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2022年5月

Solo+鍵盤打楽器とコントラバス三重奏 「優しい愛 "君を愛す"」

Solo+金管四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」
Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123
ベートーヴェン
Beethoven, Ludwig van

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.、TubaおよびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、鍵盤打楽器とコントラバス三重奏版は発売中です。

屈託のない明るさと伸びやかなメロディのベートーヴェン作品を、ぜひお楽しみください。

Solo+鍵盤打楽器とコントラバス三重奏 「優しい愛 "君を愛す"」
Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123
ベートーヴェン
Beethoven, Ludwig van

編成はVib.、Marim.、St.Bs.、およびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
金管四重奏版、クラリネット四重奏版、サックス四重奏版は発売中です。

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https://youtu.be/aUVUbp_2Pus

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲は1795年の作品です。作品番号は付いていませんが、ベートーヴェンの歌曲の中でも最も良く知られ、歌われています。
若き日の彼はこういった感じのストレートな恋歌を好んで書いていたようで、その屈託のない明るさや伸びやかなメロディも
あいまって大変魅力的に響きます。シンフォニーや弦楽4重奏曲などでの厳格でいかめしいベートーヴェンのもうひとつの
側面を垣間見ることができ、この頃の作品群に魅力を感じることができます。
原詩のタイトルはZartliche Liebeで、ベートーヴェンの歌曲もそれが正式な名称なようですが、
歌の冒頭のIch liebe dichの方が良く知られているタイトルになっています。
詩はカール・フリードリヒ・ヘルロゼー(Herrosee)の 《やさしき愛》 第2節から採られています。
ベートーヴェンは自らの歌曲に作品としての価値を重く置いていなかったのか、生前に出版された大半のものに作品番号をつけていませんが、 
この曲は優しく清澄な美しさにあふれた旋律でよく知られています。

※ WoO.(Werke ohne Opuszahl 作品番号なし)は1955年にキンスキーとハルムによって編集された作品目録の番号です。

楽聖ベートーヴェン

楽聖と称えられるベートーヴェンは、1770年12月の16日か17日、ドイツのボンで生まれました。
幼いころから過酷ともいえる音楽教育を受け、非凡な才能を開花させましたが、
家庭的には恵まれず、ベートーヴェンの家族関係は最後まで彼を悩ませ続けることになります。
26才ぐらいのときから耳が聞こえづらくなり、体調不良、貧困など苦難が襲うなか、それらを克服して
次々と作品を発表していきます。だからこそ、彼の作品には心打たれるものが多いのかもしれません。
有名な作品に、ピアノソナタ 「悲愴」 「月光」 「熱情」 や、 ピアノ独奏曲 「エリーゼのために」、
「運命が、かく扉を叩くのだ」 と語った第五交響曲 『運命』、第六交響曲 『田園』 などがあります。
奇数番号の交響曲は壮大で重量感があり、偶数番号のものは軽く明るい作品が多いようです。
生涯独身であったベートーヴェンが手紙で不滅の恋人と呼んだのは誰か、
さまざまな説が浮上しているものの、現在も確証はなく、謎のままです。
1827年3月26日午後5時45分、激しい雷鳴と吹雪のなか、ウィーンで亡くなりました。
死の間近でいった 「諸君、拍手したまえ、劇は終わった!」 という言葉が有名です。

ベートーヴェン「優しい愛 "君を愛す"(Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123)」
2/4拍子
ト長調(G-dur)
Andante

Zartliche Liebe (Ich liebe dich)   WoO.123  
優しき愛 (君を愛する)  
詩: ヘロゼー (Karl Friedrich Wilhelm Herrosee,1764-1821) ドイツ

Ich liebe dich,so wie du mich,
Am Abend und am Morgen,
Noch war kein Tag,wo du und ich
Nicht teilten unsre Sorgen.

Auch waren sie fur dich und mich
Geteilt leicht zu ertragen;
Du trostetest im Kummer mich,
Ich weint in deine Klagen.

Drum Gottes Segen uber dir,
Du,meines Lebens Freude.
Gott schutze dich,erhalt dich mir,
Schutz und erhalt uns beide.

ぼくは君を愛するのさ、君がぼくを愛するように
夕べにも そして朝にも
一日たりともあり得ない、君とぼくとが
互いの悩みを分け合わない日など

そうすればその悩みは君とぼくにとって
容易に耐えられるものになるのさ
君はぼくの悲しみを慰めてくれるのだし
ぼくは君の悲しみに涙を流すのだから

だからね、神様の祝福が君にあるように
君よ、ぼくの人生の喜びよ
神様が君を守ってくださることを、そしてぼくのために君を支えてくださることを
ぼくたち二人を守り、支えてくださることを願うよ

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  2022/05/11   animato

クラリネット六重奏 ゴシック組曲 Op. 25 第4曲 トッカータ

クラリネット六重奏 ゴシック組曲 Op. 25 第4曲 トッカータ
Suite Gothique, Op.25
4. Toccata
Boellmann, Leon

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs.Cl.2本です。
サックス六重奏、木管六重奏版は発売中です。
フランス・ロマン派によるオルガンの名曲を、ぜひお楽しみください。

クラリネット六重奏 ゴシック組曲 Op. 25 第4曲 トッカータ
Suite Gothique, Op.25
4. Toccata
Boellmann, Leon

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲はレオン・ボエルマン(1862年~1897年)のオルガンのための作品「ゴシック組曲」の曲集です。
ボエルマンの代表作品です。第1楽章「導入‐コラール」、第2楽章「ゴシック風メヌエット」、
第3楽章「ノートルダムへの祈り」、第4楽章「トッカータ」の全4楽章からなります。
第3楽章の静かな祈りから一転して、4楽章のトッカータは、闇の世界に引き込まれていきそうな神秘的な作品で、
特に有名な曲です。

1. Introduction-Choral
2. Menuet gothique
3. Priere a Notre-Dame
4. Toccata

ゴシック組曲 Op. 25 - 第1曲 導入‐コラール
ゴシック組曲 Op. 25 - 第2曲 ゴシック風メヌエット
ゴシック組曲 Op. 25 - 第3曲 ノートル・ダム(聖母)への祈り
ゴシック組曲 Op. 25 - 第4曲 トッカータ

L.ボエルマンはフランスのオルガニスト、作曲家です。E.ジグーにオルガンを学びました。
19世紀のフランスのオルガンは,カヴァイエ=コルによって,よりオーケストラの音響に近いものに改良されました。
このゴシック組曲は彼の最も有名な曲で、フランスロマン様式の本質を要約していて、フランス近代のオルガン音楽の特徴もよく表しています。

18世紀末のフランス革命の混乱により、フランス国内のオルガンの多くは、教会とともに破壊されてしまいました。
しかし、19世紀の中ころになると、教会の再建に併せて新型のオルガンが設置されはじめ、フランクやサン=サーンスらは、
こうしたオルガンに新たな可能性を求めて、多くの作品を作り出しました。
これら「フランス・オルガン楽派」と呼ばれる作曲家たちの流れに属するのが、レオン・ボエルマン(1862~1897)です。

彼は、ニーデルメイエ宗教音楽学校でウジェーヌ・ジグーらに師事しました。同門にはフォーレがいます。
1871年に優秀な成績で卒業した彼は、パリのサン・ヴァンサン=ド=ポール教会でオルガニストを勤めました。
1885年からは、母校で教鞭を執るとともに、作曲家やピアニストとしても活躍し、将来を嘱望されたが、35歳の若さで亡くなりました。

彼の最もよく知られている作品は、1895年につくられたオルガンのための『ゴシック組曲(作品25)』で、
オルガン音楽の分野では、最も有名な作品のひとつです。

曲は「序奏とコラール」「ゴシック風メヌエット」「ノートルダム(聖母)への祈り」「トッカータ」の4曲からなります。
第1曲は、重厚な交唱的効果の序奏。第2曲は軽く勢いのあるメヌエット。第3曲は静かで信仰心に満ちた祈り。
第4曲は絶え間なく動き,最後に大きな盛り上がりを見せるトッカータです。
特に、第4曲「トッカータ」が有名ですが、第3曲の「ノートルダムへの祈り」は、温かで静謐な美しさにあふれていて、趣き深い1曲です。
演奏時間はおよそ15分です。

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  2022/05/10   animato

サックス五重奏 バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ

サックス五重奏 バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
Bambino, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
木管五重奏、クラリネット五重奏、金管五重奏、鍵盤打楽器とベース四重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

サックス五重奏 バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
Bambino, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
木管五重奏、クラリネット五重奏、金管五重奏、鍵盤打楽器とベース四重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

Bambino, Tango  バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
 Bambinoとは「赤ん坊」という意味ですが、当時有名だった風刺画家で、ナザレの楽譜の表紙絵のいくつかを書いている
Arthur Lucasのペンネーム "Bambino" からとられました。後にCatullo da Paixao Cearenseにより "Voce nao me da!..." という
題名で歌詞がつけられました。またLuciano Galletにより室内オーケストラ用に編曲されました。原調は変イ長調、A-B-C-A形式です。
テンポはゆったりながら、両手がシンコペーションを刻むが気取った雰囲気の作品です。
Bメロは右手旋律がオクターブ、左手伴奏和音は十度重音が多用され華やかな雰囲気を出しています。Cメロは変ニ長調で、
旋律はシンコペーションのリズムにのって音階をゆっくり上がったり下がったりします。それが何とも浮き浮きするような気分を
醸し出していて、ナザレの天性を感じ取ることができます。

「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を知らずしてブラジル音楽は語れません。
南国ののどかな風光と、アフリカの野性的なエネルギーと、ロマンティシズムが渾然と混じり、甘美で、ちょっぴり切ない独特の音楽が聞こえてきます。
ミニョーネはこう述べています。「私は1917年頃にEduardo Soutoの楽譜店でナザレに会ったことがある。ナザレは自作曲を決して急がず、
カンタービレで弾いていた。彼はこう言っていたよ、『私の作品はあちこちでメチャメチャに弾かれている。みんな速く弾きすぎだ。
特に "Apanhei-te, Cavaquinho" は酷いことになっている。あの曲はゆっくりと、左手はカヴァキーニョを思い浮かべてアルペジオで弾くもんだ』と。」

エルネスト・ジュリオ・ナザレー (Ernesto Julio Nazareth (またはNazare とも), 1863年3月20日 - 1934年2月4日)は、ブラジルのピアニスト・作曲家です。
一生をリオ・デ・ジャネイロで過ごしました。「ブラジル風タンゴ」やショーロなど、国内の民族音楽に影響されたピアノ曲を量産しました。
そのような作曲姿勢から、しばしば「ブラジルのショパン」と呼ばれています。ピアノ以外の音楽教育は学ばなかったため、
残された作品はサロン小品と声楽曲ばかりであり、管弦楽曲や室内楽・カンタータやオラトリオのような分野の大作はなく、作曲技法も必ずしも洗練されていません。
しかしながら、民衆音楽の影響のもとに切り開いた独自の素朴な詩境は、のちにヴィラ=ロボスから、「ブラジルの魂」と称賛されました。
中産階級ながらもあまり豊かでない下級官吏の家庭に生まれ、ショパンを愛する母親からピアノの手ほどきを受けました。
早い年齢でたぐい稀な音楽的才能が認められ、家族ぐるみで付き合いのあったアフロ=アメリカンの作曲家、
リュシアン・ランベールにも音楽の手ほどきを受けました。
1873年に母親が亡くなってからもピアノを学び、間もなく作曲も手がけるようになりました。
最初の出版作品のポルカ『ボセ・ベン・サービ"Voce Bem Sabe"』 (あなたはよく御存知)は、14歳になるまでに作曲・出版されました。
その後は、ショーロの楽士たちとたむろして、敏感で独特なリズム感を身につけました。マシシェ maxixe やルンドゥ lundu 、ショーロ choro 、
アフリカ系住民のダンスなど、さまざまな民族舞曲に影響されました。

長年ナザレーは、映画館オデオン座の待合室でピアニストとして働き、ここで最も有名な作品の一つ『オデオン』を作曲しました。
外国から数少ない音楽家がブラジルを訪問した際、オデオン座のナザレーの演奏を見学したといわれています。

1920年代初頭には、音楽ショップにピアニストとして雇われました。顧客が購入する際に持ち寄ってきた楽譜を見ながら、演奏し、
客の要望に沿うかどうかを確認して見せるのが任務でした。客の中に、ナザレー作品の楽譜を手ずから弾こうとする者がいると、止めさせて、
解釈が誤っていると苦情を言うのが常だったそうです。

ナザレーは、心底からのブラジル人音楽家であり、音楽は楽しまれるべきであるとして、それ以上を望みはしませんでした。
ほとんど独学であり、音楽活動のほとんどは、劇場や映画館の伴奏ピアニストとして、あるいは小劇場のアンサンブルでのピアニストとして、
演奏するのに振り当てられました。
そのような劇場アンサンブルの楽団員の知り合いには、後の大作曲家ヴィラ=ロボスがいて、当時はチェリストとして活動していました。
ナザレーはショーロの発展のおおもとであり、ヴィラ=ロボスは、これに基づき、後に自らの創作活動を繰り広げていったのです。

ナザレーは、ブラジルの民族音楽以外にも明らかに影響されていて、子供時代にむさぼるようにして学んだショパンの影響が中でも顕著です。
また、1869年にきら星のようにリオ・デ・ジャネイロにデビューして、瞬く間にブラジル楽壇を席巻したゴットシャルクの作風もナザレーにはお馴染みでした。
作品には、19世紀ヨーロッパのクラシック音楽の豊かな和声法がこだましながら、ナザレーの生地ブラジルの、シンコペーションをともなう
民族舞曲のリズム法に織り込まれてゆくのが認められます。そのうえ、アメリカ合衆国のラグタイムや初期のジャズの、小気味よいリズム感も健在である。これらの要素を統合して一つの有機体へとまとめ上げたことがナザレー独自の能力で、結果的には、ピアノ曲のレパートリーだけでなく、20世紀の音楽にも重要な貢献を果たしている。

ナザレーはショパンやその他のヨーロッパの作曲家から霊感を受けたように、逆に自らも、間接的とはいえ、ヨーロッパの作曲家に何かしらの影響を与えています。
フランス人作曲家のダリユス・ミヨーは、自伝の中で、ブラジル滞在中にリオ・デ・ジャネイロの映画館でナザレーがピアノを演奏する風景を回想しています。
ミヨーはその音楽のリズムにたちどころに虜となって、ブラジル音楽をきわめてやろうと決心したというのです。
その最終的な成果こそが、ミヨーのピアノ曲『ブラジルの想い出 Saudades do Brasil』でした。

ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ばれていますが、作品に副題を好んでつけた点で、ショパンとは違っています。
ショパンやフォーレよりもヨーロッパのサロン音楽の伝統に忠実だったといえます。
しかしながら19世紀から20世紀初頭まで、ヨーロッパではサロン小品にフランス語の題名をつける慣習がまだ根強く残っていたのに対して、
ナザレーは母語のポルトガル語に固執しました。
また題名によって、ドビュッシーやラヴェルのように、美術や文学からのインスピレーションをほのめかしたり、
リストのように詩的な連想を暗示することもありませんでした。
ナザレーの曲名には、しばしば第三者にとって謎めいた響きをもつものもありますが、それらは実在するスポーツチームやダンスクラブ、雑誌名など、
ナザレーの日常生活の周辺から切り取られたものばかりです。このような意味で、ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ぶよりは、むしろ
「ブラジルのクープラン」と呼んでこそふさわしいかも知れません。

およそ300曲のピアノ小品において、ナザレーはみごとに、大衆的なブラジル舞曲のエッセンスを捕まえています。
ナザレーは、厳密には都会の聴衆のために作曲したのですが、その作品には、(ブラジルで奴隷制が廃止された1888年以降の作品でも、)
アフリカ系民族音楽の豊かな影響が息づいています。ほとんどの曲に、スコット・ジョプリンが発想したようなシンコペーションが使われています。
ナザレーのピアノ曲には、ブラジルのありとあらゆるダンスが盛り込まれています。マシシ(英語版)、バトゥーキ(英語版)、 サンバ、
そして中でも重要なのがタンゴです。後に世界中を熱狂させ、席巻したタンゴが、ブラジル生まれだったというだけでなく、
実際にはナザレー自身の創り出したジャンルだったという証拠になるからです。
もしそれが間違いだったとしても、「ブラジル風タンゴ」の発展のほとんどにナザレーがかかわっていて、このジャンルに優に100曲を残しています。

最も有名な作品に、『ブレジェイロ(ろくでなし)"Brejeiro"』『アメノ・ヘゼダ"Ameno Reseda"』『バンビーノ(赤ん坊)"Bambino"』
『トラベッス(腕白坊主)"Travesso"』『フォン・フォン"Fon-Fon"』『テネブローズ(暗闇)"Tenebroso"』があります。
ナザレーが初めて「ショーロ」と呼んだ作品のうち、『アパニェイチ・カヴァキーニョ(頑張れカバキーニョ)"Apanhei-te Cavaquinho"』は、
さまざまな楽器アンサンブルによって演奏できる、古典的名作です。

晩年になって完全に聴覚を失うと、創作活動にも支障をきたしましたが、それでもブラジル国内ではなかなかナザレー人気は衰えませんでした。
ゴットシャルクやジョプリンを評価する人たちなら、ナザレーの残した魅力的な宝石たちをきっとたちまち気に入るに違いありません。

作曲者の死後から半世紀を経た近年になって、ナザレー作品を集めたアルバム制作が世界的にも相次いでいて、最近では伝記や、
作曲者に関するCD-ROMも発表されています。ナザレーは、クラシックとポピュラー音楽にまたがって活動したことから、ナザレーのピアノ曲は、
クラシックの学び手にも、ポピュラー音楽の学び手にも、有用な教材とされつつあります。

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  2022/05/09   animato

木管五重奏 シュペールのソナタ・イ短調(オリジナル)

木管五重奏 シュペールのソナタ・イ短調(オリジナル)
Sonata in a moll
Daniel Speer

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.です。
サックス五重奏版、金管五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。
バロック期の壮麗な響きをコンサートのオープニング・ピースに、ぜひどうぞ。

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Sonata in a moll
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ダニエル・シュペール - Daniel Speer
Georg Daniel Speer(1636年7月2日-1707年10月5日)は、ドイツの作曲家であり、バロックの作家です。
シュペールはブレスラウ(現在はポーランドのヴロツワフ)で生まれ、ドイツのゲッピンゲンで亡くなりました。
ダニエル・シュペールは17世紀末に南ドイツ地方で活躍していました。
音楽理論家としても教科書や理論書を出版しています。「四声ソナタ」のほか、三重奏の「二つのソナタ」も
トロンボーン奏者にはお馴染みの曲です。曲は単純なつくりですが、ハーモニーや細かいパッセージに高い技術が要求されます。
バロック時代の美しい響きをお楽しみ下さい。

1687年に彼はミドルバロック音楽を理解するのに役立つと考えられている音楽に関する論文を発表しました。
彼の音楽への執筆は、1世紀以上にわたってドイツのバロックトロンボーン作品に影響を与えました。
作曲家として、例えばSpeerはトロンボーンのための音楽を発表しました。キーボードの小品も残っています。
彼は金管五重奏のためのDie Bankelsangerliederのソナタ第29番で最もよく知られているかもしれません。
この曲は、結婚式やフォーマルな機会によく演奏されます。

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  2022/05/08   animato

金管四重奏 モテット より「ロクス・イステ」

金管四重奏 モテット より「ロクス・イステ」
ブルックナー作曲
Locus iste of Motteten by Anton Bruckner (1824-1896)

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.2本です。
木管四重奏、サックス四重奏版、クラリネット四重奏版は発売中です。
穏やかな流れの中に立体的な奥行きと、響きの清潔感を感じる音楽を、ぜひお楽しみください。

金管四重奏 モテット より「ロクス・イステ」
ブルックナー作曲
Locus iste of Motteten by Anton Bruckner (1824-1896)

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

Locus iste(この場所は神によって造られた)
作曲:Anton Bruckner(アントン・ブルックナー)(1824~1896)
この曲は1869年にオーストリアの作曲家、ブルックナーによって作曲された聖堂献堂式のための昇階唱です。

歌詞:
Locus iste a Deo factus est inaestimabile sacramentum irreprehensibilis est.

邦訳:
この場所は神によって造られた。それは何とはかり知れぬ秘跡 であることか。そこには何の欠点もない。

Anton Bruckner
ブルックナー
編成は四部のコーラス(SATB)です。
最近はシンフォニーでよく知られるようになったブルックナーですが、やはり真髄はアカペラの教会音楽にあります。
モテットのなかでは、Ave Maria、Os justi、Chiristus factus est、Virga Jesse、Vexilla regisなどと並んでよく演奏される曲のひとつです。

Bruckner がオーストリア郊外、リンツの教会 (Votifkapelle) の新しい聖堂の献堂式の為に作曲しました。
簡素で慎ましい曲ですが、ハーモニーの豊かな響き合いの中に胸を打つ瞬間があります。特に神の奇跡は
「非の打ちどころ ( 間違いが ) ない」“irreprehensibilis“ という言葉に付けられた、半音階的ハーモニーの推移は見事です。
無意識の内に潜んでいた形の無いものが次第に浮かび上がり、やがて調和したハーモニーに到達した時に、その言葉 (irreprehensibilis) が
輪郭を表します。全体を通じて穏やかな流れの中に立体的な奥行きと、響きの清潔感を感じることができます。

ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(Joseph Anton Bruckner, 1824年9月4日 - 1896年10月11日) は、オーストリアの作曲家、オルガニストです。
交響曲と宗教音楽の大家として知られています。

リンツ近くのアンスフェルデンに学校教師の長男として生まれ、村の教会のオルガン奏者を兼ねる父のもとで早くから音楽に親しみました。
13歳で父を失ったのち近くのザンクト・フロリアン修道院の寄宿舎に入り、少年聖歌隊員としてオルガンやピアノ、バイオリンを学びました。
師範学校を経て1841年に助教師となりましたが作曲にも手を染め、ザンクト・フロリアン修道院のオルガン奏者、1856年にはリンツ大聖堂の
オルガン奏者に就任しました。以後作曲の勉強に本格的にとりくみ,R.ワーグナーの音楽に傾倒しました。
1864年?1868年、《ミサ曲第1番ニ短調》にはじまる〈三大ミサ曲〉を完成しました。1868年ウィーン音楽院教授に就任し、
1873年からはワーグナーと親交を深めました。また1875年にはウィーン大学講師となり、学生だったマーラーと交流しました。
《交響曲第4番ロマンティック》(1881年初演)以来ようやく高まり始めた作曲家としての名声は60歳の年、
1884年のニキシュによる《交響曲第7番》初演の大成功で頂点を迎え、生涯初の栄光をブルックナーにもたらしました。
1891年ウィーン大学名誉博士の称号を得ました。《交響曲第9番》を未完のまま72歳で永眠。その音楽の基盤には敬虔(けいけん)なカトリック信仰が
あり、教会オルガン奏者として精通した多声音楽の伝統とベートーベン以来のドイツ、オーストリア音楽の諸様式とが融合し、
独自の書法を形づくっています。第0番と習作1曲を含む11曲の交響曲(1863年―1896年)のほか、《テ・デウム》(1884年)、
《詩篇第150番》(1892年)など多くの教会音楽、《弦楽五重奏曲》(1879年)などがあります。

ブルックナーには独自の技法や表現があり、それらはブルックナーの名前を付けて呼ばれています。
有名なものでは「ブルックナー開始」があげられますが、これは第1楽章の始まりを弦楽器のトレモロという音を小刻みに演奏する技法で始めるものです。
他には「ブルックナー休止」「ブルックナー・ゼクエンツ」「ブルックナー・ユニゾン」「ブルックナー・リズム」などがあります。

●ブルックナー開始
第1楽章が弦楽器のトレモロで始まる手法であり、交響曲第2、4、7、8、9番に見られます。ベートーヴェンの『交響曲第9番』に影響を受けています。
●ブルックナー休止
楽想が変化するときに、管弦楽全体を休止(ゲネラル・パウゼ)させる手法です。
●ブルックナー・ユニゾン
オーケストラ全体によるユニゾン。ゼクエンツと共に用いられて効果を上げます。
●ブルックナー・リズム
(2+3) によるリズム。第4、6番で特徴的である。(3+2) になることもあります。初期の稿では5連符として書かれていたものが、改訂稿では
ブルックナー・リズムに替えられている例も見られます。
●ブルックナー・ゼクエンツ
ひとつの音型を繰り返しながら、音楽を盛り上げていく手法。いたるところに見られます。
●コーダと終止
コーダの前は管弦楽が休止、主要部から独立し、新たに主要動機などを徹底的に展開して頂点まで盛り上げます。
●和声
ブルックナーの和声法で、響きが濁るので従来多くの作曲家が避けた技法。例えば根音Gとした場合、根音Gに対して、
属9の和音以上に現れる9の音のA♭が半音違いで鳴ること、属11の和音においてBとCが半音違いで鳴ることや、13の和音においてDとE♭が半音違いで鳴ること。
もう一つは対位法の場面で現れ、対旋律や模倣が半音違いで鳴ること。従って和声学上の対斜とは意味が異なりますが、バルトークの
ブルーノート風の半音のぶつかりも「対斜」とされているので、ここでは「ブルックナー対斜」と読んでも差し支えありません。
またワーグナーのトリスタン和音がそのまま使われていることがあります。和音の音色を明確にするため同一楽器に当てている例が多く見られます。
和音の機能をはっきりさせるために同楽器の密集配置がほとんどで、これが後期ロマン派の香りを引き立たせる大きな要因となっています。

彼は幼い頃から音楽の才能を発揮していたブルックナーは、10歳くらいの年齢になった際に、オルガン奏者だった父親の代わりに
オルガンの演奏を教会で行うことがあったそうです。そして11歳の年には、名付け親でありオルガニストだった人物の元で音楽の教育を
受けることとなりますが、その後父親が亡くなると、すぐに修道院の聖歌隊に入ることになりました。
その後16歳で小学校の補助教員免許を取ると、翌年には補助教員として働き始めますが、そこでは授業以外の雑用や畑仕事なども行う必要がありました。
しばらくして別の場所へと転勤になりますが、移った先はブルックナーにとって良い環境だったらしく、初期の合唱曲が生み出されることとなります。

1855年には、リンツ大聖堂のオルガニストの試験でその席を勝ち取ることとなり、大きな収入を得ていくようになったようです。
しかし同年、ブルックナーは再び作曲の勉強をしたいと考え、6年間に渡ってジーモン・ゼヒターに師事しました。
1868年には、師事していたゼヒターの後にウィーン国立音楽院教授となると、しばらくの間はリンツ大聖堂の仕事と掛け持ちしている状態だったそうです。
作曲を行いながらオルガニストの仕事も継続していたブルックナーは、この時期オルガニストとしてとても高く評価されていました。
ちなみにこのころに作曲されたのが、初期の交響曲である「第1番」「第2番」、そして「第0番」と呼ばれる作品です。

1873年、バイロイトでワーグナーとの交流の機会を得たブルックナーは、自身の「交響曲第3番」を献呈しました。このことは、ワーグナーには
良い印象を与えましたが、当時の反ワーグナー派からは批判を受けることとなったようです。
そして1876年、バイロイト音楽祭を訪れたブルックナーは、作曲してきた交響曲を大幅に改訂することにしました。この時に大幅改訂されたのが、
「交響曲第1番」から「第5番」だったようです。

その後1877年に行われた「第3番」の初演は失敗に終わりますが、次の「第4番」が好評となったためブルックナーは交響曲の作曲家としても
知られるようになります。そして、宗教曲の中の代表作である「テ・デウム」や、「交響曲第7番」などが作曲され、さらに有名になっていきました。
1884年ころから「交響曲第8番」に取り掛かると1887年には初稿が完成しましたが、大幅な改訂を必要としたため現在よく知られている
第2稿が完成したのは1890年でした。
この作品は、ブルックナーの作品の中でも代表作と言える交響曲で、当時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に献呈されています。
また、この「第8番」の改訂の際には、他のいくつかの交響曲も改訂が行われました。

数階建ての建物に住んでいたブルックナーでしたが、体を悪くすると、階段の往復が辛くなっていきました。
それを知ったフランツ・ヨーゼフ1世は、ブルックナーを宮殿敷地内の建物に住まわせることにしたようです。

また、ブルックナーは亡くなる当日まで「交響曲第9番」の作曲を行っていましたが、完成には至らないままとなってしまいました。
当時の音楽界は、ブルックナーが「交響曲第3番」を献呈したワーグナー派と、ドイツ三大Bの内の1人であるブラームス派に分かれていました。
そのためワーグナー派とされていたブルックナーと、ブラームスの仲は良いものではなかったようです。
しかし、「交響曲第8番」に関してはブラームスも評価をしていました。そして、ブルックナーの葬儀の際は遠くから見ていたり、
泣いていたりといった様子が確認されたと言われています。

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  2022/05/07   animato

クラリネット四重奏 イタリア協奏曲 BWV 971 第3楽章

クラリネット四重奏 イタリア協奏曲 BWV 971 第3楽章
Bach, Johann Sebastian:Italienisches Konzert BWV 971

編成はCl.3本と、BsCl.です。
BsCl.はBsn.に変更可能です。
木管四重奏版、サックス四重奏版は発売中です。
第1楽章も
クラリネット四重奏版、木管四重奏版、サックス四重奏版は発売中です。

バッハの情緒豊かな名曲を、ぜひお楽しみください。

クラリネット四重奏 イタリア協奏曲 BWV 971 第3楽章
Bach, Johann Sebastian:Italienisches Konzert BWV 971

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

1735年、バッハは『クラヴィーア練習曲集』第2巻を世に送り出しました。
二段鍵盤のために書かれたその第1曲が「イタリア趣味による nach italienischem Gusto」、通称《イタリア協奏曲》とよばれる作品です。
明朗快活な両端楽章と優美な緩徐楽章、急-緩-急の3楽章からなり、これら3つの冒頭の音型は明確な関連を持っています。
出版譜には強弱記号すなわち「f」と「p」が珍しくも書き込まれていますが、これは楽器自体が出すべき音量を表すのではありません。
当時のコンチェルト・グロッソ(複数の演奏グループが交代ないし合奏しながら進む協奏曲)の慣習にならえば
トゥッティとソロの転換を、二段鍵盤のチェンバロ上では鍵盤の変換を指示するものです。
それは、音量の変化というよりも音色の変化であり、近代的なピアノにおいてはチェンバロ以上に豊かな表現が可能です。
この作品が現代において広く愛されている理由でもあります。
しかし、イタリアのヴィヴァルディの様式に代表されるような器楽協奏曲をチェンバロの上に写したものとは少し趣が違います。
バッハが出版譜に記した「f」と「p」からは、リトルネッロ(反復される部分)とエピソード(展開される部分)、
独奏と伴奏のパートの交代が明確には見えません。
第1楽章では、確かに両端部のリトルネッロははっきりしていますが中間部では、絡み合う様々な旋律線の中から幾度も
主要楽節が湧き上がろうとしながら、完全に主題を再現するには至らず、フレーズは切れ目を見出さないまま進んでゆきます。
バッハはここで単純明快な対比よりも自由で複雑な展開を望んだのです。

こうした点から、この作品はイタリア的な音型や語法をふんだんに取り入れた作品と言うべきです。
第1楽章冒頭のリズムは、18世紀前半にハンブルクに活躍した著述家J. マッテゾンによれば「最新の流行」であり、
第2楽章におけるオスティナート(同じリズム型や旋律型を繰り返す伴奏)に支えられた装飾豊かなアリアは、
ヴィヴァルディの作品そのものを思い起こさせます。バッハと同時代の美学者J. A. シャイベが
「外国人たちにとってほとんど模倣すべくもない」と賞賛したように、初期古典派のクラヴィーア・ソナタへと結実します。

第3楽章も第1楽章と同じヘ長調で、とても明るく華やかな曲です。
曲中には「フォルテ(強奏)」と「ピアノ(弱奏)」の指示があり、これは2段鍵盤のチェンバロを用いて協奏曲における楽器群の対比表現を模倣するものです。
この曲はバッハが存命時にも人気があり、バッハの作った曲を「誇張や過度の技法」「自然に反し、くどくどしく理解し難い」と批判した
ヨハン・アドルフ・シャイベでさえも、この曲に対しては「単一の楽器で演奏する協奏曲の最大、最高の曲である」と賛辞を送ったほどでした。 

この曲は魅力的で躍動感にあふれたバッハ演奏でグレン・グールドの演奏が一世を風靡しました。
ダイナミックな強弱と緩急を自在に操り、ピアノによるバッハをこれほどまでに魅力的に表出した、まさに不世出の演奏家と言って良いでしょう。

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  2022/05/06   animato

サックス五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第3番

サックス五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第3番
3 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
木管五重奏版、クラリネット五重奏版、金管五重奏版は発売中です。
明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい音楽を、ぜひお楽しみください。

サックス五重奏 シューベルト:軍隊行進曲 第3番
3 Marches militaires
Schubert, Franz

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert/1797年?1828年)の『軍隊行進曲』は、ピアノ連弾のための曲集で
彼のピアノ作品の中でも有名なものです。
特に第1番は広く知られており、管弦楽用やピアノ独奏用にも編曲され親しまれています。
作曲年は諸説ありますが、1818年が有力だと現在ではされています。

作曲されたとされる1818年頃、シューベルトは貧しい生活を送っていました。
1816年に教師の職を辞めたことで、安定して稼げる仕事がなくなったためです。

しかし仕事を辞めてからは音楽を愛する仲間たちと出会い、彼らに助けられて貧しいながらも充実した時間を過ごしていました。
また1818年は作曲した作品数自体は少ないものの、シューベルトが自らの作品のためのコンサートを初めておこなった年でした。

さらには同年夏(1818年)、シューベルトはエステルハージ伯爵一家の音楽教師としてハンガリーのツェリスにも招かれます。
エステルハージ伯爵家には2人の娘がいましたので、そのために連弾曲が書かれたと推測もされています。

シューベルトはこの地でとても楽しい夏を過ごしたと言われています。
その影響もあるのか、『軍隊行進曲』は3曲とも明るく活発な音楽が印象的です。
この年は、シューベルトにとって明るい道筋が少しずつ開けるような年だったようです。

軍隊行進曲 シューベルト
シューベルト(Franz Peter Schubert/1797?1828)
『軍隊行進曲』は、シューベルトがピアノ連弾のために作曲した曲集『3つの軍隊行進曲 Trois Marches Militaires』 D733 作品51。

作曲された年については諸説あり、一説によれば、シューベルトがエステルハージ伯爵家の娘の教師を務めていた頃と説明されることがあります。
この作品の第1番は、現在シューベルトの作品の中でもっともポピュラーなピアノ曲のひとつとして、独奏されることが多いのですが、
もとはピアノ連弾曲で、シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲です。


この作品のもとはピアノ連弾曲です。シューベルトがジェリズに赴任していた1818年に作曲されました。
この年はエステルハージ伯爵家のふたりの娘にピアノを教授するため、多くの連弾曲が生み出されています。
この行進曲は3曲とも、明るい力強さの中に軽やかさを備えた楽しい連弾曲であり、エステルハージ家での楽しいピアノ・レッスンの風景を想像させます。
第1番は特に有名で、広く演奏されています。オーケストラ編曲やタウジッヒによるピアノ独奏編曲があります。
 他の多くのシューベルトの連弾作品が家庭的な楽しみのために書かれたようにこの作品も書かれたのでしょう。

第1番 ニ長調 4分の2拍子 Allegro vivace
 下属調のトリオをはさむ三部形式 でできています。
ファンファーレ風に始まる軽快な行進曲 となっています。
トリオはト長調で 優しい感じの歌謡風な旋律です。

第2番 ト長調 4分の4拍子 Allegro molto moderato
 1番同様下属調のトリオをはさむ三部形式でできています。

第3番 変ホ長調 4分の4拍子 Moderato
ファンファーレのような短い序奏で始まります。
最初の主題は付点音符のリズムによるとてもリズミックな旋律です。
トリオはやはり下属調の変イ長調です。トリルの入ったアウフタクトで始まる優美な旋律です。

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  2022/05/05   animato

木管五重奏と打楽器のためのスザート・ダンスリー組曲 Vol.1

木管五重奏と打楽器のためのスザート・ダンスリー組曲 Vol.1
Danserye Danses Vol.1
Tielman Susato

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.に加えて打楽器2名です。
管楽器1パート2名ずつ+打楽器2名で演奏すれば
場面ごとに音量変化がつけられて効果的でしょう。
その場合は12名で演奏することになります。
繰り返しの際は装飾音などで様々なバリエーションを楽しみましょう。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、金管五重奏版は発売中です。
スザート・ダンスリー組曲 Vol.2も発売中です。

中世・ルネッサンス音楽のシンプルで楽しげなメロディーを、ぜひお楽しみください。

木管五重奏と打楽器のためのスザート・ダンスリー組曲 Vol.1
Danserye Danses Vol.1
Tielman Susato

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ティールマン・スザート(Tielman Susato 1500年頃 - 1562年頃)は、ルネサンス期の作曲家で、
アントウェルペンにおける器楽奏者、出版業者です。
スザート(1550~1562)はフランドル地方のアントワープを中心に活動した作・編曲家です。
しかし彼自身の作曲した代表作といったものはなく、むしろ活版印刷機を用いて器楽編曲と自作曲を出版した、
いわゆる楽譜出版者としての方が有名です。
彼の名を有名にしているのは、フランドル(現在のオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にかけての地域)において
最初の音楽出版社を設立した功績でしょう。
1551年に出版された「ダンスリー」と呼ばれる曲集は、当時のヨーロッパで親しまれていた作者不明の
シャンソン、ポピュラー・ソングおよびポピュラー・ダンスなどのメロディをもとに編曲・編集し印刷出版されたものです。
なおこの曲集は、スザートが出版した唯一の舞曲集であると考えられていますが、
その素晴らしさから現在に至るまで多くの人々に親しまれ、彼の名を不動のものとしています。
今回「ダンスリー」を編曲するにあたって「原典」に近い楽譜、ショット社から1936年に出版された
F.J.ギースベルト(Giesbert)校訂の楽譜を使用し、次の6曲(全11曲)をセレクトしました。

1.モリスク(モーロ風)
2.四拍子のブランル
3.ファゴット
4.ロンド II "わが友"
5.パヴァーヌ IX "戦い"

以下はVol.2に収録
6.ロンド IX
7.私の望み
8.アルマーニュ(アルマンド)VIII
9.それは大きな間違い
10.パッセ・メディオ〔パッサメッゾ〕
11.ベルジュレ・サン・ロック

打楽器が、リズムをくり返しますが省略可能です。
当時、太鼓とタンバリンはとても重要な楽器とされていました。楽譜上で書かれていない部分でも、
複数の楽器を組み合わせて演奏するのも良いでしょう。
全38曲からなるこの曲集は、ありとあらゆる古楽器を駆使して描かれた舞曲によって構成されています。

次のような映画にスザートの楽曲が使われました。
娼婦ベロニカ(マーシャル・ハーコヴィッツ1998)
インポスターズ(スタンリー・トゥッチ1998)
エリザベス(シェーカル・カプール1998)
エリザベス ゴールデン・エイジ(シェカール・カプール2007)    
絵の中のぼくの村(東陽一1996)
暗殺(チェ・ドンフン2015)    
楽隊のうさぎ(鈴木卓爾2013)

16世紀、ヨーロッパ、美術、建築、文学、思想の世界では自由闊達に様々な形で花開く時代に突入しました。その豊かな文化の中で、
民衆が踊り楽しんだ音楽がこの楽譜集「ダンスリー」です。素朴で哀愁を帯びたメロディを聴きながら、ルネサンス時代を感じながら、
その時代に思いをはせて楽しめる曲集です。
これらの曲は今のオランダやフランス周辺で民衆が踊る時に使われていたものです。
当時、教会では禁止されていた「踊り」が街の中では楽譜集が出版されるほど盛んにおこなわれていたということも興味深い史実です。
その頃、日本は安土桃山時代。少しずつ西洋文化が日本にも伝わり始めた頃です。火縄銃やカステラが西洋から伝わった頃になります。
それらを想像しながら聴いてみるのも面白いでしょう。
「踊り」の音楽ですから、打楽器なども付け加えることで、より踊りやすく、聴きやすく、楽しくなっています。
このような、楽しい「ルネサンス舞曲集」なのですが、吹奏楽を経験されていた方はこれらの曲を演奏したことがあるかも知れません。
「スザートのルネサンス舞曲」というタイトルで、金管五重奏曲として幅広く演奏されています。
世界のブラスのトップ・プレーヤーたちの名演もたくさんCDとして出ていて、
吹奏楽コンクールのアンサンブル部門では定番の曲になっています。
小学校、中学校で学んだリコーダーアンサンブルの定番楽曲でもあります。
ルネサンス期、16世紀のヨーロッパ地方で流行していた旋律を、ダンス曲としてアレンジされた楽しい楽譜集、
スザートの『ダンスリー』はブラス・アンサンブル「ルネサンス舞曲集」でおなじみのメロディのオリジナル楽譜として、
一方では、リコーダー愛好家にとってはバイブルとなっている作品です。

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  2022/05/04   animato

Solo+金管四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」

Solo+金管四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」
Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123
ベートーヴェン
Beethoven, Ludwig van

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.、TubaおよびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、鍵盤打楽器とコントラバス三重奏版は発売中です。

屈託のない明るさと伸びやかなメロディのベートーヴェン作品を、ぜひお楽しみください。

Solo+金管四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」
Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123
ベートーヴェン
Beethoven, Ludwig van

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.、TubaおよびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲は1795年の作品です。作品番号は付いていませんが、ベートーヴェンの歌曲の中でも最も良く知られ、歌われています。
若き日の彼はこういった感じのストレートな恋歌を好んで書いていたようで、その屈託のない明るさや伸びやかなメロディも
あいまって大変魅力的に響きます。シンフォニーや弦楽4重奏曲などでの厳格でいかめしいベートーヴェンのもうひとつの
側面を垣間見ることができ、この頃の作品群に魅力を感じることができます。
原詩のタイトルはZartliche Liebeで、ベートーヴェンの歌曲もそれが正式な名称なようですが、
歌の冒頭のIch liebe dichの方が良く知られているタイトルになっています。
詩はカール・フリードリヒ・ヘルロゼー(Herrosee)の 《やさしき愛》 第2節から採られています。
ベートーヴェンは自らの歌曲に作品としての価値を重く置いていなかったのか、生前に出版された大半のものに作品番号をつけていませんが、 
この曲は優しく清澄な美しさにあふれた旋律でよく知られています。

※ WoO.(Werke ohne Opuszahl 作品番号なし)は1955年にキンスキーとハルムによって編集された作品目録の番号です。

楽聖ベートーヴェン

楽聖と称えられるベートーヴェンは、1770年12月の16日か17日、ドイツのボンで生まれました。
幼いころから過酷ともいえる音楽教育を受け、非凡な才能を開花させましたが、
家庭的には恵まれず、ベートーヴェンの家族関係は最後まで彼を悩ませ続けることになります。
26才ぐらいのときから耳が聞こえづらくなり、体調不良、貧困など苦難が襲うなか、それらを克服して
次々と作品を発表していきます。だからこそ、彼の作品には心打たれるものが多いのかもしれません。
有名な作品に、ピアノソナタ 「悲愴」 「月光」 「熱情」 や、 ピアノ独奏曲 「エリーゼのために」、
「運命が、かく扉を叩くのだ」 と語った第五交響曲 『運命』、第六交響曲 『田園』 などがあります。
奇数番号の交響曲は壮大で重量感があり、偶数番号のものは軽く明るい作品が多いようです。
生涯独身であったベートーヴェンが手紙で不滅の恋人と呼んだのは誰か、
さまざまな説が浮上しているものの、現在も確証はなく、謎のままです。
1827年3月26日午後5時45分、激しい雷鳴と吹雪のなか、ウィーンで亡くなりました。
死の間近でいった 「諸君、拍手したまえ、劇は終わった!」 という言葉が有名です。

ベートーヴェン「優しい愛 "君を愛す"(Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123)」
2/4拍子
ト長調(G-dur)
Andante

Zartliche Liebe (Ich liebe dich)   WoO.123  
優しき愛 (君を愛する)  
詩: ヘロゼー (Karl Friedrich Wilhelm Herrosee,1764-1821) ドイツ

Ich liebe dich,so wie du mich,
Am Abend und am Morgen,
Noch war kein Tag,wo du und ich
Nicht teilten unsre Sorgen.

Auch waren sie fur dich und mich
Geteilt leicht zu ertragen;
Du trostetest im Kummer mich,
Ich weint in deine Klagen.

Drum Gottes Segen uber dir,
Du,meines Lebens Freude.
Gott schutze dich,erhalt dich mir,
Schutz und erhalt uns beide.

ぼくは君を愛するのさ、君がぼくを愛するように
夕べにも そして朝にも
一日たりともあり得ない、君とぼくとが
互いの悩みを分け合わない日など

そうすればその悩みは君とぼくにとって
容易に耐えられるものになるのさ
君はぼくの悲しみを慰めてくれるのだし
ぼくは君の悲しみに涙を流すのだから

だからね、神様の祝福が君にあるように
君よ、ぼくの人生の喜びよ
神様が君を守ってくださることを、そしてぼくのために君を支えてくださることを
ぼくたち二人を守り、支えてくださることを願うよ

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  2022/05/03   animato

クラリネット五重奏 バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ

クラリネット五重奏 バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
Bambino, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs,Cl.です。
木管五重奏、サックス五重奏版、金管五重奏、鍵盤打楽器とベース四重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

クラリネット五重奏 バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
Bambino, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs,Cl.です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

Bambino, Tango  バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
 Bambinoとは「赤ん坊」という意味ですが、当時有名だった風刺画家で、ナザレの楽譜の表紙絵のいくつかを書いている
Arthur Lucasのペンネーム "Bambino" からとられました。後にCatullo da Paixao Cearenseにより "Voce nao me da!..." という
題名で歌詞がつけられました。またLuciano Galletにより室内オーケストラ用に編曲されました。原調は変イ長調、A-B-C-A形式です。
テンポはゆったりながら、両手がシンコペーションを刻むが気取った雰囲気の作品です。
Bメロは右手旋律がオクターブ、左手伴奏和音は十度重音が多用され華やかな雰囲気を出しています。Cメロは変ニ長調で、
旋律はシンコペーションのリズムにのって音階をゆっくり上がったり下がったりします。それが何とも浮き浮きするような気分を
醸し出していて、ナザレの天性を感じ取ることができます。

「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を知らずしてブラジル音楽は語れません。
南国ののどかな風光と、アフリカの野性的なエネルギーと、ロマンティシズムが渾然と混じり、甘美で、ちょっぴり切ない独特の音楽が聞こえてきます。
ミニョーネはこう述べています。「私は1917年頃にEduardo Soutoの楽譜店でナザレに会ったことがある。ナザレは自作曲を決して急がず、
カンタービレで弾いていた。彼はこう言っていたよ、『私の作品はあちこちでメチャメチャに弾かれている。みんな速く弾きすぎだ。
特に "Apanhei-te, Cavaquinho" は酷いことになっている。あの曲はゆっくりと、左手はカヴァキーニョを思い浮かべてアルペジオで弾くもんだ』と。」

エルネスト・ジュリオ・ナザレー (Ernesto Julio Nazareth (またはNazare とも), 1863年3月20日 - 1934年2月4日)は、ブラジルのピアニスト・作曲家です。
一生をリオ・デ・ジャネイロで過ごしました。「ブラジル風タンゴ」やショーロなど、国内の民族音楽に影響されたピアノ曲を量産しました。
そのような作曲姿勢から、しばしば「ブラジルのショパン」と呼ばれています。ピアノ以外の音楽教育は学ばなかったため、
残された作品はサロン小品と声楽曲ばかりであり、管弦楽曲や室内楽・カンタータやオラトリオのような分野の大作はなく、作曲技法も必ずしも洗練されていません。
しかしながら、民衆音楽の影響のもとに切り開いた独自の素朴な詩境は、のちにヴィラ=ロボスから、「ブラジルの魂」と称賛されました。
中産階級ながらもあまり豊かでない下級官吏の家庭に生まれ、ショパンを愛する母親からピアノの手ほどきを受けました。
早い年齢でたぐい稀な音楽的才能が認められ、家族ぐるみで付き合いのあったアフロ=アメリカンの作曲家、
リュシアン・ランベールにも音楽の手ほどきを受けました。
1873年に母親が亡くなってからもピアノを学び、間もなく作曲も手がけるようになりました。
最初の出版作品のポルカ『ボセ・ベン・サービ"Voce Bem Sabe"』 (あなたはよく御存知)は、14歳になるまでに作曲・出版されました。
その後は、ショーロの楽士たちとたむろして、敏感で独特なリズム感を身につけました。マシシェ maxixe やルンドゥ lundu 、ショーロ choro 、
アフリカ系住民のダンスなど、さまざまな民族舞曲に影響されました。

長年ナザレーは、映画館オデオン座の待合室でピアニストとして働き、ここで最も有名な作品の一つ『オデオン』を作曲しました。
外国から数少ない音楽家がブラジルを訪問した際、オデオン座のナザレーの演奏を見学したといわれています。

1920年代初頭には、音楽ショップにピアニストとして雇われました。顧客が購入する際に持ち寄ってきた楽譜を見ながら、演奏し、
客の要望に沿うかどうかを確認して見せるのが任務でした。客の中に、ナザレー作品の楽譜を手ずから弾こうとする者がいると、止めさせて、
解釈が誤っていると苦情を言うのが常だったそうです。

ナザレーは、心底からのブラジル人音楽家であり、音楽は楽しまれるべきであるとして、それ以上を望みはしませんでした。
ほとんど独学であり、音楽活動のほとんどは、劇場や映画館の伴奏ピアニストとして、あるいは小劇場のアンサンブルでのピアニストとして、
演奏するのに振り当てられました。
そのような劇場アンサンブルの楽団員の知り合いには、後の大作曲家ヴィラ=ロボスがいて、当時はチェリストとして活動していました。
ナザレーはショーロの発展のおおもとであり、ヴィラ=ロボスは、これに基づき、後に自らの創作活動を繰り広げていったのです。

ナザレーは、ブラジルの民族音楽以外にも明らかに影響されていて、子供時代にむさぼるようにして学んだショパンの影響が中でも顕著です。
また、1869年にきら星のようにリオ・デ・ジャネイロにデビューして、瞬く間にブラジル楽壇を席巻したゴットシャルクの作風もナザレーにはお馴染みでした。
作品には、19世紀ヨーロッパのクラシック音楽の豊かな和声法がこだましながら、ナザレーの生地ブラジルの、シンコペーションをともなう
民族舞曲のリズム法に織り込まれてゆくのが認められます。そのうえ、アメリカ合衆国のラグタイムや初期のジャズの、小気味よいリズム感も健在である。これらの要素を統合して一つの有機体へとまとめ上げたことがナザレー独自の能力で、結果的には、ピアノ曲のレパートリーだけでなく、20世紀の音楽にも重要な貢献を果たしている。

ナザレーはショパンやその他のヨーロッパの作曲家から霊感を受けたように、逆に自らも、間接的とはいえ、ヨーロッパの作曲家に何かしらの影響を与えています。
フランス人作曲家のダリユス・ミヨーは、自伝の中で、ブラジル滞在中にリオ・デ・ジャネイロの映画館でナザレーがピアノを演奏する風景を回想しています。
ミヨーはその音楽のリズムにたちどころに虜となって、ブラジル音楽をきわめてやろうと決心したというのです。
その最終的な成果こそが、ミヨーのピアノ曲『ブラジルの想い出 Saudades do Brasil』でした。

ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ばれていますが、作品に副題を好んでつけた点で、ショパンとは違っています。
ショパンやフォーレよりもヨーロッパのサロン音楽の伝統に忠実だったといえます。
しかしながら19世紀から20世紀初頭まで、ヨーロッパではサロン小品にフランス語の題名をつける慣習がまだ根強く残っていたのに対して、
ナザレーは母語のポルトガル語に固執しました。
また題名によって、ドビュッシーやラヴェルのように、美術や文学からのインスピレーションをほのめかしたり、
リストのように詩的な連想を暗示することもありませんでした。
ナザレーの曲名には、しばしば第三者にとって謎めいた響きをもつものもありますが、それらは実在するスポーツチームやダンスクラブ、雑誌名など、
ナザレーの日常生活の周辺から切り取られたものばかりです。このような意味で、ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ぶよりは、むしろ
「ブラジルのクープラン」と呼んでこそふさわしいかも知れません。

およそ300曲のピアノ小品において、ナザレーはみごとに、大衆的なブラジル舞曲のエッセンスを捕まえています。
ナザレーは、厳密には都会の聴衆のために作曲したのですが、その作品には、(ブラジルで奴隷制が廃止された1888年以降の作品でも、)
アフリカ系民族音楽の豊かな影響が息づいています。ほとんどの曲に、スコット・ジョプリンが発想したようなシンコペーションが使われています。
ナザレーのピアノ曲には、ブラジルのありとあらゆるダンスが盛り込まれています。マシシ(英語版)、バトゥーキ(英語版)、 サンバ、
そして中でも重要なのがタンゴです。後に世界中を熱狂させ、席巻したタンゴが、ブラジル生まれだったというだけでなく、
実際にはナザレー自身の創り出したジャンルだったという証拠になるからです。
もしそれが間違いだったとしても、「ブラジル風タンゴ」の発展のほとんどにナザレーがかかわっていて、このジャンルに優に100曲を残しています。

最も有名な作品に、『ブレジェイロ(ろくでなし)"Brejeiro"』『アメノ・ヘゼダ"Ameno Reseda"』『バンビーノ(赤ん坊)"Bambino"』
『トラベッス(腕白坊主)"Travesso"』『フォン・フォン"Fon-Fon"』『テネブローズ(暗闇)"Tenebroso"』があります。
ナザレーが初めて「ショーロ」と呼んだ作品のうち、『アパニェイチ・カヴァキーニョ(頑張れカバキーニョ)"Apanhei-te Cavaquinho"』は、
さまざまな楽器アンサンブルによって演奏できる、古典的名作です。

晩年になって完全に聴覚を失うと、創作活動にも支障をきたしましたが、それでもブラジル国内ではなかなかナザレー人気は衰えませんでした。
ゴットシャルクやジョプリンを評価する人たちなら、ナザレーの残した魅力的な宝石たちをきっとたちまち気に入るに違いありません。

作曲者の死後から半世紀を経た近年になって、ナザレー作品を集めたアルバム制作が世界的にも相次いでいて、最近では伝記や、
作曲者に関するCD-ROMも発表されています。ナザレーは、クラシックとポピュラー音楽にまたがって活動したことから、ナザレーのピアノ曲は、
クラシックの学び手にも、ポピュラー音楽の学び手にも、有用な教材とされつつあります。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

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  2022/05/02   animato