Gallery

2021年6月

木管五重奏 シバの女王の到着(入城)F Dur

木管五重奏 シバの女王の到着(入城)F Dur
オラトリオ「ソロモン」より
Arrival of the Queen of Sheba
HWV 67

編成はFl.2本、Ob.、Cl.、Bsn.です。
原調は変ロ長調です。Bsn.はBs.Cl.で演奏可能です。
Bs.Cl.のパート譜はセットに同梱しています。
クラリネット五重奏C Dur版、サックス五重奏C Dur版は発売中です。

華やかなイギリスのバロック作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

木管五重奏 シバの女王の到着(入城)F Dur
オラトリオ「ソロモン」より
Arrival of the Queen of Sheba
HWV 67

編成はFl.2本、Ob.、Cl.、Bsn.です。
原調は変ロ長調です。Bsn.はBs.Cl.で演奏可能です。
Bs.Cl.のパート譜はセットに同梱しています。
クラリネット五重奏C Dur版、サックス五重奏C Dur版は発売中です。

華やかなイギリスのバロック作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

ww5-sheba.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/xz6W5xBMsJc

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『シバの女王の到着(入城)』は、イギリスで活躍した作曲家、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)が
1748年に作曲したオラトリオ「ソロモン」HWV67の第3幕で演奏されるシンフォニアです。
明朗で溌剌とした曲想で、オリジナルは2本のオーボエと弦楽合奏、通奏低音による典雅な雰囲気の楽曲です

オラトリオとは宗教的な題材をもとに、独唱、合唱、管弦楽から構成される楽曲のことです。
オペラと似ている部分もありますが、舞台装置や衣装、演技がないと言う点では明確に異なります。
ヘンデルはドイツ出身ですが、1712年以来ロンドンに移住し、イタリア・オペラの作曲家として大きな成功を収めます。
しかし、その後イタリア・オペラが衰退すると、ヘンデルはやがて英語でのオラトリオの作曲に創作の軸を移していきます。
1741年頃からはイタリア・オペラを作曲するのを止め、オラトリオの作曲に専念していきます。
ヘンデルは1750年代の前半には視力を失い作曲活動が出来なくなったため、晩年と言ってもよい時期の作品です。
「ソロモン」とは旧約聖書に登場する古代イスラエルの王ダビデを父に持つイスラエル王国第3代の王で、
エジプトのファラオの娘を嫁にとり、古代イスラエルの最盛期を築きました。
ある夜、ソロモンの枕元に神が降り立ちました。神から「何でも望むものを与えよう」と言われたソロモンは
知恵を求め、ソロモンは神授の知恵者としてその名を轟かせました。

オラトリオの第2幕では2人の遊女がそれぞれ自分の子供であると主張する赤ん坊について、ソロモンの知恵が試されます。
ソロモンは剣で赤子を切り分けて、それぞれに与えると言って剣を抜きますが、
片方の女がそれなら相手に渡す方がいいと泣き崩れます。
その姿を見たソロモンは泣き崩れた女を真の母親だと裁定します。
ソロモンの賢明な裁きは、江戸時代の大岡裁きの話のルーツ・元ネタとなっています。

第3幕ではソロモンの王国へ公式訪問したシバの女王が音楽やダンスで歓迎されるシーンが描かれます。
ソロモンの知恵を試しに来たシバの女王の歓迎会の場面にあたります。
シバとは旧約聖書に登場する王国で、ソロモンが治めるイスラエル王国の南に位置していたと言われ、
その場所は南アラビアだったともエチオピア近辺だったとも言われています。

旧約聖書「列王記上」や「歴代誌下」の記述によれば、ソロモン王の知恵の噂を聴いたシバの女王は、彼を試そうとエルサレムを訪問し、
ソロモン王に数々の質問を浴びせました。
シバの女王からの質問攻めにもすべて受け答えて見せたソロモン王。その知恵と立派な宮殿に感嘆したシバの女王は、
ソロモンが仕える神を称え、金塊や宝石、香料などを贈ったと伝えられています。
「シバの女王」とは、旧約聖書に登場する女王で、1世紀頃にエジプトとエチオピアを支配した女王とされています。
「サバの女王」との表記も見られます。

第3幕でシバの女王はソロモンに数々の質問を浴びせますが、ソロモンはその全てに答え、シバの女王を感嘆させます。
「シバの女王の到着」はこの第3幕の冒頭で演奏されるシンフォニアです。
シンフォニアとはバロック期のオペラやオラトリオの中で歌唱を伴わない器楽による合奏曲です。
単独で演奏されることの多いこの「シバの女王の到着」は2012年のロンドン・オリンピックの開会式でも用いられました。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/08   animato

金管四重奏 もはや私の心には感じない(うつろの心):パイジエッロ

金管四重奏 もはや私の心には感じない(うつろの心):パイジエッロ
Nel cor piu non mi sento
Giovanni Paisiello

編成はTp.、Hn.、Tbn. or Eup.、Tuba.です。
木管四重奏版、サックス四重奏版、クラリネット四重奏版は別途発売中です。

イタリア歌曲の有名な作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

金管四重奏 もはや私の心には感じない(うつろの心):パイジエッロ
Nel cor piu non mi sento
Giovanni Paisiello

編成はTp.、Hn.、Tbn. or Eup.、Tuba.です。
木管四重奏版、サックス四重奏版、クラリネット四重奏版は別途発売中です。

イタリア歌曲の有名な作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

b4-nel.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/GZ_L0tQU9Fs

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「Nel cor piu non mi sento(もはや私の心には感じない)」は、ジョヴァンニ・パイジエッロ(Giovanni Paisiello)が
作曲し1789年に上演されたオペラ「La Molinara(美しい水車小屋の娘)」の中で歌われるアリアです。
ベートーヴェンやパガニーニは、この曲を主題に変奏曲も作曲しています。

 ジョヴァンニ・パイジエッロは18世紀後半のイタリアのオペラ作曲家で、「Il Barbiere di Siviglia(セヴィリアの理髪師)」を
作曲したことでも知られています。この作品は傑作として評価されましたが、パイジエッロと同じ台本で、
ロッシーニが「Il Barbiere di Siviglia(セヴィリアの理髪師)」を作曲したために、忘れ去られてしまいました。
イタリア古典歌曲集にも収録されているポピュラーな歌曲です。

Nel cor piu non mi sentoの歌詞

Nel cor piu non mi sento
brillar la gioventu;
cagion del mio tormento,
amor, sei colpa tu.

Mi pizzichi, mi stuzzichi,
mi pungichi, mi mastichi,
che cosa e qesto ahime?
pieta, pieta, pieta!
amore e un certo che,
che disperar mi fa!

Nel cor piu non mi sentoの対訳
(日本語訳)
もはや私は心の中には感じない
青春の輝きを
私の苦しみの原因は
愛よ、お前の罪なのだ。

お前は私をつねってからかい、
ちくりと刺して噛みつく
ああ これは何なのだ?
もうやめておくれ!
恋とは間違いなく
私を絶望させるものだ!

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/07   animato

クラリネット五重奏 叙情悲劇『カドミュスとエルミオーネ』序曲 As Dur

クラリネット五重奏 叙情悲劇『カドミュスとエルミオーネ』序曲 As Dur
Ouverture
Prologue de "Cadmus et hermione"

編成はCl.4本、Bs.Cl.です。Bs.Cl.はBsn.に変更可能です。
Bsn.のパート譜はセットに同梱しています。
このアレンジではAs Dur(変イ長調)です。
金管五重奏版、木管五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

ヴェルサイユの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

クラリネット五重奏 叙情悲劇『カドミュスとエルミオーネ』序曲 As Dur
Ouverture
Prologue de "Cadmus et hermione"

編成はCl.4本、Bs.Cl.です。Bs.Cl.はBsn.に変更可能です。
Bsn.のパート譜はセットに同梱しています。
このアレンジではAs Dur(変イ長調)です。
金管五重奏版、木管五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

ヴェルサイユの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

Cl-Lully.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/W-jMNfukt2Q

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

記念すべき、最初のフランスオペラの名を戴く「カドミュスとエルミオーヌ」(1673)、
叙情悲劇『カドミュスとエルミオーネ』はフランスの正歌劇の姿を確立した傑作です。
1673年、王室音楽総監督としてルイ14世の宮廷における舞台音楽上演の一切を掌握したリュリが、フランス語を使って
イタリアのオペラにも比しうる劇音楽形式を模索した《カドミュスとエルミオーヌ》は、カルタゴ建国の歴史を軸としながら
惹かれあう男女の恋が高雅な音楽展開に昇華され、フランス語の朗読がそのまま音楽となったかのような自然な音運びで
演劇・音楽・舞踏の融合が達成された傑作です。のちに抒情悲劇(トラジェディ・リリーク)と呼ばれることになる序幕付き全5幕の「型」を
確立した作品ともなりました。
 この序曲は明確にフランス風序曲の体を成しています。緩-急-緩による構成です。
緩は4拍子で急は3拍子で書かれています。急の部分はフーガ的ではありますが、調的応答がない点、フーガやフーゲッタとは呼べず、
ポリフォニックな要素をもつ音楽というにとどまります。序曲の対照性、4拍子と3拍子は聴いただけでも分かります。

リュリは費用が莫大であるにも関わらず、王室の支援の対象ではなかった歌劇の上演を試みるため、
建築家カルロ・ヴィガラニ(Carlo Vigarani)と提携して自前の劇場を設立して歌劇の上演にも熱心に取り組みました。
1673年初演の音楽悲劇『カドミュスとエルミオーヌ』は大成功を収め、王自ら観劇に訪れるほどでした。

「トラジェディ・アン・ミュジーク」、あるいは「トラジェディ・リリーク」(叙情悲劇)と呼ばれる
フランス・オペラが成立したのは17世紀末です。
その立役者が、リュリと台本作家フィリップ・キノーでした。
彼らのコラボレーションによる最初(リュリのオペラ第一作)が、この《カドミュスとエルミオーヌ》。
この作品がフランス・オペラの歴史をひらき、さらにその後に作られた彼らの十数作のオペラが、
フランス・オペラの基本的な型を確立したのです。

フランス・オペラの基本的な型――すなわち、①主題を悲劇に求め、②序曲に始まり、プロローグと5幕で構成される、
というその型は、リュリの死後もオペラ作曲家たちによって遵守されていくことになります。
マラン・マレ、アンドレ・カンプラ、そしてまた、ラモーもこの型を忠実に守っています。
その意味で、ラモーのオペラは、リュリに始まるフランス・オペラの伝統の直系に位置付けられるものであると言えます。

リュリの影響力は、宮廷舞曲そのものの様式にも急激な革命をもたらしました。それまで支配的だった緩やかで荘重な動きに代わって、
急速な動きの舞曲をリュリが採り入れたからです。リュートやクラヴサンを始めとする器楽曲の発展も重なり、
ブレ、ガヴォット、ジーグ、パスピエ、メヌエット、サラバンド、シャコンヌなど新しい舞曲が流行する一方で、
中世からルネサンスを経て受け継がれてきたいくつかの舞曲は流行おくれとなって廃れました。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/06   animato

サックス四重奏 アダージョ Es Dur(グラスハーモニカのための) K.356

サックス四重奏 アダージョ Es Dur(グラスハーモニカのための) K.356 K6.617a ハ長調
Adagio C-Dur K.356 K6.617a
Wolfgang Amadeus Mozart

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
原調はハ長調です。
クラリネット四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

珍しい楽器のためのモーツァルト作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 アダージョ Es Dur(グラスハーモニカのための) K.356 K6.617a ハ長調
Adagio C-Dur K.356 K6.617a
Wolfgang Amadeus Mozart

編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
原調はハ長調です。
クラリネット四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

珍しい楽器のためのモーツァルト作品をコンサートピースに、ぜひどうぞ。

sax1.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/K0_GfPDu3NY

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

グラスハーモニカの女流名演奏家キルヒゲスナー嬢のために。 
1791年8月19日ウィーン・ケルントナートーア劇場での彼女の演奏会のために
「グラスハーモニカ五重奏曲 アダージョとロンド」(K.617)を作曲しましたが、この曲はそのときのアンコール用だとされています。

同じ調性の小アダージョ(K.356)は、明らかにこの女流名手の「アンコール」用に作られたのである。
マリアンネは2つの曲をヨーロッパ中に持ってまわり、ロンドンでは格別に喜ばれたにちがいない。
[アルフレート・アインシュタイン] p.368

キルヒゲスナー(Maria Anna Antonia Kirchgasner, 愛称マリアンネ Marianne, 1769~1808)はカールスルーエの
宮廷楽長シュミットバウアー(Joseph Aloys Schmittbaur, 1718~1809)の弟子です。 
4歳のときに失明しましたが、18世紀にヨーロッパで大流行していたグラスハーモニカという楽器と出会い、
その演奏で有名となりました。 
シュミットバウアーが製作したグラスハーモニカを使って、各地を巡演していましたが、1791年6月からウィーンで演奏会を開いています。 
モーツァルトもそれを楽しみにしていて、6月13日にブルク劇場で予定されていたコンサートが
とり止めになった(実際は10日に変更されて、モーツァルトは聞きそこなった)ことを残念がっていました。

このグラスハーモニカの成り立ちに関わって、ヨーロッパでは指を水で濡らしグラスのふちをこするという演奏方法が確立されていきました。
その音の響きはとても魅力的だったためこの楽器のために作曲をする作曲家も現れるようになります。

楽器に注目が集まるようになるとその楽器をより良くしようという思いや、もっとできることを増やしたいなどという
気持ちも芽生えてきます。そして改良されてできた楽器がグラス・ハーモニカです。

グラス・ハーモニカはベンジャミン・フランクリンというアメリカの政治家が1761年に発明しました。
これまでできなかったことが改良されたことによってできるようになりました。

グラス・ハープ(ミュージカル・グラス)が最初に存在していて、それをヒントに改良されたものが
グラス・ハーモニカです。グラス・ハープには演奏する時に様々な苦労がありました。

まず1つ目は音程の調整をしなくてはいけないということです。音程はワイングラスの大きさやワイングラスに入れる水の量で
調整します。それを音階順に並べる作業をしていきます。

とても大変そうですよね…。演奏中にアクシデントがあってグラスを倒してしまった場合はもう演奏できなくなります。
そして2つ目は常に指先を乾かないようにしておかなくてはいけないということです。
指先が濡れていないと音がならなくなってしまうので演奏の途中で指を湿らせる動作が必要です。

これもタイミング良くやらないといけません。演奏する場所やその日の気温、季節、
自分の手の状態などで多少変化するので、これもなかなか難しい点です。

そして最後にこのグラス・ハープは音が変わるときは触るグラスを変えなくてはいけないので
あまり速い動きは不得意な楽器で、1人で同時に出せる音も限られてしまうというのが欠点です。

これらの欠点をグラス・ハーモニカでは改良しました。
改良されたことによりワイングラスに水を入れて音程を調整する必要がなくなり、
楽器自体が濡れている状態になるためわざわざ指先を濡らす必要もなくなりました。
(楽器の作りによっては濡らす必要があります。)
そして複数の音を同時に出すこともできるようになり速い音型も演奏可能になりました。

グラス・ハーモニカ(アルモニカ)は
ワイングラスを使っている限り問題は解決しないので、大きさの違う半球状のガラスの中央に穴を開けて組み合わせ、
軸に通して箱の中へ横にしてセットします。軸は足踏みペダルと連動していて、
ペダルを踏むとガラスが回転する仕組みになっています。(現在ではモーターで動くものもあるようです。)
箱の中は水をはれるようにしてあり、回転したガラスが常に濡れている状態を作り出すことに成功しました。

ガラスが色分けされており、その色で音を見分けているそうです。
演奏の仕方はピアノを弾いているような感じで1本の指で1つの音を演奏することが可能になっています。
この楽器を発明したフランクリンは「アルモニカ」と名付けましたが、グラス・ハーモニカまたは
グラス・アルモニカと呼ばれることが多いようです。

モーツァルトはこの他にも
「グラス・ハーモニカ、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロのためのアダージョとロンド ハ短調」K.617を作曲しています。
これらの作品はマリアンネ・キルヒゲスナーのために作曲したと言われています。彼女はグラス・ハーモニカの名手だったそうです。
この楽器に魅せられた作曲家は他にもベートーヴェン、ドニゼッティ、R・シュトラウス、サン=サーンスなどの大作曲家がいます。
彼らは、この楽器を指定して作曲しています。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/05   animato

木管四重奏 ショパン:前奏曲(プレリュード)第6番、第7番

木管四重奏 ショパン:前奏曲(プレリュード)第6番、第7番
24 Preludes
Frederic Chopin

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
Fl.はOb.に変更可能。Bsn.はBs.Cl.に変更可能。
Bs.Cl.(Bsn.)パート譜はセットに同梱しています。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、金管五重奏版が別途発売中です。

ショパンの色彩豊かな名曲をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

木管四重奏 ショパン:前奏曲(プレリュード)第6番、第7番
24 Preludes
Frederic Chopin

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
Fl.はOb.に変更可能。Bsn.はBs.Cl.に変更可能。
Bs.Cl.(Bsn.)パート譜はセットに同梱しています。
クラリネット四重奏版、サックス四重奏版、金管五重奏版が別途発売中です。

ショパンの色彩豊かな名曲をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

WW4.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/zjHMHw909BE

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

フレデリック・ショパン作曲の前奏曲 Prelude は、ピアノのための作品です。
24曲の前奏曲から成る曲集と独立曲2曲の、計26曲から成ります。
24の前奏曲が完成したのは1839年の1月ですが,少なくとも1836年から,一説では1831年から書き始められ,
長きにわたって天才ショパンが推敲に推敲を重ねた完全無欠の作品です。
29才の青年ショパンは,作り物の悲劇のような悲惨な状況にありました。
祖国ポーランドはロシアに占領され,亡命者となったショパンは二度と祖国に足を踏み入れることはできません。
幸福に包まれた幼少時代の家庭をなつかしく思いやりながら,祖国の家族と会うことはできません。
望郷の念にかられながら,同じような幸せな家庭を築こうと求婚したマリアからは婚約を破棄され,理想的な家庭を築く夢は叶いませんでした。
ジョルジュ・サンドと恋仲にはなりましたが,ショパンが理想としていた家庭を築くための伴侶としては,あまりにも先進的で前衛的な女性でした。
サンドのような女性と深い関係になったことは,ワルシャワの家族に秘密にしてしまうような,後ろめたいものでした。
幼少の頃から弱かった身体は肺病に冒され,喀血を繰り返します。
医者からは結核だと診断され,そんな診断は間違いだと思ってはいましたが,心のどこかで,自分は結核なのかもしれないと気づきはじめていたかもしれません(現在では,ショパンはやはり結核を患っていたのだと結論づけられています)。
日光とさわやかな空気に恵まれた南国の楽園を夢見て訪れたマジョルカ島では,雨季が訪れ,天候は大荒れで悲惨な冬となりました。
結核と診断されたことで,滞在先の別荘から,家の消毒代やベッドの焼却と買い替えの代金を請求された上で追い出され,古い空き家のヴァルデモーザ修道院に引っ越すことを余儀なくされます。
村人たちには「男は肺病だそうだ」「あれは夫婦ではないらしい」「女がズボンをはいていた」「女が煙草をふかしていた」などと奇異の目で恐れられ,食料や日用品も普通には売ってもらえません。
作曲に使用しているピアノは借り物の安いピアノで,お気に入りのプレイエルのピアノは税関が法外な関税を要求して足止めをくって届きません。
暴風雨の中,サンドとその子どもたちの帰りを待って一人でいるときなどは,不安と絶望から幻覚と幻聴におそわれて涙します。
肺病に対する島民の迷信的な恐怖は異常になり,彼らはショパンが地獄に落ちる運命であることを信じ,このまま死ぬことがあっても島内に埋葬することは許さぬと脅します。
この島を脱出して文化的な街へ行かなければ,本当に死んでしまいそうなほど病状は悪化していました。
しかし,まずは航海に耐えられるまでに体力が回復しなければ,それは叶いません。
さらに,冬の地中海は時化る危険があります。
ショパンはこのとき,もしかしたらこのまま死ぬのではないかとの予感もあったと思います。
そんな中,やっと届いたプレイエルのピアノのおかげで少し元気が出て,書き溜めていた前奏曲に推敲を繰り返して,大作,前奏曲集Op.28を完成させました。
曲集が完成した後,マジョルカ島を脱してフランスを目指すことになりますが,その道中も悲惨でした。
肺病がうつってしまうからと,村人からは馬車を貸してもらえず,スプリングのない荷車で港までいき,ショパンは酷く喀血してしまいます。
港から船で出港しますが,ここでも結核だからと一番悪いベッドしか与えられず,船室は百頭もブタが積み込まれているデッキにありました。

ショパンは,天性の和声的感覚を持ち,天から授かったような美しい旋律を生み出す天才でした。
それ以上に,ショパンが際立っているのは,納得のいく音楽ができるまで,何度でも推敲を重ねることができる,その完全主義にありました。
神からの啓示を授かる幸運と,受け取った天啓が具現化されるまで徹底的に推敲を重ねることができる完璧主義,
これ以上ないほどの悲劇的な境遇,死の予感,力強いサンドの愛(サンドの介助がなければ作品の完成を前に死んでしまった可能性が高い)
これら奇跡的な出会いによって,この曲集は生まれました。
冬の雨季の僧院の,寒さと雨音。侘びと寂び。美しい諦めの境地を表現しています。
このような曲集を完成させたのが,29才(正確には誕生日直前の28才)であることにも驚きを禁じえません。

●24の前奏曲(プレリュード)作品28より第6番
ロ短調 レント・アッサイ,4分の3拍子。
「彼の天才は自然の不思議な和音に満ちていましたが、それらの和音は、彼の楽想のなかにあるそれと等価値の崇高なもので
置き換えられたものであり、外部の音の単なる模倣の繰り返しではありませんでした。その夜の作曲は雨滴れの音に溢れたものでしたが、
その音は僧院の屋根に音をたてて落ちた雨だれであっても、彼の幻想と歌の中に、心の上に空から落ちる涙によって置き換えられた
雨だれだったのです。」
~ジョルジュ・サンドの回想より~

第4番と対になっており,第6番は,右手伴奏,左手旋律で,逆転しています。また,第1番から続いた「奇数番目は長調の速い曲,偶数番目は短調の遅い曲」という流れが,
いったんここで終了します。第一幕が終幕,といった感じでしょうか。
第4番では,メロディが極限まで簡素化されていましたが,第6番では,左手のメロディが,まるでチェロのように,豊かに歌い上げられます。
しかし,伴奏は,第4番よりもさらに簡素化されています。第4番では”和音”の連打だったのですが,第6番ではさらに簡略化され,

抑揚がつけられ趣のある単音の連打になります。これこそが,僧院の屋根に落ちる雨だれの音です。
凛として静かに奏でられる雨だれの音。ここには”侘び寂び”の心があります。
日本人にとってショパンに親しみを感じる理由は,ショパンの音楽に”侘び寂び”を感じるから,かもしれません。

●24の前奏曲(プレリュード)作品28より第7番

イ長調 アンダンティーノ,4分の3拍子。
第1番より,奇数番号=長調の速い曲,偶数番号=短調の遅い曲,という流れが続いていましたが,第7番は,第6番に続いて遅い曲で,
ここから順番が逆転します(例外はありますが)。第2幕の幕開けといった印象です。
No.7→No.8の2曲を通して,”奇数番号=落ち着いた明るい平穏な長調の曲”,”偶数番号=激しく情熱的な短調の曲”という,
これ以降の曲集の性格付けがされます。
さて,この第7番はテレビのコマーシャルで使われていたこともあり,日本人には馴染み深い曲です。
1分に満たない小品ですが,対旋律が秀逸で,愛らしい優美なマズルカです。
こんなにも少ない音符で,こんなに美しい作品を作ってしまうショパンは流石です。
モンポウがこの曲を主題にして長大な変奏曲を作曲しています。
ショパンの作品には珍しく,後半に非常に大きな和音が出てきます。この和音が大変に美しい響きです。

ショパンの24の前奏曲 作品28より 第7番 イ長調(Frederic F. Chopin - 24 Prelude, Op. 28: No. 7, Andantino in A Major)です。
フレデリック・ショパン(1810-1849) はポーランドの前期ロマン派音楽を代表する作曲家で、ほとんどの作品が素晴らしいピアノの独奏曲です。
有名どころと言えば、 「子犬のワルツ」、「幻想即興曲」、「雨だれ」などなど旋律が美しい曲ばかりです。 

太田胃散の「作品28より 第7番」は人によって弾く速さが違いますが、3拍子の16小節しかない、だいたい30秒?50秒くらいの曲なので
コマーシャル(30秒)にぴったりだったのでしょう。あと「胃腸薬」だから「イ長調」(いちょう)という解釈もできます。
日本人にしかわからないちょっとしたジョークです。 
「イ長調」ってよく考えるとまだ日本の古いの言い方をつかってるんですよね。曲というものには大きく分けて、
音調が明るい「長調」と音調が暗めの「短調」にわかれます。英語では major/minor、ドイツ語では dur/mollといいます。

本来の前奏曲(プレリュード)は前述した通り、規模の大きい楽曲の前に演奏する食事でいう前菜的な位置づけなのですが、
ショパンの前奏曲(プレリュード)はそういう訳ではありません。
ショパンの前奏曲(プレリュード)はバロック音楽時代に活躍したJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集にある前奏曲のように
一対で24の長短に全て対応している作品(バッハ平均律集へのオマージュで24の調性すべてを使った曲集)という意味合になります。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/04   animato

金管四重奏曲+ ヴィヴァーチェ TWV 43:D7

金管四重奏曲+ ヴィヴァーチェ TWV 43:D7
Vivace Quartet in D Major, TWV 43:D7    
G.F.Telemann

編成はTp.2本、Tbn.またはEup.2本、Timpaniです。

ドイツ・バロック期の名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

金管四重奏曲+ ヴィヴァーチェ TWV 43:D7
Vivace Quartet in D Major, TWV 43:D7    
G.F.Telemann

編成はTp.2本、Tbn.またはEup.2本、Timpaniです。

ドイツ・バロック期の名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

tele.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/o1DjFDHJK6E

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ドイツ・バロック期最大の人気を誇った作曲家、ゲオルク・フィリップ・テレマン[1681-1767]の音楽の明快さは、
その実生活の多彩をきわめた華やかさと密接に関わっているとはよく指摘されるところです。
 テレマンは12歳でオペラを作曲するほどの早熟な天才でしたが、ライプツィヒ大学では法学を学び、
同時に聖トマス教会では礼拝用の音楽も作曲、さらにはオペラの作曲もおこない、学内ではオケを組織し、
新教会のオルガニスト兼音楽監督に就任するなど、キャリアの最初から実にマルチな活躍ぶりでした。
 23歳のときにはプロムニッツ伯爵の宮廷楽長に就任し、伯爵の好みでもあるフランス風な管弦楽組曲を数多く作曲、
伯爵の避暑地ではポーランド系の民俗音楽やジプシー音楽に接して大いに刺激を受けます。
 27歳の時にはアイゼナハの宮廷楽長に赴任し、宮廷礼拝堂楽団を組織し、カンタータ・チクルスなどで君主の厚遇を得ますが、
31歳の年にはこうした宮廷生活に別れを告げ、帝国自由都市フランクフルト・アム・マインの教会の楽長に就任。
さらに9年後、40歳の年には、終生の活動の地となるハンザ自由都市ハンブルクに移って、その後46年間に渡って、
都市音楽監督兼ヨハネスカントールとして、オペラに公開コンサート、教会音楽や自作の出版にと縦横無尽に活躍したということです。
 テレマンの創作の背景にあったのは、当初は宮廷であり、やがて市民社会に変わっていくということですが、
そうした市民社会の豊かな音楽環境があればこそ、『ターフェルムジーク』のような画期的な作品も登場したのでしょう。
 作風も変化しています。宮廷では対位法やフランス趣味を意識していたテレマンも、市民社会に出てからは、
より自由な音楽を志向するようになり、数多くの楽器奏法にも精通していたという特技を生かして実に多彩な音楽を書き上げていきます。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/03   animato

クラリネット五重奏「ファイブ・ステップ・ワルツ」

クラリネット五重奏「ファイブ・ステップ・ワルツ」
Five Step Waltz
ジョン・M・ロレッツ
John M. Loretz (1840-1912)

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
金管五重奏版、木管五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

アメリカの隠れた名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。
お求めの際はこちらからお願いします。

クラリネット五重奏「ファイブ・ステップ・ワルツ」
Five Step Waltz
ジョン・M・ロレッツ
John M. Loretz (1840-1912)

編成はCl.4本、Bs,Cl.です。
金管五重奏版、木管五重奏版、サックス五重奏版は発売中です。

アメリカの隠れた名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

Cl55step.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/hM0U6AVoqfM

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「ファイブ・ステップ・ワルツ」はピアノのための小品で、ロレッツの豊かで旋律の自然な流れの音楽を
十分に感じ取れる秀作です。

ジョン・M・ロレッツは家族とともに9歳の時にフランスからアメリカへ渡った作曲家です。
アメリカのオルガニストでドラマチックな作風の作曲家です。
アメリカではピアニストとしてコミックオペラでデビューし、その豊かで旋律の自然な流れの音楽とユーモアで好評を博しました。
ブルックリン・フィルハーモニック・ソサエティや、いくつかの教会のオルガニストを務めています。
ブルックリン、パーク劇場の指揮者、ニューヨークのバンドマスター、オペレッタなどでも活躍しました。
聖ステファン教会(ニューヨーク市)、続いてクリントンアベニュー会衆教会(ブルックリン)でオルガニストを務めました。 
1880年代初頭にオルガニストを引退しました。

時はさかのぼり、彼の父であるジョン・B・ロレッツは1812年にフランスのアルザス・ロレーヌ地方のミュルーズで生まれました。
少年の頃、彼は建築家であった父親のもとで大工の見習いをしていました。12歳になる頃には音楽に強い興味を示し、
ミュルーズの大聖堂のオルガニストに弟子入りしました。ジョンが大聖堂のオルガニストになったのは19歳の時で、
13年間務めました。ジョン・M・ロレッツはミールハウゼンで1840年に生まれました。父の影響で音楽豊かな幼少期を過ごしました。
ロレッツ氏はミュルーズ大学の教授となり、1848年の革命の際には、教区の共和党代表に選出されました。
ロレッツ氏は、ルイ18世に強く反対した共和党を支持したため、1849年に家族とともに国外に出なければなりませんでした。

アメリカに渡り、ニューヨークのブルックリンに来て音楽協会で活躍し、すぐにニューヨークの聖ステファン教会のオルガニストに任命されました。
同教会を離れた後は、ブルックリンの「ボディントン博士教会」(クリントン・アベニュー集会教会)のオルガニストとなりました。
1881年にボディントン博士が亡くなると、ロレッツ氏は辞職し、音楽教育に専念しました。
ジョン・ロレッツは水彩風景画の画家としても活躍し、その多くはニューヨークで展示されました。

ジョン・B・ロレッツと彼の妻には3人の息子がいました。オペラ「バグダッドの真珠」のオルガニストで作曲家のジョン・M・ロレッツ、
商人のアルバート・ロレッツ、ブルックリン水道のエンジンを作ったエンジニアのアーサー・ロレッツです。
ジョン・ロレッツは1887年5月12日、75歳で自宅で亡くなりました。
彼の死に際の願いは「花に埋葬されたい」というもので、その願いは叶えられました。
こうして父から息子へ受け継がれた音楽がアメリカで花開くこととなったのです。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/02   animato

サックス四重奏 ガブリエリ :4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番

サックス四重奏 ガブリエリ :4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番
(Canzon secunda a 4)C.187(K.C.44)(1608)

編成はサックスのソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
ソプラノ・パートをアルトで演奏するためのパート譜はセットに同梱しています。
金管四重奏版、木管四重奏版、クラリネット四重奏版は別途発売中です。
ヴェネツィア楽派の壮麗な名曲をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ガブリエリ :4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番
(Canzon secunda a 4)C.187(K.C.44)(1608)

編成はサックスのソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
ソプラノ・パートをアルトで演奏するためのパート譜はセットに同梱しています。
金管四重奏版、木管四重奏版、クラリネット四重奏版は別途発売中です。
ヴェネツィア楽派の壮麗な名曲をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

sax-c2.jpg
お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/7Hfy3S6TtOg

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ジョヴァンニ・ガブリエリ(c1554/1557~1612)は、ヴェネツィア楽派のポリフォニー音楽を語る上で最重要の作曲家の一人です。
ガブリエリの「4声のカンツォーナ・ペル・ソナール第2番」は、1608年に出版された作品です。
現在でも金管楽器や木管楽器で頻繁に演奏されています。

ジョヴァンニ・ガブリエーリは、当時流行の多くのジャンルで作曲したにもかかわらず、明らかに合唱のための宗教曲と器楽曲を好んでいました。
声楽のための世俗曲は、すべてかなり初期の作品です。後半生においてガブリエーリは、声楽と器楽のための宗教曲に専念して、
音響効果を最大限に追究しました。

聖マルコ大寺院のジョヴァンニ・ガブリエーリに前後する作曲家と同じように、彼もまたこの大寺院の異例な空間配置を利用しようとしようとしました。
左右両陣の互いに向き合う聖歌隊席(と、それぞれに1つずつしつらえられたオルガン)が、著しい空間効果――エコーやディレイ、
一種のステレオ効果――が得られるのです。

ほとんどのジョヴァンニ・ガブリエーリの作品は、合唱集団ないしは器楽集団が、まずは左手から聞こえ、
それを右手の音楽家集団が追うというように、一種のアンティフォナ様式によっています。このような分割合唱様式は、数十年来の伝統があり、
少なくともヴェネツィアにおいて開祖はおそらくアドリアン・ヴィラールトであったにせよ、ジョヴァンニ・ガブリエーリは、
楽器法において二つ以上のグループを厳密に方向付けることにより、器楽集団や声楽集団の利用を、細心の注意をもって決定した
最初の作曲家となったのです。

聖マルコ大寺院のアコースティックはこの400年の間にほとんど変化していないので、楽器は、適切に配置すれば、
遠い地点でも完全に明晰に聞き分けることができます。したがって、たとえば弦楽器の独奏者と金管楽器の集団というような楽器編成は、
文字にすると奇妙に見えても、聖マルコ大寺院で響かせてみるなら、完璧なバランスを保っているのです。
ガブリエーリは楽器の活用においてだけでなく、強弱記号の展開においても独創的でした。
《ピアノとフォルテのソナタ Sonata pian' e forte》は、おそらく強弱法を用いた最初期の作品です。
しかもその上、通奏低音を用いた最初の作曲家の一人でもありました。通奏低音は、1602年にロドヴィコ・ヴィアダーナの曲集によって
一般化した作曲技法だったからです。 

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

≫ 続きを読む

  2021/06/01   animato