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2022年10月

クラリネット四重奏 マズルカ Op.68-3:ショパン

クラリネット四重奏 マズルカ Op.68-3:ショパン
Chopin, Frederic
58 Mazurkas Mazurka No.48 F-Dur Op.68-3 CT98

編成はCl.3本、Bs,Cl.です。
金管四重奏版、サックス四重奏版、木管四重奏版、鍵盤打楽器三重奏版は発売中です。

ショパンの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

クラリネット四重奏 マズルカ Op.68-3:ショパン
Chopin, Frederic
58 Mazurkas Mazurka No.48 F-Dur Op.68-3 CT98

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「マズルカ(Op.68)」は、フレデリック・ショパン(Frederic Chopin/1810年-1849年)によって作曲され、彼の死後の1855年に出版されました。
4曲のマズルカが入っており、全部を演奏すると9分程度の長さになります。
マズルカはポロネーズと並ぶポーランドの有名な民族舞踊で、19世紀にポーランド貴族の中で流行しました。
4分の3拍子を基本としたリズムで、第1拍は付点が多く第2か第3拍にアクセントがあるのが特徴的です。
ショパンは生涯で50曲以上のマズルカを作曲しました。

ショパンはワルシャワ音楽院を卒業してから間もなくしてポーランドを離れます。
そして多くの時間をフランスのパリで過ごし、パリで生涯を終えました。
そんなショパンですが、母国ポーランドには熱い想いがありました。

1831年のロシアによるワルシャワ侵攻(11月蜂起)の時期に作曲された、「スケルツォ第1番」「革命のエチュード」では
母国への悲痛な想いが表現されています。
ちなみにショパンの死後、彼の遺志により彼の心臓はポーランドに持ち帰らました。
20歳でポーランドを離れ、ポーランドに戻ることのなかったショパンでしたが、ポーランドへの愛は生涯忘れることはありませんでした。

 《マズルカ》ヘ長調作品68-3は、ショパン(1810~1849年)がポーランド時代の最後の時期(1829年頃)に書いた曲です。
しかし、この曲は彼の存命中に出版されなかったために遅い作品番号が付けられました。ショパンが生前に出版した作品は
作品1から作品65までありますが、それ以降の作品66 から作品74は友人ユリアン・フォンタナがショパンの死後、彼の遺族の同意を得て
出版したものです。ショパンの作品には作品番号の無いものも相当あり、それらにはブラウン(B)やコビランスカ(KK)、
ホミンスキ/トゥルウォ(CT)の作品目録番号が多く用いられています。

 マズルカはポロネーズと共にポーランド民族音楽を代表するジャンルです。
勇壮な性格を持つポロネーズ(ショパンの場合は作品26以降のポロネーズ)は「国家再建の魂」と言われますが、それに対し、
マズルカは「民衆の喜怒哀楽」を表現するものと言われています。ショパンはポーランド時代、夏の休暇をしばしば寄宿学校の友人の
郷里で過ごし、村々で踊られるマズルカに親しみました。マズルカには多くの種類の踊りが含まれていますが、ショパンはそれらを
マズル(mazur)、クヤヴィアク(kujawiak)、オベレク(oberek)の3つのタイプに集約しました。
 それらは次のようなリズムの特徴を持っています。
 マズルはマゾフシェ地方を起源とする中庸なテンポ( ≒120~140)の踊りで、1拍目は付点リズムや3連符のリズムに
変化することが多いです。
 クヤヴィアクはクヤヴィ地方の農民の歌を起源とし、ゆっくり引きずるようなリズムを特徴とする踊りです。
 オベレクは男女がお互いのまわりを回る回転舞踏で、この3つの中で最もテンポが速い( ≒160~180)踊りです。
オベレクはクヤヴィアクのリズムを速いテンポで用いたものとも言われています。

アトリエ・アニマート
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  2022/10/31   animato

木管八重奏+ 第二組曲 作品28 から第1楽章 マーチ

木管八重奏+ 第二組曲 作品28 から第1楽章 マーチ
Suite for Military Band Op.28
1. March
Gustav Holst

編成はFl.2本、Ob.、Cl.3本、Bs,Cl.、Bsn.に加えて打楽器1~2名です。Fl.2ndはOb.で演奏可能です。
サックス八重奏版、クラリネット八重奏版、金管八重奏版は発売中です。
上記4種類の各編成五重奏で第一組曲も発売中です。

ホルストのイギリス情緒豊かな名曲を、ぜひお楽しみください。

木管八重奏+ 第二組曲 作品28 から第1楽章 マーチ
Suite for Military Band Op.28
1. March
Gustav Holst

編成はFl.2本、Ob.、Cl.3本、Bs,Cl.、Bsn.に加えて打楽器1~2名です。Fl.2ndはOb.で演奏可能です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

吹奏楽のための第二組曲(Suite for Military Band)作品28は、グスターヴ・ホルストが作曲した吹奏楽のための組曲です。
第1組曲変ホ長調作品28aと第2組曲ヘ長調作品28bの2曲があります。

当時はまだ吹奏楽というジャンルが完全には確立されておらず、イギリス軍楽隊もオーケストラからのアレンジ曲などを中心に演奏していました。
そんな中でホルストは管楽器と打楽器の編成からなる「第1組曲」「第2組曲」を書いたわけですが、やはり編成の関係もあって作曲された当初から
すぐに取り上げられたわけではありませんでした。
しかし、1920年代に入ってから公の場で演奏されるようになってくると、「第1組曲」「第2組曲」共に徐々に評価を上げるようになります。
そしてついには他の作曲者にも管楽器・打楽器の編成で独自の曲が構成できることを認識させるに至ります。
そういった点でホルストが吹奏楽の歴史において果たした役割は非常に大きいと言えるでしょう。
「吹奏楽の原点」とでも言ってもよい作品です。

ホルストは吹奏楽曲を複数残していますが、これらの組曲はその中でも初期の作品であり、ブラスバンドのための『ムーアサイド組曲』(1928年)などより
20年ほど前に書かれました。フレデリック・フェネルは「この作品における楽器法は、バンド編成を念頭に考え抜かれている」
「もしこのスコアを真に理解したならば、それは音楽と指揮というものすべてを理解したのと同じだ」と述べていて、
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの『イギリス民謡組曲』、パーシー・グレインジャーの『リンカンシャーの花束』などと並び、
吹奏楽の分野における古典的な演奏会用作品としてきわめて重要な作品です。
2曲を揃えた世界初録音は、フェネルとイーストマン・ウィンド・アンサンブルによって1955年に行われました。

第2組曲
1911年に現在の第3楽章を欠いた3楽章の形で作曲され、1921年に軍楽隊の編成が変更されたことを反映してか、
1922年に改訂が行われました。
現行の形での初演は1922年6月30日にロイヤル・アルバート・ホールで、王立軍学学校の吹奏楽団によって行われています。
1922年に出版され、コールドストリームガーズのバンドマスターを務めていたジェイムズ・ウィンドラム(James Causley Windram)に献呈されました。
1923年には初録音、1924年にはラジオ放送が行われ、第1組曲よりも早く一般に知られていました。

各楽章はそれぞれイングランドの民謡や舞曲に基づいて構成され、ホルストのそれへの関心の高さが窺えます。
民謡素材はジョージ・ガーディナー博士(Dr. George B. Gardiner)がハンプシャーで採譜したものからとられました。
用いられた民謡のいくつかは『6つの合唱曲』作品36b(1916年)でも扱われています。
のちにゴードン・ジェイコブによって『ハンプシャー組曲』("A Hampshire Suite")として管弦楽に編曲されています。

第1楽章 マーチ (March)
Allegro ヘ長調 - 変ロ短調 - ヘ長調 2/2拍子 三部形式
「グローリシャーズ」("Glorishers")と呼ばれるモリス・ダンス(英語版)の旋律、「スワンシー・タウン」("Swansea Town")と呼ばれる水夫の歌(Sea Shanty)、
「クローディ・バンクス」("Claudy Banks")が用いられています。

第2楽章 無言歌 (Song without Words "I'll love my love")
Andante ヘ短調 4/4拍子
「私の恋人を愛す」("I'll love my love")が用いられています。

第3楽章 鍛冶屋の歌 (Song of the Blacksmith)
Moderato e maestoso ヘ長調 4/4拍子
「鍛冶屋の歌」("Song of the Blacksmith")が用いられています。
作品36bの一曲として無伴奏合唱のために書かれたものが、ほぼそのまま転用されました。

第4楽章 ダーガソンによる幻想曲 (Fantasia on the "Dargason")
Allegro moderato ヘ長調 6/8拍子
「ダーガソン」("Dargason")と呼ばれる8小節の循環旋律が、冒頭から終結まで奏されています。
また「グリーンスリーブス」が対旋律に現れます。
弦楽合奏のための「セントポール組曲」の終曲にも転用されました。現行版は初稿よりも拡大されていて、
弦楽に移されたときのアイディアが改訂の際に採り入れられたと考えられています。

ホルストは1900年代中ごろに、学友のヴォーン・ウィリアムズらと共にイギリス各地の民俗音楽の採取と研究を行っていますが、
その優れた成果のひとつがこの組曲であると言えます。
 この作品の民俗的な節回しの旋律の醸し出す独特の哀感は、イギリス音楽ファンには堪えられない魅力です。
管楽器の表現力の豊かさも特筆すべきもので、吹奏楽の醍醐味を存分に味わえる作品でもあります。全曲の演奏時間は約12分です。

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  2022/10/30   animato

サックス五重奏+2フルート メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「狩人の歌」 Op.19-3

サックス五重奏+2フルート メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「狩人の歌」 Op.19-3
Lieder ohne Worte Heft 1 "Hunting Song" A-Dur Op.19-3
Mendelssohn, Felix

編成はサックスのソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンに加えてFl.2本です。
Fl.2本+クラリネット五重奏版、木管五重奏版、金管五重奏版は発売中です。

ロマンチックで勇壮なメロディーを、ぜひお楽しみください。

サックス五重奏+2フルート メンデルスゾーン 無言歌集 第1巻 「狩人の歌」 Op.19-3
Lieder ohne Worte Heft 1 "Hunting Song" A-Dur Op.19-3
Mendelssohn, Felix

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『無言歌集 Lieder ohne Worte』は、メンデルスゾーンが生涯にわたって作曲したピアノ独奏のための作品集です。
全8巻からなり、各巻6曲ずつで合計48曲が収められています。
メンデルスゾーンのピアノ作品として最も有名で、しかもロマン派の教材として取り上げられることの多いのが「無言歌集」です。
ワーグナーが「第一級の風景画家」と言ったように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮しています。
この“言葉のない歌曲”、「無言歌」、という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現しました。
歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏することが重要です。

メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及しました。
そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られましたが、この《無言歌集》もその一つです。

《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までです。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版されました。
1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記していて、《無言歌集》の名称を
もつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことでした。

標題をもっているものが多いのですが、作曲者自身によってつけられたものはわずかです。
実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようです。

3曲目の「狩人の歌」は、勇ましい狩りの情景がえがかれます。第3曲〈狩人の歌〉という標題は、
メンデルスゾーン自身もみとめていたニックネームです。
6曲中で最も有名な曲です。曲想が特に快活で勇壮なことが特徴です。

第1巻

1.ホ長調「甘い思い出」 / op.19-1 (1831)

全体を流れるなめらかな16部音符の上に、抒情的な旋律がうたわれます。

2.イ短調「後悔」 / op.19-2 (1832)

3.イ長調「狩人の歌」 / op.19-3 (1832)

4.イ長調「信頼」 / op.19-4(1829)

5.嬰ヘ短調「眠れぬままに」 / op.19-5 (1831)

ポコ・アジタート、四分の六拍子で情熱的な趣をもつ。無言歌の中ではめずらしいソナタ形式をとっています。

6.ト短調「ヴェネツィアの舟歌 第1」 / op.19-6 (1830)

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  2022/10/29   animato

金管五重奏 グリーグ :抒情小品集 第4集 Op.47-2

金管五重奏 グリーグ :抒情小品集 第4集 Op.47-2
アルバムのページ
Lyriske smastykker No.4 op.47-2
Albumblatt
Grieg, Edvard Hagerup

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版は発売中です。

ノルウェー色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

金管五重奏 グリーグ :抒情小品集 第4集 Op.47-2
アルバムのページ
Lyriske smastykker No.4 op.47-2
Albumblatt
Grieg, Edvard Hagerup

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

グリーグはベルゲンというオスロに次ぐ大都市に5人兄弟の第4子として生まれました。
幼少より母親からピアノを習いはじめ、15歳から18歳までは、ドイツのライプツィヒ音楽院で作曲とピアノを学び、
メンデルスゾーンやシューマンらの影響を受けました。
音楽院を卒業後は故郷ベルゲンに戻り、さらに翌1863年にコペンハーゲンで
ニールス・ガーデ(Niels Gade, 1817年~1890年)から作曲を教わり、国民楽派の影響を受けたと言われています。

彼はノルウェーの民族音楽から着想を得て、国民楽派の作曲家として注目されました。
民族音楽からの深い影響は『ペール・ギュント』第1組曲の第1曲「朝」の冒頭がノルウェーの民族楽器である
ハリングフェーレの共鳴弦を端からつま弾いた時の旋律から始まっていることからもうかがうことができます。
グリーグの肖像は、旧500クローネ紙幣に描かれていました。
グリーグはとても小柄であった。生前は卓越したテクニックのピアニストとしても著名で、自作を携えヨーロッパをたびたび演奏旅行している。晩年のアコースティック録音およびピアノロールが残されており、現在もCDで入手できる。

生地であるノルウェーの旧首都ベルゲンの自然と海をこよなく愛しました。
死後に火葬され、遺言によりトロールハウゲンの住居の下にある湖を望む岩壁に墓が設けられ、一部の遺灰は湖に撒かれました。

グリーグは終世、手のひらに乗るぐらいの小さな蛙の置物や子豚のぬいぐるみを大切にし、
寝る時も一緒だったそうです。演奏会の時は、あがらないように、ポケットの中で蛙の置物をそっと握りしめたそうです。
なお、この蛙の置物と子豚のぬいぐるみはグリーグの家(現在のエドヴァルド・グリーグ博物館)に展示されています。

ちょうどこのグリーグが活躍した時代というのは、当時勢いのあったドイツのロマン派音楽が周辺諸国へと波及し、
それぞれの国の民族的要素と融合した新しい音楽様式が生まれましたが、それを音楽史の中では「国民楽派」と呼んでいます。
その背景には、当時鉄道が整備され人々の移動が容易になったことも関係しているのではないかと思われます。
国民楽派の作曲家たちは、自国の歴史や風物、民謡、民族音楽などを題材にした作品を積極的に作りました。
ロシア、ボヘミア地方、北欧などで様々な作曲家たちが活躍し始めるのがこの時期です。

『抒情小曲集』は、エドヴァルド・グリーグが1867年から1903年にかけて作曲した、全66曲からなるピアノ曲集です。
6~8曲ごとにまとめられて出版され、全10集からなっています。

1867年、《ピアノ協奏曲イ短調 作品16》で一躍有名になったグリーグは、この年から1901年にかけてこの作品集を書き上げました。
抒情小品は生涯にわたって作曲されているため、グリーグの作風、ピアニズム、その変遷すべてがその中にあらわれていて、
作品群の中でも中心的な存在です。
いずれも1分~6分程度の小品で、ステージ用というよりは、主にサロンや家庭で広く親しまれていました。
どの曲にも標題がつけられていて、それぞれの曲に対して、一つの感情、気分、情景が表現されています。

1867年、第1集を発表しましたが、その後ピアノ、作曲、指揮など多忙だったこともあって、第2集が発表されたのは、
その16年後でした。第2集から第10集はある一定の間隔をおきながら続けて作曲されました。
全10巻で、計66曲の作品がおさめられています。

グリーグ : 抒情小品集 第4集 / Lyriske smastykker No.4 op.47

第4集は、第3集の出版からちょうど10年後にあたる1888年に出版された。比較的やさしい技巧で弾くことができた第3集までの作品と比べ、
第4集以降、やや難易度が増しています。また、第3集にみられたような、全曲を通しての内容の一貫性はありません。

1.即興的ワルツ / op.47-1 "Valse-Impromptu":民族的な舞曲のリズムにのせて、どことなく物憂げで神経質なメロディがさまようように奏でられます。
Strettoの部分は即興的で、非常に煌びやかな効果をあげています。全体的に単調にならないよう、ハーモニーの変化を感じて演奏しましょう。

2.アルバムのページ / op.47-2 "Albumblad":なにか輝かしい良き日の思い出を想わせるような、一曲で技巧的に難しい曲です。
メロディが中心となる主要な箇所と、挿入句的なパッセージの部分とは、効果的に雰囲気を分けて演奏しましょう。

3.メロディー / op.47-3 "Melodie":和音が一定のリズムを保ちながら、伴奏をきざみ、その上を憂いにみちた旋律が延々と歌われていきます。
和音の中で、いかに旋律を音楽的に奏でることができるかが重要です。そのために、伴奏のリズムに推進力をもたせることも大切でしょう。

4.ハリング / op.47-4 "Halling":民族的な和声とリズムの面白さが魅力的な曲です。第2集の〈ハリング〉と同じリズムが用いられています。
5度の音程をシンコペーションのリズムで一定に刻み続けます。時に音量を変化させながらも、このリズムをかなり正しく演奏することが、
曲の雰囲気を出す上で重要です。声部ごとに強迫拍の位置が異なっていることも意識して演奏しましょう。

5.メランコリー / op.47-5 "Melankoli":タイトルが示すとおり、ため息のような旋律が欝欝とした様子で静かに奏されます。
各部によって、支えになっている持続音が変化しているので、これを意識して、色合いを変化させていきましょう。

6.スプリング・ダンス / op.47-6 "Springdans":1975年に出版された《家庭音楽集》の中に既におさめられていた曲を改訂した曲です。
舞曲のリズムが刻まれ、その上を活気に満ちた旋律が進んでいきます。大きな跳躍をみせる技巧的な部分、叙情的な中間部など魅力に富んでいます。
中間部の旋律は、比較的あっさりめに演奏するほうが旋律のもつ性格が活かされるでしょう。
和声的な進行を意識し、主要な音の動きを把握して演奏することも大切です。

7.エレジー / op.47-7 "Elegie":旋律につけられているアクセントは、強く、というよりはテヌート気味に奏されます。
物憂げに繰り返される旋律に対して、下降していく和音の色づけにも心を配りたいところです。
中間部では、装飾音を帯びて増やされた音とともに、抑圧された悲しみも、より増していくように感じられます。

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  2022/10/28   animato

クラリネット六重奏+ 剣闘士の入場(雷鳴と稲妻)

クラリネット六重奏+ 剣闘士の入場(雷鳴と稲妻)
Entry of the Gladiators
Julius Fucik

編成はCl.5本、Bs,Cl.およびDrum Setです。
木管六重奏、サックス六重奏、金管六重奏版は発売中です。
チェコのマーチ王と讃えられるフチークの音楽を、ぜひお楽しみください。

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Julius Fucik

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ユリウス・フチーク(1872年-1916年)は チェコのプラハに生まれ チェコが「オーストリア・ハンガリー帝国」という大国だった頃に活躍しました。
44歳の若さでベルリンで亡くなるまで 300曲以上のマーチ・ワルツ・ポルカを作曲し チェコのマーチ王と呼ばれています。

フチークはドヴォルザークに作曲を学び、250曲以上の行進曲を作曲したので「ボヘミアのスーザ」と呼ばれています。
彼は94曲のマーチをはじめ、ワルツや独奏曲、管弦楽曲等の約320曲の作品を残しており、今でもヨーロッパを中心に親しまれています。

ユリウス・アルノシュト・ヴィレーム・フチーク(1872年-1916年)は、チェコの作曲家、軍楽隊指揮者です。
生涯の大半を軍隊の吹奏楽で指揮者として過ごしました。フチークは多産な作曲家で、300曲以上の行進曲やポルカ、ウィンナ・ワルツを
作曲して名を馳せました。作品のほとんどが軍楽隊のために作曲されていることから、時に「ボヘミアのスーザ」とも呼ばれています。
現在でも、チェコではフチークの行進曲が愛国的な楽曲として演奏されています。しかしながら彼の名声を世界的なものにしているのは、
最も有名な《剣闘士の入場》が世界各地のサーカスで、ピエロ登場のテーマ曲として用いられているからに他なりません。

『剣闘士の入場』(英語: Entrance of the Gladiators)作品68は、チェコの作曲家ユリウス・フチークが1897年に作曲したブラスバンドのための行進曲です。
『剣士の入場』と表記される場合もあります。

この曲は半音階が多用されており、元々フチークは『半音階的大行進曲』といった題名を想定していましたが、彼が皇帝ネロの時代のローマ帝国に興味を持ち
剣闘士が競技場に入場する場面をイメージした音楽です。そして、現在の題名となりました。

曲は3つの部分から成っています。最初の部分はトランペットのファンファーレに続いてメロディと伴奏、2番目の部分は低音のトロンボーン等
金管楽器 (主にチューバ) が半音階で転がり進んでいきます。3番目の部分はトリオでゆっくりとした旋律的な部分であり、金管低音と木管楽器の
コントラストが強調されています。トリオでも2番目の部分と同じような半音階的な音形があります。

曲は全体が2分の2拍子で、速さには標準的なマーチ・テンポが指示されています。しかしサーカスマーチとしては、もっと速く演奏されるのが普通です。

この作品の編曲は1910年にカナダの作曲家ルイ=フィリップ・ローレンドー(英語版)がこの曲を小規模な編成に編曲した譜面が
『Thunder and Blazes』(雷鳴と電光、といった意)という題名で北米向けに販売されました。以降現在に至るまで、代表的なサーカス音楽(英語版)として
人気を誇っています。サーカスではピエロの入場にこの曲が使われることもあり、そのためもあって曲名や作曲者はともかく、曲だけは広く知られています。
ローレンドー版は移動式遊園地のオルガン (フェアグランド・オルガン) 用にも編曲されており、またさまざま演奏会に数多く取り上げられています
 (例えば2007年のBBCプロムスの最後など)。
また、1974年にはイギリスの歌謡曲『ショー・マスト・ゴー・オン(英語版)』のイントロ部分とメロディーに使われています。
主題の一部はサックス奏者ブーツ・ランドルフのヤケティ・サックス(英語版)で使われています。この曲はベニー・ヒル・ショーをはじめとする
コメディ番組でよく使われています。またピエロをモチーフにしたアメリカ合衆国のプロレスラー、ドインク・ザ・クラウンの入場曲として当曲の一部が使われています。

フチークはオーストリア=ハンガリー二重帝国治下のボヘミアに生まれました。学生時代はファゴットやヴァイオリンなど、様々な楽器を弾きこなし、
後にドヴォルザークに作曲を師事しました。
1891年にオーストリア=ハンガリー第49歩兵連隊に軍楽隊員として入団。当初はドナウ川沿いの町クレムスで、ヨーゼフ・フランツ・ワーグナーの指揮のもと
演奏を続けましたが、後にウィーンの軍楽隊に入りました。1895年には軍隊を離れ、プラハはドイツ劇場の第2ファゴット奏者の地位に就任しました。
1年後に、プラハ市管弦楽団の首席指揮者や、クロアチアはシサク市のダニツァ合唱団の指揮者に就きました。この間にフチークは、たくさんの室内楽曲、
なかでもクラリネットやファゴットのための小品を作曲しました。
1897年にサラエヴォ第86歩兵連隊の楽隊指揮者として入団、その直後に、最も有名な作品《剣闘士の入場Einzug der Gladiatoren》を作曲しました。
原題は《半音階的大行進曲Grande Marche Chromatique》だったのですが、フチークはローマ帝国の歴史に興味があり、曲名を変更しました。
また、カナダの作曲家・編曲家であるLouis Philippe Laurendeauが、小編成のバンドのために編曲しThunder and Blazes(雷鳴と稲光)というタイトルで出版したところ、
サーカス公演においても演奏されるようになり、人気が出ました。今でも世界的に、サーカス公演における道化師の登場に使われていて、他にも
「スクリーマー Screamer」などの愛称でも親しまれています。

フチークの楽隊は1890年にブダペストに配転すると、フチークは自作を演奏してくれる楽隊を他にもいくつか見つけましたが、より注目を浴びるには、
多くのライバルに立ち向かわなければならなりませんでした。フチークはより多くの演奏家を任意に使うことができるようになってから、
管弦楽曲の編曲を試みるようになりました。
フチークは1909年に再びボヘミアに戻り、テレジン王立第92歩兵連隊の楽隊に入隊しました。当時その楽隊は、オーストリア=ハンガリー二重帝国で最も優れた軍楽隊でした。
フチークはこの楽団と共にプラハやベルリンに演奏旅行を行い、総計1万人以上の聴衆を集めました。

フチークは1913年に結婚してベルリンに居を構え、そこで自前の楽隊と楽譜出版社を結成して、自分の作品を売り出そうとしました。
しかし彼の人生は第一次世界大戦の勃発と共に曲がり角に来ていました。戦時中の貧窮のもとで商売は頓挫し、健康面も損なわれ、
1916年に急病を患い、プラハに戻るや否や急死してしまいました。

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  2022/10/27   animato

木管四重奏「3つの祈り(3つのオラゾン)」から第1曲

木管四重奏「3つの祈り(3つのオラゾン)」から第1曲
Alexandre Guilmant Trois Oraisons Op.94-1
Oraison No.1, Andante quasi adagio (A-flat major)

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
金管四重奏、クラリネット四重奏、サックス四重奏版は発売中です。

フランス.ロマン派のコラールで、深く心安らぐ音楽をお楽しみください。

木管四重奏「3つの祈り(3つのオラゾン)」から第1曲
Alexandre Guilmant Trois Oraisons Op.94-1
Oraison No.1, Andante quasi adagio (A-flat major)

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

アレクサンドル・ギルマン - Alexandre Guilmant (1837-1911)は、フランスのオルガニスト・作曲家です。
アレクサンドル・ギルマンは、コンサート・オルガン奏者として国際的な名声を博していました。30年間パリのトリニテ寺院のオルガニストを務め、
ウィドールの後任としてパリ・コンセルヴァトワールのオルガン科教授に就任しました。弟子にはマルセル・デュプレがいます。
ギルマンの名は、ウィドールと並んで、フランスのオルガン交響曲の発展に大きく寄与しました。
彼は同世代のオルガン音楽の第一人者であり、多くのオリジナル曲や初期のオルガン曲の編曲を提供しました。

父親の手ほどきを受けた後、ベルギー人のジャック=ニコラ・レメンスに師事し、郷里でオルガン奏者と音楽教師を務めました。
1871年にパリの聖トリニテ教会(後のオリヴィエ・メシアンがオルガニストを務めたことでも知られる)のオルガニストに任命されました。
1878年以降は旧トロカデロ宮でコンサートを開くなど、ヴィルトゥオーソとしての道を歩み、ヨーロッパの各地で演奏旅行を行い、
オルガン音楽のレパートリー拡大と普及に尽力しました。 また、後にアメリカでも演奏旅行を実現させ、フランス人で初めてアメリカで演奏会を行った
作曲家として認められる様になりました。
1894年にシャルル・ボルド(フランス語版)やヴァンサン・ダンディと共同でパリ・スコラ・カントルムを設立。
1897年にはシャルル=マリー・ヴィドールの後任として、パリ音楽院オルガン科教授に就任。門下にはマルセル・デュプレなどがいます。 
1909年に最愛の妻が亡くなると、自身も病に冒され、1911年に亡くなりました。 
アンドレ・ピロと共同で『オルガンの巨匠の書庫Archives des Maitres de l'Orgue 』を刊行、フランスの古典的なオルガン音楽が、
1894年から1914年にかけて10巻にわたって出版された。外国の古典的なオルガン音楽については、同じような曲集
『オルガン楽派の古典 l'Ecole classique de l'Orgue 』を出版しました。
主な作品
自分の楽器であるオルガンのための作品が多く残っています。 その他のジャンルにおける作品は演奏機会が稀ですが、2曲のオルガン付き交響曲をはじめ、
充実した和声語法、堅固で保守的な形式を備えています。また、「交響的断章」は、トロンボーンの主要レパートリーとして定着しています。

バイオグラフィー
ギルマンはムードンで生まれました。最初は父親、後にベルギーの巨匠ジャック・ニコラ・レメンスの学生であり、彼は生まれ故郷でオルガニストと教師になりました。
1871年に彼はパリのラトリニテ教会で定期的にオルガンを演奏するように任命され、この役職を30年間務めました。
ギルマンは、コンサートと教会の両方での即興演奏で知られていました。彼のインスピレーションはグレゴリオ聖歌から来ました、そして
彼はメロディーの彼の習得のために彼の同僚の間で大いに注目されました。それ以来、ギルマンは名人としてのキャリアをたどりました。
彼はアメリカ(その国をツアーした最初の主要なフランスのオルガニスト)、カナダ、そしてヨーロッパでコンサートを行い、特にイギリスを頻繁に訪れました。
彼のアメリカでの業績には、現在フィラデルフィアのワナメーカーオルガンの中核として保存されている世界最大のオルガンであるセントルイス万国博覧会での
40回以上のリサイタルの1904シリーズが含まれていました。
ギルマンは、彼の若い同僚であるアンドレピロとともに、1750年以前のフランスの多数の作曲家の作曲をまとめたスコアのコレクション、
ArchivesdesMaitresdel'Orgue(オルガンの巨匠のアーカイブ)を出版しました。コレクションは10巻で印刷され、最初は1898年、最後は1914年に印刷されました。
ギルマンは外国の作曲家によるオルガン作品のかなり類似した調査を提供し、l'EcoleClassiquedel'Orgue(オルガンの古典派)。
これらのアンソロジーは、ギルマン自身の時代から起こったすべての音楽学的発展にもかかわらず、古楽の非常に貴重な情報源であり続けています。
1894年、ギルマンはシャルル・ボルドとヴァンサン・ダンディとともにスコラ・カントルムを設立しました。
彼は1911年にパリ近郊のムードンにある自宅で死ぬまでそこで教えました。
さらに、1896年にシャルル・マリー・ウィドールをオルガン教師として引き継いだパリ国立高等音楽院で教えました。
教師として、ギルマント彼の優しさと細部へのこだわりで有名でした。彼の生徒たちの回想は、攻撃、解放、性格など、
メモのすべての側面に特に焦点を当てた説明を特徴としています。マルセル・デュプレは彼の多くの学生の中で最も有名でした。
その他にはオギュスタン・バリエ、ジョセフ・アーサー・ベルニエ、ジョゼフ・ボンネット、アレクサンドル・ウジェーヌ・セリエ、アベル・ドゥコー、
ガブリエル・デュポン、チャールズ・ヘンリー・ギャロウェイ、フィリップ・ヘイル、エドガーHenrichsen、エドゥーアード・ミナン、
およびエイミール・ポイロットがいます。
マルセル・デュプレに対するギルマンの関心は、マルセル・デュプレが子供の頃に始まりました。有名なマルセルの父であるアルバート・デュプレは、
息子が生まれる前の7年間、ギルマンにオルガンを学びました。デュプレの回想録には、ギルマンが生まれたときに母親を訪ね、
子供がオルガン奏者になることを宣言するという逸話が含まれています。幼少期を通して頻繁に訪れた後、マルセルデュプレは、
11歳で正式にギルマンに師事し始めました。この時から彼の死まで、ギルマンは若い巨匠を擁護し、彼のキャリアを前進させるために多くのことをしました。

クラレンス・エディとアレクサンドル・ギルマン、1898年
ギルマンは、熟練した非常に多作な作曲家でした。すべての主要なジャンルで大量の音楽を制作したウィドールとは異なり、
ギルマンはほぼ完全に自分の楽器であるオルガンの作品に専念していました。彼のオルガンの作品には次のものが含まれます。
「実用的なオルガニスト」、12冊の本で出版されました。18の「新しい部品」; と「L'Organisteliturgique」、10冊の本で出版されました。
ギルマンの8つのソナタは、ラトリニテのカヴァイレコルオルガンを念頭に置いて考案されたため、スタイルと形式がシンフォニックであり、
セザールフランクのシンフォニックオルガン作品やシャルルマリーウィドールのオルガン交響曲と並んでいます。
オルガンとオーケストラのためのソナタ第1番/交響曲第1番、作品42は、1930年代にセルゲイ・クーセビツキーによってプログラムされましたが、
イゴール・ブケトフがバトラー大学オーケストラとの1977年のライブ録音のためにそれを復活させるまで再び聞こえませんでした。
数は少ないですが、オルガン以外の楽器の作品も完全に無視されていません。たとえば、シンフォニックピースは、最も頻繁に演奏される
トロンボーンソロのひとつであり、プロと上級生の両方のトロンボーン奏者の間で長年の人気を誇っています。

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  2022/10/26   animato

サックス四重奏 バッハ『オルガン小曲集』 復活祭 《この日、神の子は勝利した》BWV630

サックス四重奏 バッハ『オルガン小曲集』 復活祭 《この日、神の子は勝利した》BWV630
Heut triumphieret Gottes Sohn
J.S.Bach

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
木管四重奏、クラリネット四重奏、金管四重奏版は発売中です。
礼拝のために作られたバッハによるオルガン作品を、ぜひお楽しみください。

サックス四重奏 バッハ『オルガン小曲集』 復活祭 《この日、神の子は勝利した》BWV630
Heut triumphieret Gottes Sohn
J.S.Bach

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

オルガンのための数多くの作品を残した J・S・バッハは、その数と質においてもオルガン作曲家として最高峰に位置します。
特質に値することは、多くのオルガン曲が礼拝のために作られていることです。
宗教改革(1517 年)後のプロテスタント教会では,会衆が礼拝に参与する時に、信仰の告白として讃美歌『コラール』を歌いました。
会衆は讃美歌(コラール)の歌詞と旋律を熟知して礼拝に参加していました。
宗教改革の168年後1685年3月21日に生まれた J・S・バッハは、そのコラールの旋律が持つ歌詞を、神学的に、礼拝学的に、
音楽的に解釈して作曲して、礼拝の時の会衆がコラールの讃美の後に後奏曲として演奏して、会衆に歌詞の意味を黙想させました。
時にはコラールに先立ち前奏曲として演奏して会衆の心をコラールとともに礼拝の主題に向けさせ整えさせるために使用されました。
この目的のために作られた最大の作品が『オルガン小曲集』です。
未完成で終わってしまった『オルガン小曲集』だが、バッハにとっては最初のまとまった重要な作品集であり、
非常に完成度の高いコラールの旋律を主題としたオルガン曲集です。 

「オルガン小曲集」より
復活祭
《この日、神の子は勝利した》BWV630
《今日 神の子は勝利の凱旋をなしたもう》BWV630
《神の御子はきたり、死よりよみがえりて》BWV630
Heut triumphieret Gottes Sohn

この讃美歌は、復活祭の喜びを舞踏風な3拍子で表していて、中間と終わりに『ハレルヤ』の喜びの挿入句が入り、
より讃美歌を復活祭に相応しく舞踏の喜びで華やかに盛り上げてます。ライプツィヒでは復活祭の基節から昇天日にも歌われていました。
作詞の K,シュトルツハーゲン(Kapar Stolzhagen,1550~1594)はベルリン近郊のベルナウに生まれ、
シュテンダルのギムナジウムの校長と牧師を務め、後に現在のチェコ,メーレン地方のイグラウでドイツ教会の監督も務めました。
宗教出版物の普及の印刷所を始めたことでも知られています。
作曲の、B,ゲジウス(Barthlomaua Gesius,1562 頃~1613)はドイツの東、オーダー河沿いのフランクフルトに生まれ、
神学を学び、音楽家としてシュレージエンのグロガウでシェナイヒ男爵に仕えました。
また、オーダー河沿いのフランクフルトの聖マリア教会のカントール・音楽監督も務めました。
数多くの讃美歌を作曲したことでも知られるが、特に、従来、多声楽曲ではテノールに旋律が置かれていましたが、
旋律をソプラノに置く『カンツィオナール』と呼ばれるスタイルを確立して、この種の編曲を多く残しています。

Evangelisches Gesangbuch 1993 年版【ドイツ・プロテスタント讃美歌集】第 109 番
J・S・Bach,389 Choralgrsange 171 番。
讃美歌 21 319 番。

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  2022/10/25   animato

金管五重奏「愛の喜び」クライスラー

金管五重奏「愛の喜び」クライスラー
Liebesfreud
Fritz Kreisler

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版は発売中です。

20世紀初頭の美しい名曲を、ぜひお楽しみください。

金管五重奏「愛の喜び」クライスラー
Liebesfreud
Fritz Kreisler

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『愛の喜び Liebesfreud』は、オーストリア出身の音楽家フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler/1875-1962)による
ヴァイオリンとピアノのための小作品です。
同じくクライスラーによる作品『愛の悲しみ Liebesleid』と対を成す楽曲で、さらに『美しきロスマリン』を加えて
三部作として扱われることもあります。

クライスラーは、ロシアのピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフと親交があり、ラフマニノフはクライスラーの
『愛の喜び』『愛の悲しみ』の2曲をピアノ独奏用に編曲しています。
一般的に、作曲家が愛や女性を題材とした作品を作曲する際、当時の作曲者にとって大切な存在である特定の女性が
実在している場合が少なくありません。

クライスラーの場合は、1901年に知り合い翌年に結婚した妻との出会いが『愛の喜び』誕生に大きく影響しているようにも
考えられます。
クライスラーは1901年(26歳頃)、アメリカからヨーロッパに戻る船の中で、アメリカ人女性のハリエット・リース(Harriet Lies)に
出会い、一目惚れしてすぐに婚約までこぎつけました。
ハリエットはブルックリンの裕福な煙草商の娘で離婚歴もありましたが、社交的で聡明な彼女はクライスラーの性格や
音楽の才能をすぐに理解しました。二人は翌1902年にニューヨークで結婚式を挙げ、晴れて夫婦となりました。

彼女は妻としてだけではなく、演奏家としてのクライスラーを直接支えるマネージャーとしても有能さを発揮し、
自宅での練習スケジュール管理から、演奏会のギャラ交渉まで、表と裏でクライスラーの音楽活動を支える大きな存在となっていきました。

ハリエット・リースと出会った後に『愛の喜び』が作曲されたとすれば、その愛とはハリエットへ向けた愛情であったのではないでしょうか。
『愛の喜び』や『愛の悲しみ』は最初に1905年に出版され、その後1911年に別の歌集にまとめられたとされており、
時期的にも結婚から数年後のことです。

ちなみに、ドイツ語タイトル「Liebesleid」の「leid」は本来「苦しみ」とも解釈できるので、将来の妻との恋愛中に感じていた
胸の苦しみだったのかもしれません。
『愛の喜び』は2006年に放送されたドラマ「のだめカンタービレ」第9話では、クライスラー『愛の喜び』が挿入曲として使われていました。

第9話では、のだめの催眠術によって飛行機恐怖症に打ち勝った千秋が登場。のだめのために北海道に行ってカニを土産に持ち帰り、
カニを届けにハリセン宅にいるのだめに会いに行くシーンで『愛の喜び』が流れます。

テレビ朝日系列で1998年から2016年まで放送されていたバラエティ番組「いきなり!黄金伝説。」では、人気コーナー「1ヶ月1万円節約生活」で、
クライスラー『愛の喜び』が挿入曲として使われていました。

『愛の喜び』、『愛の悲しみ』、そして『美しきロスマリン』の3作品は初演当時、クライスラー作曲の作品としてではなく、
オーストリアの音楽家ヨーゼフ・ランナー(Joseph Lanner/1801-1843)の作品(の編曲)として発表されていました。
ヨーゼフ・ランナーといえば、ヨハン・シュトラウス一家に先立ってウィンナ・ワルツの様式を確立させた「ワルツの始祖」とも言うべき名作曲家です。

オーストリア出身のヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler/1875-1962)は、自分が作曲した楽曲を
昔の作曲家による作品として発表するという「偽作」を行った音楽家として知られています。

例えば、クライスラーの代表曲『愛の喜び』や『愛の悲しみ』などは、「ワルツの始祖」ヨーゼフ・ランナーの作品を編曲した楽曲として発表されていました。
クライスラーの偽作は一曲や二曲ではなく、『ヴィヴァルディの様式による協奏曲』や『バッハの様式によるグラーヴェ』など、
主にバロック期の作曲家に関連する偽作を数多く発表していました。
これらの偽作はすぐに発覚することはなく、発表されて数十年も経ってから、本人が還暦を過ぎた頃にさらっと認めて大騒ぎになりました。

偽作の意味や理由・動機については諸説あるようで、
クライスラーの偽作は、自分のコンサートで演奏プログラムに自分の作品ばかり並ぶのを避けたいという意図があったというものです。

その理由については彼のいたずら心によるものであるとか、注目を集めるためにそうしたとか、諸説ありますが、
本人は「プログラムに自分の名前ばかり並べるのは不遜に思えた」と語っています。
発表後間もなく偽作に気付いた人もいましたが(ハイフェッツやエネスコなど彼の親しい友人達)、評論家達は当初、手放しで賞賛していました。

これは、自分の名前ばかり並んで出しゃばり過ぎるから謙虚にしたいといった理由だけではなく、あくまでも観客の立場に立って、
同じ作曲家による(同じ作風の)曲だけでは観客が飽きてしまうだろうという配慮(サービス精神)があったようです。

作曲者の名前だけ変えても同じ作風では観客に飽きられてしまいそうですが、クライスラーの偽作は様々な作曲家の作品の一部を引用して
編曲しているので、その点では発覚しにくかったと考えられています。。

また、演奏家が作曲することに当時偏見があったこと、そして活動中の名ヴァイオリニストの作品だと他の演奏家が扱いにくいなどの理由が
考えられるようです。
演奏家の作曲ということに偏見を抱く人が多いと彼自身が感じていたことと、もし、存命中の「大ヴァイオリニスト・クライスラー」の
作曲ということになると、同時代の他のヴァイオリニストが遠慮して弾いてくれないだろう、という危惧があったからです。
クライスラーの偽作は、他者への深い配慮の末に決断された苦肉の策であったようです。
新聞社Webサイトの記事でも、
クライスラーの釈明は「自作ばかりでは聴衆がうんざりする」「私の名が前面に出ては同業他者が弾きにくい」の2点だというふうに
同様の理由・動機を挙げています。

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  2022/10/24   animato

Solo+クラリネット四重奏「6つのロマンス」から第6曲”ただ憧れを知る人だけが”

Solo+クラリネット四重奏「6つのロマンス」から第6曲”ただ憧れを知る人だけが”
None but the lonely heart Op.6-6  
from 6 Romansov

編成はCl.3本、Bs,Cl.およびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は次の編成も含め4種類から選ぶことができます。
金管四重奏版、サックス四重奏版、木管四重奏版は発売中です。

感傷的なチャイコフスキーの醍醐味を味わえる名曲を、ぜひお楽しみください。

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ただ憧れを知る人だけが(ゲーテ詩、チャイコフスキー)は「6つのロマンス」の第6曲目です。
この詩は、ゲーテの「ウィルヘルムマイスターの修行時代」の中で、ミニヨンという不思議な少女によって、歌われる詩のひとつです。
「孤独」「憧れ」「焦燥」...不安と希望が短い詩文の中に印象的にあらわれ、「自分を知ってくれる人」の出現を待つ気持ちに共感できる作品です。
すさんだ気持ちを励ましてくれる歌でもあります。
このチャイコフスキーの曲がとても甘美でセンチメンタル。チャイコフスキーの曲はロシア的哀愁と西洋音楽の洗練がよく調和され、
洗練されてかつ歌謡的な仕上がりになっていて、ゲーテの詩のもつ感傷性に非常によく合致しています。

ドイツ語歌詞
Nur wer die Sehnsucht kennt     ただ憧れを知る人だけが、
Weis, was ich leide!                    私が何を悩んでいるかを知っています。
Allein und abgetrennt                    独りで、そして、あらゆる喜びから
Von aller Freude,                          引き離され、
Seh ich am Firmament                 私ははるかかなたの大空を
Nach jener Seite.                          仰ぎ見ます 

Ach! der mich liebt und kennt,      あゝ!わたしを愛し、知る人は
Ist in der Weite.                              とても遠くにいるのです。
Es schwindelt mir, es brennt        それを思うと、私は目が眩み、
Mein Eingeweide.                         体の内が燃え上がります。
Nur wer die Sehnsucht kennt      ただ憧れを知る人だけが、 
Weis, was ich leide!                     私が何を悩んでいるかを知っています。

この詩・曲は、英語圏では、「None but the lonely heart」というタイトルで、ポピュラーソングとして有名です。
フランク・シナトラが情感たっぷりに甘く歌っています。

英語歌詞(日本語訳)
None but the lonely heart    孤独な心の持ち主だけが
Can know my sadness    私のさみしさをわかってくれる
Alone and parted  一人、喜びや楽しみから
Far from joy and gladness     遠く引き離されて
Heaven's boundless arch I see   天上に無限に広がるアーチが
Spread out above me     私の上に広がってる
O(h) what a distance dear to one   あゝ、私を愛する人との間は
Who loves me     なんと遠いことか


None but the lonely heart     孤独な心の持ち主だけが
Can know my sadness     私のさみしさをわかってくれる
Alone and parted     一人、喜びや楽しみから
Far from joy and gladness    遠く引き離されて
Alone and parted far    一人、喜びや楽しみから遠く
From joy and gladness    引き離されて

My senses fail     私の感覚はうすれ
A burning fire Devours me    燃える炎が私を焼き尽くす

None but the lonely heart    孤独な心の持ち主だけが
Can know my sadness      私のさみしさをわかってくれる

日本語歌詞
チャイコフスキー作曲・堀内敬三訳詞 

我が悩みを知るはただ憧れを知る者のみ
悲しく我眺むる空
ああ愛しき君は いずこぞ
我が悩みをたれか知る
苦しさに力失せて
身も心も痩せこがる
この悩みを知るはただ憧れを知る者のみ

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  2022/10/23   animato

木管四重奏 マズルカ Op.68-3:ショパン

木管四重奏 マズルカ Op.68-3:ショパン
Chopin, Frederic
58 Mazurkas Mazurka No.48 F-Dur Op.68-3 CT98

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
金管四重奏版、クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、鍵盤打楽器三重奏版は発売中です。

ショパンの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

木管四重奏 マズルカ Op.68-3:ショパン
Chopin, Frederic
58 Mazurkas Mazurka No.48 F-Dur Op.68-3 CT98

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
金管四重奏版、クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、鍵盤打楽器三重奏版は発売中です。

ショパンの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「マズルカ(Op.68)」は、フレデリック・ショパン(Frederic Chopin/1810年-1849年)によって作曲され、彼の死後の1855年に出版されました。
4曲のマズルカが入っており、全部を演奏すると9分程度の長さになります。
マズルカはポロネーズと並ぶポーランドの有名な民族舞踊で、19世紀にポーランド貴族の中で流行しました。
4分の3拍子を基本としたリズムで、第1拍は付点が多く第2か第3拍にアクセントがあるのが特徴的です。
ショパンは生涯で50曲以上のマズルカを作曲しました。

ショパンはワルシャワ音楽院を卒業してから間もなくしてポーランドを離れます。
そして多くの時間をフランスのパリで過ごし、パリで生涯を終えました。
そんなショパンですが、母国ポーランドには熱い想いがありました。

1831年のロシアによるワルシャワ侵攻(11月蜂起)の時期に作曲された、「スケルツォ第1番」「革命のエチュード」では
母国への悲痛な想いが表現されています。
ちなみにショパンの死後、彼の遺志により彼の心臓はポーランドに持ち帰らました。
20歳でポーランドを離れ、ポーランドに戻ることのなかったショパンでしたが、ポーランドへの愛は生涯忘れることはありませんでした。

 《マズルカ》ヘ長調作品68-3は、ショパン(1810~1849年)がポーランド時代の最後の時期(1829年頃)に書いた曲です。
しかし、この曲は彼の存命中に出版されなかったために遅い作品番号が付けられました。ショパンが生前に出版した作品は
作品1から作品65までありますが、それ以降の作品66 から作品74は友人ユリアン・フォンタナがショパンの死後、彼の遺族の同意を得て
出版したものです。ショパンの作品には作品番号の無いものも相当あり、それらにはブラウン(B)やコビランスカ(KK)、
ホミンスキ/トゥルウォ(CT)の作品目録番号が多く用いられています。

 マズルカはポロネーズと共にポーランド民族音楽を代表するジャンルです。
勇壮な性格を持つポロネーズ(ショパンの場合は作品26以降のポロネーズ)は「国家再建の魂」と言われますが、それに対し、
マズルカは「民衆の喜怒哀楽」を表現するものと言われています。ショパンはポーランド時代、夏の休暇をしばしば寄宿学校の友人の
郷里で過ごし、村々で踊られるマズルカに親しみました。マズルカには多くの種類の踊りが含まれていますが、ショパンはそれらを
マズル(mazur)、クヤヴィアク(kujawiak)、オベレク(oberek)の3つのタイプに集約しました。
 それらは次のようなリズムの特徴を持っています。
 マズルはマゾフシェ地方を起源とする中庸なテンポ( ≒120~140)の踊りで、1拍目は付点リズムや3連符のリズムに
変化することが多いです。
 クヤヴィアクはクヤヴィ地方の農民の歌を起源とし、ゆっくり引きずるようなリズムを特徴とする踊りです。
 オベレクは男女がお互いのまわりを回る回転舞踏で、この3つの中で最もテンポが速い( ≒160~180)踊りです。
オベレクはクヤヴィアクのリズムを速いテンポで用いたものとも言われています。

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  2022/10/22   animato