音律について 

[はじめに]

 私達が音楽に出会って美しいと感じる要因のひとつに正確なピッチとハーモニーがあります。昨今は電子チューナーの普及によって「正確なピッチ」が確認し易くなりました。しかし、ハーモニーとなると、単にユニゾンや、オクターヴのピッチを揃えるだけに留まらず、純正律による唸りのない響きを理解していなければなりません。平島 達司は「純正律とは五度と三度を純正に取る音律」だとしています。自然倍音列を理解し、旋律的であったり和声的であるという音律の使い分けが柔軟におこなえるようにしたいものです。 

[純正音程と音律]

1.純正音程 

 振動数比が単純な整数比になる音程を純正音程といいます。 複数の音を純正音程で演奏すれば、うなりや濁りのない美しい響きが得られます。

協和する純正音程の振動数比

協和音程

整数比

ユニゾン

1:1

オクターブ

1:2

5度

2:3

4度

3:4

長3度

4:5

短3度

5:6

純正音程による長三和音(純正な5度と長3度)

4:5:6

純正音程による短三和音(純正な5度と短3度)

10:12:15

しかし12音にすべての協和音程を純正にすることはできません。そこで調性によって純正(調性が変わると音程が不純になってしまう)に近付けるよう音律が作られます。 

2.純正律とピタゴラス音律 

 すべての音律の基礎となるのがこの2つの音律です。 音律の話しをすすめる時、この2つの音律について理解しておく必要があります。 

1)純正律

 純正律とは主要三和音(ハ長調ではC,F,G)が純正な長音階のことです。 

 Cを1としてハ長調の純正律を実際に計算してみると下のようになります。

G =

3/2 × C = 3/2

E =

5/4 × C = 5/4

F =

4/3 × C = 4/3

A =

5/4 × F = 5/3

D =

G ÷ 4/3 = 9/8

H =

5/4 × G = 15/8

 したがって、下のような音程比率になります。

C-D

D-E

E-F

F-G

G-A

A-H

9/8

10/9

16/15

9/8

10/9

9/8

2)ピタゴラス音律

ピタゴラス音律は、ある音に対し5度を12回積み重ねると、元の音に近い音に戻ります(実際は少し高くなる)。この作業で1オクターブを12に分割した音階です。

最後にできる狭い5度は、通常Gis(As)-Esに配置されます。

C-G

G-D

D-A

A-E

E-H

H-Fis

Fis-Cis

Cis-Gis

Gis(As)-Es

Es-B

B-F

F-C

3/2

3/2

3/2

3/2

3/2

3/2

3/2

3/2

pc 注1)

3/2

3/2

3/2


[各音律の特徴]

1.純正律 

 ギリシアのアリストクセノスが考案したといわれる音律です。ローマ以降のヨーロッパでは忘れ去られていましたが15世紀後半に音楽学者ラミスによって再び発見され、長三度を協和音程としていたヨーロッパの音律に大きな影響を与えました。メリットは主要三和音が純正(ハ長調の時はC・F・G)であること以外に見当たりません。 まず旋律などで順次進行の音程が不自然です。 これは音階の中に大全音と小全音があるからです。 音階を弾いてみるとEとAが低く聞こえます。 またD-Aの5度がとても狭く(sc 注2)の24セント)、この5度が出てくると大変不自然に聞こえてしまいます。またオルガンやピアノなどで調律変更ができないので転調は不可能です。これらの点で純正律は実用的音律ではありません。例としてハ長調向けに調律したデータで嬰ハ長調を鳴らしてみると歴然「百見は一聞にしかず」です。純正律MIDIと比べて純正律のデメリットMIDIをお聴きください。

 

..純正律MIDI 注6) ..純正律のデメリットMIDI 注6)

 

MIDI環境がローランドGS音源対応でない場合はmp3データを試してください(344KB)

純正律.mp3

純正律のデメリット.mp3


2.ピタゴラス音律

 ギリシアのピタゴラスが考案したといわれる音律です。ローマ以降15世紀後半まで、ヨーロッパ音楽全般の音律として用いられていました。メリットは一箇所[Gis(As)-Es]を除いてすべての5度が純正であることです。また、全音と半音の違いがはっきりしているのでグレゴリオ聖歌のような単旋律音楽では独特の美しい特徴があらわれる点も長所といえます。一方、デメリットとしては長3度が不純であることです。そのため長3度はとても緊張感のある固い感じの和音になり平穏な解決感が感じにくいことになります。

..ピタゴラス音律MIDI 注6)


 

3.中全音律(ミーントーン)

C-G

G-D

D-A

A-E

E-H

H-Fis

Fis-Cis

Cis-Gis

Gis(As)-Es

Es-B

B-F

F-C

-sc 注2)

4 -sc

4 -sc

4 -sc

4 -sc

4 -sc

4 -sc

4 -sc

wolf 注5)

4 -sc

4 -sc

4 -sc
注4)

 アーロンが1523年に考案した音律です。それまでピタゴラス音律で作られていたヨーロッパ音楽に純正な長3度を取り入れるために作られました。 長3度を純正にするために5度を少しずつ狭くしています。メリットは全音階的な長三和音が美しく響くことです。 5度はやや狭いのですが、僅かなビートが感じられる程度なので、純正な長3度とあわせると十分美しく聞こえます。 ただ5度を少しずつ狭くしたのでGis(As)-Esでは非常に広い5度(ウルフと呼ばれる)が存在し、転調に制限が加わってしまうデメリットがあります。

..中全音律MIDI 注6)


4.平均律

 オクターブを12の半音に等分した音律で、現在最も多用されています。 1636年にメルセンヌが発表していますが、それ以前から先駆的な発表がされていました。フレット楽器では比較的早くから採用されていましたが、鍵盤楽器への採用は19世紀の後半からといわれています。

..平均律MIDI


5.ヴェルクマイスター音律

 ヴェルクマイスター(Andreas Werckmeister, 1645-1706)は、ドイツのオルガン演奏家で音楽理論家。長3度が純正に響く事が重視されていた時代に「鍵盤楽器の基礎であるすべての長3度は純正より広く取らなくてはならない」 と主張しました。彼の調律は、J.S.バッハ(1685-1750)にも大きな影響を与えました。「ウェルテンペラメント」の音律(EからHisまで純正な5度を用い、C(His)- Eの長3度を4等分する)をもとにしています。そこからAからHまでを純正な5度に取り直します。「A-E-H」「 Ges-Des-As-Es-B-F-C」が純正5度です。純正な長3度はありません。

..ヴェルクマイスター音律MIDI 注6)


6.キルンベルガー音律

キルンベルガー(Johann Philipp Kirnberger, 1721-1783)は、いくつかの調律法を発表しています(有名なのは第3法)。ハ長調では、基本的な和音は純正の響きを持ちます。しかし、調性が離れていくとピタゴラス音律のようになってしまいます。「 Des-As-Es-B-F-C-G-D」「A-E-H-Fis 」が純正5度です。「F-A」「C-E」「G-H」「D-Fis」が純正長3度です。

..キルンベルガー音律MIDI 注6)


7.その他の音律

 その他にもウェルテンペラメント、ラミス(Ramis)、ガナッシ(Ganassi)、サリナス(Salinas)、プレトリウス(Praetorius)、ケプラー(Kepler)、メルセンヌ(Mersenne)、 マールプルク(Marpurg)、シュニットガー(Schnitger)、A.ジルバーマン(A.Silbermann)、マッテゾン(Matteson)、ラモー(Rameau)、マルカム(Malcolm)、ナイトハルト、ヴァロッティ(Vallotti)、オイラー(Euler)、H.A.ケルナーの音律があります。


[注記]

注1)ピタゴラスコンマ(pc)

5度を12回積み上げてできた音と元の音との差(約24セント)。ピタゴラス音律のGis-Esの5度だけ狭くなります。 

注2)シントニックコンマ(sc)

5度を4回積み上げてできる3度と純正な長3度とのずれ(約22セント)。 ピタゴラス音律のEと純正律のEの差で一致します。

注3)セント値

振動数比を対数であらわす最小単位。平均律の半音を100セントとします (1オクターブを1200セント)。

注4)+-:純正5度に対して広い/狭いを表します。

注5)wolf = ウルフ非常に広い5度で、強い唸りを生じさせるのでこのように呼ばれます。

注6)各音律のMIDIデータはローランドGS音源対応機種で試聴してください。MIDIデータを試聴されましたら平均律に戻される(最後に平均律MIDIを再生する)ことをお薦めします。 


[参考文献]

平島 達司「ゼロ・ビートの再発見」(1983)東京音楽社

ニューグローブ世界音楽大事典(1995)講談社

音楽理論へもどる 純正音程の体験を目指してへもどる