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2023年10月

金管五重奏 カンツォン・ビジェシマテルザ

金管五重奏 カンツォン・ビジェシマテルザ
クラウディオ・メルーロ
Canzon vigesimaterza
Merulo, Claudio

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
サックス五重奏、木管五重奏、クラリネット五重奏版は発売中です。
イタリア・ルネッサンスの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

金管五重奏 カンツォン・ビジェシマテルザ
クラウディオ・メルーロ
Canzon vigesimaterza
Merulo, Claudio

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参考音源
https://youtu.be/3YQzyBlf2Lw

Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

メルーロの若い頃については詳しい記録が残っていません。ヴェネツイアでツアリ-ノに学んでいたといわれています。
メルーロはサン・マルコ大聖堂のオルガン奏者でした。アンドレア・ガブリエ-リと競って音楽活動を行いました。
鍵盤作品が多くスエ-リンクやフレスコバルデイ、バッハへと彼のオルガン技法が続きます。

楽曲
「Canzon vigesimaterza」は、ルネサンス期のイタリアの作曲家であるクラウディオ・メルーロによって作曲された楽曲です。

ジャンル: 「Canzon vigesimaterza」はルネサンス期の器楽音楽の一形態である「カンツォーナ」(Canzona)に分類されます。
カンツォーナは、器楽アンサンブルやオルガンなどのために書かれた楽曲で、通常は合奏や対位法的なテクスチャを特徴としています。

対位法とポリフォニー: メルーロの「Canzon vigesimaterza」は、ルネサンス期の対位法的な技法やポリフォニー(多声音楽)の要素が強調されています。
複数の楽器が対話しながら演奏され、異なる声部が独立して旋律を奏でます。

アンサンブルの編成: この曲は主に金管楽器と打楽器によって演奏されます。
メルーロの時代には、トランペット、サックバット(トロンボーンの前身)、そして打楽器が広く使われました。

躍動感と華麗さ: 「Canzon vigesimaterza」は、躍動感に富んだ楽曲で、旋律線が次々と現れ、変化に富んだ音楽的景色を提供します。
華麗な音楽的技巧やリズムの変化が特徴です。

宗教的な背景: メルーロの多くの作品は宗教的なコンテクストで演奏されましたが、「Canzon vigesimaterza」もその一例です。
この曲は教会の奉神礼や宗教的な儀式で使用されることがありました。

クラウディオ・メルーロはルネサンス期のイタリアの作曲家として重要な存在であり、彼の楽曲は当時の音楽様式を示すものとして評価されています。
彼の作品は対位法的な技法やポリフォニーの美しさを体現しており、ルネサンス音楽の重要な遺産の一部です。

●ヴェネツイア楽派
1000年も栄えた人口20万の船乗りが築いた交易国家ヴェネツイアで、ルネッサンス
後期からバロック期に栄えたのがヴェネツイア(楽派)の音楽です。

 サンマルコ大聖堂はあまりに巨大であったため、残響を利用した2重合唱の技法が開発されました。
左右両陣にオルガンと合唱隊が置かれて、ステレオ効果を利用したヴェネツイア楽派の音楽が起きました。

 フィレンツエでのモノデイ形式とオペラの誕生を、ベネツイアでモンテベルデイがさらに発展させて、バロック音楽の誕生を導きました。
 ヴェネツイア絵画のような豊富な色彩も、ヴェネツイア音楽ではその音色と響きに踏襲されています。
 出版の自由があったのは当時としてはヴェネツイアだけで、それもあって盛んな音楽出版の中心地になりました。
それにより他の地域に先駆けて音楽が栄えたというわけです。

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  2023/10/21   animato

ビッグバンド編成11重奏(16重奏)ピーナッツ・ヴェンダー

ビッグバンド編成11重奏(16重奏)ピーナッツ・ヴェンダー
El Manisero
The Peanut Vendor
Moises Simon
Afro-Cuban

編成はFl.、Cl.、A.Sax.、T.Sax.、Tp.3本、Tbn. or Eup. 、Tuba、、Option El.Bs.、
Perc.(Conga、Maracas、Bongo、Timbales & Cowbell)Drums、Vib.です。
 El.Bs.、Perc.を省略した場合11名、最大16名で演奏できます。

アフロ・キューバンのスタンダードナンバーをコンサートピースに、ぜひどうぞ。

ビッグバンド編成11重奏(16重奏)ピーナッツ・ヴェンダー
El Manisero
The Peanut Vendor
Moises Simon
Afro-Cuban

編成はFl.、Cl.、A.Sax.、T.Sax.、Tp.3本、Tbn. or Eup. 、Tuba、、Option El.Bs.、
Perc.(Conga、Maracas、Bongo、Timbales & Cowbell)Drums、Vib.です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「南京豆売り」ピーナッツ・ヴェンダー(スペイン語原題:El manicero)は、アフロ・キューバンのスタンダードナンバーです。
ハバナ出身のモイセス・シモン(Moises Simon Rodriguez)が、露天商の掛け声から着想を得て、1927年に作詞・作曲しました。

キューバン・ソンの楽曲であり、1928年にはリタ・モンタネルが歌い、パリを始めヨーロッパでヒットし、
キューバ初のメジャーヒットとなりました。これを受けて、1930年にドン・アスピアス楽団がニューヨークで演奏して大ヒットさせました。
この曲の楽譜は1943年までにミリオンセラーとなり、作者のシモンは当時の金額で10万ドル以上のロイヤリティーを手にしたと言われています。
その後、アメリカとヨーロッパでルンバが大流行し、その波に乗って1940年代を通じて世界的にヒットしました。
ビッグバンド・ジャズのスタン・ケントン楽団がこの曲で成功を収めたのをはじめ、ザビア・クガートやペレス・プラードの楽団でも演奏されるなど、
これまでに多くのミュージシャンにカバーされました。

日本においても戦前からレコードが発売されており、1930年代前半にはすでにエノケン喜劇(松竹座で開催)等で歌われていました。
その後1959年に、デビュー間もないザ・ピーナッツのテーマソングとしてカバーされました。
音羽たかしと宮川泰が作詞、内藤法美が大幅にアレンジを行い、同年4月に発売された「可愛い花」シングルのB面に収録されました。

El Manisero歌詞

Maniiii, maniiii
Si te quieres por el pico divertir
Comete un cucuruchito de mani
Que calentito, y rico esta
Ya no se puede pedir mas
Ay, caserita no me dejes ir
Porque despues te vas ha arrepentir
Y va a ser muy tarde ya
Manisero se va, manisero se va
Caserita no te acuestes, a dormir
Sin comerte un cucurucho de mani
Cuando la calle, sola esta
Acera de mi corazon
El manisero, entona su pregon
Y si la nina escucha su cantar
Llama desde su balcon
Dame de tu mani, dame de tu mani
Que esta noche no voy a poder dormir
Sin comerme un cucurucho de mani
Me voy, me voy, me voy

〔意訳〕
マニィィィ(ピーナッツ)、マニィィィ(ピーナッツ)
本当に楽しみたいならピーナッツコーンを食べてね 
温かくて美味しいよ それ以上は望めないくらいに美味しいよ 
ああ、お嬢ちゃん、私を行かせないで 
ピーナッツを買わないと後で後悔することになるから 
それはもう手遅れになりそうだ、
そしてマニセロは去っていく、ピーナッツ売りは行ってしまいます
ピーナッツ売りはカセリータを去る、
ベッドに行かないで、
ピーナッツのコーンを食べずに寝ないでください 
街が静かなとき 私の心の歩道 
ピーナッツ売りは彼の歌を歌う
そして、もし女の子が彼の歌を聴いたら
彼女はバルコニーから呼びかける 
私にあなたのピーナッツをください、
あなたのピーナッツを私にください 
今夜はピーナッツコーンを食べないと眠れないでしょう 
私は行きます、私は行きます、私は行きます

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  2023/10/20   animato

木管五重奏 マルシェ・ポンティフィカーレ(教皇の行進曲)

木管五重奏 マルシェ・ポンティフィカーレ(教皇の行進曲)
ソナタ第1番'Pontificale'(教皇)から第3楽章「Marche Pontificale」
from Sonata No.1 in D minor 'Pontificale'
J-N.レメンス
Jacques-Nicolas LEMMENS

編成はFl.、Ob.、Cl.2本、Bsn.です。
金管五重奏、クラリネット五重奏、サックス五重奏版は発売中です。

気品に満ちた荘厳なベルギーの作品をお楽しみください。

木管五重奏 マルシェ・ポンティフィカーレ(教皇の行進曲)
ソナタ第1番'Pontificale'(教皇)から第3楽章「Marche Pontificale」
from Sonata No.1 in D minor 'Pontificale'
J-N.レメンス
Jacques-Nicolas LEMMENS

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「No.1,c,pontificale」は、全4楽章から成り立ちます。
第1楽章「Allegro moderato」は、オルガンの音色を生かした荘厳な旋律が特徴で、オルガンの表現力を最大限に引き出すような演奏が求められます。
第2楽章「Andante」は、より落ち着いた曲調で進み、丁寧な音色と音量のコントロールが重要となります。
第3楽章「Maestoso」は、力強く荘厳な曲調が特徴で、複雑な音型やフレーズが現れ、高度な演奏技術を必要とします。
そして最後の第4楽章「Fuga」は、華麗な技巧を要求するフーガ曲で、複雑な和声進行やポリフォニー的な楽器の交錯が特徴的です。

レメンスは、教会音楽の分野において多大な貢献をし、オルガン演奏技術の発展にも尽力しました。彼は音楽教育者としても有名で、
ブリュッセル王立音楽院の初代オルガン科教授を務め、多くの優れた音楽家を育成しました。
レメンスの作品には、緻密な楽曲構成と技術的難易度の高さが共存しており、オルガン音楽愛好家やプロの演奏家たちから高い評価を受けています。

他に「Marche Pontificale」というタイトルの作品を作曲しているのはジュゼッペ・マルチーニ(Giuseppe Martucci)、
シャルル・グノー(Charles Gounod)が有名です。

Jacques-Nicolas Lemmens(1823-1881)は、ベルギーのオルガン奏者、作曲家、教育者であり、
19世紀におけるオルガン音楽の重要な人物の一人です。
彼はオルガン奏法、作曲、音楽理論の教育者として、多くの人々に影響を与えました。

Lemmensは、1823年1月3日にフランドル地方の小さな町で生まれました。彼は幼少期から音楽に親しみ、
最初のオルガンのレッスンを受けたのは8歳の時でした。その後、ブリュッセル音楽院で音楽を学び、
オルガン演奏、作曲、指揮を専攻しました。彼は音楽院で学ぶ間、ジャン=バティスト・ロモンドの下でオルガンを学び、
自身も教育者としてのキャリアを築いていきました。

Lemmensは、オルガン奏法において革新的なアプローチを取り、脚鍵盤を使用することで、より自然な足の運動を可能にしました。
また、彼はフランス・ベルギーのオルガン音楽の影響を受け、オルガン作品を数多く作曲しました。
彼の作品の中でも有名なのは、オルガンのための「ファンタジアとフーガ」や「前奏曲とフーガ」などです。
これらの作品は、彼のオルガン演奏の技術と共に、20世紀初頭のオルガン音楽の発展に大きな影響を与えました。

また、Lemmensは、音楽理論の教育者としても知られています。彼は、音楽院で教鞭をとり、オルガン奏法と音楽理論を教え、
多くの学生を育成しました。その後、彼は自身の音楽院を設立し、音楽教育のための教材も執筆しました。
彼の著作の中でも特に有名なのは、「オルガン奏法の学習法」で、オルガン奏法の教本として、今日でも広く使用されています。

Lemmensは、音楽家としての活動と並行して、音楽教育の改革にも取り組みました。彼は、音楽院での教育内容の改革を提唱し、
教育者としての役割を果たしました。また、彼は音楽教育を広めるために、全国的な音楽コンクールの設立を提唱し、
1880年にベルギー国立音楽コンクールが設立されました。

Lemmensの業績は、彼の生前から高く評価され、彼は多くの栄誉を受けました。彼は、ローマ教皇レオ13世から勲章を授与され、
また、彼の業績を称えて、彼の名前を冠した音楽賞が設立されました。

Lemmensは、19世紀後半のオルガン音楽の発展に大きな影響を与え、音楽教育の分野でも多大な功績を残しました。
彼の革新的なオルガン奏法、音楽理論の教育法、そして音楽教育改革の提唱は、現代の音楽教育にも引き継がれています。
彼の遺産は、今日でも音楽家や音楽教育者たちによって尊重され、愛されています。

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  2023/10/19   animato

クラリネット四重奏「ある朝早く」

クラリネット四重奏「ある朝早く」
トマス・ダンヒル
Early One Morning
Thomas Dunhill

編成はCl.3本、Bs.Cl.です。
サックス四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版は発売中です。

明瞭簡潔なイギリスのトマス・ダンヒルによる作品をぜひ味わってください。

クラリネット四重奏「ある朝早く」
トマス・ダンヒル
Early One Morning
Thomas Dunhill

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「Early One Morning」は、19世紀のイギリスの作曲家トマス・ダンヒル(Thomas Dunhill)によって作曲された歌曲です。
この歌曲は、イギリスの民謡を基にして作られており、その美しいメロディーと感情的な表現が特徴です。
また、切ない歌詞が、聴衆に深い感銘を与える作品として広く知られています。

作曲家トマス・ダンヒル:
トマス・ダンヒル(1877年-1946年)は、イギリスの作曲家で、主に歌曲や室内楽を手がけました。
彼はイギリスの音楽教育者としても知られ、ロンドン王立音楽院で教鞭をとりました。
ダンヒルは、古典的なスタイルとロマンティックな要素を取り入れた作品を数多く作曲しました。

Early One Morningの歌詞とメロディー:
「Early One Morning」は、イギリスの伝統的な民謡を基にしています。
歌詞は、恋人たちの別れや悲しみを描いており、早朝に別れの瞬間が訪れる様子を描写しています。
メロディーはシンプルで美しく、感情的な内容を反映しています。

歌曲の特徴:
「Early One Morning」は、深い感情表現と情熱的な雰囲気が特徴です。歌詞の内容に合わせて、
メロディーはしばしば切なさや別れの寂しさを伝えるような旋律となっています。
ダンヒルは、ピアノ伴奏を通じて歌詞の雰囲気を強調し、感情を引き立てる効果的な楽曲構成を取り入れました。

使用される場面:
「Early One Morning」は、しばしばリサイタルやコンサートで演奏される歌曲として知られています。
また、映画やテレビ番組、舞台演劇などでも使用されることがあります。
その感情的な表現と美しいメロディーは、幅広い音楽的な文脈で愛されています。

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  2023/10/18   animato

金管五重奏 歌劇アルミード・セレクション

金管五重奏 歌劇アルミード・セレクション
ジャン=バティスト・リュリ
from "Armide Tragedie en musique" LWV 71
Jean-Baptiste Lully

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
クラリネット五重奏、木管五重奏、サックス五重奏版hは発売中です。

フランス・バロック期の名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

金管五重奏 歌劇アルミード・セレクション
ジャン=バティスト・リュリ
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編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『Armide』(アルミード)は、フランスのバロック期の作曲家、ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully)によって
作曲されたオペラです(LWV 71はリュリの作品目録番号です)。このオペラは、リュリが作曲した中で最も成功した作品の一つであり、
彼の代表作の一つとしても知られています。
次の4曲が含まれています。演奏時間は約4分です。
1.Gavotte
2.Canarie
3.Rondeau (Act 1, sc.3)
4.Sarabande (Act 1, sc.3)

『Armide』は、1686年に初演されました。リュリが作曲し、詩人フィリップ・クァンティ(Philippe Quinault)が台本を手掛けました。
この作品は、フランスの宮廷で上演され、ルイ14世の支持を受けました。リュリは、フランスのオペラのスタイルを確立し、フランス・バロック・オペラの基本的な特徴を打ち立てた重要な作曲家の一人です。

物語と台本:『Armide』の物語は、イタリアの叙事詩詩人トルクァート・タッソの叙事詩『解放されたエルサレム Jerusalem Delivered』に基づいています。
物語は、十字軍の騎士たちと魔法使いの女性、アルミード(Armide)との対立を描いています。
アルミードは十字軍の指導者の1人であるルネの愛に悩まされますが、同時に彼を憎みます。

音楽:リュリの音楽は、美しい旋律、舞台に合った豪華な管弦楽編成、そして彼の特有のリズム感覚が特徴です。
彼は、フランス・バロック・オペラの伝統に則り、ダンスを豊富に取り入れました。合唱や舞台装置との相互作用も巧みに取り入れられ、
豪華絢爛な舞台が完成しています。

登場人物:アルミード、ルネ(またはルネ王)、アルクタン、シドレ、フェニックスなどが主な登場人物です。

感情の描写:『Armide』は、感情の豊かな描写が特徴です。特にアルミードの心情の変化や葛藤が繊細かつ壮大に表現されています。
恋と憎しみ、情熱と悲劇が交錯する物語は、観客を感動させます。

歴史的重要性:『Armide』は、リュリが創り上げたフランス・バロック・オペラの到達点として評価されています。
その後のフランスのオペラに影響を与え、長い間演奏され続けました。

『Armide』は、フランス・バロック・オペラの傑作として、現代でも時折上演されることがあります。
リュリの優れた作曲技巧と感情豊かな音楽によって、この作品は多くの聴衆に愛され続けています。

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  2023/10/17   animato

サックス五重奏 トランシルヴァニアの主題によるソナチネから第3楽章

サックス五重奏 トランシルヴァニアの主題によるソナチネから第3楽章
Sonatina 3rd Movement
Bela Bartok

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
木管五重奏、クラリネット五重奏、金管五重奏版は発売中です。
このアレンジは第1、2、3楽章があります。
3曲(全曲)の通し演奏時間は約4分です。

バルトークによる民俗色豊かな名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

サックス五重奏 トランシルヴァニアの主題によるソナチネから第3楽章
Sonatina 3rd Movement
Bela Bartok

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ベーラ・バルトークの《ソナチネ》は、1915年に作曲されたピアノ独奏曲です。
1931年に自身で管弦楽曲として編曲し、管弦楽曲版については題名を「トランシルヴァニア舞曲」に改めています。
また同じ1931年に、バルトークの友人であるヴァイオリン奏者のアンドレ・ジェルトレルが手がけたヴァイオリンとピアノのための編曲が存在します。
この編曲版の出版の際に「sur des themes paysans de Transylvanie(トランシルヴァニアの農民の主題による)」という副題が附されました。

初演は1920年4月16日、ポジョニ(現ブラチスラヴァ)にて作曲者のピアノ独奏によります。演奏時間は約4分です。
管弦楽版は1932年1月14日にブダペストにてマッシモ・フレッチャの指揮によって初演されました。

バルトーク自身がハンガリー王国領内(現在ルーマニア領であるトランシルヴァニア地方)で採集した民俗音楽の旋律に基づいている、以下の3つの楽章からなり、
5つの旋律が引用(両端楽章はそれぞれ2つずつ)されています。
なお、「ソナチネ(小さいソナタ)」という名前でありながら、3曲の中にソナタ形式の曲は存在しません(すべて三部形式で構成されています)。
1944年にAsk the Composerというラジオ番組のバルトーク特集回において、バルトークが「このソナチネは元々、ルーマニア民俗舞曲集として作曲されました。
その中から3曲を選んで『ソナチネ』という題名をつけたものです。」と述べているように、古典的な意味のソナチネというよりも「小品集」という意を込めたものと考えられています。
曲の3つの楽章にはそれぞれタイトルがついていますが、管弦楽版では削除されています。

第1楽章:バッグパイプ吹き / No.1 "Dudasok" アレグレット
A-B-Aの三部形式。Aの部分は、フニャド地方のアルデレアナ舞曲に基づく。D、E、Fis、Gis、A、H、Cの各音からなるバグパイプの音階が用いられています。
これは、Dを基音とするリディア調とミクリディア調が混合した音階で、のちにもバルトークが好んで用いたものです。
Bの部分は、ビハル地方の民族舞曲に基づくもので、せまい音域での音型が反復されています。

第2楽章:熊の踊り / No.2 "Medvetanc" モデラート
A音を基音とするドリア調でかかれています。マラマロシュの熊踊りの旋律が、右手、左手交互に登場し、2度くりかえされます。

第3楽章:終曲 / No.3 "Finale" アレグロ・ヴィヴァーチェ
A-Bの二部構成。Aの部分では、マロッシュ・トルダ地方のマルンゼル舞曲に基づいています。G音を基音とするリディア調。
Bの部分では、トランタール地方のババレウカ舞曲に基づいています。ト長調。曲全体を通してD音が支配的になっています。

また各曲についてはラジオ放送の際に寄せたバルトーク本人の解説は次のようになっています。

バグパイプ吹き(ハンガリー語:Dudasok /英語:Bagpipers)
「2人のバグパイプ演奏家が、互いに掛け合いで舞曲を演奏する舞曲です。」
熊踊り(Medvetanc / Bear Dance)
「農民のフィドル奏者が、熊の声に似せるために低音弦(G線とD線)で演奏しました。一般にヴァイオリン奏者は、E線を使います。」
終曲(Finale )
「この楽章にも、農民のフィドル奏者たちの奏でる民俗音楽の旋律が含まれています。」
はじめの主題はトルコの舞曲からの影響があるとされています。

◇バルトーク/トランシルヴァニアの主題によるソナチネ◇
バルトークは20世紀最大の作曲家のひとりに数えられています。その理由は、民俗音楽の素材を要素に分解し、それを強靭な知性で再構成し、
普遍的な芸術作品に鍛え上げた、という点です。
シェーンベルクの十二音技法以降、聴衆との乖離の進む傾向にあった20世紀の音楽の中で、高度に知的な論理的構造をもちながら、
しかも民俗音楽のヴァイタリティを失わず、感覚的に楽しめる音楽を残したバルトークが高く評価されるのは当然です。
しかし、バルトークもそのような高みに達するまでには紆余曲折があり、自分の音楽の素材を求めてハンガリーをはじめとする東欧のみならず、
遠くアフリカまで出かけて各地の民謡を採集する、という地道な努力を積み重ねました。
「トランシルヴァニアの主題によるソナチネ」は、そのような民謡収集の賜物です。

作曲は1915年、バルトーク34歳の年です。トランシルヴァニア地方で採集した5つの民謡が用いられた3楽章の作品ですが、
「ソナチネ」と名づけられているわりには形式はソナタ形式やソナチネ形式を含まず、組曲といった趣きがあります。
そもそもの発想は民族舞曲集を作ろうというところにあり、後年この曲をオーケストレーションするにあたり、バルトークは
「トランシルヴァニア舞曲集」と名づけています。
この曲ではバルトークは気楽な手つきで民謡をむき出しで使用しており、「弦楽器・打楽器とチェレスタのための音楽」や弦楽四重奏曲のような
深刻な作風とは異なる、明るく楽しいバルトークの音楽の一面がよく出ています。

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  2023/10/16   animato

木管四重奏+ テディベアのピクニック

木管四重奏+ テディベアのピクニック
ジョン・ウォルター・ブラットン
Teddy Bears' Picnic
John Walter Bratton

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.およびDrum Setです。
金管四重奏版、サックス四重奏版、クラリネット四重奏、打楽器三重奏版は発売中です。
いかにも楽しそうなピクニックの様子の音楽を、ぜひお楽しみください。

木管四重奏+ テディベアのピクニック
ジョン・ウォルター・ブラットン
Teddy Bears' Picnic
John Walter Bratton

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いかにも楽しそうなピクニックの様子の音楽を、ぜひお楽しみください。

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「テディベアのピクニック/Teddy Bears' Picnic」は、ポピュラーなキッズソングで、数々のアーティストや子供達に歌われています。
1907年にJohn Walter Brattonによって作曲されたメロディーに25年後Jimmy Kennedyが作詞してつけたものです。
テディーベアが流行り始めてすぐの、1907年に、アメリカで「The Teddy Bear's Picnic テディーベアのピクニック」
という曲が書かれます。クマがよたよた歩いている姿を想像できる、ゆかいな感じの曲です。
これに歌詞が書かれるのは、1932年。同年に、イギリスで、Henry Hall and His Orchestra (ヘンリー・ホールとオーケストラ)によって、
初めて歌詞つきの歌が録音されます。
歌手の、昔っぽいイギリス英語のアクセントも、とても面白いのです。
昨今、こんな喋り方をする人あまりいませんし。なんでも、この録音は、1960年代まで、BBCの音響技師により、
音響設備の周波をテストするために使用されていたのだそうです。
また、ジミー・ケネディ(英語版)が作詞、ジョン・ウォルター・ブラットンが作曲した
「熊ちゃんのピクニック(英語版)」(「くまちゃんのピクニック」とも表記される)という曲があります。
日本ではきたひろし(服部公一)の訳詞、ボニージャックスの歌で1961年にNHKの『みんなのうた』で放送されました。

《歌詞》

If you go down in the woods today
You're sure of a big surprise.
If you go down in the woods today
You'd better go in disguise.

For every bear that ever there was
Will gather there for certain, because
Today's the day the teddy bears have their picnic.

Every teddy bear, who's been good
Is sure of a treat today
There's lots of wonderful things to eat
And wonderful games to play

Beneath the trees, where nobody sees
They'll hide and seek as long as they please
That's the way the teddy bears have their picnic

Picnic time for teddy bears,
The little teddy bears are having a lovely time today.
Watch them, catch them unawares,
And see them picnic on their holiday.
See them gaily get about.
They love to play and shout.
And never have any cares.
At six o'clock their mommies and daddies
Will take them home to bed
Because they're tired little teddy bears.

If you go down in the woods today,
You'd better not go alone.
It's lovely down in the woods today,
But safer to stay at home.

For every bear that ever there was
Will gather there for certain, because
Today's the day the teddy bears have their picnic

和訳(最初の2節だけ)

今日、森へ行くのなら
びっくりする事が待っているよ
今日、森へ行くのなら
変装して行った方がいいよ

ありとあらゆるクマたちが、
森に集まってくるんだ
今日は、テディーベアのピクニックだから

良い子にしていたテディーベアたちに
今日は、楽しい事が待っている
すばらしいご馳走が沢山と
楽しいゲーム

誰にも覗かれない木の下で
好きなだけかくれんぼ
それが、テディーベアのピクニック

◆テディーの由来
このテディー・ベアという英語の名称ですが、テディーの由来と、そう呼ばれるようになった歴史があります。これは、
アメリカ第26代大統領、セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)から来ています。彼の愛称は、テディー・ルーズベルト。
1902年に、ルーズベルトは、ミシシッピ州知事の誘いで、ミシシッピへくま狩りに出かけます。狩猟を始めて3日たっても、
ルーズベルトはクマを一匹も打ち落とせないでいたのを、猟のガイドが見かねたか、犬を使って追い詰めたクマを、柳の木に縛りつけ、
大統領を呼んで、撃つように勧めたのです。ところが、セオドア・ルーズベルトは、動けないでいるクマを撃つなど、スポーツマンのする事ではない、
と、自分で撃つ事を拒否。ただし、クマはすでにかなり傷ついて苦しんでおり、楽にしてやるために、他の者に撃ち殺す事を命じます。

この逸話が、新聞記事となり、ニュースはあっという間に国中に広がります。更には、政治漫画家のクリフォード・ベリーマン(Clifford Berryman)が、
木に繋がれているクマとガイドに背を向ける大統領の漫画を描き、ワシントン・ポストに掲載。上がその漫画。クマは、なんだか、
ミッキーマウスに見えなくも無いですが。このため、クマさんというと、ルーズベルト大統領のイメージが、多くの人々の心に焼きつく事になりました。
ニューヨークで、キャンディーショップを経営していた、モリス・ミットム(Morris  Michtom)氏も、この漫画を目に留めたひとり。
彼は、店の窓に、奥さんが作った2つのクマのぬいぐるみを飾り、ルーズベルトから、このクマさんたちを、セオドアの愛称「テディー」を使用した、
Teddy's Bears(テディーのくま)と呼んでも良いでしょうか、と許可を得ます。人気となったテディーたちに触発され、やがて、ミットム氏は、
テディーズ・ベアを大量生産し始め、おもちゃ会社を築き上げるに至ります。
時期を大体おなじくして、ドイツの会社シュタイフ(Steiff)が、やはりぬいぐるみのクマを製造販売はじめます。この会社は、マルガレーテ・シュタイフ
(Margaret Steiff)婦人が、おこづかい稼ぎに、ゾウのぬいぐるみを自分で作っていて、そのうちに他の動物のぬいぐるみを作るようになったのが
始まりだそうです。当社のクマのぬいぐるみは、アメリカで人気となり、多く輸入され、これらクマさんたちも、テディー・ベアの名で呼ばれるようになりました。
そして今では、クマのぬいぐるみと言えば、どこのどんなものでも、テディーの名で呼ばれるようになるまで浸透したのです。

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  2023/10/15   animato

クラリネット五重奏 「高き天より、われは来たれり」

クラリネット五重奏 「高き天より、われは来たれり」
クリスマスカンタータ「BWV 700」から
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
Vom Himmel hoch, da komm ich her
J.S.Bach

編成はCl.4本、Bs.Cl.です。
サックス五重奏版、木管五重奏版、金管五重奏版は発売中です。

賛美と感謝の気持ちを表現した美しいバッハの魅力をぜひ味わってください。

クラリネット五重奏 「高き天より、われは来たれり」
クリスマスカンタータ「BWV 700」から
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
Vom Himmel hoch, da komm ich her
J.S.Bach

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参考音源
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https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「Vom Himmel hoch, da komm ich her」(BWV 700)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach)による
クリスマス音楽の宝石です。この音楽作品は、バッハの宗教音楽の傑作の1つであり、
クリスマスの喜びと神の祝福を讃えるために作曲されました。

背景:
「Vom Himmel hoch, da komm ich her」は、クリスマスカンタータの一部として作曲されました。
バッハは18世紀初頭に多くのカンタータを作曲し、これらはキリスト教の祝祭や儀式で演奏されるために制作されました。
この特定のカンタータは、クリスマスの祝日に神への賛美と感謝の意を表現するために創られました。

構造:
「Vom Himmel hoch, da komm ich her」は、合唱、ソロ歌手、オルガン(または他の鍵盤楽器)によって演奏されます。
このカンタータは通常、以下のような部分で構成されています。

合唱の前奏: 作品はしばしば合唱による前奏から始まります。この前奏部分では、合唱団がクリスマスの祝福を歌い、キリスト降誕を賛美します。

ソロ歌手のアリア: このカンタータにはソロ歌手(ソプラノ、テノール、バスなど)が登場し、個々のアリア(独唱曲)を歌います。
ソロ歌手は、クリスマスのメッセージをさらに深く探求し、神への感謝や賛美の言葉を表現します。

合唱の反応: ソロ歌手のアリアに対して、合唱団が応答することがあります。合唱は、個人的な感情を共有し、神の栄光をたたえます。

フィナーレ: カンタータは通常、合唱とオルガンによる壮麗なフィナーレで締めくくられます。この部分ではクリスマスの奇跡と喜びが最高潮に達します。

音楽的特徴:
「Vom Himmel hoch, da komm ich her」は、バッハの宗教音楽のスタイルに忠実であり、その音楽的特徴には次のような要素が含まれます。

ポリフォニー: バッハの音楽はしばしばポリフォニー(複数の旋律が同時に進行すること)が特徴的で、複雑な対位法とハーモニーが魅力です。
合唱とソロ歌手、オルガンが対話し、調和します。

キャッチーな旋律: バッハは印象的な旋律を作曲する才能があり、これは聴衆に音楽を覚えやすくさせます。
クリスマスカンタータにおいても、美しい旋律が目立ちます。

感情表現: バッハの音楽は感情豊かで、喜び、希望、感謝、賛美などの感情が豊かに表現されます。

重要性:
「Vom Himmel hoch, da komm ich her」は、バッハの宗教音楽の中でクリスマスの祝福と喜びを称える重要な作品の一つです。
バッハの音楽は、その深い宗教的メッセージと音楽的な優雅さで知られ、多くの聴衆に感動を与え続けています。
このカンタータはクリスマスの礼拝や音楽コンサートで演奏され、キリスト教の信仰を讃えるための美しい音楽として称賛されています。

「Vom Himmel hoch, da komm ich her」(BWV 700)は、バッハの豊かな音楽遺産の一部として、
クリスマスシーズンにおける特別な音楽として楽しまれ続けています。
その神聖なメッセージと美しい音楽は、多くの人々に希望と平和をもたらし、クリスマスの精神を讃えます。

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  2023/10/14   animato

鍵盤打楽器とベース三重奏 ヘコルダサンス・ド・パサード(昔の想い出)

鍵盤打楽器とベース三重奏 ヘコルダサンス・ド・パサード(昔の想い出)
ワルツ
Recordacoes do passado
Valsa
エルネスト・ナザレ

編成はVib.、Marim.、St.Bs.です。
Vib.はGlock.でも演奏可能です。
サックス四重奏版、木管四重奏版、金管四重奏版、クラリネット四重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

鍵盤打楽器とベース三重奏 ヘコルダサンス・ド・パサード(昔の想い出)
ワルツ
Recordacoes do passado
Valsa
エルネスト・ナザレ

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

Recordacoes do passado, Valsa  ヘコルダサンス・ド・パサード(昔の想い出)、ワルツ
この曲はPrimorosa,プリモローザと同じ1885年に作曲されました。
原調はヘ短調、A-B-A-C-A-B-A形式です。AとBの部分は8小節、Cはヘ長調になり16小節という短い曲です。虚飾のないシンプルで物悲しい雰囲気のワルツです。
1885年頃に作曲されたワルツで、作曲者がテオドラ・アマーリア(マリア・エミーリア・メイレレスの妹)と結婚する前に
片思いをしたエルネストの義妹、「D・マリアE・デ・メイレレス夫人に捧げた」作品です。ナザレはまた、同じ年に
彼女にワルツ「プリモローザ」を献呈しました。献辞にクニハダという言葉がないことから、このワルツはエルネストとテオドラの
結婚(1886年)より前の作品と推測されています。同時期の作品で同じ献呈先の「プリモローザ」と対を成す作品でもあります。
Recordacoes do passadoは、ナザレの生前には未発表のまま、2008年にMusica Brasilisポータルサイトから出版されました。
2012年まで商業的に録音されていなかったため、今でも彼の曲の中で最も演奏されていない曲の1つです。
「プリモローザ」など明るい曲調の作品が多い中で貴重な作品でもあります。

「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を知らずしてブラジル音楽は語れません。
南国ののどかな風光と、アフリカの野性的なエネルギーと、ロマンティシズムが渾然と混じり、甘美で、ちょっぴり切ない独特の音楽が聞こえてきます。
ミニョーネはこう述べています。「私は1917年頃にEduardo Soutoの楽譜店でナザレに会ったことがある。ナザレは自作曲を決して急がず、
カンタービレで弾いていた。彼はこう言っていたよ、『私の作品はあちこちでメチャメチャに弾かれている。みんな速く弾きすぎだ。
特に "Apanhei-te, Cavaquinho" は酷いことになっている。あの曲はゆっくりと、左手はカヴァキーニョを思い浮かべてアルペジオで弾くもんだ』と。」

エルネスト・ジュリオ・ナザレー (Ernesto Julio Nazareth (またはNazare とも), 1863年3月20日 - 1934年2月4日)は、ブラジルのピアニスト・作曲家です。
一生をリオ・デ・ジャネイロで過ごしました。「ブラジル風タンゴ」やショーロなど、国内の民族音楽に影響されたピアノ曲を量産しました。
そのような作曲姿勢から、しばしば「ブラジルのショパン」と呼ばれています。ピアノ以外の音楽教育は学ばなかったため、
残された作品はサロン小品と声楽曲ばかりであり、管弦楽曲や室内楽・カンタータやオラトリオのような分野の大作はなく、作曲技法も必ずしも洗練されていません。
しかしながら、民衆音楽の影響のもとに切り開いた独自の素朴な詩境は、のちにヴィラ=ロボスから、「ブラジルの魂」と称賛されました。
中産階級ながらもあまり豊かでない下級官吏の家庭に生まれ、ショパンを愛する母親からピアノの手ほどきを受けました。
早い年齢でたぐい稀な音楽的才能が認められ、家族ぐるみで付き合いのあったアフロ=アメリカンの作曲家、
リュシアン・ランベールにも音楽の手ほどきを受けました。
1873年に母親が亡くなってからもピアノを学び、間もなく作曲も手がけるようになりました。
最初の出版作品のポルカ『ボセ・ベン・サービ"Voce Bem Sabe"』 (あなたはよく御存知)は、14歳になるまでに作曲・出版されました。
その後は、ショーロの楽士たちとたむろして、敏感で独特なリズム感を身につけました。マシシェ maxixe やルンドゥ lundu 、ショーロ choro 、
アフリカ系住民のダンスなど、さまざまな民族舞曲に影響されました。

長年ナザレーは、映画館オデオン座の待合室でピアニストとして働き、ここで最も有名な作品の一つ『オデオン』を作曲しました。
外国から数少ない音楽家がブラジルを訪問した際、オデオン座のナザレーの演奏を見学したといわれています。

1920年代初頭には、音楽ショップにピアニストとして雇われました。顧客が購入する際に持ち寄ってきた楽譜を見ながら、演奏し、
客の要望に沿うかどうかを確認して見せるのが任務でした。客の中に、ナザレー作品の楽譜を手ずから弾こうとする者がいると、止めさせて、
解釈が誤っていると苦情を言うのが常だったそうです。

ナザレーは、心底からのブラジル人音楽家であり、音楽は楽しまれるべきであるとして、それ以上を望みはしませんでした。
ほとんど独学であり、音楽活動のほとんどは、劇場や映画館の伴奏ピアニストとして、あるいは小劇場のアンサンブルでのピアニストとして、
演奏するのに振り当てられました。
そのような劇場アンサンブルの楽団員の知り合いには、後の大作曲家ヴィラ=ロボスがいて、当時はチェリストとして活動していました。
ナザレーはショーロの発展のおおもとであり、ヴィラ=ロボスは、これに基づき、後に自らの創作活動を繰り広げていったのです。

ナザレーは、ブラジルの民族音楽以外にも明らかに影響されていて、子供時代にむさぼるようにして学んだショパンの影響が中でも顕著です。
また、1869年にきら星のようにリオ・デ・ジャネイロにデビューして、瞬く間にブラジル楽壇を席巻したゴットシャルクの作風もナザレーにはお馴染みでした。
作品には、19世紀ヨーロッパのクラシック音楽の豊かな和声法がこだましながら、ナザレーの生地ブラジルの、シンコペーションをともなう
民族舞曲のリズム法に織り込まれてゆくのが認められます。そのうえ、アメリカ合衆国のラグタイムや初期のジャズの、小気味よいリズム感も健在である。これらの要素を統合して一つの有機体へとまとめ上げたことがナザレー独自の能力で、結果的には、ピアノ曲のレパートリーだけでなく、20世紀の音楽にも重要な貢献を果たしている。

ナザレーはショパンやその他のヨーロッパの作曲家から霊感を受けたように、逆に自らも、間接的とはいえ、ヨーロッパの作曲家に何かしらの影響を与えています。
フランス人作曲家のダリユス・ミヨーは、自伝の中で、ブラジル滞在中にリオ・デ・ジャネイロの映画館でナザレーがピアノを演奏する風景を回想しています。
ミヨーはその音楽のリズムにたちどころに虜となって、ブラジル音楽をきわめてやろうと決心したというのです。
その最終的な成果こそが、ミヨーのピアノ曲『ブラジルの想い出 Saudades do Brasil』でした。

ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ばれていますが、作品に副題を好んでつけた点で、ショパンとは違っています。
ショパンやフォーレよりもヨーロッパのサロン音楽の伝統に忠実だったといえます。
しかしながら19世紀から20世紀初頭まで、ヨーロッパではサロン小品にフランス語の題名をつける慣習がまだ根強く残っていたのに対して、
ナザレーは母語のポルトガル語に固執しました。
また題名によって、ドビュッシーやラヴェルのように、美術や文学からのインスピレーションをほのめかしたり、
リストのように詩的な連想を暗示することもありませんでした。
ナザレーの曲名には、しばしば第三者にとって謎めいた響きをもつものもありますが、それらは実在するスポーツチームやダンスクラブ、雑誌名など、
ナザレーの日常生活の周辺から切り取られたものばかりです。このような意味で、ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ぶよりは、むしろ
「ブラジルのクープラン」と呼んでこそふさわしいかも知れません。

およそ300曲のピアノ小品において、ナザレーはみごとに、大衆的なブラジル舞曲のエッセンスを捕まえています。
ナザレーは、厳密には都会の聴衆のために作曲したのですが、その作品には、(ブラジルで奴隷制が廃止された1888年以降の作品でも、)
アフリカ系民族音楽の豊かな影響が息づいています。ほとんどの曲に、スコット・ジョプリンが発想したようなシンコペーションが使われています。
ナザレーのピアノ曲には、ブラジルのありとあらゆるダンスが盛り込まれています。マシシ(英語版)、バトゥーキ(英語版)、 サンバ、
そして中でも重要なのがタンゴです。後に世界中を熱狂させ、席巻したタンゴが、ブラジル生まれだったというだけでなく、
実際にはナザレー自身の創り出したジャンルだったという証拠になるからです。
もしそれが間違いだったとしても、「ブラジル風タンゴ」の発展のほとんどにナザレーがかかわっていて、このジャンルに優に100曲を残しています。

最も有名な作品に、『ブレジェイロ(ろくでなし)"Brejeiro"』『アメノ・ヘゼダ"Ameno Reseda"』『バンビーノ(赤ん坊)"Bambino"』
『トラベッス(腕白坊主)"Travesso"』『フォン・フォン"Fon-Fon"』『テネブローズ(暗闇)"Tenebroso"』があります。
ナザレーが初めて「ショーロ」と呼んだ作品のうち、『アパニェイチ・カヴァキーニョ(頑張れカバキーニョ)"Apanhei-te Cavaquinho"』は、
さまざまな楽器アンサンブルによって演奏できる、古典的名作です。

晩年になって完全に聴覚を失うと、創作活動にも支障をきたしましたが、それでもブラジル国内ではなかなかナザレー人気は衰えませんでした。
ゴットシャルクやジョプリンを評価する人たちなら、ナザレーの残した魅力的な宝石たちをきっとたちまち気に入るに違いありません。

作曲者の死後から半世紀を経た近年になって、ナザレー作品を集めたアルバム制作が世界的にも相次いでいて、最近では伝記や、
作曲者に関するCD-ROMも発表されています。ナザレーは、クラシックとポピュラー音楽にまたがって活動したことから、ナザレーのピアノ曲は、
クラシックの学び手にも、ポピュラー音楽の学び手にも、有用な教材とされつつあります。

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  2023/10/13   animato

金管五重奏 トランシルヴァニアの主題によるソナチネから第1楽章、第2楽章

金管五重奏 トランシルヴァニアの主題によるソナチネから第1楽章、第2楽章
Sonatina 1st,2nd Movement
Bela Bartok

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
木管五重奏、サックス五重奏、クラリネット五重奏版は発売中です。
このアレンジは第1、2、3楽章があります。
3曲(全曲)の通し演奏時間は約4分です。

バルトークによる民俗色豊かな名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

金管五重奏 トランシルヴァニアの主題によるソナチネから第1楽章、第2楽章
Sonatina 1st,2nd Movement
Bela Bartok

編成はTp.2本、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
木管五重奏、サックス五重奏、クラリネット五重奏版は発売中です。
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3曲(全曲)の通し演奏時間は約4分です。

バルトークによる民俗色豊かな名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

ベーラ・バルトークの《ソナチネ》は、1915年に作曲されたピアノ独奏曲です。
1931年に自身で管弦楽曲として編曲し、管弦楽曲版については題名を「トランシルヴァニア舞曲」に改めています。
また同じ1931年に、バルトークの友人であるヴァイオリン奏者のアンドレ・ジェルトレルが手がけたヴァイオリンとピアノのための編曲が存在します。
この編曲版の出版の際に「sur des themes paysans de Transylvanie(トランシルヴァニアの農民の主題による)」という副題が附されました。

初演は1920年4月16日、ポジョニ(現ブラチスラヴァ)にて作曲者のピアノ独奏によります。演奏時間は約4分です。
管弦楽版は1932年1月14日にブダペストにてマッシモ・フレッチャの指揮によって初演されました。

バルトーク自身がハンガリー王国領内(現在ルーマニア領であるトランシルヴァニア地方)で採集した民俗音楽の旋律に基づいている、以下の3つの楽章からなり、
5つの旋律が引用(両端楽章はそれぞれ2つずつ)されています。
なお、「ソナチネ(小さいソナタ)」という名前でありながら、3曲の中にソナタ形式の曲は存在しません(すべて三部形式で構成されています)。
1944年にAsk the Composerというラジオ番組のバルトーク特集回において、バルトークが「このソナチネは元々、ルーマニア民俗舞曲集として作曲されました。
その中から3曲を選んで『ソナチネ』という題名をつけたものです。」と述べているように、古典的な意味のソナチネというよりも「小品集」という意を込めたものと考えられています。
曲の3つの楽章にはそれぞれタイトルがついていますが、管弦楽版では削除されています。

第1楽章:バッグパイプ吹き / No.1 "Dudasok" アレグレット
A-B-Aの三部形式。Aの部分は、フニャド地方のアルデレアナ舞曲に基づく。D、E、Fis、Gis、A、H、Cの各音からなるバグパイプの音階が用いられています。
これは、Dを基音とするリディア調とミクリディア調が混合した音階で、のちにもバルトークが好んで用いたものです。
Bの部分は、ビハル地方の民族舞曲に基づくもので、せまい音域での音型が反復されています。

第2楽章:熊の踊り / No.2 "Medvetanc" モデラート
A音を基音とするドリア調でかかれています。マラマロシュの熊踊りの旋律が、右手、左手交互に登場し、2度くりかえされます。

第3楽章:終曲 / No.3 "Finale" アレグロ・ヴィヴァーチェ
A-Bの二部構成。Aの部分では、マロッシュ・トルダ地方のマルンゼル舞曲に基づいています。G音を基音とするリディア調。
Bの部分では、トランタール地方のババレウカ舞曲に基づいています。ト長調。曲全体を通してD音が支配的になっています。

また各曲についてはラジオ放送の際に寄せたバルトーク本人の解説は次のようになっています。

バグパイプ吹き(ハンガリー語:Dudasok /英語:Bagpipers)
「2人のバグパイプ演奏家が、互いに掛け合いで舞曲を演奏する舞曲です。」
熊踊り(Medvetanc / Bear Dance)
「農民のフィドル奏者が、熊の声に似せるために低音弦(G線とD線)で演奏しました。一般にヴァイオリン奏者は、E線を使います。」
終曲(Finale )
「この楽章にも、農民のフィドル奏者たちの奏でる民俗音楽の旋律が含まれています。」
はじめの主題はトルコの舞曲からの影響があるとされています。

◇バルトーク/トランシルヴァニアの主題によるソナチネ◇
バルトークは20世紀最大の作曲家のひとりに数えられています。その理由は、民俗音楽の素材を要素に分解し、それを強靭な知性で再構成し、
普遍的な芸術作品に鍛え上げた、という点です。
シェーンベルクの十二音技法以降、聴衆との乖離の進む傾向にあった20世紀の音楽の中で、高度に知的な論理的構造をもちながら、
しかも民俗音楽のヴァイタリティを失わず、感覚的に楽しめる音楽を残したバルトークが高く評価されるのは当然です。
しかし、バルトークもそのような高みに達するまでには紆余曲折があり、自分の音楽の素材を求めてハンガリーをはじめとする東欧のみならず、
遠くアフリカまで出かけて各地の民謡を採集する、という地道な努力を積み重ねました。
「トランシルヴァニアの主題によるソナチネ」は、そのような民謡収集の賜物です。

作曲は1915年、バルトーク34歳の年です。トランシルヴァニア地方で採集した5つの民謡が用いられた3楽章の作品ですが、
「ソナチネ」と名づけられているわりには形式はソナタ形式やソナチネ形式を含まず、組曲といった趣きがあります。
そもそもの発想は民族舞曲集を作ろうというところにあり、後年この曲をオーケストレーションするにあたり、バルトークは
「トランシルヴァニア舞曲集」と名づけています。
この曲ではバルトークは気楽な手つきで民謡をむき出しで使用しており、「弦楽器・打楽器とチェレスタのための音楽」や弦楽四重奏曲のような
深刻な作風とは異なる、明るく楽しいバルトークの音楽の一面がよく出ています。

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  2023/10/12   animato