式でできています。

第3番 変ホ長調 4分の4拍子 Moderato
ファンファーレのような短い序奏で始まります。
最初の主題は付点音符のリズムによるとてもリズミックな旋律です。
トリオはやはり下属調の変イ長調です。トリルの入ったアウフタクトで始まる優美な旋律です。

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  2022/06/01   animato