Gallery

2022年4月

クラリネット五重奏 シュペールのソナタ・イ短調(オリジナル)

クラリネット五重奏 シュペールのソナタ・イ短調(オリジナル)
Sonata in a moll
Daniel Speer

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
木管五重奏版、金管五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。
バロック期の壮麗な響きをコンサートのオープニング・ピースに、ぜひどうぞ。

クラリネット五重奏 シュペールのソナタ・イ短調(オリジナル)
Sonata in a moll
Daniel Speer

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
木管五重奏版、金管五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。
バロック期の壮麗な響きをコンサートのオープニング・ピースに、ぜひどうぞ。

Cl5.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/3X6Orn1Y7xg

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ダニエル・シュペール - Daniel Speer
Georg Daniel Speer(1636年7月2日-1707年10月5日)は、ドイツの作曲家であり、バロックの作家です。
シュペールはブレスラウ(現在はポーランドのヴロツワフ)で生まれ、ドイツのゲッピンゲンで亡くなりました。
ダニエル・シュペールは17世紀末に南ドイツ地方で活躍していました。
音楽理論家としても教科書や理論書を出版しています。「四声ソナタ」のほか、三重奏の「二つのソナタ」も
トロンボーン奏者にはお馴染みの曲です。曲は単純なつくりですが、ハーモニーや細かいパッセージに高い技術が要求されます。
バロック時代の美しい響きをお楽しみ下さい。

1687年に彼はミドルバロック音楽を理解するのに役立つと考えられている音楽に関する論文を発表しました。
彼の音楽への執筆は、1世紀以上にわたってドイツのバロックトロンボーン作品に影響を与えました。
作曲家として、例えばSpeerはトロンボーンのための音楽を発表しました。キーボードの小品も残っています。
彼は金管五重奏のためのDie Bankelsangerliederのソナタ第29番で最もよく知られているかもしれません。
この曲は、結婚式やフォーマルな機会によく演奏されます。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/20   animato

Solo+サックス四重奏 第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」

Solo+サックス四重奏 第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」
《マニフィカト》 ニ長調 BWV.243から
独唱、合唱、管弦楽のための
Magnificat, BWV.243

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトン、オプションBsn.およびSoloパートです。
演奏可能なオプションとしてSt.Bs.(Bsn.)が同梱されています。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め3種類から選ぶことができます。
クラリネット四重奏版、金管五重奏版は発売中です。

祝祭に相応しい喜び溢れるバッハのアリアをさまざまな楽器の演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

Solo+サックス四重奏 第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」
《マニフィカト》 ニ長調 BWV.243から
独唱、合唱、管弦楽のための
Magnificat, BWV.243

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトン、オプションBsn.およびSoloパートです。
演奏可能なオプションとしてSt.Bs.(Bsn.)が同梱されています。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め3種類から選ぶことができます。
クラリネット四重奏版、金管五重奏版は発売中です。

祝祭に相応しい喜び溢れるバッハのアリアをさまざまな楽器の演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

sax4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/L58uzjqULiI

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

バッハ,J.S. Bach,J.S.
■マニフイカト ニ長調BWV243

神の使いの大天使ガブリエルによって受胎を告知されたマリアが「私の魂は主をあがめ,私の霊は救い主なる神を讃えます」と
喜びのうちに神を讃美した,という「新約聖書」ルカ伝第1章第46~55節に記された「マリアの賛歌」に付けられたのがこの曲です。
この「マニフィカト」は本来,カトリックの日々の日課としてのお祈り(聖務日課),特に夕べの祈り(晩課)のための音楽として
発達したものです。バッハ自身はカトリックではなく,ルター派プロテスタントだったのですが,この時代,ルター派でも,
ラテン語の「マニフィカト」はクリスマス,復活祭,聖霊降臨祭の3大祝日には,多声の音楽として演奏されるのが普通だったそうです。

というわけで,この曲の初演時にはクリスマスにちなんだ4曲の挿入曲がありました。
その後,第2稿ではこれらの挿入曲は除かれ,クリスマスのみならず,復活祭,聖霊降臨祭の晩課にも使われるようになりました。
今日,一般的に演奏されるのは第2稿の方です。この2つの版には,挿入曲の有無以外に調性の違いがあります。
第1稿は変ホ長調だったのに対して,第2稿はニ長調になっています。これは使われている楽器の違いにもよります。
第2稿では,トランペットがD管トランペットという輝かしい響きを持つものに変更されています。
この楽器を使うためにニ長調に移調されたと考えられています。その他,リコーダーがフラウトトラヴェルソ(フルート)に変更され,
オーボエ・ダモーレが加えられています。
いずれにしても,この曲は壮麗さと美しさをバランス良く兼ね備えた見事な作品です。
ポリフォニックな合唱曲の間にしみじみとした味わいを持つ声楽ソロのアリアなどがバランス良く配列されています。
声楽のみだけでなく,先にあげた輝かしいトランペットをはじめとして,フルート,オーボエなどオーケストラの各楽器にも
見せ場があります。時間的にも30分ほどにまとまっていますので,「バッハ入門」に最適の曲なのではないかと思います。

●編成
独唱(ソプラノ2,アルト,テノール,バス),5声部合唱(ソプラノ2部,アルト,テノール,バス),
フルート2,オーボエ2,オーポエ・ダモーレ2,トランペット3,ティンパニ,ヴァイオリン2部,ヴィオラ,
通奏低音(チェロ,ヴィオローネ,ファゴット,オルガン)

■合唱曲,■独唱,■重唱・・・とても規則的に並んでいます。
曲番号    曲名・ソロ等    調・拍子    内容
第1番    マニフィカト
合唱    二長調
3/4    D管トランペットの甲高く装飾的なファンファーレが印象的な全楽器によるリトルネッロ(繰り返し出てくるメロディ)が
出てきます。このメロディはブランデンブルク協奏曲あたりにありそうな感じです。この部分に続き,
合唱が喜びに満ちた神の讃歌を歌います。中間部ではポリフォニックな感じになりますが,全体としてはメリスマを交えた
ホモフォニックな響きが中心となっています。最後にリトルネッロがやや短く再現されます。この曲は終曲にも出てきますので,
この曲全体の枠組を作っているといえます。

第2番    エト・エクスルタヴィト
アリア(ソプラノII)    二長調
3/8    弦合奏と通奏低音による落ち着いたリトルネッロに続き,「私の霊は救主なる神を讃えます」と第2ソプラノがしっとりと
歌います。

第3番    クイア・レスペクスィト
アリア(ソプラノI)    口短調
4/4    オーボエ・ダモーレの独奏によるしみじみとした序奏に続いて,第1ソプラノが
「この卑しい女をさえ,心にかけてくださいました」と歌います。全編に渡り,オーボエ・ダモーレとソプラノが美しく絡み合います。
その哀しみに満ちた敬虔さが印象的です。この曲の後,休みなく第4曲になります。

第4番    オムネス・ゲネラツィオネス
合唱    へ短調
4/4    前曲から一転して,5声の合唱によって「代々の人々は」と歌われる壮麗なカノンになります。

第5番    クイア・フェチト
アリア(バス)    イ長調
3/4    通奏低音のみに支えられて「力ある方が,私に大きな事をしてくださったからです」とじっくりと歌う短いバスのアリアです。

第6番    エト・ミゼリコルディア
二重唱(アルト,テノール)    ホ短調
12/8    2本のフルートと弦の伴奏によって「その憐れみは代々限りなく」と歌われる抒情的な二重唱です。

第7番    フェチト・ポテンツィアム
合唱    ト長調
→二長調
4/4    「主はみ腕をもって力をふるい」と全合唱が力強く歌う順列フーガです。最後の方で一瞬休符が入り,緊張感が走ります。
その後トランペットも加わってドラマティックに盛り上がって終わります。

第8番    デポスイト
アリア(テノール)    嬰へ短調
3/4    「権力ある者を王座から引きおろし」とテノールが決然と歌います。弦楽器の清冽さも印象的です。

第9番    エスリエンテス
アリア(アルト)    ホ長調
4/4    「飢えている者を良いもので飽かせ」と息の長いメリスマを交えて歌われるアルトのアリアです。
ほとんど同じ主題による2本のフルートと通奏低音による可愛らしい感じのリトルネッロで囲まれています。

第10番    スシピト・イスラエル
三重唱(ソプラノI・II,アルト)     口短調
3/4    「主は,憐れみをお忘れにならず,その僕イスラエルを助けてくださいました」と落ち着いて歌われる三重唱に重ねて,
オーボエが「マニフィカト」の聖歌旋律(第9旋法)を印象的に演奏します。

第11番    スイクト・ロクトゥス
合唱    二長調
2/2    「わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを,とこしえに憐れむと約束なさったとおりに」と堂々と歌う,
通奏低音のみの伴奏による順列フーガです。素朴な力強さがあります。

第12番    グロリア
合唱    イ長調4/4
二長調3/4    壮麗な「グロリア」の叫びの後,持続音の上にカノンがわき上がります。「はじめにありしごとく」という
歌詞とともにトランペットが壮麗に加わり第1曲が短く再現されます。祝祭的に全曲をとじます。

 Johann Sebastian Bach
 1685~1750 ドイツ
 ヨハン・ゼバスティアン・バッハはバロック音楽の頂点を極めた巨匠にして、2世紀に亘り音楽家を輩出し続けたバッハ一族の
最大の音楽家。「大バッハ」の名でも呼ばれています。
 当時の最もすぐれたオルガン奏者で、即興演奏の名手でした。アルンシュタット、ミュールハウゼンで教会オルガニストを
務めた後、1708年ザクセンのヴァイマール公の宮廷オルガニストとなり、1714年には楽長に昇進します。
この時期に多数のオルガン曲を書きました。1717年にはアンハルト=ケーテン侯の合唱長および宮廷楽長として招かれ、
管弦楽・器楽曲を集中的に作曲しました。1723年にはライプツィヒの聖トーマス教会の付属学校の合唱長およぴライプツィヒの
音楽監督に就任、終生その地位にあり、カンタータ等の教会音楽を多く書きました。
 ドイツ・バロック音楽を集大成し、歌劇以外のあらゆる分野に名作を残した。ウィーン古典派の巨匠たちにも影響を与えたが、特に19世紀に再評価され、ロマン派から近現代に至る多くの作曲家に強い影響を及ぼした。
 膨大な作品はW・シュミーダーの『バッハ作品主題目録』(1958)によるBWV(Bach-Werke-Verzeichnis バッハ作品目録)番号で整理されている。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作曲家としての活動は通常、
(1) ヴァイマール時代 (1708~1717)
(2) ケーテン時代 (1717~1723)
(3) ライプツィヒ時代 (1723~1750)
の3期に分けて考えられますが、最後の円熟期ライプツィヒ時代の開始を告げるのが、この名作《マニフィカト》です。
 バッハは1723年5月末にライプツィヒに移り、聖トーマス教会の楽長(トーマスカントル)として毎週1曲のカンタータの
作曲・練習・上演を含む多忙な毎日を送っていました。
 従来は、バッハが《マニフィカト》を書いたのは転職後最初のクリスマスのためで、ライプツィヒで教会での大規模な
奏楽が自粛されるクリスマス前の「待降節」第2~4日曜日(「斎戒期」)の暇な時期に、バッハは一連の新作と共に
この《マニフィカト》を作曲したと考えられていました。
 しかしグレックナーが2003年に発表した論考(1)によると、バッハは《マニフィカト》(変ホ長調の初稿、BWV.243a)を、
ライプツィヒ着任後わずか5週間後の1723年の7月2日の「エリザベト訪問」の祝日に初演し、好評を得ていたということです。
 クリスマスの際には、7月に演奏したものに、クリスマス用の“讃歌(ラウダ)”(ドイツ語ないしラテン語によるモテット風楽曲)を
4曲挿入し、クリスマス・バージョンとして演奏しています。

「マニフィカト」について
 「マニフィカト」とは聖母マリアが神を讃える褒ほめ歌で、『新約聖書』「ルカによる福音書」第1章46~55節に記されています。
処女懐胎を天使に告げられたマリアが、ナザレからユダの町に行き、親族エリザベツに挨拶すると、洗礼者ヨハネを身籠っていた
エリザベツは聖霊に満たされ、「あなたは女の中で祝福された方です」と叫びます。
マリアも感動のあまり神へのほめ歌を歌い始めた……という文脈の中で現れます。
 この褒め歌は東方教会に起源を持つが、9世紀頃に西方教会にも取り入れられ、ラテン語訳の詞文の冒頭語から
「マニフィカト(Magnificat)」と呼ばれるようになり、「カンティクム(讃歌)」(詩編以外の聖書から採られた韻文詩による聖歌)の
一つとして「聖母マリアの讃歌(Canticum Mariae)」とも呼ばれて礼拝で朗唱されるようになりました。
14世紀以降は多声楽曲として多くの音楽家が作曲しました。
 「マニフィカト」は東方教会では早課に用いられますが、西方教会では晩課(晩祷)(Vesperae)で歌われます。

バッハがラテン語の《マニフィカト》」を書いた理由
 「マニフィカト」はラテン語による讃歌ですが、バッハが信奉したプロテスタント派のキリスト教(新教)では
ドイツ語訳などの自国語訳が推奨され、受難曲やカンタータもバッハはドイツ語で書いています。
 ラテン語の《マニフィカト》に曲を付けたのは、特別な理由があったのでしょうか。

 当時ドイツに広まっていたプロテスタント派の教会では、確かに、誰もが理解できるドイツ語で信徒達が一緒にコラールを歌う
習慣になっていました(カトリック派キリスト教(旧教)の礼拝では聖歌隊員のみが、一般には理解困難なラテン語の聖歌を歌う)。
 ただそれは、ラテン語で歌うことが全面的に禁止されていたことを意味するわけではありません。
プロテスタント教会でもミサの最初の2章(「キリエ」「グローリア」)と「サンクトゥス」、そして「マニフィカト」は
ラテン語で歌われることも多く、特にクリスマスの晩課では「マニフィカト」はラテン語で歌われていました。
 バッハが赴任した新教都市ライプツィヒでも、朝の礼拝では「キリエ」と「グローリア」はラテン語で読み上げられ、
詩篇唱のメロディで歌われた。「クレド」はグレゴリオ聖歌をコラール旋律として歌われていました。
 「マニフィカト」についても、通常の日曜夕方に行われる礼拝(聖体拝領を伴わない)では、会衆はルターのドイツ語訳
「Meine Seele erhebet den Herrn」を歌いますが、重要なキリスト教の祝日、即ち、3大祝祭節
  ①クリスマス(降誕節)
  ②復活節
  ③聖霊降臨節(五旬節)
と、聖母マリアの3大祝日
  ①聖燭祭(Candelaria)(マリアの清めの祝日(Purificatio Mariae)、主の奉献の祝日(Praesentatio Domini nostri in templum))
  ②お告げの祭日(annuntiatio)(Festum Incarnationis)(Conceptio Christi)
  ③「聖母マリアの聖エリザベト御訪問(Visitatio B. Maria V.)」の祝日
の第1、2祝日の晩課(と言っても午後1時半頃から始まる午後の礼拝)には、伝統的なラテン語の歌詞により、
合唱、独唱、器楽合奏で、より大がかりな音楽を演奏する慣習がありました。
 バッハはこの町の習慣に従って、カントールの職責の一部として、《マニフィカト》を作曲したと言えます。

《マニフィカト》の改訂
 それから10年後の1733年頃、バッハはトマスカントール及び市の音楽監督の権限強化を巡って、ライプツィヒ市の評議会と
長い闘争を続けていました。そこで彼はライプツィヒの領主であるザクセン選帝侯から「宮廷作曲家」の肩書きをもらおうと、
熱烈なアプローチを繰り返していました。選帝侯じきじきのお抱え作曲家という地位を得られれば、ライプツィヒの評議員どもを
黙らせられるという計算だったのでしょう。
 時のザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世は、ポーランド王位を得るため1697年にプロテスタント派からカトリックに
改宗していました。しかし民衆からは反発を受け、侯妃も出奔しました。そのため実際にはカトリック信仰は首都ドレスデンに
限って細々と行われ、市民権も認められていませんでした。
 1733年2月1日、このフリードリヒ・アウグスト1世が逝去し、長男フリードリヒ・アウグスト2世が選帝侯位を継承しました。
 先代フリードリヒ・アウグスト1世の喪の期間は、その年の六旬節の主日(2月15日)から、三位一体の主日後の4週目の
日曜 (6月28日)までと定められました。この期間は教会での一切の奏楽が禁じられました。
 この期間は、バッハにとって格好の創作に集中できる期間となりました。彼は、やはりカトリック信徒として育てられていた
後継者のフリードリヒ・アウグスト2世に対し、選帝侯が営むカトリック礼拝堂のために、ラテン語によるミサ楽章「キリエ」と
「グローリア」を作曲し、7月27日付で献呈しました。これは後に《ミサ曲 ロ短調》BWV232の前半に組み入れられるものです(後半楽章は1748~49年頃書かれる)。
 同じ1733年頃、バッハは1723年に作曲した《マニフィカト》の改訂も行いました。厳密な改訂時期は不明ですが、
バッハの自筆譜から1732~1735年の間と推定され、これも選帝侯に献呈されたと考えられています。
 なお、バッハの熱心な“アプローチ”は功を奏し、1736年に念願のザクセンの「宮廷作曲家」の称号を得ることが出来ました。

 改訂による《マニフィカト》の主な変更点は、以下のようなものです。
・初稿にあった4つの挿入曲の削除 …… 初稿には1723年のクリスマス祝賀用のドイツ語及びラテン語による「ラウダ(讃歌)」を4曲、
「マニフィカト」本文の間に挿入していた。これはクリスマスの雰囲気を盛り上げる一方、演奏機会をクリスマスに限定し、
また「マニフィカト」のラテン語本文が持っていた対称的シンメトリックな構造を壊していました。
「ラウダ」を取り除くことで、ラテン語の歌詞構造の美しさを取り戻すと共に、クリスマス以外の聖母マリアの祝日にも演奏可能な、
より汎用的な版となりました。
・主調を変ホ長調からニ長調に移調 …… 初稿では変ホ(Es)管のトランペットを3本用いていましたが、
当時、一般的なトランペットはD管かC管で、変ホ管を3本集めるのは極めて特殊でした。
また変ホ管トランペットで「マニフィカト」のパートを演奏するのは大変に困難です。そこでD管トランペットで普通に
演奏できるようニ長調に移調されたと考えられています。
・縦笛であるリコーダーを横型フルート(当時は木製のフラウト・トラヴェルソ)に変更 …… 第9曲での素朴な音色が
聞けなくなりましたが、全般的に響きは輝きを増し、演奏効果は高まりました。
 これ以外にも無数の個所に手を入れ、原形を留めているのは578小節のうち僅か98小節に過ぎません。
 こうした徹底的な改訂の結果、初稿版と改訂版はかなり性格の異なるものとなりました。即ち、
・《マニフィカト》 変ホ長調 BWV.243a (1723) …… クリスマス用。粗削りで刺激的な分、冒険的な性格に富み、
和声法がとりわけ大胆です。
・《マニフィカト》 ニ長調 BWV.243 (1723, 改訂'33頃) …… 特定の機会に限定されない普及版です。仕上げが丹念で
バランスが良く、耳に馴染み易く仕上がっています。

このアレンジは、
第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」
 アリア ニ長調 8分の3拍子
 第2ソプラノ独唱 弦と通奏低音による3拍子の踊るようなリトルネッロに続き、ソプラノが同じ主題で
「exsultavit(喜び踊る)」と軽やかに歌いだします。
 通奏低音に聴かれる「長・短・短」、跳ねるようなリズム型は、他のバッハの作品でも現れ、バッハの研究でも知られる
オルガニストにして神学者の人道家シュヴァイツァーが「喜びのリズム」と名付けたものです。
 ソプラノは、第1ヴァイオリンや通奏低音の「喜びのリズム」に伴われ、清冽に歌い進められます。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/19   animato

鍵盤打楽器とベース四重奏 ブレジェイロ(ろくでなし)タンゴ

鍵盤打楽器とベース四重奏 ブレジェイロ(ろくでなし)タンゴ
Brejeiro, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はXylo.、Vib.、Marim.、St.Bs.です。
金管五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

鍵盤打楽器とベース四重奏 ブレジェイロ(ろくでなし)タンゴ
Brejeiro, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はXylo.、Vib.、Marim.、St.Bs.です。
金管五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版、クラリネット五重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

mall4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/2g21MgRWitw

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

 この曲はナザレの作品で "Tango" と副題がついた2番目の曲で、この後 "Tango"、"Tango brasileiro" といった
ナザレを特徴付ける一連の名曲の始まりの作品とも言える初期の傑作です。
この曲によってナザレは一躍有名になったと言える人気曲で、また後には(1903年頃)詩人で歌手でもあったCatullo da Paixao Cearenseにより
歌詞がつけられ、"O sertanejo enamorado" という題名の歌で更に有名になりました。
また、当時のパリ共和制警備軍軍楽隊のレパートリーにもなったとの文献があります。
イ長調、A-A'-B-A-A'形式。南国的な明るい雰囲気の曲で、ふわっとしたAの旋律と、華やかなホ長調のBの雰囲気が、ナザレの天性の才能が溢れ出るような名曲です。
テンポは決して急がず、ゆったり演奏しましょう。

「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を知らずしてブラジル音楽は語れません。
南国ののどかな風光と、アフリカの野性的なエネルギーと、ロマンティシズムが渾然と混じり、甘美で、ちょっぴり切ない独特の音楽が聞こえてきます。
ミニョーネはこう述べています。「私は1917年頃にEduardo Soutoの楽譜店でナザレに会ったことがある。ナザレは自作曲を決して急がず、
カンタービレで弾いていた。彼はこう言っていたよ、『私の作品はあちこちでメチャメチャに弾かれている。みんな速く弾きすぎだ。
特に "Apanhei-te, Cavaquinho" は酷いことになっている。あの曲はゆっくりと、左手はカヴァキーニョを思い浮かべてアルペジオで弾くもんだ』と。」

エルネスト・ジュリオ・ナザレー (Ernesto Julio Nazareth (またはNazare とも), 1863年3月20日 - 1934年2月4日)は、ブラジルのピアニスト・作曲家です。
一生をリオ・デ・ジャネイロで過ごしました。「ブラジル風タンゴ」やショーロなど、国内の民族音楽に影響されたピアノ曲を量産しました。
そのような作曲姿勢から、しばしば「ブラジルのショパン」と呼ばれています。ピアノ以外の音楽教育は学ばなかったため、
残された作品はサロン小品と声楽曲ばかりであり、管弦楽曲や室内楽・カンタータやオラトリオのような分野の大作はなく、作曲技法も必ずしも洗練されていません。
しかしながら、民衆音楽の影響のもとに切り開いた独自の素朴な詩境は、のちにヴィラ=ロボスから、「ブラジルの魂」と称賛されました。
中産階級ながらもあまり豊かでない下級官吏の家庭に生まれ、ショパンを愛する母親からピアノの手ほどきを受けました。
早い年齢でたぐい稀な音楽的才能が認められ、家族ぐるみで付き合いのあったアフロ=アメリカンの作曲家、
リュシアン・ランベールにも音楽の手ほどきを受けました。
1873年に母親が亡くなってからもピアノを学び、間もなく作曲も手がけるようになりました。
最初の出版作品のポルカ『ボセ・ベン・サービ"Voce Bem Sabe"』 (あなたはよく御存知)は、14歳になるまでに作曲・出版されました。
その後は、ショーロの楽士たちとたむろして、敏感で独特なリズム感を身につけました。マシシェ maxixe やルンドゥ lundu 、ショーロ choro 、
アフリカ系住民のダンスなど、さまざまな民族舞曲に影響されました。

長年ナザレーは、映画館オデオン座の待合室でピアニストとして働き、ここで最も有名な作品の一つ『オデオン』を作曲しました。
外国から数少ない音楽家がブラジルを訪問した際、オデオン座のナザレーの演奏を見学したといわれています。

1920年代初頭には、音楽ショップにピアニストとして雇われました。顧客が購入する際に持ち寄ってきた楽譜を見ながら、演奏し、
客の要望に沿うかどうかを確認して見せるのが任務でした。客の中に、ナザレー作品の楽譜を手ずから弾こうとする者がいると、止めさせて、
解釈が誤っていると苦情を言うのが常だったそうです。

ナザレーは、心底からのブラジル人音楽家であり、音楽は楽しまれるべきであるとして、それ以上を望みはしませんでした。
ほとんど独学であり、音楽活動のほとんどは、劇場や映画館の伴奏ピアニストとして、あるいは小劇場のアンサンブルでのピアニストとして、
演奏するのに振り当てられました。
そのような劇場アンサンブルの楽団員の知り合いには、後の大作曲家ヴィラ=ロボスがいて、当時はチェリストとして活動していました。
ナザレーはショーロの発展のおおもとであり、ヴィラ=ロボスは、これに基づき、後に自らの創作活動を繰り広げていったのです。

ナザレーは、ブラジルの民族音楽以外にも明らかに影響されていて、子供時代にむさぼるようにして学んだショパンの影響が中でも顕著です。
また、1869年にきら星のようにリオ・デ・ジャネイロにデビューして、瞬く間にブラジル楽壇を席巻したゴットシャルクの作風もナザレーにはお馴染みでした。
作品には、19世紀ヨーロッパのクラシック音楽の豊かな和声法がこだましながら、ナザレーの生地ブラジルの、シンコペーションをともなう
民族舞曲のリズム法に織り込まれてゆくのが認められます。そのうえ、アメリカ合衆国のラグタイムや初期のジャズの、小気味よいリズム感も健在である。これらの要素を統合して一つの有機体へとまとめ上げたことがナザレー独自の能力で、結果的には、ピアノ曲のレパートリーだけでなく、20世紀の音楽にも重要な貢献を果たしている。

ナザレーはショパンやその他のヨーロッパの作曲家から霊感を受けたように、逆に自らも、間接的とはいえ、ヨーロッパの作曲家に何かしらの影響を与えています。
フランス人作曲家のダリユス・ミヨーは、自伝の中で、ブラジル滞在中にリオ・デ・ジャネイロの映画館でナザレーがピアノを演奏する風景を回想しています。
ミヨーはその音楽のリズムにたちどころに虜となって、ブラジル音楽をきわめてやろうと決心したというのです。
その最終的な成果こそが、ミヨーのピアノ曲『ブラジルの想い出 Saudades do Brasil』でした。

ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ばれていますが、作品に副題を好んでつけた点で、ショパンとは違っています。
ショパンやフォーレよりもヨーロッパのサロン音楽の伝統に忠実だったといえます。
しかしながら19世紀から20世紀初頭まで、ヨーロッパではサロン小品にフランス語の題名をつける慣習がまだ根強く残っていたのに対して、
ナザレーは母語のポルトガル語に固執しました。
また題名によって、ドビュッシーやラヴェルのように、美術や文学からのインスピレーションをほのめかしたり、
リストのように詩的な連想を暗示することもありませんでした。
ナザレーの曲名には、しばしば第三者にとって謎めいた響きをもつものもありますが、それらは実在するスポーツチームやダンスクラブ、雑誌名など、
ナザレーの日常生活の周辺から切り取られたものばかりです。このような意味で、ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ぶよりは、むしろ
「ブラジルのクープラン」と呼んでこそふさわしいかも知れません。

およそ300曲のピアノ小品において、ナザレーはみごとに、大衆的なブラジル舞曲のエッセンスを捕まえています。
ナザレーは、厳密には都会の聴衆のために作曲したのですが、その作品には、(ブラジルで奴隷制が廃止された1888年以降の作品でも、)
アフリカ系民族音楽の豊かな影響が息づいています。ほとんどの曲に、スコット・ジョプリンが発想したようなシンコペーションが使われています。
ナザレーのピアノ曲には、ブラジルのありとあらゆるダンスが盛り込まれています。マシシ(英語版)、バトゥーキ(英語版)、 サンバ、
そして中でも重要なのがタンゴです。後に世界中を熱狂させ、席巻したタンゴが、ブラジル生まれだったというだけでなく、
実際にはナザレー自身の創り出したジャンルだったという証拠になるからです。
もしそれが間違いだったとしても、「ブラジル風タンゴ」の発展のほとんどにナザレーがかかわっていて、このジャンルに優に100曲を残しています。

最も有名な作品に、『ブレジェイロ(ろくでなし)"Brejeiro"』『アメノ・ヘゼダ"Ameno Reseda"』『バンビーノ(赤ん坊)"Bambino"』
『トラベッス(腕白坊主)"Travesso"』『フォン・フォン"Fon-Fon"』『テネブローズ(暗闇)"Tenebroso"』があります。
ナザレーが初めて「ショーロ」と呼んだ作品のうち、『アパニェイチ・カヴァキーニョ(頑張れカバキーニョ)"Apanhei-te Cavaquinho"』は、
さまざまな楽器アンサンブルによって演奏できる、古典的名作です。

晩年になって完全に聴覚を失うと、創作活動にも支障をきたしましたが、それでもブラジル国内ではなかなかナザレー人気は衰えませんでした。
ゴットシャルクやジョプリンを評価する人たちなら、ナザレーの残した魅力的な宝石たちをきっとたちまち気に入るに違いありません。

作曲者の死後から半世紀を経た近年になって、ナザレー作品を集めたアルバム制作が世界的にも相次いでいて、最近では伝記や、
作曲者に関するCD-ROMも発表されています。ナザレーは、クラシックとポピュラー音楽にまたがって活動したことから、ナザレーのピアノ曲は、
クラシックの学び手にも、ポピュラー音楽の学び手にも、有用な教材とされつつあります。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/18   animato

木管六重奏 ゴシック組曲 Op. 25 第4曲 トッカータ

木管六重奏 ゴシック組曲 Op. 25 第4曲 トッカータ
Suite Gothique, Op.25
4. Toccata
Boellmann, Leon

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bs.Cl.、Bsn.です。
クラリネット六重奏版、サックス六重奏は発売中です。
フランス・ロマン派によるオルガンの名曲を、ぜひお楽しみください。

木管六重奏 ゴシック組曲 Op. 25 第4曲 トッカータ
Suite Gothique, Op.25
4. Toccata
Boellmann, Leon

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bs.Cl.、Bsn.です。
クラリネット六重奏版、サックス六重奏は発売中です。
フランス・ロマン派によるオルガンの名曲を、ぜひお楽しみください。

ww6-4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/IcHKmurn2lk

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲はレオン・ボエルマン(1862年~1897年)のオルガンのための作品「ゴシック組曲」の曲集です。
ボエルマンの代表作品です。第1楽章「導入‐コラール」、第2楽章「ゴシック風メヌエット」、
第3楽章「ノートルダムへの祈り」、第4楽章「トッカータ」の全4楽章からなります。
第3楽章の静かな祈りから一転して、4楽章のトッカータは、闇の世界に引き込まれていきそうな神秘的な作品で、
特に有名な曲です。

1. Introduction-Choral
2. Menuet gothique
3. Priere a Notre-Dame
4. Toccata

ゴシック組曲 Op. 25 - 第1曲 導入‐コラール
ゴシック組曲 Op. 25 - 第2曲 ゴシック風メヌエット
ゴシック組曲 Op. 25 - 第3曲 ノートル・ダム(聖母)への祈り
ゴシック組曲 Op. 25 - 第4曲 トッカータ

L.ボエルマンはフランスのオルガニスト、作曲家です。E.ジグーにオルガンを学びました。
19世紀のフランスのオルガンは,カヴァイエ=コルによって,よりオーケストラの音響に近いものに改良されました。
このゴシック組曲は彼の最も有名な曲で、フランスロマン様式の本質を要約していて、フランス近代のオルガン音楽の特徴もよく表しています。

18世紀末のフランス革命の混乱により、フランス国内のオルガンの多くは、教会とともに破壊されてしまいました。
しかし、19世紀の中ころになると、教会の再建に併せて新型のオルガンが設置されはじめ、フランクやサン=サーンスらは、
こうしたオルガンに新たな可能性を求めて、多くの作品を作り出しました。
これら「フランス・オルガン楽派」と呼ばれる作曲家たちの流れに属するのが、レオン・ボエルマン(1862~1897)です。

彼は、ニーデルメイエ宗教音楽学校でウジェーヌ・ジグーらに師事しました。同門にはフォーレがいます。
1871年に優秀な成績で卒業した彼は、パリのサン・ヴァンサン=ド=ポール教会でオルガニストを勤めました。
1885年からは、母校で教鞭を執るとともに、作曲家やピアニストとしても活躍し、将来を嘱望されたが、35歳の若さで亡くなりました。

彼の最もよく知られている作品は、1895年につくられたオルガンのための『ゴシック組曲(作品25)』で、
オルガン音楽の分野では、最も有名な作品のひとつです。

曲は「序奏とコラール」「ゴシック風メヌエット」「ノートルダム(聖母)への祈り」「トッカータ」の4曲からなります。
第1曲は、重厚な交唱的効果の序奏。第2曲は軽く勢いのあるメヌエット。第3曲は静かで信仰心に満ちた祈り。
第4曲は絶え間なく動き,最後に大きな盛り上がりを見せるトッカータです。
特に、第4曲「トッカータ」が有名ですが、第3曲の「ノートルダムへの祈り」は、温かで静謐な美しさにあふれていて、趣き深い1曲です。
演奏時間はおよそ15分です。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/17   animato

金管五重奏+『星影のステラ』

金管五重奏+『星影のステラ』
Stella By Starlight

作詞/エドワード・ヘイマン Edward Heyman
作曲/ヴィクター・ヤング Victor Young

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaに加えてFl.2本、Vib.、Marim.、St.Bs(El.Bs.)、
Perc.、ドラムセットです。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

スタンダード・ジャズの名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

金管五重奏+『星影のステラ』
Stella By Starlight

作詞/エドワード・ヘイマン Edward Heyman
作曲/ヴィクター・ヤング Victor Young

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaに加えてFl.2本、Vib.、Marim.、St.Bs(El.Bs.)、
Perc.、ドラムセットです。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

スタンダード・ジャズの名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

b5+.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/K2nzdMdqx5s

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『星影のステラ』、原題『ステラ・バイ・スターライト(Stella By Starlight)』は、もっともよく知られる
ジャズ・スタンダードの1曲です。古くは1950年代のチャーリー・パーカーやスタン・ゲッツ、バド・パウエル、
マイルス・デイヴィスから、その後のビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソン、ハービー・ハンコック、
キース・ジャレット、チック・コリア、そしてロバート・グラスパーまで、名のあるジャズマンなら必ず
録音しているといっていいくらいの「超」が付くスタンダード。ヴォーカルでは、フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、
エラ・フィッツジェラルド、アニタ・オデイ、トニー・ベネット、レイ・チャールズなど、こちらもヴォーカリスト名鑑が
できるほど。ジャズ・ファンなら何度も耳にしていることでしょう。

この『星影のステラ』は、“ヴィクター・ヤング作曲。1944年公開の映画『呪いの家』のために書かれ、
1946年にはネッド・ワシントンによって歌詞が付けられました。ちなみに映画はホラー映画だったそうです。
1944年のパラマウント映画「The Uninvited」(邦題:呪いの家)の主題曲として、ビクター・ヤングによって書かれました。
映画自体は好評で、アカデミー賞にもノミネートされましたが、曲のほうは「プレリュード」とクレジットされているだけで、
あまり話題になりませんでした。
原曲はインストゥルメンタルですが、1946年になって、「星に願いを」(When You Wish Upon a Star)などで知られる
ネッド・ワシントンが歌詞を付けました。
ワシントン&ヤングは、「愚かなりわが心」(My Foolish Heart)の作者でもあります。

知られるようになったのは1946年のヴィクター・ヤング楽団のレコードからです。1947年5月にハリー・ジェームズ楽団の
レコードがポップ・チャート21位のヒットを記録、2ヵ月後にはフランク・シナトラ&アクセル・ストーダル楽団のレコードも
チャート21位まで上昇しています。
1952年1月にチャーリー・パーカーが取り上げて以来、ジャズ・ミュージシャンたちが好んでこの曲を取り上げるようになりました。
有名なところでは、スタン・ゲッツ、マイルス・デイヴィス、バド・パウエル、デクスター・ゴードンなどが録音しています。
美しいメロディーが印象的ですが、ひんぱんに転調が行われていて、ジャズ・プレーヤーにとっては即興意欲が湧いてくる曲だと言えます。
そのためこの曲が時代を問わず演奏され続けているのでしょう。
この曲はほかに「底抜け大学教授」(1963年。ジェリー・ルイスがステラ・スティーヴンスに歌いかける)、
「サブリナ」(1995年)、カジノ(1995年 ロバート・デ・ニーロ、シャロン・ストーン主演)などの映画で使われています。

ヴィクター・ヤング(1900‐1956)はハリウッド映画の大家でした。『誰がために鐘は鳴る』、『シェーン』、『八十日間世界一周』など
300本以上の映画音楽を書いた人で、“My Foolish Heart”や“Love Letters”などのスタンダード曲となった傑作も多く知られています。
ステラ(ラテン語: stella)は、ラテン語に由来し、英語、イタリア語、古プロヴァンス語で、「星」「惑星」または「星型」を意味する名詞です。

STELLA BY STARLIGHT (1944/46)
(Words by Ned Washington / Music by Victor Young)

The song a robin sings
Through years of endless springs
The murmur of a brook at evening tide
That ripples by a nook where two lovers hide

That great symphonic theme
That's Stella by starlight
And not a dream
My heart and I agree
She's everything on earth to me...

コマドリが歌う
終わりのない春を何年も歌う
夕暮れどきの小川のせせらぎ
恋人たちの隠れ場所のさざなみ

壮大なシンフォニー
それが星影のステラ
夢ではない
心から思う
彼女は私にとって地球上のすべて...

ステラという女性を自然の美しさにたとえて称賛する内容で、ステラは愛の象徴です。もちrん、映画の内容とは無関係です。
男性の立場で書かれた歌詞なので、女性歌手が歌うときは、最後の部分を
“She's everything that you'd adore”(彼女こそあなたがあこがれるすべて)とすることが多いようです。

32小節の中で目まぐるしく転調が繰り返される曲で、コード進行が面白いことに加え、緩急自在に演じ分けられるため、
多くのアーティストが取り上げています。
特に50年代以降、歌手だけではなく、ジャズ・ミュージシャンの間で好まれるようになりヴォーカルよりもむしろインストの
スタンダードとして定着していきました。決定版もヴォーカルよりインストの方がいくぶん多い曲です。
もっとも、これには元々インスト曲として作られたものなので、音域が非常に広く、歌手にとっては難曲の部類に入るという事情もあります。

そのインストの筆頭に挙げるべきはマイルス・デイヴィスです。64年のフィルハーモニック・ホールにおけるライヴは、
表題曲“My Funny Valentine”をはじめ定評のある名演が記録されているアルバムですが、とりわけ“Stella By Starlight”は
至高の名演奏となっています。


アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/16   animato

Solo+クラリネット四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」

Solo+クラリネット四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」
Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123
ベートーヴェン
Beethoven, Ludwig van

編成はCl.3本、Bs.Cl.、およびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
金管四重奏版、サックス四重奏版、鍵盤打楽器とコントラバス三重奏版は発売中です。

屈託のない明るさと伸びやかなメロディのベートーヴェン作品を、ぜひお楽しみください。

Solo+クラリネット四重奏 「優しい愛 "君を愛す"」
Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123
ベートーヴェン
Beethoven, Ludwig van

編成はCl.3本、Bs.Cl.、およびSoloパートです。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め4種類から選ぶことができます。
金管四重奏版、サックス四重奏版、鍵盤打楽器とコントラバス三重奏版は発売中です。

屈託のない明るさと伸びやかなメロディのベートーヴェン作品を、ぜひお楽しみください。

Cl4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/32dbi104TAg

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲は1795年の作品です。作品番号は付いていませんが、ベートーヴェンの歌曲の中でも最も良く知られ、歌われています。
若き日の彼はこういった感じのストレートな恋歌を好んで書いていたようで、その屈託のない明るさや伸びやかなメロディも
あいまって大変魅力的に響きます。シンフォニーや弦楽4重奏曲などでの厳格でいかめしいベートーヴェンのもうひとつの
側面を垣間見ることができ、この頃の作品群に魅力を感じることができます。
原詩のタイトルはZartliche Liebeで、ベートーヴェンの歌曲もそれが正式な名称なようですが、
歌の冒頭のIch liebe dichの方が良く知られているタイトルになっています。
詩はカール・フリードリヒ・ヘルロゼー(Herrosee)の 《やさしき愛》 第2節から採られています。
ベートーヴェンは自らの歌曲に作品としての価値を重く置いていなかったのか、生前に出版された大半のものに作品番号をつけていませんが、 
この曲は優しく清澄な美しさにあふれた旋律でよく知られています。

※ WoO.(Werke ohne Opuszahl 作品番号なし)は1955年にキンスキーとハルムによって編集された作品目録の番号です。

楽聖ベートーヴェン

楽聖と称えられるベートーヴェンは、1770年12月の16日か17日、ドイツのボンで生まれました。
幼いころから過酷ともいえる音楽教育を受け、非凡な才能を開花させましたが、
家庭的には恵まれず、ベートーヴェンの家族関係は最後まで彼を悩ませ続けることになります。
26才ぐらいのときから耳が聞こえづらくなり、体調不良、貧困など苦難が襲うなか、それらを克服して
次々と作品を発表していきます。だからこそ、彼の作品には心打たれるものが多いのかもしれません。
有名な作品に、ピアノソナタ 「悲愴」 「月光」 「熱情」 や、 ピアノ独奏曲 「エリーゼのために」、
「運命が、かく扉を叩くのだ」 と語った第五交響曲 『運命』、第六交響曲 『田園』 などがあります。
奇数番号の交響曲は壮大で重量感があり、偶数番号のものは軽く明るい作品が多いようです。
生涯独身であったベートーヴェンが手紙で不滅の恋人と呼んだのは誰か、
さまざまな説が浮上しているものの、現在も確証はなく、謎のままです。
1827年3月26日午後5時45分、激しい雷鳴と吹雪のなか、ウィーンで亡くなりました。
死の間近でいった 「諸君、拍手したまえ、劇は終わった!」 という言葉が有名です。

ベートーヴェン「優しい愛 "君を愛す"(Zartliche Liebe "Ich liebe dich", WoO 123)」
2/4拍子
ト長調(G-dur)
Andante

Zartliche Liebe (Ich liebe dich)   WoO.123  
優しき愛 (君を愛する)  
詩: ヘロゼー (Karl Friedrich Wilhelm Herrosee,1764-1821) ドイツ

Ich liebe dich,so wie du mich,
Am Abend und am Morgen,
Noch war kein Tag,wo du und ich
Nicht teilten unsre Sorgen.

Auch waren sie fur dich und mich
Geteilt leicht zu ertragen;
Du trostetest im Kummer mich,
Ich weint in deine Klagen.

Drum Gottes Segen uber dir,
Du,meines Lebens Freude.
Gott schutze dich,erhalt dich mir,
Schutz und erhalt uns beide.

ぼくは君を愛するのさ、君がぼくを愛するように
夕べにも そして朝にも
一日たりともあり得ない、君とぼくとが
互いの悩みを分け合わない日など

そうすればその悩みは君とぼくにとって
容易に耐えられるものになるのさ
君はぼくの悲しみを慰めてくれるのだし
ぼくは君の悲しみに涙を流すのだから

だからね、神様の祝福が君にあるように
君よ、ぼくの人生の喜びよ
神様が君を守ってくださることを、そしてぼくのために君を支えてくださることを
ぼくたち二人を守り、支えてくださることを願うよ

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/15   animato

サックス四重奏 デンマーク王子の行進曲

サックス四重奏 デンマーク王子の行進曲
The Prince of Denmark's March
Jeremiah Clarke

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

明るく晴れやかなイングランドの行進曲を、ぜひお楽しみください。

サックス四重奏 デンマーク王子の行進曲
The Prince of Denmark's March
Jeremiah Clarke

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

明るく晴れやかなイングランドの行進曲を、ぜひお楽しみください。

sax4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/iP9CQlt3QoQ

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲は「トランペット・ヴォランタリー」として知られていますが、原曲はチェンバロ曲でタイトルも「デンマーク王子の行進」です。
『トランペット・ヴォランタリー(Trumpet Voluntary)』は、ジェレマイア・クラーク作曲のチェンバロ曲「デンマーク王子の行進曲」を
H.パーセルがトランペット用に編曲して有名になった曲です。
「ヴォランタリー」とは、教会の礼拝前後とその合間に演奏されるオルガンの曲のこと。結婚式のBGMとしても用いられることがあります。
クラークが〈ハープシコードのためのエア選曲集〉という当時の曲集に寄せた、この《デンマーク王子の行進曲 The Prince of Denmark's March》と呼ばれる曲が元です。
また、大英図書館に収蔵のクラークの管楽器のための組曲のなかにも、この〈デンマーク王子の行進曲〉が含まれているため、
元来トランペットと管楽器のアンサンブルのための曲として生まれたとも考えられます。

ジェレマイア・クラーク(Jeremiah Clarke, 1674年 - 1707年12月1日)は、イングランドの作曲家です。鍵盤楽器のために作られた『デンマーク王子の行進』が最も有名です。
この曲はアン女王の夫カンバーランド公ジョージのために作られ、一般には『トランペット・ヴォランタリー』の名で知られていますが、
長い間ヘンリー・パーセルの作だとされてきました。

ジェレマイア・クラーク1674年にロンドンで生まれたとされています。セント・ポール大聖堂でジョン・ブロウに師事した後、王室礼拝堂のオルガン奏者となりました。
しかし、身分が上の美しい女性に恋したことから銃で自らの命を絶ちました。クラークのポストの後任にはウィリアム・クロフトが就任しました。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/14   animato

木管四重奏 12のトリオ・ソナタから「ソナタ第2番」

木管四重奏 12のトリオ・ソナタから「ソナタ第2番」
Sonata No.2
from "12 Trio Sonatas"
ジュゼッペ・サンマルティーニ
Giuseppe Baldassare Sammartini

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
Ob.はCl.に変更可能、Bsn.はBsCl.に変更可能で、パート譜は同梱しています。

イタリアの明るい曲調の作品を、ぜひお楽しみください。

木管四重奏 12のトリオ・ソナタから「ソナタ第2番」
Sonata No.2
from "12 Trio Sonatas"
ジュゼッペ・サンマルティーニ
Giuseppe Baldassare Sammartini

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
Ob.はCl.に変更可能、Bsn.はBsCl.に変更可能で、パート譜は同梱しています。

イタリアの明るい曲調の作品を、ぜひお楽しみください。

ww4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/RiIrkvcIcN8

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

この曲はジュゼッペ・サンマルティーニが作曲した12のトリオ・ソナタから第2番のソナタです。
第1楽章アレグロ、第2楽章アダージョ、第3楽章プレスト、といった3つの楽章で構成されています。
バロック期から古典派への変遷を感じさせる明快なソナタになっています。

ジュゼッペ・バルダッサーレ・サンマルティーニ(Giuseppe Baldassare Sammartini, 1695年 - 1750年)は、
イタリアの作曲家で、オーボエ奏者です。
ジュゼッペ・サンマルティーニ[c.1693-1750]は、ミラノで活躍した弟のジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニ(交響曲の父ともいわれる)に対して、
「ロンドンのサンマルティーニ」とも呼ばれています。オーボエの名手として活躍し、その腕前は、フリードリヒ大王にフルートを教えていたクヴァンツに、
北イタリアの最も優れた器楽奏者と激賞されたこともあるほどでした。彼はその後ロンドンに活動の拠点を移し、主に演奏者として活躍していました。
当時のオーボエ奏者はりコーダーにも精通しているのが普通で、サンマルティーニもまたリコーダーのことも知り尽くしていました。
18世紀初頭の英国は、リコーダーが大流行していた頃。パーセルやバルサンティ、ヘンデルら英国で活躍した作曲家達によるリコーダーのための作品は
多く残されていますが、中でもこのサンマルティーニの作品は注目に値するものです。
ソロ・パートの充実度はもちろんのこと、不協和音や半音階が効果的に用いられた作品は、現代においても質の高い喜びをもたらしてくれます。

サンマルティーニは同じく作曲家であった弟と共にバロックから古典派への橋渡しを担ったことで知られています。
優れたオーボエ奏者としても活躍したサンマルティーニの作品は、どれも整った形式と、
無尽蔵に溢れ出る情熱的なメロディを持ち、洗練されたハーモニーに彩られています。
1750年に亡くなるまで、はじめ歌劇場管弦楽団のオーボエ奏者、のちにウェールズの王室に抱えられて
室内管弦楽団の音楽監督を務めながら、終生ロンドンで暮らしました。
主として管楽器やヴァイオリンの活躍するたくさんの器楽作品で知られ、イギリスでその作品は人々からたいへん愛されました。

彼は1695年にミラノに生まれました。男4人・女4人の8人兄弟の次男でしたが、弟のジョヴァンニ・バッティスタ・サンマルティーニが
ミラノで活躍したのに対し、ジュゼッペは1728年にロンドンに渡り、そこでオーボエの名手として有名になりました。
1736年に王太子フレデリック・ルイスに仕え、没するまでその夫人オーガスタ・オブ・サクス=ゴータと子供たちの音楽教師をつとめました。

サンマルティーニの作品には、フルートとヴァイオリンのためのソナタ、2つのフルートと通奏低音のためのソナタ、
12のヴァイオリン・ソナタ(王太子に献呈)、6つのヴァイオリン協奏曲、合奏協奏曲集、ハープシコード協奏曲集、
ドイツ・フルート(フラウト・トラヴェルソ)独奏のための6つの小品、2つのドイツ・フルートと2つのヴァイオリンのための6つのソナタ、
などがあります。さらに、「Movement D'une Seranade」のような愛らしいチェロのための小品も数曲書いています。
1750年、ロンドンで他界しました。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/13   animato

金管五重奏「愛の悲しみ」クライスラー

金管五重奏「愛の悲しみ」クライスラー
Liebesleid
Fritz Kreisler

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版は発売中です。

20世紀初頭の美しい名曲を、ぜひお楽しみください。

金管五重奏「愛の悲しみ」クライスラー
Liebesleid
Fritz Kreisler

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット五重奏版、サックス五重奏版、木管五重奏版は発売中です。

20世紀初頭の美しい名曲を、ぜひお楽しみください。

b5.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/z-atorNoKWc

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『愛の悲しみ Liebesleid』は、オーストリア出身の音楽家フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler/1875-1962)による
ヴァイオリンとピアノのための小作品です。

同じくクライスラーによる作品『愛の喜び Liebesfreud』と対を成す楽曲であり、さらに『美しきロスマリン』を加えて
三部作として扱われています。

クライスラーは、ロシアのピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフと親交があり、ラフマニノフは『愛の喜び Liebesfreud』と
この『愛の悲しみ Liebesleid』の2曲をピアノ独奏用に編曲しています。
中学生のピアニストとヴァイオリニストが切磋琢磨し互いに成長する姿を描いた漫画作品「四月は君の嘘」では、
クライスラー『愛の悲しみ Liebesleid』が挿入曲として使われています(原作・アニメ・実写映画)。

ピアニストとヴァイオリニストの交流といえば、ヴァイオリニストのクライスラーも、ピアニストのラフマニノフと
親交と交流を深めていました。
他にも、ラフマニノフは『コレルリの主題による変奏曲』をクライスラーに献呈しているほか、クライスラーはラフマニノフの歌曲に
ヴァイオリンのオブリガードを追加した編曲を残しています。

ラフマニノフはピアノ独奏の為に、自身の歌曲やシューベルト、メンデルスゾーンやビゼーといった作曲家の作品を編曲しました。
編曲作品の大半は、ラフマニノフが1917年に祖国のロシアを離れてから書かれたものです。ちょうどこの頃のラフマニノフは、
それまでは自作中心の演奏活動であったところから、他人の作品の演奏も積極的に行うようになっていて、ピアニストとしての
キャリアを本格化させていた時期でした。

原曲の冒頭には「レントラーのテンポで Tempo di Landler」と発想指示が書かれていて、ワルツの前身である南ドイツ発祥の
「レントラー」を意識したことが窺えます。ラフマニノフによる編曲の冒頭には「ワルツのテンポで Tempo di Valse」と書かれています。
その為、ラフマニノフはこの作品に田舎風の踊りというよりも、都会的で洗練された雰囲気を求めたのでしょう。
実際に音楽を見てみると、主題の旋律に休符を入れて遅らせるなどしてリズムに手を加えていて、原曲とセットで演奏されることが多い作品です。
同じくヴァイオリン独奏とピアノのための「愛の喜び」に通ずる華やかなウィンナ・ワルツの要素が見受けられます。
また、内声に何度も半音階の音型を入れ込むなど、原曲に漂う哀愁を、より複雑な感情の描写へと拡張させています。

「愛の悲しみ」は、原語(ドイツ語)では「Liebesleid」と表記されます。「Leid」は日本語では「悲しみ」をはじめ、
「心痛」や「苦難」と訳され、画一的なイメージを与えますが、同じドイツ語圏でも、ドイツとオーストリアでは大きく捉え方が
違っています。ドイツでは、日本人が思い描く「悲しみ」に非常に近い感覚でこの言葉を捉え、悲愴感や絶望を感じていますが、
オーストリア人にとっては、どこか望みがあり、憧れを含んでいます。ラフマニノフ編曲によるこの作品を見ると、そうした「悲哀」と
「憧憬」の交錯がより効果的に表現されてます。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/12   animato

Solo+クラリネット四重奏 第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」

Solo+クラリネット四重奏 第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」
《マニフィカト》 ニ長調 BWV.243から
独唱、合唱、管弦楽のための
Magnificat, BWV.243

編成はCl.4本、Bs,Cl.、オプションBsn.およびSoloパートです。
演奏可能なオプションとしてSt.Bs.(Bsn.)が同梱されています。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め3種類から選ぶことができます。
サックス四重奏版、金管五重奏版は発売中です。

祝祭に相応しい喜び溢れるバッハのアリアをさまざまな楽器の演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

Solo+クラリネット四重奏 第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」
《マニフィカト》 ニ長調 BWV.243から
独唱、合唱、管弦楽のための
Magnificat, BWV.243

編成はCl.4本、Bs,Cl.、オプションBsn.およびSoloパートです。
演奏可能なオプションとしてSt.Bs.(Bsn.)が同梱されています。
同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め3種類から選ぶことができます。
サックス四重奏版、金管五重奏版は発売中です。

祝祭に相応しい喜び溢れるバッハのアリアをさまざまな楽器の演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

Cl44.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/WPmJhR0I5QI

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

バッハ,J.S. Bach,J.S.
■マニフイカト ニ長調BWV243

神の使いの大天使ガブリエルによって受胎を告知されたマリアが「私の魂は主をあがめ,私の霊は救い主なる神を讃えます」と
喜びのうちに神を讃美した,という「新約聖書」ルカ伝第1章第46~55節に記された「マリアの賛歌」に付けられたのがこの曲です。
この「マニフィカト」は本来,カトリックの日々の日課としてのお祈り(聖務日課),特に夕べの祈り(晩課)のための音楽として
発達したものです。バッハ自身はカトリックではなく,ルター派プロテスタントだったのですが,この時代,ルター派でも,
ラテン語の「マニフィカト」はクリスマス,復活祭,聖霊降臨祭の3大祝日には,多声の音楽として演奏されるのが普通だったそうです。

というわけで,この曲の初演時にはクリスマスにちなんだ4曲の挿入曲がありました。
その後,第2稿ではこれらの挿入曲は除かれ,クリスマスのみならず,復活祭,聖霊降臨祭の晩課にも使われるようになりました。
今日,一般的に演奏されるのは第2稿の方です。この2つの版には,挿入曲の有無以外に調性の違いがあります。
第1稿は変ホ長調だったのに対して,第2稿はニ長調になっています。これは使われている楽器の違いにもよります。
第2稿では,トランペットがD管トランペットという輝かしい響きを持つものに変更されています。
この楽器を使うためにニ長調に移調されたと考えられています。その他,リコーダーがフラウトトラヴェルソ(フルート)に変更され,
オーボエ・ダモーレが加えられています。
いずれにしても,この曲は壮麗さと美しさをバランス良く兼ね備えた見事な作品です。
ポリフォニックな合唱曲の間にしみじみとした味わいを持つ声楽ソロのアリアなどがバランス良く配列されています。
声楽のみだけでなく,先にあげた輝かしいトランペットをはじめとして,フルート,オーボエなどオーケストラの各楽器にも
見せ場があります。時間的にも30分ほどにまとまっていますので,「バッハ入門」に最適の曲なのではないかと思います。

●編成
独唱(ソプラノ2,アルト,テノール,バス),5声部合唱(ソプラノ2部,アルト,テノール,バス),
フルート2,オーボエ2,オーポエ・ダモーレ2,トランペット3,ティンパニ,ヴァイオリン2部,ヴィオラ,
通奏低音(チェロ,ヴィオローネ,ファゴット,オルガン)

■合唱曲,■独唱,■重唱・・・とても規則的に並んでいます。
曲番号    曲名・ソロ等    調・拍子    内容
第1番    マニフィカト
合唱    二長調
3/4    D管トランペットの甲高く装飾的なファンファーレが印象的な全楽器によるリトルネッロ(繰り返し出てくるメロディ)が
出てきます。このメロディはブランデンブルク協奏曲あたりにありそうな感じです。この部分に続き,
合唱が喜びに満ちた神の讃歌を歌います。中間部ではポリフォニックな感じになりますが,全体としてはメリスマを交えた
ホモフォニックな響きが中心となっています。最後にリトルネッロがやや短く再現されます。この曲は終曲にも出てきますので,
この曲全体の枠組を作っているといえます。

第2番    エト・エクスルタヴィト
アリア(ソプラノII)    二長調
3/8    弦合奏と通奏低音による落ち着いたリトルネッロに続き,「私の霊は救主なる神を讃えます」と第2ソプラノがしっとりと
歌います。

第3番    クイア・レスペクスィト
アリア(ソプラノI)    口短調
4/4    オーボエ・ダモーレの独奏によるしみじみとした序奏に続いて,第1ソプラノが
「この卑しい女をさえ,心にかけてくださいました」と歌います。全編に渡り,オーボエ・ダモーレとソプラノが美しく絡み合います。
その哀しみに満ちた敬虔さが印象的です。この曲の後,休みなく第4曲になります。

第4番    オムネス・ゲネラツィオネス
合唱    へ短調
4/4    前曲から一転して,5声の合唱によって「代々の人々は」と歌われる壮麗なカノンになります。

第5番    クイア・フェチト
アリア(バス)    イ長調
3/4    通奏低音のみに支えられて「力ある方が,私に大きな事をしてくださったからです」とじっくりと歌う短いバスのアリアです。

第6番    エト・ミゼリコルディア
二重唱(アルト,テノール)    ホ短調
12/8    2本のフルートと弦の伴奏によって「その憐れみは代々限りなく」と歌われる抒情的な二重唱です。

第7番    フェチト・ポテンツィアム
合唱    ト長調
→二長調
4/4    「主はみ腕をもって力をふるい」と全合唱が力強く歌う順列フーガです。最後の方で一瞬休符が入り,緊張感が走ります。
その後トランペットも加わってドラマティックに盛り上がって終わります。

第8番    デポスイト
アリア(テノール)    嬰へ短調
3/4    「権力ある者を王座から引きおろし」とテノールが決然と歌います。弦楽器の清冽さも印象的です。

第9番    エスリエンテス
アリア(アルト)    ホ長調
4/4    「飢えている者を良いもので飽かせ」と息の長いメリスマを交えて歌われるアルトのアリアです。
ほとんど同じ主題による2本のフルートと通奏低音による可愛らしい感じのリトルネッロで囲まれています。

第10番    スシピト・イスラエル
三重唱(ソプラノI・II,アルト)     口短調
3/4    「主は,憐れみをお忘れにならず,その僕イスラエルを助けてくださいました」と落ち着いて歌われる三重唱に重ねて,
オーボエが「マニフィカト」の聖歌旋律(第9旋法)を印象的に演奏します。

第11番    スイクト・ロクトゥス
合唱    二長調
2/2    「わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを,とこしえに憐れむと約束なさったとおりに」と堂々と歌う,
通奏低音のみの伴奏による順列フーガです。素朴な力強さがあります。

第12番    グロリア
合唱    イ長調4/4
二長調3/4    壮麗な「グロリア」の叫びの後,持続音の上にカノンがわき上がります。「はじめにありしごとく」という
歌詞とともにトランペットが壮麗に加わり第1曲が短く再現されます。祝祭的に全曲をとじます。

 Johann Sebastian Bach
 1685~1750 ドイツ
 ヨハン・ゼバスティアン・バッハはバロック音楽の頂点を極めた巨匠にして、2世紀に亘り音楽家を輩出し続けたバッハ一族の
最大の音楽家。「大バッハ」の名でも呼ばれています。
 当時の最もすぐれたオルガン奏者で、即興演奏の名手でした。アルンシュタット、ミュールハウゼンで教会オルガニストを
務めた後、1708年ザクセンのヴァイマール公の宮廷オルガニストとなり、1714年には楽長に昇進します。
この時期に多数のオルガン曲を書きました。1717年にはアンハルト=ケーテン侯の合唱長および宮廷楽長として招かれ、
管弦楽・器楽曲を集中的に作曲しました。1723年にはライプツィヒの聖トーマス教会の付属学校の合唱長およぴライプツィヒの
音楽監督に就任、終生その地位にあり、カンタータ等の教会音楽を多く書きました。
 ドイツ・バロック音楽を集大成し、歌劇以外のあらゆる分野に名作を残した。ウィーン古典派の巨匠たちにも影響を与えたが、特に19世紀に再評価され、ロマン派から近現代に至る多くの作曲家に強い影響を及ぼした。
 膨大な作品はW・シュミーダーの『バッハ作品主題目録』(1958)によるBWV(Bach-Werke-Verzeichnis バッハ作品目録)番号で整理されている。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作曲家としての活動は通常、
(1) ヴァイマール時代 (1708~1717)
(2) ケーテン時代 (1717~1723)
(3) ライプツィヒ時代 (1723~1750)
の3期に分けて考えられますが、最後の円熟期ライプツィヒ時代の開始を告げるのが、この名作《マニフィカト》です。
 バッハは1723年5月末にライプツィヒに移り、聖トーマス教会の楽長(トーマスカントル)として毎週1曲のカンタータの
作曲・練習・上演を含む多忙な毎日を送っていました。
 従来は、バッハが《マニフィカト》を書いたのは転職後最初のクリスマスのためで、ライプツィヒで教会での大規模な
奏楽が自粛されるクリスマス前の「待降節」第2~4日曜日(「斎戒期」)の暇な時期に、バッハは一連の新作と共に
この《マニフィカト》を作曲したと考えられていました。
 しかしグレックナーが2003年に発表した論考(1)によると、バッハは《マニフィカト》(変ホ長調の初稿、BWV.243a)を、
ライプツィヒ着任後わずか5週間後の1723年の7月2日の「エリザベト訪問」の祝日に初演し、好評を得ていたということです。
 クリスマスの際には、7月に演奏したものに、クリスマス用の“讃歌(ラウダ)”(ドイツ語ないしラテン語によるモテット風楽曲)を
4曲挿入し、クリスマス・バージョンとして演奏しています。

「マニフィカト」について
 「マニフィカト」とは聖母マリアが神を讃える褒ほめ歌で、『新約聖書』「ルカによる福音書」第1章46~55節に記されています。
処女懐胎を天使に告げられたマリアが、ナザレからユダの町に行き、親族エリザベツに挨拶すると、洗礼者ヨハネを身籠っていた
エリザベツは聖霊に満たされ、「あなたは女の中で祝福された方です」と叫びます。
マリアも感動のあまり神へのほめ歌を歌い始めた……という文脈の中で現れます。
 この褒め歌は東方教会に起源を持つが、9世紀頃に西方教会にも取り入れられ、ラテン語訳の詞文の冒頭語から
「マニフィカト(Magnificat)」と呼ばれるようになり、「カンティクム(讃歌)」(詩編以外の聖書から採られた韻文詩による聖歌)の
一つとして「聖母マリアの讃歌(Canticum Mariae)」とも呼ばれて礼拝で朗唱されるようになりました。
14世紀以降は多声楽曲として多くの音楽家が作曲しました。
 「マニフィカト」は東方教会では早課に用いられますが、西方教会では晩課(晩祷)(Vesperae)で歌われます。

バッハがラテン語の《マニフィカト》」を書いた理由
 「マニフィカト」はラテン語による讃歌ですが、バッハが信奉したプロテスタント派のキリスト教(新教)では
ドイツ語訳などの自国語訳が推奨され、受難曲やカンタータもバッハはドイツ語で書いています。
 ラテン語の《マニフィカト》に曲を付けたのは、特別な理由があったのでしょうか。

 当時ドイツに広まっていたプロテスタント派の教会では、確かに、誰もが理解できるドイツ語で信徒達が一緒にコラールを歌う
習慣になっていました(カトリック派キリスト教(旧教)の礼拝では聖歌隊員のみが、一般には理解困難なラテン語の聖歌を歌う)。
 ただそれは、ラテン語で歌うことが全面的に禁止されていたことを意味するわけではありません。
プロテスタント教会でもミサの最初の2章(「キリエ」「グローリア」)と「サンクトゥス」、そして「マニフィカト」は
ラテン語で歌われることも多く、特にクリスマスの晩課では「マニフィカト」はラテン語で歌われていました。
 バッハが赴任した新教都市ライプツィヒでも、朝の礼拝では「キリエ」と「グローリア」はラテン語で読み上げられ、
詩篇唱のメロディで歌われた。「クレド」はグレゴリオ聖歌をコラール旋律として歌われていました。
 「マニフィカト」についても、通常の日曜夕方に行われる礼拝(聖体拝領を伴わない)では、会衆はルターのドイツ語訳
「Meine Seele erhebet den Herrn」を歌いますが、重要なキリスト教の祝日、即ち、3大祝祭節
  ①クリスマス(降誕節)
  ②復活節
  ③聖霊降臨節(五旬節)
と、聖母マリアの3大祝日
  ①聖燭祭(Candelaria)(マリアの清めの祝日(Purificatio Mariae)、主の奉献の祝日(Praesentatio Domini nostri in templum))
  ②お告げの祭日(annuntiatio)(Festum Incarnationis)(Conceptio Christi)
  ③「聖母マリアの聖エリザベト御訪問(Visitatio B. Maria V.)」の祝日
の第1、2祝日の晩課(と言っても午後1時半頃から始まる午後の礼拝)には、伝統的なラテン語の歌詞により、
合唱、独唱、器楽合奏で、より大がかりな音楽を演奏する慣習がありました。
 バッハはこの町の習慣に従って、カントールの職責の一部として、《マニフィカト》を作曲したと言えます。

《マニフィカト》の改訂
 それから10年後の1733年頃、バッハはトマスカントール及び市の音楽監督の権限強化を巡って、ライプツィヒ市の評議会と
長い闘争を続けていました。そこで彼はライプツィヒの領主であるザクセン選帝侯から「宮廷作曲家」の肩書きをもらおうと、
熱烈なアプローチを繰り返していました。選帝侯じきじきのお抱え作曲家という地位を得られれば、ライプツィヒの評議員どもを
黙らせられるという計算だったのでしょう。
 時のザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世は、ポーランド王位を得るため1697年にプロテスタント派からカトリックに
改宗していました。しかし民衆からは反発を受け、侯妃も出奔しました。そのため実際にはカトリック信仰は首都ドレスデンに
限って細々と行われ、市民権も認められていませんでした。
 1733年2月1日、このフリードリヒ・アウグスト1世が逝去し、長男フリードリヒ・アウグスト2世が選帝侯位を継承しました。
 先代フリードリヒ・アウグスト1世の喪の期間は、その年の六旬節の主日(2月15日)から、三位一体の主日後の4週目の
日曜 (6月28日)までと定められました。この期間は教会での一切の奏楽が禁じられました。
 この期間は、バッハにとって格好の創作に集中できる期間となりました。彼は、やはりカトリック信徒として育てられていた
後継者のフリードリヒ・アウグスト2世に対し、選帝侯が営むカトリック礼拝堂のために、ラテン語によるミサ楽章「キリエ」と
「グローリア」を作曲し、7月27日付で献呈しました。これは後に《ミサ曲 ロ短調》BWV232の前半に組み入れられるものです(後半楽章は1748~49年頃書かれる)。
 同じ1733年頃、バッハは1723年に作曲した《マニフィカト》の改訂も行いました。厳密な改訂時期は不明ですが、
バッハの自筆譜から1732~1735年の間と推定され、これも選帝侯に献呈されたと考えられています。
 なお、バッハの熱心な“アプローチ”は功を奏し、1736年に念願のザクセンの「宮廷作曲家」の称号を得ることが出来ました。

 改訂による《マニフィカト》の主な変更点は、以下のようなものです。
・初稿にあった4つの挿入曲の削除 …… 初稿には1723年のクリスマス祝賀用のドイツ語及びラテン語による「ラウダ(讃歌)」を4曲、
「マニフィカト」本文の間に挿入していた。これはクリスマスの雰囲気を盛り上げる一方、演奏機会をクリスマスに限定し、
また「マニフィカト」のラテン語本文が持っていた対称的シンメトリックな構造を壊していました。
「ラウダ」を取り除くことで、ラテン語の歌詞構造の美しさを取り戻すと共に、クリスマス以外の聖母マリアの祝日にも演奏可能な、
より汎用的な版となりました。
・主調を変ホ長調からニ長調に移調 …… 初稿では変ホ(Es)管のトランペットを3本用いていましたが、
当時、一般的なトランペットはD管かC管で、変ホ管を3本集めるのは極めて特殊でした。
また変ホ管トランペットで「マニフィカト」のパートを演奏するのは大変に困難です。そこでD管トランペットで普通に
演奏できるようニ長調に移調されたと考えられています。
・縦笛であるリコーダーを横型フルート(当時は木製のフラウト・トラヴェルソ)に変更 …… 第9曲での素朴な音色が
聞けなくなりましたが、全般的に響きは輝きを増し、演奏効果は高まりました。
 これ以外にも無数の個所に手を入れ、原形を留めているのは578小節のうち僅か98小節に過ぎません。
 こうした徹底的な改訂の結果、初稿版と改訂版はかなり性格の異なるものとなりました。即ち、
・《マニフィカト》 変ホ長調 BWV.243a (1723) …… クリスマス用。粗削りで刺激的な分、冒険的な性格に富み、
和声法がとりわけ大胆です。
・《マニフィカト》 ニ長調 BWV.243 (1723, 改訂'33頃) …… 特定の機会に限定されない普及版です。仕上げが丹念で
バランスが良く、耳に馴染み易く仕上がっています。

このアレンジは、
第2曲「わが霊は、わが救い主なる神を喜び讃え奉る (Et exultavit)」
 アリア ニ長調 8分の3拍子
 第2ソプラノ独唱 弦と通奏低音による3拍子の踊るようなリトルネッロに続き、ソプラノが同じ主題で
「exsultavit(喜び踊る)」と軽やかに歌いだします。
 通奏低音に聴かれる「長・短・短」、跳ねるようなリズム型は、他のバッハの作品でも現れ、バッハの研究でも知られる
オルガニストにして神学者の人道家シュヴァイツァーが「喜びのリズム」と名付けたものです。
 ソプラノは、第1ヴァイオリンや通奏低音の「喜びのリズム」に伴われ、清冽に歌い進められます。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2022/04/11   animato