「新年快楽」上海 1/10

― アジアの牽引車 ―

 2009年1月2日、初めて中国を訪れた。上海事情に関するわずかな予備知識と脆弱な中国語で2泊3日の挑戦だ。親子3人で右往左往の旅である。1600万人...1800万人とも言われる人口を集め、新旧混在のパワー溢れる都市。隣人としては、悠久の歴史と近代都市建設の過渡期を謳歌する雰囲気を知っておく必要に駆られた旅でもある。

 関西空港を14時20分に出発、上海浦東空港には16時25分に降り立った。まずはリニアモーターカーで地下鉄に接続、切符の入手は英語で切り抜ける。その後は地下鉄2号線で南京東路駅まで行かなければならない。しかし南京東路の発音が分からない。仕方なく筆談と英語で何とか切符を買う事が出来た。地上に出ると、そこは繁華街のど真ん中、「しゃちょう、やすい、とけい、かばん、みてみて」何度も偽ブランド品に誘う声をかわしてホテルに着く。

 南京飯店にチェックイン、デポジット(保証金)として100元を預ける必要がある。空腹を満たすため歩行者天国になっている南京東路をバンドに向かった。黄浦江と蘇州河の合流点から南の金陵路までの中山東一路沿いの黄浦江西岸を、外灘(英語名:Bund(バンド))と呼び、租界時代の上海の中心地であった。ここには当時の建築物が多く残っている。人混みをかき分け、何とも言えない匂いと霞む程の空気(排ガスなのか)に耐えて徒歩15分でバンドに到着。

 南京東路の総合ショッピングモール内にあるフードアヴェニューを通りかかると日本語が聞こえた。ようやく日本語の分かる店員だった。売れ残ったメニューの中からラーメンと空揚げカレー。何とも言えない取り合わせに困惑しながらも一応の食事に成功、1日の幕切れとなった。アオコのような異臭のある水道水はシャワーのみ使用、トイレットペーパーもフロントに依頼しなければならなかった。

 翌朝にホテルの窓から外を見渡すと、驚くほどギャップを感じさせる町並みが現れた。昨夜の繁華街の裏側である。この都市は二つの顔があることを目の当たりにし、もっと間近で実際に体感したいと思った。華やかな不夜城のような通りとは対照的に、その街で暮らす息吹にも触れてみることにする。

1/2/3/4/5/6/7/8/9/10


たった8分間の乗車


運賃は片道50元、往復80元と表記されていた


バンド夜景を1枚


南京東路の総合ショッピングモール


日本語の通じる店で空揚げカレー


華やかな南京東路の世紀広場


翌朝ホテルからは繁華街の裏側が

1/2/3/4/5/6/7/8/9/10

↑もどる 次へ→