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2020年10月

木管五重奏アルベニス :スペイン組曲 第8曲〈キューバ / "Cuba(Capricho)"〉

木管五重奏アルベニス :スペイン組曲 第8曲〈キューバ / "Cuba(Capricho)"〉
編成はフルート、オーボエ、クラリネット2本、ファゴットです。
オーボエはクラリネットに変更可能。
ファゴットはバスクラリネットに変更可能。
スペインの風を感じることができる組曲からお好きなチョイスでコンサートピースに、ぜひどうぞ。

木管五重奏アルベニス :スペイン組曲 第8曲〈キューバ / "Cuba(Capricho)"〉
編成はフルート、オーボエ、クラリネット2本、ファゴットです。
オーボエはクラリネットに変更可能。
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参考音源
https://youtu.be/xBHHKJ2oOeQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

アルベニスは《スペイン組曲》という曲集を2つつくっていますが、一般的に親しまれているのは、この第1集です。
アルベニス初期の作品で、8曲の組曲として知られています。しかし、もともとは1886年に4曲(第1、2、3、7曲)が
作曲されたきりで、残りの4曲(第4、5、6、8曲)は、タイトルしか残されていませんでした。
アルベニスの没後、出版社はこのタイトルのみの4曲に対し、彼の他の楽曲をあてがい出版しました。
躍動感あるリズム、ギターを思わせる音色など、いずれもスペイン色の強い作品です。
ギターへの編曲版としても有名です。

第1曲〈グラナダ/ "Granada(Serenata)"〉
アンダルシアの古都グラナダへの想いがこめられた曲です。アルベニスは22歳の時、グラナダで過ごし、
独特の風情をもったその街を大変愛していました。彼はこの曲について「狂おしいほどにロマンティックで、
絶望的なほどに哀しいセレナード」であると手紙に記しています。ギター風の伴奏、美しい旋律など、魅力的な作品です。

第2曲〈カタルーニャ/ "Cataluna(Coranda)"〉
アルベニスの故郷、スペインのカタルーニャ地方の雰囲気を想起させる作品です。この地方に伝わるハーディ・ガーディ
という楽器の音を模してかかれています。8分の6拍子の舞曲調で、繰り返されるハーディ・ガーディの音が、
しだいに遠ざかっていきます。

第3曲〈セビーリャ/ "Sevilla(Sevillanas)"〉
セビーリャの雰囲気をたたえた作品です。A-A’-A-B-Aの形をとっています。舞曲セビリャーナスの速いテンポ、
カスタネットのリズムにのって、祭り(復活祭聖週間)の主題が情熱的にうたわれます。
それとは対照的に、中間部では、哀愁ただよう宗教歌サエータがきかれます。リズムを活かしつつ、
効果的に音をつなげるように演奏したいものです。

第4曲〈カディス/ "Cadiz(Cancion)"〉
《セレナータ・エスパニョーラ》作品181を転用したもの。
ジブラルタルの北西にある港町カディスの雰囲気を想わせる曲です。3部形式。スペイン風舞曲のリズムにのせて、
男性的なセレナータが、のびやかに歌われます。情熱的な中間部を経て、再び冒頭のリズムへ戻ります。
そしてppで静かにしめくくられます。

第5曲〈アストゥリアス/ "Asturias(Leyenda)"〉
組曲《スペインの歌》作品232の第一曲〈前奏曲〉を転用したものです。アストゥリアスは、スペイン北部にあって、
山や森林、谷間や牧草地に恵まれた地方です。ギター的な奏法がピアノで表現されていて、独特の色彩感が表出されています。
A-B-A(-コーダ)の形をとっています。リズム主題が、次第に高まりをみせ、神秘的な雰囲気をもつ中間部へ進みます。
ここで奏される2オクターブのユニゾンは、アルベニスが好んで使用していたものです。
再び第一部が回帰され、コーダへと至ります。

第6曲〈アラゴン/ "Aragon(Fantasia)"〉
《2つのスペイン舞曲》作品164の第一曲〈アラゴン〉を転用したものです。東北スペインのアラゴン地方に知られる、
ホタの舞曲が、華麗で爽快に描かれています。ホタは、速い3拍子のリズムと、カスタネットの伴奏にのせて踊られます。

第7曲〈カスティーリャ/ "Castilla(Seguidillas)"〉
組曲《スペインの歌》作品232の第五曲〈セギディーリャス〉を転用したものです。カスターリャ地方は、
以前スペインの中央部を占めており、王国がありました。セギディーリャスとは、そこで生まれた3拍子の民族舞曲であり、
ビゼーの《カルメン》にも用いられていることで知られています。
リズム旋律が、巧みに組み合わされ、曲を構成しています。カスタネットとギターの伴奏、転調、変化和声など、
アルベニスの巧みさと感性が光る作品です。

第8曲〈キューバ / "Cuba(Capricho)"〉
キューバは、1898年までスペイン領であり、アルベニスは、少年時代、ここを訪れています。
南国風の明るい雰囲気の中にも、一抹の哀愁を感じさせます。
8分の6拍子と、4分の3拍子の間を揺れ動く、舞曲の形でかかれています。

グラナダ(セレナータ)
総演奏時間:4分00秒

カタルーニャ(コランダ)
総演奏時間:4分30秒

セビーリャ(セビリャナス)
総演奏時間:4分30秒

カディス(カンション)
総演奏時間:4分30秒

アストゥリアス(伝説)
総演奏時間:5分00秒

アラゴン(ファンタジア)
総演奏時間:4分30秒

カスティーリャ(セギディーリャ)
総演奏時間:2分30秒

キューバ(カプリッチョ)
総演奏時間:5分30秒

イサーク・マヌエル・フランシスコ・アルベニス・イ・パスクアル
(Isaac Manuel Francisco Albeniz y Pascual, 1860年5月29日 - 1909年5月18日)は、
スペインの作曲家・ピアニストであり、スペイン民族音楽の影響を受けた作品で知られています。
イサーク・アルベニス(Isaac Manuel Francisco Albeniz y Pascual)は1860年5月29日、スペインの東北部
カタルーニャ地方の小さな町カンプロドンに生まれました。
父親アンヘル・アルベニスは税官吏を職業としており、母親ドローレス・パスクアルとの間に4人の子供(女3・男1)を
もちました。
4人の子供たちは皆音楽の才能に恵まれていましたが、中でもイサーク・アルベニスがピアノ演奏への才能が
突出していたと伝えられています。

父親は息子の才能に気づき、早くから公開演奏の機会を設け、イサークがわずか4歳の時にバルセロナにある劇場で
一人の姉と共に初めての公開演奏を行いました。

6歳の時には母に連れられパリへ赴き、名教授マルモンテルに短期間師事した後、
パリ音楽院の入学試験を受けますが、待機中にボールで遊び、音楽院のガラス(鏡とも言われている)を壊してしまい
「子供すぎる」と入学を断られてしまいました。

その後スペインに戻り、マドリードにある国立音楽演劇学校(現マドリード音楽院)に入学して学びますが、
もともと冒険好きな気質を持っていたイサークは度々寄宿舎から抜け出し、放浪しながらピアノを演奏していたそうです。

イサーク本人の話によると、12歳の時に放浪先のカディスで南米行きの船に忍び込み、
船の中でピアノを弾きながらブエノスアイレス(アルゼンチン)に渡り、南米やキューバ、アメリカへ放浪の旅を
続けたということです。

12歳で密航して外国を演奏旅行して回るというのはあまりにも信憑性がない話ですが、
イサークの才覚と気質からしても、類まれな才能とキャラクターであったことは確かな様で、
1875年(15歳)に大西洋を渡りプエルトリコ及びキューバで演奏会を開き成功した記録(新聞記事)が残っています。

1876年、アルベニスは一時ライプツィヒ音楽院で学びますが、その後ブリュッセル音楽院へと移り、
1879年までピアノ、和声学、ソルフェージュなどを学びます。この時、彼はスペイン政府からの奨学金を得ており、
ルイ・ブラッサンにピアノを、フランソワ=オーギュスト・へファールトに作曲や音楽理論を学び、
ピアノ科を首席で卒業しました。

1880年の夏、20歳のアルベニスは敬愛したフランツ・リストへ会うべく、ブダペストを訪れます。
実際に会えたのか会えなかったのかは定かではありませんが、リストにピアノを聞いてもらい、
スペインや音楽などについて会話をしたことがアルベニスの手記に記されています。

1883年アルベニスが23歳の時、弟子の一人であったロシーナ・ホルダーナと結婚し、バルセロナへ移り住みます。
また、この年にスペイン音楽の先駆者フェリーぺ・ペドレル(スペイン民族主義楽派)と巡り会い大きく影響を受け、
本格的な作曲活動を進めます。

1885?1889年、アルベニスはマドリードへ移り住み、コンサートピアニスト・作曲家・教育者として名声を挙げ、
スペイン王家にも出入りし、貴族社会と関わりを持つようになります。

また、1888?1889年にはフランス、イギリス、ベルギー、ドイツ、オーストリアなど国外へと
演奏旅行へ乗り出し、各地で成功を収めます。
1890?1893年、アルベニスはロンドンへ移り住みます。ロンドンの銀行家マニー=カウツと知り合い、
多額の年金を受け取るのと引き換えに、文芸の才能のあったカウツの台本を元にオペラを作曲する依頼を受け、
「ペピータ・ヒメネス」(1896年初演)といった作品が生まれました。
また、プリンス・オブ・ウェールズ劇場の指揮者も一時期任されています。
しかし、1893年にいったんマドリードへ戻り、翌1894年にパリへ移ります。

パリでは、それまでの演奏旅行で知り合った友人達や、フォーレ、ダンディー、ドビュッシー、ショーソン、デュカス等の
近代フランス音楽の大家達と親交を結び、多くの刺激と影響を受け、アルベニス自身の作風も大きく変化していきました。
1897年、アルベニスはダンディー率いるスコラ・カントルムでピアノ科講師となり、若きセヴラックもアルベニスに学んでいました。
しかしこの頃、アルベニスはブライト病という腎臓の病気を患い、ピアニストとしての活動を控え、
教育活動も退き、順調に見えたパリでの生活も一変します。
1900年からしばらく、アルベニスは祖国スペインへ戻ります。
しかし、病気は悪くなる一方で、音楽活動も思うようにいかず、1902年に再びパリへ、1903年保養のためニース、
そしてピレネーへ近いカンボ・レ・バンへと移りましたが療養の効果は現れず、1909年5月18日、
娘が庭先から切ってきた初咲のバラを見ながら、生涯を閉じたそうです。
バルセロナのモンジュイック墓地に埋葬されました。
49年の輝かしくも短い生涯でした。

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  2020/10/20   animato

フルート五重奏:ロンド・カプリッチョーソ Op.14 U 67 ホ長調

フルート五重奏:ロンド・カプリッチョーソ Op.14 U 67 ホ長調
Mendelssohn, Felix:Rondo capriccioso E-Dur Op.14 U 67
編成はフルート4本、アルトフルートです。
アルトフルートはクラリネットに変更可能です。

瑞々しく純粋で、あたたかな感情に溢れた音楽をコンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

フルート五重奏:ロンド・カプリッチョーソ Op.14 U 67 ホ長調
Mendelssohn, Felix:Rondo capriccioso E-Dur Op.14 U 67
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ロンド・カプリッチョーソはメンデルスゾーンの作品の中でも広く親しまれている曲の一つです。演奏の難易度はいくぶん高く、
細部において、洗練された技巧が要求されます。
メンデルスゾーンは、10代のうちからオーケストラ作品などの、本格的な作曲をしていて、この作品でも、
和声法と対位法を効果的に用いて、独創的な形式構造をみせています。

序が長調、主要部が短調という調性の配置はメンデルスゾーンのその後の作品にも多くみられます。
形式は序奏付きのロンド形式です。(序奏-A-B-A-C-A-コーダ)
曲はアンダンテ、4分の4拍子の序奏で始まります。8分音符のリズムの和音に導かれて主題が現れ、
次第に装飾を加えていきます。
主部のロンドはプレスト、ホ短調、8分の6拍子。第2主題はト長調。ロンド主題が再現した後、
ホ長調の第3主題となり、前に出てきた動機を発展させます。
ホ短調に戻ってロンド主題となり、次第に曲は低音域で弱くなっていきます。その後コーダに入ります。

この作品はメンデルスゾーンが15歳の頃の作品と考えられていましたが、実際には、
21歳の時の作品です。この曲はもともと、1828年、メンデルスゾーンがパリで出会った初恋の女性、
デルフィン・フォン・シャウロス(ピアニスト)のために《ホ短調のエチュード》としてかかれたものです。
そしてその《ホ短調のエチュード》に1830年、これにホ長調の導入部(Andante)を書き加えたものが
この《ロンド・カプリチョーソ》です。
彼女はドイツのマクデブルク出身の優れたピアニストで、パリ・ロンドンなどヨーロッパで活躍したピアニストでした。
彼女とメンデルスゾーンは、パリで出会ったと言われています。
二人は結婚することはありませんでした。
彼女は3度の結婚と3度の離婚を経験していることから、理想高き女性だったのかもしれません。

メンデルスゾーンの生涯
 19世紀前半のヨーロッパ市民社会に生き、ロマン派の詩情を歌いあげた作曲家、
フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809~47)。
ドイツの作曲家で古典的均衡とロマン的色彩の調和した作風で知られています。
指揮者としても有能で、バッハが再評価されるきっかけを作りました。
その美しい調べは、生前からこんにちに至るまで世界中で広く人々に愛されてきました。
有名なホ短調の《ヴァイオリン協奏曲》や、歌曲〈歌の翼に〉、ピアノのための〈春の歌〉、
さらには〈結婚行進曲〉など、作曲者の名を知らずとも、誰しも耳にしたことがあるでしょう。
瑞々しく純粋で、あたたかな感情に溢れた音楽。メンデルスゾーンの作品はいずれも、彼の魅力的な人柄を映し出し、
また、彼の活躍した時代の息吹を伝えています。

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  2020/10/17   animato

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第1曲 修道院にて

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第1曲 修道院にて
(Au Couvent)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

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(Au Couvent)
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ボロディンは、グリンカのロシア民族主義の精神を受け継いだ、ロシア国民楽派の「五人組」の一員です。
そして、他の4人(バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、リムスキー=コルサコフ)があまり向かい合うことのなかった
交響曲の分野に積極的に取り組んだ作曲家です。そのことを冠して、チャイコフスキーとともに、
ロシアにおける交響曲の創始者として捉えられることもあります。
貴族の私生児として生まれたボロディンは、ピアノ、チェロ、フルートに加え、医学と化学も学んでいます。
とりわけ、化学の研究のために派遣されたイタリアとスイスにおいて、19世紀ロマン派を代表する作曲家の作品に触れ、
徐々に傾倒していったことが、作曲活動にとって1つの転機となったと考えられています。
そして、亡くなるまで化学者としての活動と作曲家としての活動を両立させた稀有な音楽家として知られています。

この作品は、晩年の作曲活動の円熟期、1885年に52歳の年で作曲されました。
同年に、サンクト・ペテルブルクから出版されています。
ボロディンの死後、グラズノフ(1865-1936)によりオーケストレーションがなされています。
「少女の愛の小詩」として構想されていて、ある種の標題音楽となっています。ボロディンの書簡には、
「修道院の円天井の下で 想うのは踊りだけ 踊り手と踊り手とを想う 想うのは踊り手だけ 愛の歌を夢見る 
愛されている幸福が子守歌となる 修道院 甘き夢」とプログラムが言及されています。
出版時期によって曲順が異なります。

<修道院にて>。アンダンテ・レリジオーソの4分の4拍子で書かれています。鏡像の構成をとる形で音楽が運ばれます。

<間奏曲 ヘ長調>。テンポ・ディ・ミヌエットと指示されたこの間奏曲は、ボロディンの書簡では
「社交界の生活を夢見始める」として言及されています。半音階的な音の動きが多用され、
ウン・ポコ・メーノ・モッソとなる中間部では、音階的な音の動きが優勢となります。

<マズルカ ハ長調>。このマズルカでは、ハ長調と明記されていますが頻繁に調号が変化します。
また、主として、アレグロで書かれていますが、途中と終結部分でメノ・モッソの指示があります。

<マズルカ 変ニ長調>。ボロディンの書簡では、「踊りと・・・・・・踊り手のことを夢見る」として言及されています。
このマズルカでは、アレグレットでメロディーはまず低音で歌われます。
そして、曲全体を通して低音と上声との間をメロディーが行き来する運びとなっています。

<夢>。ボロディンの書簡では、「想うのは踊りのことだけ 新たな感情」として言及されています。
そして、アンダンテの4分の4拍子で多声的な手法で書かれています。

<セレナード 変ニ長調>。アッレグレットの8分の6拍子で書かれています。響きが低音域に集められた導入部で開始し、
その後、高音域も現れます。しかし、導入部とまったく同じ音楽により曲を閉じます。

<ノクターン 変ト長調>。ボロディンの書簡では、「愛されている夢が子守歌となる」として言及されています。
曲はアンダンティーノの4分の4拍子で書かれていて、曲全体を通して、
隣り合う2つの8分音符に短いスラーをかけたアーティキュレーションが特徴となっています。

-------------------
小組曲 (Petite Suite)は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したピアノのための小品集で7曲から成っています。
後にグラズノフによって管弦楽版が作られています。
全7曲から構成され、演奏時間は約17分。
この作品は組曲として構想されたものではなく、1878年から既に書かれていたピアノ曲(第5曲から第7曲)と、
1884年から1885年にかけて作曲した4曲を一つの曲集にまとめて完成させたものです。
完成後ボロディンはメルシー・アルジャント伯爵夫人から、同年7月にベルギーのアントワープで催された演奏会に
招待された際、招待されたことへの深い感謝の念とそのお礼として作品を献呈しました。

作品の草稿には「ある若い娘の愛の小詩」という副題が添えられていて、各曲にもそれぞれ副題が与えられています。
これらはアルジャント伯爵夫人の少女時代にまつわるエピソードを反映されたものであると考えられています。
しかし1885年の出版時には、各曲に付けられていた副題はすべて削除されています。

また1885年8月末にボロディンはヴァイマルを訪れてリストと出会っていますが、リストは『小組曲』と
『スケルツォ』を演奏して2曲を大いに気に入ったと伝えられています。 

第1曲 尼僧院にて(Au Couvent)

    アンダンテ・レリジョーソ、嬰ハ短調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「大聖堂の円天井の下で少女は神を思うことはない」

第2曲 間奏曲(Intermezzo)

    テンポ・ディ・メヌエット、ニ短調(後にヘ長調)、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は外の世界を夢見る」

第3曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグロ、ハ長調、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りなど考えもしない」

第4曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグレット、変ニ長調、4分の3拍子
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りと踊る人を考える」

第5曲 夢(Reverie)

    アンダンテ、変ニ長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊る人など考えもしない」

第6曲 セレナード(Serenade)

    アレグレット、変ニ長調、8分の6拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は愛の調べを夢見る」

第7曲 夜想曲(Nocturne)

    アンダンティーノ、変ト長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「少女は満ち足りた愛によって眠りに就く」

    この作品にはグラズノフによって編曲された管弦楽版とセルゲイ・リャプノフによる加筆された版が存在します。
グラズノフによる管弦楽編曲版は1889年にオーケストレーションが施されていますが、
その際に第7曲の「夜想曲」に1885年に書かれた『スケルツォ』を組み込んで、各曲の調性に適時変更を加えています。

    作品が出版された当時は、かなりの売れ行きで人気を博し、多くの音楽愛好家たちが買い求めました。
伯爵夫人は1886年5月にボロディンに宛てた手紙の中で、「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、
欲しがる人は跡を断ちません」と綴っています。

-------------------
ボロディン/小組曲
(Borodin:Petite Suite)

1885年の7月のこと、ボロディンは彼の音楽の熱烈な崇拝者、メルシー・アルジャントー伯爵夫人の招待で
ベルギーのアントワープでの演奏会に招待されました。
ボロディンはその厚意に感謝し、完成したばかりのこの曲を伯爵夫人に献呈したのです。

この組曲は7曲の小品で構成されており、作曲時期は1878年から1885年、ボロディン45歳から52歳の期間に亘っていますが、
初めから組曲として構想されたのではなく、折に触れて書いた曲をひとつにまとめて曲集にしたものでございます。
この曲の草稿には「ある若い娘の愛の小さな詩」というサブタイトルが添えられており、
各曲にもそれぞれちょっとした副題が与えられていました。これらの副題には、
アルジャントー伯爵夫人の少女時代のエピソードが暗示されていると考えられます。
ところが、出版にあたって、ボロディンはこれらの副題をすべて削除してしまいました。
もちろん、ボロディンにはそれなりの削除理由があったのでしょう。あまりにも個人的な内容の副題なので、
公刊の楽譜にはふさわしくないと思ったのかもしれません。
しかしながら、これらの副題にはボロディンらしく微笑ましいユーモアが感じられます。
そこで、以下に各曲のタイトルと削除された副題を列記しておきたいと思います。( )内が副題です。

 第1曲:尼僧院にて(大聖堂の円天井の下で、少女は神のことなど考えない)
 第2曲:間奏曲(彼女は外の世界を夢見る)
 第3曲:マズルカ(彼女は踊りのことなど考えない)
 第4曲:マズルカ(彼女は踊りと踊っている人のことを考える)
 第5曲:夢(彼女は踊っている人のことなど考えない)
 第6曲:セレナーデ(彼女は愛の調べを夢見る)
 第7曲:夜想曲(少女は満ち足りた愛によって眠りにつく)

ちなみに、この曲は大ヒットしたようで、アルジャントー伯爵夫人はボロディンに次のように書き送っています。
「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、欲しがる人は跡を絶ちません」

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  2020/10/12   animato

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第2曲 間奏曲

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第2曲 間奏曲
(Intermezzo)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第2曲 間奏曲
(Intermezzo)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
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ボロディンは、グリンカのロシア民族主義の精神を受け継いだ、ロシア国民楽派の「五人組」の一員です。
そして、他の4人(バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、リムスキー=コルサコフ)があまり向かい合うことのなかった
交響曲の分野に積極的に取り組んだ作曲家です。そのことを冠して、チャイコフスキーとともに、
ロシアにおける交響曲の創始者として捉えられることもあります。
貴族の私生児として生まれたボロディンは、ピアノ、チェロ、フルートに加え、医学と化学も学んでいます。
とりわけ、化学の研究のために派遣されたイタリアとスイスにおいて、19世紀ロマン派を代表する作曲家の作品に触れ、
徐々に傾倒していったことが、作曲活動にとって1つの転機となったと考えられています。
そして、亡くなるまで化学者としての活動と作曲家としての活動を両立させた稀有な音楽家として知られています。

この作品は、晩年の作曲活動の円熟期、1885年に52歳の年で作曲されました。
同年に、サンクト・ペテルブルクから出版されています。
ボロディンの死後、グラズノフ(1865-1936)によりオーケストレーションがなされています。
「少女の愛の小詩」として構想されていて、ある種の標題音楽となっています。ボロディンの書簡には、
「修道院の円天井の下で 想うのは踊りだけ 踊り手と踊り手とを想う 想うのは踊り手だけ 愛の歌を夢見る 
愛されている幸福が子守歌となる 修道院 甘き夢」とプログラムが言及されています。
出版時期によって曲順が異なります。

<修道院にて>。アンダンテ・レリジオーソの4分の4拍子で書かれています。鏡像の構成をとる形で音楽が運ばれます。

<間奏曲 ヘ長調>。テンポ・ディ・ミヌエットと指示されたこの間奏曲は、ボロディンの書簡では
「社交界の生活を夢見始める」として言及されています。半音階的な音の動きが多用され、
ウン・ポコ・メーノ・モッソとなる中間部では、音階的な音の動きが優勢となります。

<マズルカ ハ長調>。このマズルカでは、ハ長調と明記されていますが頻繁に調号が変化します。
また、主として、アレグロで書かれていますが、途中と終結部分でメノ・モッソの指示があります。

<マズルカ 変ニ長調>。ボロディンの書簡では、「踊りと・・・・・・踊り手のことを夢見る」として言及されています。
このマズルカでは、アレグレットでメロディーはまず低音で歌われます。
そして、曲全体を通して低音と上声との間をメロディーが行き来する運びとなっています。

<夢>。ボロディンの書簡では、「想うのは踊りのことだけ 新たな感情」として言及されています。
そして、アンダンテの4分の4拍子で多声的な手法で書かれています。

<セレナード 変ニ長調>。アッレグレットの8分の6拍子で書かれています。響きが低音域に集められた導入部で開始し、
その後、高音域も現れます。しかし、導入部とまったく同じ音楽により曲を閉じます。

<ノクターン 変ト長調>。ボロディンの書簡では、「愛されている夢が子守歌となる」として言及されています。
曲はアンダンティーノの4分の4拍子で書かれていて、曲全体を通して、
隣り合う2つの8分音符に短いスラーをかけたアーティキュレーションが特徴となっています。

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小組曲 (Petite Suite)は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したピアノのための小品集で7曲から成っています。
後にグラズノフによって管弦楽版が作られています。
全7曲から構成され、演奏時間は約17分。
この作品は組曲として構想されたものではなく、1878年から既に書かれていたピアノ曲(第5曲から第7曲)と、
1884年から1885年にかけて作曲した4曲を一つの曲集にまとめて完成させたものです。
完成後ボロディンはメルシー・アルジャント伯爵夫人から、同年7月にベルギーのアントワープで催された演奏会に
招待された際、招待されたことへの深い感謝の念とそのお礼として作品を献呈しました。

作品の草稿には「ある若い娘の愛の小詩」という副題が添えられていて、各曲にもそれぞれ副題が与えられています。
これらはアルジャント伯爵夫人の少女時代にまつわるエピソードを反映されたものであると考えられています。
しかし1885年の出版時には、各曲に付けられていた副題はすべて削除されています。

また1885年8月末にボロディンはヴァイマルを訪れてリストと出会っていますが、リストは『小組曲』と
『スケルツォ』を演奏して2曲を大いに気に入ったと伝えられています。 

第1曲 尼僧院にて(Au Couvent)

    アンダンテ・レリジョーソ、嬰ハ短調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「大聖堂の円天井の下で少女は神を思うことはない」

第2曲 間奏曲(Intermezzo)

    テンポ・ディ・メヌエット、ニ短調(後にヘ長調)、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は外の世界を夢見る」

第3曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグロ、ハ長調、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りなど考えもしない」

第4曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグレット、変ニ長調、4分の3拍子
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りと踊る人を考える」

第5曲 夢(Reverie)

    アンダンテ、変ニ長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊る人など考えもしない」

第6曲 セレナード(Serenade)

    アレグレット、変ニ長調、8分の6拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は愛の調べを夢見る」

第7曲 夜想曲(Nocturne)

    アンダンティーノ、変ト長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「少女は満ち足りた愛によって眠りに就く」

    この作品にはグラズノフによって編曲された管弦楽版とセルゲイ・リャプノフによる加筆された版が存在します。
グラズノフによる管弦楽編曲版は1889年にオーケストレーションが施されていますが、
その際に第7曲の「夜想曲」に1885年に書かれた『スケルツォ』を組み込んで、各曲の調性に適時変更を加えています。

    作品が出版された当時は、かなりの売れ行きで人気を博し、多くの音楽愛好家たちが買い求めました。
伯爵夫人は1886年5月にボロディンに宛てた手紙の中で、「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、
欲しがる人は跡を断ちません」と綴っています。

-------------------
ボロディン/小組曲
(Borodin:Petite Suite)

1885年の7月のこと、ボロディンは彼の音楽の熱烈な崇拝者、メルシー・アルジャントー伯爵夫人の招待で
ベルギーのアントワープでの演奏会に招待されました。
ボロディンはその厚意に感謝し、完成したばかりのこの曲を伯爵夫人に献呈したのです。

この組曲は7曲の小品で構成されており、作曲時期は1878年から1885年、ボロディン45歳から52歳の期間に亘っていますが、
初めから組曲として構想されたのではなく、折に触れて書いた曲をひとつにまとめて曲集にしたものでございます。
この曲の草稿には「ある若い娘の愛の小さな詩」というサブタイトルが添えられており、
各曲にもそれぞれちょっとした副題が与えられていました。これらの副題には、
アルジャントー伯爵夫人の少女時代のエピソードが暗示されていると考えられます。
ところが、出版にあたって、ボロディンはこれらの副題をすべて削除してしまいました。
もちろん、ボロディンにはそれなりの削除理由があったのでしょう。あまりにも個人的な内容の副題なので、
公刊の楽譜にはふさわしくないと思ったのかもしれません。
しかしながら、これらの副題にはボロディンらしく微笑ましいユーモアが感じられます。
そこで、以下に各曲のタイトルと削除された副題を列記しておきたいと思います。( )内が副題です。

 第1曲:尼僧院にて(大聖堂の円天井の下で、少女は神のことなど考えない)
 第2曲:間奏曲(彼女は外の世界を夢見る)
 第3曲:マズルカ(彼女は踊りのことなど考えない)
 第4曲:マズルカ(彼女は踊りと踊っている人のことを考える)
 第5曲:夢(彼女は踊っている人のことなど考えない)
 第6曲:セレナーデ(彼女は愛の調べを夢見る)
 第7曲:夜想曲(少女は満ち足りた愛によって眠りにつく)

ちなみに、この曲は大ヒットしたようで、アルジャントー伯爵夫人はボロディンに次のように書き送っています。
「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、欲しがる人は跡を絶ちません」

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  2020/10/11   animato

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第3曲 マズルカ

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第3曲 マズルカ
(Mazurka)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第3曲 マズルカ
(Mazurka)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

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  2020/10/10   animato

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第4曲 マズルカ

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第4曲 マズルカ
(Mazurka)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
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ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第4曲 マズルカ
(Mazurka)
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ボロディンは、グリンカのロシア民族主義の精神を受け継いだ、ロシア国民楽派の「五人組」の一員です。
そして、他の4人(バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、リムスキー=コルサコフ)があまり向かい合うことのなかった
交響曲の分野に積極的に取り組んだ作曲家です。そのことを冠して、チャイコフスキーとともに、
ロシアにおける交響曲の創始者として捉えられることもあります。
貴族の私生児として生まれたボロディンは、ピアノ、チェロ、フルートに加え、医学と化学も学んでいます。
とりわけ、化学の研究のために派遣されたイタリアとスイスにおいて、19世紀ロマン派を代表する作曲家の作品に触れ、
徐々に傾倒していったことが、作曲活動にとって1つの転機となったと考えられています。
そして、亡くなるまで化学者としての活動と作曲家としての活動を両立させた稀有な音楽家として知られています。

この作品は、晩年の作曲活動の円熟期、1885年に52歳の年で作曲されました。
同年に、サンクト・ペテルブルクから出版されています。
ボロディンの死後、グラズノフ(1865-1936)によりオーケストレーションがなされています。
「少女の愛の小詩」として構想されていて、ある種の標題音楽となっています。ボロディンの書簡には、
「修道院の円天井の下で 想うのは踊りだけ 踊り手と踊り手とを想う 想うのは踊り手だけ 愛の歌を夢見る 
愛されている幸福が子守歌となる 修道院 甘き夢」とプログラムが言及されています。
出版時期によって曲順が異なります。

<修道院にて>。アンダンテ・レリジオーソの4分の4拍子で書かれています。鏡像の構成をとる形で音楽が運ばれます。

<間奏曲 ヘ長調>。テンポ・ディ・ミヌエットと指示されたこの間奏曲は、ボロディンの書簡では
「社交界の生活を夢見始める」として言及されています。半音階的な音の動きが多用され、
ウン・ポコ・メーノ・モッソとなる中間部では、音階的な音の動きが優勢となります。

<マズルカ ハ長調>。このマズルカでは、ハ長調と明記されていますが頻繁に調号が変化します。
また、主として、アレグロで書かれていますが、途中と終結部分でメノ・モッソの指示があります。

<マズルカ 変ニ長調>。ボロディンの書簡では、「踊りと・・・・・・踊り手のことを夢見る」として言及されています。
このマズルカでは、アレグレットでメロディーはまず低音で歌われます。
そして、曲全体を通して低音と上声との間をメロディーが行き来する運びとなっています。

<夢>。ボロディンの書簡では、「想うのは踊りのことだけ 新たな感情」として言及されています。
そして、アンダンテの4分の4拍子で多声的な手法で書かれています。

<セレナード 変ニ長調>。アッレグレットの8分の6拍子で書かれています。響きが低音域に集められた導入部で開始し、
その後、高音域も現れます。しかし、導入部とまったく同じ音楽により曲を閉じます。

<ノクターン 変ト長調>。ボロディンの書簡では、「愛されている夢が子守歌となる」として言及されています。
曲はアンダンティーノの4分の4拍子で書かれていて、曲全体を通して、
隣り合う2つの8分音符に短いスラーをかけたアーティキュレーションが特徴となっています。

-------------------
小組曲 (Petite Suite)は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したピアノのための小品集で7曲から成っています。
後にグラズノフによって管弦楽版が作られています。
全7曲から構成され、演奏時間は約17分。
この作品は組曲として構想されたものではなく、1878年から既に書かれていたピアノ曲(第5曲から第7曲)と、
1884年から1885年にかけて作曲した4曲を一つの曲集にまとめて完成させたものです。
完成後ボロディンはメルシー・アルジャント伯爵夫人から、同年7月にベルギーのアントワープで催された演奏会に
招待された際、招待されたことへの深い感謝の念とそのお礼として作品を献呈しました。

作品の草稿には「ある若い娘の愛の小詩」という副題が添えられていて、各曲にもそれぞれ副題が与えられています。
これらはアルジャント伯爵夫人の少女時代にまつわるエピソードを反映されたものであると考えられています。
しかし1885年の出版時には、各曲に付けられていた副題はすべて削除されています。

また1885年8月末にボロディンはヴァイマルを訪れてリストと出会っていますが、リストは『小組曲』と
『スケルツォ』を演奏して2曲を大いに気に入ったと伝えられています。 

第1曲 尼僧院にて(Au Couvent)

    アンダンテ・レリジョーソ、嬰ハ短調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「大聖堂の円天井の下で少女は神を思うことはない」

第2曲 間奏曲(Intermezzo)

    テンポ・ディ・メヌエット、ニ短調(後にヘ長調)、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は外の世界を夢見る」

第3曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグロ、ハ長調、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りなど考えもしない」

第4曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグレット、変ニ長調、4分の3拍子
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りと踊る人を考える」

第5曲 夢(Reverie)

    アンダンテ、変ニ長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊る人など考えもしない」

第6曲 セレナード(Serenade)

    アレグレット、変ニ長調、8分の6拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は愛の調べを夢見る」

第7曲 夜想曲(Nocturne)

    アンダンティーノ、変ト長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「少女は満ち足りた愛によって眠りに就く」

    この作品にはグラズノフによって編曲された管弦楽版とセルゲイ・リャプノフによる加筆された版が存在します。
グラズノフによる管弦楽編曲版は1889年にオーケストレーションが施されていますが、
その際に第7曲の「夜想曲」に1885年に書かれた『スケルツォ』を組み込んで、各曲の調性に適時変更を加えています。

    作品が出版された当時は、かなりの売れ行きで人気を博し、多くの音楽愛好家たちが買い求めました。
伯爵夫人は1886年5月にボロディンに宛てた手紙の中で、「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、
欲しがる人は跡を断ちません」と綴っています。

-------------------
ボロディン/小組曲
(Borodin:Petite Suite)

1885年の7月のこと、ボロディンは彼の音楽の熱烈な崇拝者、メルシー・アルジャントー伯爵夫人の招待で
ベルギーのアントワープでの演奏会に招待されました。
ボロディンはその厚意に感謝し、完成したばかりのこの曲を伯爵夫人に献呈したのです。

この組曲は7曲の小品で構成されており、作曲時期は1878年から1885年、ボロディン45歳から52歳の期間に亘っていますが、
初めから組曲として構想されたのではなく、折に触れて書いた曲をひとつにまとめて曲集にしたものでございます。
この曲の草稿には「ある若い娘の愛の小さな詩」というサブタイトルが添えられており、
各曲にもそれぞれちょっとした副題が与えられていました。これらの副題には、
アルジャントー伯爵夫人の少女時代のエピソードが暗示されていると考えられます。
ところが、出版にあたって、ボロディンはこれらの副題をすべて削除してしまいました。
もちろん、ボロディンにはそれなりの削除理由があったのでしょう。あまりにも個人的な内容の副題なので、
公刊の楽譜にはふさわしくないと思ったのかもしれません。
しかしながら、これらの副題にはボロディンらしく微笑ましいユーモアが感じられます。
そこで、以下に各曲のタイトルと削除された副題を列記しておきたいと思います。( )内が副題です。

 第1曲:尼僧院にて(大聖堂の円天井の下で、少女は神のことなど考えない)
 第2曲:間奏曲(彼女は外の世界を夢見る)
 第3曲:マズルカ(彼女は踊りのことなど考えない)
 第4曲:マズルカ(彼女は踊りと踊っている人のことを考える)
 第5曲:夢(彼女は踊っている人のことなど考えない)
 第6曲:セレナーデ(彼女は愛の調べを夢見る)
 第7曲:夜想曲(少女は満ち足りた愛によって眠りにつく)

ちなみに、この曲は大ヒットしたようで、アルジャントー伯爵夫人はボロディンに次のように書き送っています。
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  2020/10/09   animato

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第5曲 セレナード

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第5曲 セレナード
(Serenade)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第5曲 セレナード
(Serenade)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

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ボロディンは、グリンカのロシア民族主義の精神を受け継いだ、ロシア国民楽派の「五人組」の一員です。
そして、他の4人(バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、リムスキー=コルサコフ)があまり向かい合うことのなかった
交響曲の分野に積極的に取り組んだ作曲家です。そのことを冠して、チャイコフスキーとともに、
ロシアにおける交響曲の創始者として捉えられることもあります。
貴族の私生児として生まれたボロディンは、ピアノ、チェロ、フルートに加え、医学と化学も学んでいます。
とりわけ、化学の研究のために派遣されたイタリアとスイスにおいて、19世紀ロマン派を代表する作曲家の作品に触れ、
徐々に傾倒していったことが、作曲活動にとって1つの転機となったと考えられています。
そして、亡くなるまで化学者としての活動と作曲家としての活動を両立させた稀有な音楽家として知られています。

この作品は、晩年の作曲活動の円熟期、1885年に52歳の年で作曲されました。
同年に、サンクト・ペテルブルクから出版されています。
ボロディンの死後、グラズノフ(1865-1936)によりオーケストレーションがなされています。
「少女の愛の小詩」として構想されていて、ある種の標題音楽となっています。ボロディンの書簡には、
「修道院の円天井の下で 想うのは踊りだけ 踊り手と踊り手とを想う 想うのは踊り手だけ 愛の歌を夢見る 
愛されている幸福が子守歌となる 修道院 甘き夢」とプログラムが言及されています。
出版時期によって曲順が異なります。

<修道院にて>。アンダンテ・レリジオーソの4分の4拍子で書かれています。鏡像の構成をとる形で音楽が運ばれます。

<間奏曲 ヘ長調>。テンポ・ディ・ミヌエットと指示されたこの間奏曲は、ボロディンの書簡では
「社交界の生活を夢見始める」として言及されています。半音階的な音の動きが多用され、
ウン・ポコ・メーノ・モッソとなる中間部では、音階的な音の動きが優勢となります。

<マズルカ ハ長調>。このマズルカでは、ハ長調と明記されていますが頻繁に調号が変化します。
また、主として、アレグロで書かれていますが、途中と終結部分でメノ・モッソの指示があります。

<マズルカ 変ニ長調>。ボロディンの書簡では、「踊りと・・・・・・踊り手のことを夢見る」として言及されています。
このマズルカでは、アレグレットでメロディーはまず低音で歌われます。
そして、曲全体を通して低音と上声との間をメロディーが行き来する運びとなっています。

<夢>。ボロディンの書簡では、「想うのは踊りのことだけ 新たな感情」として言及されています。
そして、アンダンテの4分の4拍子で多声的な手法で書かれています。

<セレナード 変ニ長調>。アッレグレットの8分の6拍子で書かれています。響きが低音域に集められた導入部で開始し、
その後、高音域も現れます。しかし、導入部とまったく同じ音楽により曲を閉じます。

<ノクターン 変ト長調>。ボロディンの書簡では、「愛されている夢が子守歌となる」として言及されています。
曲はアンダンティーノの4分の4拍子で書かれていて、曲全体を通して、
隣り合う2つの8分音符に短いスラーをかけたアーティキュレーションが特徴となっています。

-------------------
小組曲 (Petite Suite)は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したピアノのための小品集で7曲から成っています。
後にグラズノフによって管弦楽版が作られています。
全7曲から構成され、演奏時間は約17分。
この作品は組曲として構想されたものではなく、1878年から既に書かれていたピアノ曲(第5曲から第7曲)と、
1884年から1885年にかけて作曲した4曲を一つの曲集にまとめて完成させたものです。
完成後ボロディンはメルシー・アルジャント伯爵夫人から、同年7月にベルギーのアントワープで催された演奏会に
招待された際、招待されたことへの深い感謝の念とそのお礼として作品を献呈しました。

作品の草稿には「ある若い娘の愛の小詩」という副題が添えられていて、各曲にもそれぞれ副題が与えられています。
これらはアルジャント伯爵夫人の少女時代にまつわるエピソードを反映されたものであると考えられています。
しかし1885年の出版時には、各曲に付けられていた副題はすべて削除されています。

また1885年8月末にボロディンはヴァイマルを訪れてリストと出会っていますが、リストは『小組曲』と
『スケルツォ』を演奏して2曲を大いに気に入ったと伝えられています。 

第1曲 尼僧院にて(Au Couvent)

    アンダンテ・レリジョーソ、嬰ハ短調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「大聖堂の円天井の下で少女は神を思うことはない」

第2曲 間奏曲(Intermezzo)

    テンポ・ディ・メヌエット、ニ短調(後にヘ長調)、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は外の世界を夢見る」

第3曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグロ、ハ長調、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りなど考えもしない」

第4曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグレット、変ニ長調、4分の3拍子
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りと踊る人を考える」

第5曲 夢(Reverie)

    アンダンテ、変ニ長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊る人など考えもしない」

第6曲 セレナード(Serenade)

    アレグレット、変ニ長調、8分の6拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は愛の調べを夢見る」

第7曲 夜想曲(Nocturne)

    アンダンティーノ、変ト長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「少女は満ち足りた愛によって眠りに就く」

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グラズノフによる管弦楽編曲版は1889年にオーケストレーションが施されていますが、
その際に第7曲の「夜想曲」に1885年に書かれた『スケルツォ』を組み込んで、各曲の調性に適時変更を加えています。

    作品が出版された当時は、かなりの売れ行きで人気を博し、多くの音楽愛好家たちが買い求めました。
伯爵夫人は1886年5月にボロディンに宛てた手紙の中で、「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、
欲しがる人は跡を断ちません」と綴っています。

-------------------
ボロディン/小組曲
(Borodin:Petite Suite)

1885年の7月のこと、ボロディンは彼の音楽の熱烈な崇拝者、メルシー・アルジャントー伯爵夫人の招待で
ベルギーのアントワープでの演奏会に招待されました。
ボロディンはその厚意に感謝し、完成したばかりのこの曲を伯爵夫人に献呈したのです。

この組曲は7曲の小品で構成されており、作曲時期は1878年から1885年、ボロディン45歳から52歳の期間に亘っていますが、
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アルジャントー伯爵夫人の少女時代のエピソードが暗示されていると考えられます。
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もちろん、ボロディンにはそれなりの削除理由があったのでしょう。あまりにも個人的な内容の副題なので、
公刊の楽譜にはふさわしくないと思ったのかもしれません。
しかしながら、これらの副題にはボロディンらしく微笑ましいユーモアが感じられます。
そこで、以下に各曲のタイトルと削除された副題を列記しておきたいと思います。( )内が副題です。

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 第2曲:間奏曲(彼女は外の世界を夢見る)
 第3曲:マズルカ(彼女は踊りのことなど考えない)
 第4曲:マズルカ(彼女は踊りと踊っている人のことを考える)
 第5曲:夢(彼女は踊っている人のことなど考えない)
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ちなみに、この曲は大ヒットしたようで、アルジャントー伯爵夫人はボロディンに次のように書き送っています。
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サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第6曲「夜想曲」

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第6曲「夜想曲」
(Nocturne)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第6曲「夜想曲」
(Nocturne)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
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ボロディンは、グリンカのロシア民族主義の精神を受け継いだ、ロシア国民楽派の「五人組」の一員です。
そして、他の4人(バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、リムスキー=コルサコフ)があまり向かい合うことのなかった
交響曲の分野に積極的に取り組んだ作曲家です。そのことを冠して、チャイコフスキーとともに、
ロシアにおける交響曲の創始者として捉えられることもあります。
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とりわけ、化学の研究のために派遣されたイタリアとスイスにおいて、19世紀ロマン派を代表する作曲家の作品に触れ、
徐々に傾倒していったことが、作曲活動にとって1つの転機となったと考えられています。
そして、亡くなるまで化学者としての活動と作曲家としての活動を両立させた稀有な音楽家として知られています。

この作品は、晩年の作曲活動の円熟期、1885年に52歳の年で作曲されました。
同年に、サンクト・ペテルブルクから出版されています。
ボロディンの死後、グラズノフ(1865-1936)によりオーケストレーションがなされています。
「少女の愛の小詩」として構想されていて、ある種の標題音楽となっています。ボロディンの書簡には、
「修道院の円天井の下で 想うのは踊りだけ 踊り手と踊り手とを想う 想うのは踊り手だけ 愛の歌を夢見る 
愛されている幸福が子守歌となる 修道院 甘き夢」とプログラムが言及されています。
出版時期によって曲順が異なります。

<修道院にて>。アンダンテ・レリジオーソの4分の4拍子で書かれています。鏡像の構成をとる形で音楽が運ばれます。

<間奏曲 ヘ長調>。テンポ・ディ・ミヌエットと指示されたこの間奏曲は、ボロディンの書簡では
「社交界の生活を夢見始める」として言及されています。半音階的な音の動きが多用され、
ウン・ポコ・メーノ・モッソとなる中間部では、音階的な音の動きが優勢となります。

<マズルカ ハ長調>。このマズルカでは、ハ長調と明記されていますが頻繁に調号が変化します。
また、主として、アレグロで書かれていますが、途中と終結部分でメノ・モッソの指示があります。

<マズルカ 変ニ長調>。ボロディンの書簡では、「踊りと・・・・・・踊り手のことを夢見る」として言及されています。
このマズルカでは、アレグレットでメロディーはまず低音で歌われます。
そして、曲全体を通して低音と上声との間をメロディーが行き来する運びとなっています。

<夢>。ボロディンの書簡では、「想うのは踊りのことだけ 新たな感情」として言及されています。
そして、アンダンテの4分の4拍子で多声的な手法で書かれています。

<セレナード 変ニ長調>。アッレグレットの8分の6拍子で書かれています。響きが低音域に集められた導入部で開始し、
その後、高音域も現れます。しかし、導入部とまったく同じ音楽により曲を閉じます。

<ノクターン 変ト長調>。ボロディンの書簡では、「愛されている夢が子守歌となる」として言及されています。
曲はアンダンティーノの4分の4拍子で書かれていて、曲全体を通して、
隣り合う2つの8分音符に短いスラーをかけたアーティキュレーションが特徴となっています。

-------------------
小組曲 (Petite Suite)は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したピアノのための小品集で7曲から成っています。
後にグラズノフによって管弦楽版が作られています。
全7曲から構成され、演奏時間は約17分。
この作品は組曲として構想されたものではなく、1878年から既に書かれていたピアノ曲(第5曲から第7曲)と、
1884年から1885年にかけて作曲した4曲を一つの曲集にまとめて完成させたものです。
完成後ボロディンはメルシー・アルジャント伯爵夫人から、同年7月にベルギーのアントワープで催された演奏会に
招待された際、招待されたことへの深い感謝の念とそのお礼として作品を献呈しました。

作品の草稿には「ある若い娘の愛の小詩」という副題が添えられていて、各曲にもそれぞれ副題が与えられています。
これらはアルジャント伯爵夫人の少女時代にまつわるエピソードを反映されたものであると考えられています。
しかし1885年の出版時には、各曲に付けられていた副題はすべて削除されています。

また1885年8月末にボロディンはヴァイマルを訪れてリストと出会っていますが、リストは『小組曲』と
『スケルツォ』を演奏して2曲を大いに気に入ったと伝えられています。 

第1曲 尼僧院にて(Au Couvent)

    アンダンテ・レリジョーソ、嬰ハ短調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「大聖堂の円天井の下で少女は神を思うことはない」

第2曲 間奏曲(Intermezzo)

    テンポ・ディ・メヌエット、ニ短調(後にヘ長調)、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は外の世界を夢見る」

第3曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグロ、ハ長調、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りなど考えもしない」

第4曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグレット、変ニ長調、4分の3拍子
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りと踊る人を考える」

第5曲 夢(Reverie)

    アンダンテ、変ニ長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊る人など考えもしない」

第6曲 セレナード(Serenade)

    アレグレット、変ニ長調、8分の6拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は愛の調べを夢見る」

第7曲 夜想曲(Nocturne)

    アンダンティーノ、変ト長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「少女は満ち足りた愛によって眠りに就く」

    この作品にはグラズノフによって編曲された管弦楽版とセルゲイ・リャプノフによる加筆された版が存在します。
グラズノフによる管弦楽編曲版は1889年にオーケストレーションが施されていますが、
その際に第7曲の「夜想曲」に1885年に書かれた『スケルツォ』を組み込んで、各曲の調性に適時変更を加えています。

    作品が出版された当時は、かなりの売れ行きで人気を博し、多くの音楽愛好家たちが買い求めました。
伯爵夫人は1886年5月にボロディンに宛てた手紙の中で、「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、
欲しがる人は跡を断ちません」と綴っています。

-------------------
ボロディン/小組曲
(Borodin:Petite Suite)

1885年の7月のこと、ボロディンは彼の音楽の熱烈な崇拝者、メルシー・アルジャントー伯爵夫人の招待で
ベルギーのアントワープでの演奏会に招待されました。
ボロディンはその厚意に感謝し、完成したばかりのこの曲を伯爵夫人に献呈したのです。

この組曲は7曲の小品で構成されており、作曲時期は1878年から1885年、ボロディン45歳から52歳の期間に亘っていますが、
初めから組曲として構想されたのではなく、折に触れて書いた曲をひとつにまとめて曲集にしたものでございます。
この曲の草稿には「ある若い娘の愛の小さな詩」というサブタイトルが添えられており、
各曲にもそれぞれちょっとした副題が与えられていました。これらの副題には、
アルジャントー伯爵夫人の少女時代のエピソードが暗示されていると考えられます。
ところが、出版にあたって、ボロディンはこれらの副題をすべて削除してしまいました。
もちろん、ボロディンにはそれなりの削除理由があったのでしょう。あまりにも個人的な内容の副題なので、
公刊の楽譜にはふさわしくないと思ったのかもしれません。
しかしながら、これらの副題にはボロディンらしく微笑ましいユーモアが感じられます。
そこで、以下に各曲のタイトルと削除された副題を列記しておきたいと思います。( )内が副題です。

 第1曲:尼僧院にて(大聖堂の円天井の下で、少女は神のことなど考えない)
 第2曲:間奏曲(彼女は外の世界を夢見る)
 第3曲:マズルカ(彼女は踊りのことなど考えない)
 第4曲:マズルカ(彼女は踊りと踊っている人のことを考える)
 第5曲:夢(彼女は踊っている人のことなど考えない)
 第6曲:セレナーデ(彼女は愛の調べを夢見る)
 第7曲:夜想曲(少女は満ち足りた愛によって眠りにつく)

ちなみに、この曲は大ヒットしたようで、アルジャントー伯爵夫人はボロディンに次のように書き送っています。
「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、欲しがる人は跡を絶ちません」

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

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  2020/10/08   animato

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第7曲 夢

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第7曲 夢
(Reverei)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

サックス四重奏 ボロディン :小組曲 第7曲 夢
(Reverei)
編成はソプラノ、アルト、テナー、バリトンです。
クラリネット四重奏、木管四重奏、にも変更可能です。

ロシア色が豊かな名曲をコンサート・ピースなどに、ぜひどうぞ。

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お求めの際はこちらからお願いします。

アトリエ・アニマート・ショップ
https://animato.official.ec/

参考音源
https://youtu.be/ztm0TBtjuyM

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3
https://animato-jp.net/rec-band/gakufu.html

ボロディンは、グリンカのロシア民族主義の精神を受け継いだ、ロシア国民楽派の「五人組」の一員です。
そして、他の4人(バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、リムスキー=コルサコフ)があまり向かい合うことのなかった
交響曲の分野に積極的に取り組んだ作曲家です。そのことを冠して、チャイコフスキーとともに、
ロシアにおける交響曲の創始者として捉えられることもあります。
貴族の私生児として生まれたボロディンは、ピアノ、チェロ、フルートに加え、医学と化学も学んでいます。
とりわけ、化学の研究のために派遣されたイタリアとスイスにおいて、19世紀ロマン派を代表する作曲家の作品に触れ、
徐々に傾倒していったことが、作曲活動にとって1つの転機となったと考えられています。
そして、亡くなるまで化学者としての活動と作曲家としての活動を両立させた稀有な音楽家として知られています。

この作品は、晩年の作曲活動の円熟期、1885年に52歳の年で作曲されました。
同年に、サンクト・ペテルブルクから出版されています。
ボロディンの死後、グラズノフ(1865-1936)によりオーケストレーションがなされています。
「少女の愛の小詩」として構想されていて、ある種の標題音楽となっています。ボロディンの書簡には、
「修道院の円天井の下で 想うのは踊りだけ 踊り手と踊り手とを想う 想うのは踊り手だけ 愛の歌を夢見る 
愛されている幸福が子守歌となる 修道院 甘き夢」とプログラムが言及されています。
出版時期によって曲順が異なります。

<修道院にて>。アンダンテ・レリジオーソの4分の4拍子で書かれている。鏡像の構成をとる形で音楽が運ばれます。

<間奏曲 ヘ長調>。テンポ・ディ・ミヌエットと指示されたこの間奏曲は、ボロディンの書簡では
「社交界の生活を夢見始める」として言及されています。半音階的な音の動きが多用され、
ウン・ポコ・メーノ・モッソとなる中間部では、音階的な音の動きが優勢となります。

<マズルカ ハ長調>。このマズルカでは、ハ長調と明記されていますが頻繁に調号が変化します。
また、主として、アレグロで書かれていますが、途中と終結部分でメノ・モッソの指示があります。

<マズルカ 変ニ長調>。ボロディンの書簡では、「踊りと・・・・・・踊り手のことを夢見る」として言及されています。
このマズルカでは、アレグレットでメロディーはまず低音で歌われます。
そして、曲全体を通して低音と上声との間をメロディーが行き来する運びとなっています。

<夢>。ボロディンの書簡では、「想うのは踊りのことだけ 新たな感情」として言及されています。
そして、アンダンテの4分の4拍子で多声的な手法で書かれています。

<セレナード 変ニ長調>。アッレグレットの8分の6拍子で書かれています。響きが低音域に集められた導入部で開始し、
その後、高音域も現れます。しかし、導入部とまったく同じ音楽により曲を閉じます。

<ノクターン 変ト長調>。ボロディンの書簡では、「愛されている夢が子守歌となる」として言及されています。
曲はアンダンティーノの4分の4拍子で書かれていて、曲全体を通して、
隣り合う2つの8分音符に短いスラーをかけたアーティキュレーションが特徴となっています。

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小組曲 (Petite Suite)は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したピアノのための小品集で7曲から成っています。
後にグラズノフによって管弦楽版が作られています。
全7曲から構成され、演奏時間は約17分。
この作品は組曲として構想されたものではなく、1878年から既に書かれていたピアノ曲(第5曲から第7曲)と、
1884年から1885年にかけて作曲した4曲を一つの曲集にまとめて完成させたものです。
完成後ボロディンはメルシー・アルジャント伯爵夫人から、同年7月にベルギーのアントワープで催された演奏会に
招待された際、招待されたことへの深い感謝の念とそのお礼として作品を献呈しました。

作品の草稿には「ある若い娘の愛の小詩」という副題が添えられていて、各曲にもそれぞれ副題が与えられています。
これらはアルジャント伯爵夫人の少女時代にまつわるエピソードを反映されたものであると考えられています。
しかし1885年の出版時には、各曲に付けられていた副題はすべて削除されています。

また1885年8月末にボロディンはヴァイマルを訪れてリストと出会っていますが、リストは『小組曲』と
『スケルツォ』を演奏して2曲を大いに気に入ったと伝えられています。 

第1曲 尼僧院にて(Au Couvent)

    アンダンテ・レリジョーソ、嬰ハ短調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「大聖堂の円天井の下で少女は神を思うことはない」

第2曲 間奏曲(Intermezzo)

    テンポ・ディ・メヌエット、ニ短調(後にヘ長調)、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は外の世界を夢見る」

第3曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグロ、ハ長調、4分の3拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りなど考えもしない」

第4曲 マズルカ(Mazurka)

    アレグレット、変ニ長調、4分の3拍子
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊りと踊る人を考える」

第5曲 夢(Reverie)

    アンダンテ、変ニ長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は踊る人など考えもしない」

第6曲 セレナード(Serenade)

    アレグレット、変ニ長調、8分の6拍子。
    草稿に与えられていた副題は「彼女は愛の調べを夢見る」

第7曲 夜想曲(Nocturne)

    アンダンティーノ、変ト長調、4分の4拍子。
    草稿に与えられていた副題は「少女は満ち足りた愛によって眠りに就く」

    この作品にはグラズノフによって編曲された管弦楽版とセルゲイ・リャプノフによる加筆された版が存在します。
グラズノフによる管弦楽編曲版は1889年にオーケストレーションが施されていますが、
その際に第7曲の「夜想曲」に1885年に書かれた『スケルツォ』を組み込んで、各曲の調性に適時変更を加えています。

    作品が出版された当時は、かなりの売れ行きで人気を博し、多くの音楽愛好家たちが買い求めました。
伯爵夫人は1886年5月にボロディンに宛てた手紙の中で、「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、
欲しがる人は跡を断ちません」と綴っています。

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ボロディン/小組曲
(Borodin:Petite Suite)

1885年の7月のこと、ボロディンは彼の音楽の熱烈な崇拝者、メルシー・アルジャントー伯爵夫人の招待で
ベルギーのアントワープでの演奏会に招待されました。
ボロディンはその厚意に感謝し、完成したばかりのこの曲を伯爵夫人に献呈したのです。

この組曲は7曲の小品で構成されており、作曲時期は1878年から1885年、ボロディン45歳から52歳の期間に亘っていますが、
初めから組曲として構想されたのではなく、折に触れて書いた曲をひとつにまとめて曲集にしたものでございます。
この曲の草稿には「ある若い娘の愛の小さな詩」というサブタイトルが添えられており、
各曲にもそれぞれちょっとした副題が与えられていました。これらの副題には、
アルジャントー伯爵夫人の少女時代のエピソードが暗示されていると考えられます。
ところが、出版にあたって、ボロディンはこれらの副題をすべて削除してしまいました。
もちろん、ボロディンにはそれなりの削除理由があったのでしょう。あまりにも個人的な内容の副題なので、
公刊の楽譜にはふさわしくないと思ったのかもしれません。
しかしながら、これらの副題にはボロディンらしく微笑ましいユーモアが感じられます。
そこで、以下に各曲のタイトルと削除された副題を列記しておきたいと思います。( )内が副題です。

 第1曲:尼僧院にて(大聖堂の円天井の下で、少女は神のことなど考えない)
 第2曲:間奏曲(彼女は外の世界を夢見る)
 第3曲:マズルカ(彼女は踊りのことなど考えない)
 第4曲:マズルカ(彼女は踊りと踊っている人のことを考える)
 第5曲:夢(彼女は踊っている人のことなど考えない)
 第6曲:セレナーデ(彼女は愛の調べを夢見る)
 第7曲:夜想曲(少女は満ち足りた愛によって眠りにつく)

ちなみに、この曲は大ヒットしたようで、アルジャントー伯爵夫人はボロディンに次のように書き送っています。
「あなたの『小組曲』はすごい売れ行きで、欲しがる人は跡を絶ちません」

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  2020/10/08   animato

金管四重奏シューマン :子供の情景 Op.15 第1曲 見知らぬ国

金管四重奏シューマン :子供の情景 Op.15
第1曲 見知らぬ国
Schumann, Robert:Kinderszenen Op.15
"Von fremden Landern und Menschen"

編成はトランペット、トロンボーンまたはユーフォニアム、チューバです。
クラリネット四重奏、サックス四重奏、木管四重奏にも変更可能。
お好みの曲をチョイスしてコンテストやコンサートにどうぞ。
シューマンの素朴で温かな響きをお楽しみください。

金管四重奏シューマン :子供の情景 Op.15
第1曲 見知らぬ国
Schumann, Robert:Kinderszenen Op.15
"Von fremden Landern und Menschen"

編成はトランペット、トロンボーンまたはユーフォニアム、チューバです。
クラリネット四重奏、サックス四重奏、木管四重奏にも変更可能。
お好みの曲をチョイスしてコンテストやコンサートにどうぞ。
シューマンの素朴で温かな響きをお楽しみください。

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参考音源
https://youtu.be/0mSTcn3kmUE

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3
https://animato-jp.net/rec-band/gakufu.html

『子供の情景』(こどものじょうけい、ドイツ語: Kinderszenen)作品15は、ロベルト・シューマンが作曲したピアノ曲の代表作のひとつです。
特に第7曲『トロイメライ』は有名です。(全13曲)
作曲は1838年に着手されましたが、曲の大部分は2月から3月にかけて作られ、全曲の完成は4月まで要しました。
(ただし一部は前年の1837年から作られています)。同年の3月19日(17日もしくは18日とも)にクララへ宛てた手紙の中で、
「時々あなたは子供に思えます」という言葉の余韻の中で作曲に至ったといいます。
そしてシューマンは30曲ほど作った小品の中から、12曲を選び出して『子供の情景』と名付けたといいます。
シューマンの日記によると「トロイメライ」が2月24日に、「十分に幸せ」が3月11日にそれぞれ作曲されています。
なお13番目に作られた曲がどれなのかは不明です。

出版は1839年2月にライプツィヒのブライトコプフ・ウント・ヘルテル社より。
シューマンは作品の完成後にブライトコプフ社に楽譜を送付して出版を望んだのですが、理由は不明だが大きく遅れてしまい、
催促の末に翌年の2月になって初版が出版されました。

この曲はフランツ・リストを感動させました。彼は「この曲のおかげで私は生涯最大の喜びを味わうことができた」と
シューマンへの手紙に書き、週に2、3回は娘のために弾いていると明かしています。
「この曲は娘を夢中にさせますし、またそれ以上に私もこの曲に夢中なのです。
というわけで私は、しばしば第1曲を20回も弾かされて、ちっとも先に進みません。」

シューマンは後に、『子供のためのアルバム』作品68や『子供のための3つのピアノソナタ』作品118などの
子供の学習用のピアノ曲を作曲しています。しかし作曲者本人の語るところによると、
『子供の情景』はそれらの作品とは異なる「子供心を描いた、大人のための作品」です。

この曲集は‘子供の’というタイトルがついていますが、必ずしも子供が簡単に演奏できるといった曲ではなく、
大人が見た子供の日常の様子を精密に綴ったもので、シューマンの描写力と表現力の並々ならぬ才能が
発揮された傑作の筆頭です。どの曲も複雑な音型はないため子供が演奏することもありますが、
各曲の要求する内容を表現するには、極めて高度な表現力が要求されます。

1.「見知らぬ国」 / "Von fremden Landern und Menschen"
調:ト長調  総演奏時間:1分30秒 
行ったことのない国のお話しに耳を傾ける子供。異国への憧れが幻想的に描かれている。

2. 「不思議なお話」 / "Curiose Geschichte"
調:ニ長調  総演奏時間:1分00秒 
これは、リズミカルで元気のよいお話。子供の興味をかきたてている様子が窺える。

3.「鬼ごっこ」 / "Hasche-Mann"
調:変ロ短調  総演奏時間:0分30秒 
鬼ごっこをして走り回る、活発な子供たち。

4.「ねだる子供」 / "Bittendes Kind"
調:ニ長調  総演奏時間:0分50秒 

5.「満足」 / "Gluckes genug"
調:ニ長調  総演奏時間:0分40秒

6.「重大な出来事」 / "Wichtige Begebeheit"
調:イ長調  総演奏時間:1分00秒 

7.「トロイメライ」 / "Traumerai"
調:ヘ長調  総演奏時間:2分30秒 

8.「炉端で」 / "Am Camin"
調:ヘ長調  総演奏時間:0分50秒 

9.「木馬の騎士」 / "Ritter vom Steckenpferd"
調:ハ長調  総演奏時間:0分40秒

10.「むきになって」 / "Fast zu ernst"
調:嬰ト短調  総演奏時間:1分30秒 

11.「こわがらせ」 / "Furchtenmachen"
調:ホ短調  総演奏時間:1分50秒 

12.「眠っている子供」 / "Kind im Einschlummern"
調:ホ短調  総演奏時間:2分00秒 

13.「詩人のお話」 / "Der Dichter spricht"
調:ト長調  総演奏時間:2分30秒 
子供の夢の世界が、ゆっくりと広がってゆきます。
途中、詩人がレチタティーボで登場し、「見知らぬ国」のお話をそっとしてくれます。

アトリエ・アニマート
https://animato-jp.net/

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  2020/10/04   animato