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2022年12月

金管四重奏 バルトーク :アンダンテ スロバキア民謡の旋律による3つのロンドから

金管四重奏 バルトーク :アンダンテ スロバキア民謡の旋律による3つのロンドから
Bartok, Bela:Harom Rondo nepi dallamokkal BB 92 Sz 84
I. アンダンテ
1. Andante

編成はTp.、Hn.、Tbn.またはEup.、Tubaです。
木管四重奏、サックス四重奏、クラリネット四重奏版は発売中です。

東欧の香りが昇華した名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

金管四重奏 バルトーク :アンダンテ スロバキア民謡の旋律による3つのロンドから
Bartok, Bela:Harom Rondo nepi dallamokkal BB 92 Sz 84
I. アンダンテ
1. Andante

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https://www.youtube.com/channel/UCbc_7CUTWTYOuyu_WQcflxQ

アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

スロバキア民謡による3つのロンド、Sz. 84、BB 92 (ハンガリー語: Harom rondo nepi dallamokkal)は、ハンガリーの作曲家
ベーラ バルトークによるピアノのための3つの小品のコレクションです。これらの曲は1916年から1927年に作曲されました。
ベーラ・バルトークは、主に現代のルーマニアとハンガリーの民俗音楽に生涯にわたって芸術的な関心を持っていました。
これは作曲家としての彼の作品に表れています。なぜなら、バルトークは当初、彼の最も芸術的に関連性の高い作品を分類するために
作品番号を使用するつもりでしたが、最終的には番号付けシステムを使用することを拒否したからです。 
3つのロンドの最初の曲は、ハンガリーとルーマニアの民謡に基づいた他の多くの曲と共に1916年に作曲されました。
バルトークは、ハンガリーとその周辺地域から民謡を収集しているときにロンドを作曲しました。
これは、Lanc、lanc、eszterlanc [hu] という名前の子供向けの曲を少し忠実に編曲したもので、彼が旅行中に作ったものです。
他の2つのロンドは1927年に作曲され、以前のロンドとはかなり異なるスタイルに従っています。
構造は、最初のロンドよりもはるかに複雑で、リズムがより強調されています。伝統的なメロディーは今でも存在していますが、
さらに発展しています。ベーラ・バルトークは、通常、ロンドには2つのテーマしかないのに対し、第2ロンドに第3テーマを
含めようとしたことを認めましたが、最終的には実用上の理由からそれを含めないことに決めました。
3つのロンドはすべて一緒に編集され、1930年後半にウィーンのユニバーサル・エディションから出版されました。
3つのロンドのコレクションは、演奏に約8-9分かかり、各ロンドには約2-3分かかります。ロンドのリストは次のとおりです。

1.アンダンテ
2.ヴィヴァシシモ
3.アレグロ・モルト

すべてのロンドはロンドのような形式に従い、最初のテーマが提示され、次に2番目のテーマが提示され、その後、
最初のテーマの幾分発展したバージョンが提示されます。

アトリエ・アニマート
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  2022/12/11   animato

木管五重奏 ショパン :舟歌 Op.60 嬰ヘ長調(ト長調)

木管五重奏 ショパン :舟歌 Op.60 嬰ヘ長調(ト長調)
Barcarolle Fis-Dur Op.60
Chopin, Frederic

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs,Cl.です。
クラリネット五重奏版は発売中です。

ショパンの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

木管五重奏 ショパン :舟歌 Op.60 嬰ヘ長調(ト長調)
Barcarolle Fis-Dur Op.60
Chopin, Frederic

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs,Cl.です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

『舟歌』(Barcarole)嬰ヘ長調 作品60は、フレデリック・ショパンが1846年に作曲・出版したピアノ独奏曲で、シュトックハウゼン男爵夫人に献呈されました。
舟歌(バルガローレ)というと、西洋では一般に水上都市ベネチアのゴンドラ漕ぎの歌から由来しています。
作曲当時ショパンは37歳、ジョルジュサンドと破局を迎え、病気もいっそう進行、かなり絶望的な心境だったと想像できます。
 この作品でも明らかにイタリア、ベネチアの雰囲気と見られる、明るく開放的な曲調がベースになっていますが、
この曲中ではもう一つ重要な、恋人同士の行方も大きなテーマになっていると言われています。
ショパン自身がこの作品を「二人以上の前で演奏してはならない」と語ったと伝えられている事も、いっそう謎めいたメッセージです。
一般にヨーロッパの 舟歌 と呼ばれる楽曲には、6/8拍子が使われる事が大変多いのですが、ここでは珍しく、12/8拍子が使われています。

通常の舟歌は無言歌集 (メンデルスゾーン)第2巻 作品30にあるように2拍子系の8分の6拍子ですが、この作品は4拍子系の8分の12拍子です。ノクターンに近い曲想でもあります。
冒頭は調性不安定な和声進行で、嬰ト短調-嬰ハ長調-主調と舟歌の浮揚感を象徴しています。
パウゼ(休止)のあと主題が始まります。低音の特徴的なリズムの上に3度や6度の和声で叙情的にメロディを演奏します。
中間部では一旦平行短調(嬰ヘ短調)で導入しますが、対立や発展というより連綿と同様主題が転調反復され、イ長調で進行します。
しかし時に嬰ト長調(変イ長調)のアルペッジョを取り入れて単調な舟歌に節目をつけています。
モノフォニーの嬰ハ長調レチタティーヴォが現れ、音階進行とトリルの後、主題が低音オクターヴ奏法に乗って再現されます。
調性不安定な半音階的な部分の後に6度の和声で主調が回想され、最後には下降音階が華々しく曲を締めくくります。
晩年の作品であり技術、表現の面で難易度が高いため演奏会で取り上げる場合は周到な準備が必要です。

「舟歌(バルカロール)」はヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの歌に由来するといわれています。8分の6拍子で軽快な動きを伴いますが、
どこか感傷やもの悲しさを含んでいるのが多くの「舟歌」の共通点です。しかし、これをジャンルとしてその伝統を辿ることはほとんど不可能です。
おそらく流行の始まりは19世紀のオペラにこの種の歌が好んで用いられたことに端を発します。ピアノのための作品としては、メンデルスゾーンが
『無言歌集』所収のものを含めて3曲を残したほか、ショパンのものが最大規模で最高の佳作です。また、
フォーレは13曲を書いていることから、ジャンルとして「舟歌」に取り組んだものと考えられています。しかしそれ以降は再び散発的な作品に留まっています。
すなわち「舟歌」はジャンルと言うよりは、19世紀中盤から20世紀にかけて長く流行した性格小品のひとつと考えられます。

ショパン《舟歌》は、一見すると、ロンド風に冒頭主題が繰り返し現われ、合間にさまざまなエピソードが挿入されているように聞こえます。
そのため、ヴェネツィアの街を小舟で巡る――たとえば繰り返し回帰する主題は、「大水路」の風景に相当する、といった風景描写的な解釈も可能です。
しかし《舟歌》は実は、ショパンの中でも整った形式を持ち、優れて精緻な主題労作が施されています。
つまり、複数主題の提示、ブリランテなパッセージワークによる中間部、主題の再現という、ショパンがもっとも多用する三部形式の一種です。
しかしこの作品では、中間部が非常に縮小されている上、美しい旋律に依存するような単純な反復ではなく、巧みな主題が配置されています。

第1主題と第2主題前半は、絶え間ない8分の6拍子のオスティナート・リズムに攪乱されますが、音楽内容はきわめて対照的で、調は同主短調に移ります。
また、第1主題が下行形旋律であるのに対し、第2主題前半は上行形になっています。第2主題後半は調以外には前半とそれほど明確な繋がりはありません。
この主題が持つ華やかさは、ここではまだ音量によって抑えこまれています。

中間部では、わずか5小節ながら、8分の6拍子の刻みが一瞬やんで、拍節リズムに収まらない自由な時間の流れになります。
しかしこの部分は単に、異なる時間の流れを意識させるに留まり、ショパンの中間部特有の旋律美を聴かせることはありません。

再現部は、第1主題の変奏から始まり、一瞬の休符をクライマックスとして完全終止し、主調のまま第2主題後半へ突入します。続く第2主題前半の再現は、後楽節のみを用い、
ときおり同主短調の響きを覗かせながら、壮大な物語を終わりへと導いていきます。ここはすでにコーダの様相で、第2主題後半の壮麗な回音型動機で最高潮を形成し、
前半後楽節の多層的で下行形の動機によってそれを収束させています。こうした動機の使い方は見事なテクニックです。

このようにみると、ショパンの《舟歌》はフォーレのそれとは異なり、抒情的な音楽というよりは、「スケルツォ」や「バラード」と同種の疑似ソナタ形式による
物語的な音楽と解釈できますが、「つなぎ」の巧さによって、それが硬直した形式にならないのは見事です。
序奏の3小節や第35-39小節の間句、各セクションの始まりを告げる重音トリルなどは、全体の流れとほとんど関係ないからこそ、
わずか数小節で聴き手の耳を捉え、音楽の雰囲気を一変させてしまう効果があります。そして全体は自然に流れ、あたかも羅列的で抒情的に聞こえるのです。
この作品は、物語性と抒情性とを見事に融合させたショパン晩年期の最高傑作のひとつと呼ぶにふさわしい曲です。
このアレンジでは半音上のト長調になっています。

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  2022/12/10   animato

クラリネット五重奏 トラベッス(わんぱく坊主)、タンゴ

クラリネット五重奏 トラベッス(わんぱく坊主)、タンゴ
Travesso, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs,Cl.です。
木管五重奏、サックス五重奏版、金管五重奏、鍵盤打楽器とベース四重奏版は発売中です。
「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を、ぜひお楽しみください。

クラリネット五重奏 トラベッス(わんぱく坊主)、タンゴ
Travesso, Tango
エルネスト・ナザレ

編成はEs Cl.、Cl.3本、Bs,Cl.です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

Travesso, Tango  トラベッス(わんぱくな)、タンゴ
 この曲はナザレの末息子Ernestinhoに献呈されました。ヘ短調、A-B-A-C-A-B-A形式です。題名の割にはしみじみとした雰囲気の曲で、
「わんぱくな」自分の子供に対する親の暖かい眼差しが漂ってくるようです。Bメロは変イ長調、Cメロはヘ長調に転調します。
短調が基調になっていますが、挟まれている他の2箇所は長調であることと、弾むようなメロディとタンゴのリズムによって
軽快さを感じさせる曲になっています。

「ブラジルの魂そのもの」と讃えられるナザレの音楽を知らずしてブラジル音楽は語れません。
南国ののどかな風光と、アフリカの野性的なエネルギーと、ロマンティシズムが渾然と混じり、甘美で、ちょっぴり切ない独特の音楽が聞こえてきます。
ミニョーネはこう述べています。「私は1917年頃にEduardo Soutoの楽譜店でナザレに会ったことがある。ナザレは自作曲を決して急がず、
カンタービレで弾いていた。彼はこう言っていたよ、『私の作品はあちこちでメチャメチャに弾かれている。みんな速く弾きすぎだ。
特に "Apanhei-te, Cavaquinho" は酷いことになっている。あの曲はゆっくりと、左手はカヴァキーニョを思い浮かべてアルペジオで弾くもんだ』と。」

エルネスト・ジュリオ・ナザレー (Ernesto Julio Nazareth (またはNazare とも), 1863年3月20日 - 1934年2月4日)は、ブラジルのピアニスト・作曲家です。
一生をリオ・デ・ジャネイロで過ごしました。「ブラジル風タンゴ」やショーロなど、国内の民族音楽に影響されたピアノ曲を量産しました。
そのような作曲姿勢から、しばしば「ブラジルのショパン」と呼ばれています。ピアノ以外の音楽教育は学ばなかったため、
残された作品はサロン小品と声楽曲ばかりであり、管弦楽曲や室内楽・カンタータやオラトリオのような分野の大作はなく、作曲技法も必ずしも洗練されていません。
しかしながら、民衆音楽の影響のもとに切り開いた独自の素朴な詩境は、のちにヴィラ=ロボスから、「ブラジルの魂」と称賛されました。
中産階級ながらもあまり豊かでない下級官吏の家庭に生まれ、ショパンを愛する母親からピアノの手ほどきを受けました。
早い年齢でたぐい稀な音楽的才能が認められ、家族ぐるみで付き合いのあったアフロ=アメリカンの作曲家、
リュシアン・ランベールにも音楽の手ほどきを受けました。
1873年に母親が亡くなってからもピアノを学び、間もなく作曲も手がけるようになりました。
最初の出版作品のポルカ『ボセ・ベン・サービ"Voce Bem Sabe"』 (あなたはよく御存知)は、14歳になるまでに作曲・出版されました。
その後は、ショーロの楽士たちとたむろして、敏感で独特なリズム感を身につけました。マシシェ maxixe やルンドゥ lundu 、ショーロ choro 、
アフリカ系住民のダンスなど、さまざまな民族舞曲に影響されました。

長年ナザレーは、映画館オデオン座の待合室でピアニストとして働き、ここで最も有名な作品の一つ『オデオン』を作曲しました。
外国から数少ない音楽家がブラジルを訪問した際、オデオン座のナザレーの演奏を見学したといわれています。

1920年代初頭には、音楽ショップにピアニストとして雇われました。顧客が購入する際に持ち寄ってきた楽譜を見ながら、演奏し、
客の要望に沿うかどうかを確認して見せるのが任務でした。客の中に、ナザレー作品の楽譜を手ずから弾こうとする者がいると、止めさせて、
解釈が誤っていると苦情を言うのが常だったそうです。

ナザレーは、心底からのブラジル人音楽家であり、音楽は楽しまれるべきであるとして、それ以上を望みはしませんでした。
ほとんど独学であり、音楽活動のほとんどは、劇場や映画館の伴奏ピアニストとして、あるいは小劇場のアンサンブルでのピアニストとして、
演奏するのに振り当てられました。
そのような劇場アンサンブルの楽団員の知り合いには、後の大作曲家ヴィラ=ロボスがいて、当時はチェリストとして活動していました。
ナザレーはショーロの発展のおおもとであり、ヴィラ=ロボスは、これに基づき、後に自らの創作活動を繰り広げていったのです。

ナザレーは、ブラジルの民族音楽以外にも明らかに影響されていて、子供時代にむさぼるようにして学んだショパンの影響が中でも顕著です。
また、1869年にきら星のようにリオ・デ・ジャネイロにデビューして、瞬く間にブラジル楽壇を席巻したゴットシャルクの作風もナザレーにはお馴染みでした。
作品には、19世紀ヨーロッパのクラシック音楽の豊かな和声法がこだましながら、ナザレーの生地ブラジルの、シンコペーションをともなう
民族舞曲のリズム法に織り込まれてゆくのが認められます。そのうえ、アメリカ合衆国のラグタイムや初期のジャズの、小気味よいリズム感も健在である。これらの要素を統合して一つの有機体へとまとめ上げたことがナザレー独自の能力で、結果的には、ピアノ曲のレパートリーだけでなく、20世紀の音楽にも重要な貢献を果たしている。

ナザレーはショパンやその他のヨーロッパの作曲家から霊感を受けたように、逆に自らも、間接的とはいえ、ヨーロッパの作曲家に何かしらの影響を与えています。
フランス人作曲家のダリユス・ミヨーは、自伝の中で、ブラジル滞在中にリオ・デ・ジャネイロの映画館でナザレーがピアノを演奏する風景を回想しています。
ミヨーはその音楽のリズムにたちどころに虜となって、ブラジル音楽をきわめてやろうと決心したというのです。
その最終的な成果こそが、ミヨーのピアノ曲『ブラジルの想い出 Saudades do Brasil』でした。

ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ばれていますが、作品に副題を好んでつけた点で、ショパンとは違っています。
ショパンやフォーレよりもヨーロッパのサロン音楽の伝統に忠実だったといえます。
しかしながら19世紀から20世紀初頭まで、ヨーロッパではサロン小品にフランス語の題名をつける慣習がまだ根強く残っていたのに対して、
ナザレーは母語のポルトガル語に固執しました。
また題名によって、ドビュッシーやラヴェルのように、美術や文学からのインスピレーションをほのめかしたり、
リストのように詩的な連想を暗示することもありませんでした。
ナザレーの曲名には、しばしば第三者にとって謎めいた響きをもつものもありますが、それらは実在するスポーツチームやダンスクラブ、雑誌名など、
ナザレーの日常生活の周辺から切り取られたものばかりです。このような意味で、ナザレーは「ブラジルのショパン」と呼ぶよりは、むしろ
「ブラジルのクープラン」と呼んでこそふさわしいかも知れません。

およそ300曲のピアノ小品において、ナザレーはみごとに、大衆的なブラジル舞曲のエッセンスを捕まえています。
ナザレーは、厳密には都会の聴衆のために作曲したのですが、その作品には、(ブラジルで奴隷制が廃止された1888年以降の作品でも、)
アフリカ系民族音楽の豊かな影響が息づいています。ほとんどの曲に、スコット・ジョプリンが発想したようなシンコペーションが使われています。
ナザレーのピアノ曲には、ブラジルのありとあらゆるダンスが盛り込まれています。マシシ(英語版)、バトゥーキ(英語版)、 サンバ、
そして中でも重要なのがタンゴです。後に世界中を熱狂させ、席巻したタンゴが、ブラジル生まれだったというだけでなく、
実際にはナザレー自身の創り出したジャンルだったという証拠になるからです。
もしそれが間違いだったとしても、「ブラジル風タンゴ」の発展のほとんどにナザレーがかかわっていて、このジャンルに優に100曲を残しています。

最も有名な作品に、『ブレジェイロ(ろくでなし)"Brejeiro"』『アメノ・ヘゼダ"Ameno Reseda"』『バンビーノ(赤ん坊)"Bambino"』
『トラベッス(腕白坊主)"Travesso"』『フォン・フォン"Fon-Fon"』『テネブローズ(暗闇)"Tenebroso"』があります。
ナザレーが初めて「ショーロ」と呼んだ作品のうち、『アパニェイチ・カヴァキーニョ(頑張れカバキーニョ)"Apanhei-te Cavaquinho"』は、
さまざまな楽器アンサンブルによって演奏できる、古典的名作です。

晩年になって完全に聴覚を失うと、創作活動にも支障をきたしましたが、それでもブラジル国内ではなかなかナザレー人気は衰えませんでした。
ゴットシャルクやジョプリンを評価する人たちなら、ナザレーの残した魅力的な宝石たちをきっとたちまち気に入るに違いありません。

作曲者の死後から半世紀を経た近年になって、ナザレー作品を集めたアルバム制作が世界的にも相次いでいて、最近では伝記や、
作曲者に関するCD-ROMも発表されています。ナザレーは、クラシックとポピュラー音楽にまたがって活動したことから、ナザレーのピアノ曲は、
クラシックの学び手にも、ポピュラー音楽の学び手にも、有用な教材とされつつあります。

アトリエ・アニマート
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  2022/12/09   animato

サックス八重奏 第二組曲 作品28 から第2楽章 無言歌

サックス八重奏 第二組曲 作品28 から第2楽章 無言歌
Suite for Military Band Op.28
2.Song without Words "I'll love my love"
Gustav Holst

編成はソプラノ2本、アルト2本、テナー2本、バリトン2本です。
クラリネット八重奏版、木管八重奏版、金管八重奏版は発売中です。
上記の各編成五重奏で第一組曲も発売中です。

ホルストのイギリス情緒豊かな名曲を、ぜひお楽しみください。

サックス八重奏 第二組曲 作品28 から第2楽章 無言歌
Suite for Military Band Op.28
2.Song without Words "I'll love my love"
Gustav Holst

編成はソプラノ2本、アルト2本、テナー2本、バリトン2本です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

吹奏楽のための第二組曲(Suite for Military Band)作品28は、グスターヴ・ホルストが作曲した吹奏楽のための組曲です。
第1組曲変ホ長調作品28aと第2組曲ヘ長調作品28bの2曲があります。

当時はまだ吹奏楽というジャンルが完全には確立されておらず、イギリス軍楽隊もオーケストラからのアレンジ曲などを中心に演奏していました。
そんな中でホルストは管楽器と打楽器の編成からなる「第1組曲」「第2組曲」を書いたわけですが、やはり編成の関係もあって作曲された当初から
すぐに取り上げられたわけではありませんでした。
しかし、1920年代に入ってから公の場で演奏されるようになってくると、「第1組曲」「第2組曲」共に徐々に評価を上げるようになります。
そしてついには他の作曲者にも管楽器・打楽器の編成で独自の曲が構成できることを認識させるに至ります。
そういった点でホルストが吹奏楽の歴史において果たした役割は非常に大きいと言えるでしょう。
「吹奏楽の原点」とでも言ってもよい作品です。

ホルストは吹奏楽曲を複数残していますが、これらの組曲はその中でも初期の作品であり、ブラスバンドのための『ムーアサイド組曲』(1928年)などより
20年ほど前に書かれました。フレデリック・フェネルは「この作品における楽器法は、バンド編成を念頭に考え抜かれている」
「もしこのスコアを真に理解したならば、それは音楽と指揮というものすべてを理解したのと同じだ」と述べていて、
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの『イギリス民謡組曲』、パーシー・グレインジャーの『リンカンシャーの花束』などと並び、
吹奏楽の分野における古典的な演奏会用作品としてきわめて重要な作品です。
2曲を揃えた世界初録音は、フェネルとイーストマン・ウィンド・アンサンブルによって1955年に行われました。

第2組曲
1911年に現在の第3楽章を欠いた3楽章の形で作曲され、1921年に軍楽隊の編成が変更されたことを反映してか、
1922年に改訂が行われました。
現行の形での初演は1922年6月30日にロイヤル・アルバート・ホールで、王立軍学学校の吹奏楽団によって行われています。
1922年に出版され、コールドストリームガーズのバンドマスターを務めていたジェイムズ・ウィンドラム(James Causley Windram)に献呈されました。
1923年には初録音、1924年にはラジオ放送が行われ、第1組曲よりも早く一般に知られていました。

各楽章はそれぞれイングランドの民謡や舞曲に基づいて構成され、ホルストのそれへの関心の高さが窺えます。
民謡素材はジョージ・ガーディナー博士(Dr. George B. Gardiner)がハンプシャーで採譜したものからとられました。
用いられた民謡のいくつかは『6つの合唱曲』作品36b(1916年)でも扱われています。
のちにゴードン・ジェイコブによって『ハンプシャー組曲』("A Hampshire Suite")として管弦楽に編曲されています。

第1楽章 マーチ (March)
Allegro ヘ長調 - 変ロ短調 - ヘ長調 2/2拍子 三部形式
「グローリシャーズ」("Glorishers")と呼ばれるモリス・ダンス(英語版)の旋律、「スワンシー・タウン」("Swansea Town")と呼ばれる水夫の歌(Sea Shanty)、
「クローディ・バンクス」("Claudy Banks")が用いられています。

第2楽章 無言歌 (Song without Words "I'll love my love")
Andante ヘ短調 4/4拍子
「私の恋人を愛す」("I'll love my love")が用いられています。

第3楽章 鍛冶屋の歌 (Song of the Blacksmith)
Moderato e maestoso ヘ長調 4/4拍子
「鍛冶屋の歌」("Song of the Blacksmith")が用いられています。
作品36bの一曲として無伴奏合唱のために書かれたものが、ほぼそのまま転用されました。

第4楽章 ダーガソンによる幻想曲 (Fantasia on the "Dargason")
Allegro moderato ヘ長調 6/8拍子
「ダーガソン」("Dargason")と呼ばれる8小節の循環旋律が、冒頭から終結まで奏されています。
また「グリーンスリーブス」が対旋律に現れます。
弦楽合奏のための「セントポール組曲」の終曲にも転用されました。現行版は初稿よりも拡大されていて、
弦楽に移されたときのアイディアが改訂の際に採り入れられたと考えられています。

ホルストは1900年代中ごろに、学友のヴォーン・ウィリアムズらと共にイギリス各地の民俗音楽の採取と研究を行っていますが、
その優れた成果のひとつがこの組曲であると言えます。
 この作品の民俗的な節回しの旋律の醸し出す独特の哀感は、イギリス音楽ファンには堪えられない魅力です。
管楽器の表現力の豊かさも特筆すべきもので、吹奏楽の醍醐味を存分に味わえる作品でもあります。全曲の演奏時間は約12分です。

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  2022/12/08   animato

金管五重奏 グリーグ :抒情小品集 第2集 Op.38-1

金管五重奏 グリーグ :抒情小品集 第2集 Op.38-1
子守り歌
Lyriske smastykker op.38-1
Berceuse
Grieg, Edvard Hagerup

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子守り歌
Lyriske smastykker op.38-1
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1867年、《ピアノ協奏曲イ短調 作品16》で一躍有名になったグリーグは、この年から1901年にかけてこの作品集を書き上げました。
生涯にわたって作曲されているため、グリーグの作風、ピアニズム、その変遷すべてがその中にあらわれていて、グリーグの作品の中でも中心的な存在です。
いずれも1分~6分程度のかるめの小品であり、ステージ用というよりは、主にサロンや家庭で広く親しまれていました。
いずれの曲も標題がつけられていて、それぞれの曲に対して、一つの感情、気分、情景が表現されています。
1867年、第1集を発表しましたが、その後ピアノ、作曲、指揮など多忙だったこともあり、第2集が発表されたのは、その16年後でした。
第2集から第10集は間隔をおきながら続けて作曲されました。全10巻で、計66曲の作品がおさめられています。

グリーグ : 抒情小品集 第2集 / Lyriske stykker No.2 op.38

大成功をおさめた第1集の出版から16年がたち、芸術家としての成熟がみられる時期に書かれた作品です。

1.子守歌 / op.38-1 "Vuggevise"
ゆりかごのようなリズムにのせて、優しい旋律が愛情深く歌われます。
中間部では曲想が変わり、ノルウェーの舞曲風の部分がみられます。

2.民謡 / op.38-2 "Folkevise"
ノルウェー舞曲の、はずむようなリズムが終始貫かれています。
声部ごとに一拍目や、二拍目に強拍があり、演奏には注意が必要です。

3.メロディー / op.38-3 "Melodie":断片的であり、シューマン風。穏やかで、優しい雰囲気が非常に魅力的です。
掛留があるところでは、緊張感をもって、全体的にハーモニーを意識して演奏しましょう。

4.ハリング / op.38-4 "Halling"
歯切れがよく、敏捷な動きをもって奏される。アクセントとテヌートを効果的に演奏しましょう。

5.スプリング・ダンス / op.38-5 "Springdans"
舞曲のリズムにのせて、おどけたようなリズムをもった旋律が歌われます。
ポリリズムで書かれていて、また強調がおかれている部分が不規則ですので、それを正確に演奏する点に注意が必要です。

6.エレジー / op.38-6 "Elegie"
タイトルどおり、悲しみが表現されています。長く伸ばされる緊張感のあるE音が印象的に響きます。

7.ワルツ / op.38-7 "Vals"
ワルツのリズムにのって、悲しげのある旋律が、時々おどけたようなリズムを加えながらで歌われていきます。
途中で登場するプレストの箇所は、技巧的で激しく、曲の緊張感を一気に高めて効果をあげています。

8.カノン / op.38-8 "Kanon"
2つの声部が対話的におかれ、それに伴奏がそえられながら、アジタートへ向かって曲がすすみます。
中間部ではピウ・モッソ・トランクイロになり、広大な響きをつくりあげていきます。この曲においてもシューマンの影響がみられます。


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  2022/12/07   animato

木管六重奏「ラルゴ・マ・ノン・タント」(バッハ)

木管六重奏「ラルゴ・マ・ノン・タント」(バッハ)
2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調から2楽章
Johann Sebastian Bach
Konzert d-Moll (fur 2 Violine)BWV1043-2
Largo ma non tanto

編成はFl.2本、Cl.3本、Bsn.です。
クラリネット六重奏版は発売中です。

バッハによる幸福に満ちた作品を演奏で味わいたいものです。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

木管六重奏「ラルゴ・マ・ノン・タント」(バッハ)
2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調から2楽章
Johann Sebastian Bach
Konzert d-Moll (fur 2 Violine)BWV1043-2
Largo ma non tanto

編成はFl.2本、Cl.3本、Bsn.です。
クラリネット六重奏版は発売中です。

バッハによる幸福に満ちた作品を演奏で味わいたいものです。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

バッハが愛妻家だったことは誰もが認めるところですが、最初の結婚は1707年で、相手は従妹のマリア・バルバラでした。
バッハ22歳、バルバラ23歳の頃です。ふたりの間には7人の子供ができたほど、仲睦まじかったようです。

バッハはドイツでも有名な、代々音楽家を輩出した家系ですが、バッハの息子も4人が高名な音楽家になっています。
そのうち、バルバラとの間に生まれたのはヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ(1710~1784)と、
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)です。

ケーテン時代、バッハが侯爵のお供で保養地に出張している間に、妻バルバラは急死してしまいました。
帰宅した日の10日前にはすでに埋葬されていました。

翌1721年、バッハに縁談があり、宮廷トランペット奏者の娘でソプラノ歌手のアンナ・マグダレーナと結婚しました。
バッハ36歳、アンナ20歳の頃です。アンナ・マグダレーナは、内助の功を上げた、良妻賢母とたたえられる女性です。
4人の子持ち男バッハとの再婚なのに、家事・子育てのみならず、音楽的才能を存分に活かして彼の活動の手伝いをしました。

バッハの作品の写譜もたくさん行ったのですが、筆跡もそっくりで、後世の研究者を悩ませました。
最初の妻、バルバラは年上の妻でもあり、対等な関係の夫婦だったのに対して、アンナとはかなり年が離れていました。
アンナは夫を深く尊敬していて、バッハは若いアンナの魅力に惚れ込んだと伝えられます。

この『2つのヴァイオリンのための協奏曲』で2台のヴァイオリンが紡ぐのは、仲睦まじい夫婦の愛のようです。
2台のヴァイオリンが、お互いをいたわりあうように対話します。それは、燃え上がるような恋人同士ではなく、落ち着いた夫婦の会話です。
相手に対する思いやりと優しさに満ちた旋律は、聴いていると穏やかな気持ちになります。自分を支えてくれる伴侶への気持ちを表したのか、
今は亡き妻への感謝の思いを込めたのか、どちらにせよ愛情に満ちた曲想になっています。

2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043(ふたつのヴァイオリンのためのきょうそうきょく)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した2つのヴァイオリンのための協奏曲で、
彼の残した3曲のヴァイオリン協奏曲のうちの1曲にあたります。
ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041 - ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042 - 2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043です。

対位法を正確に導入した作品で、2つのヴァイオリンと合奏部による「音の織物を編み上げる」ような構成になっています。
1730年頃から翌年の1731年にかけて作曲されたものと伝えられる作品で、以前は第1番・第2番と同じくケーテン時代の1718年頃に作曲されたものとされていました。
またケーテン時代の作をライプツィヒのコレギウム・ムジクムのために書き直したものという説があります。しかし近年の研究では、この説の根拠は薄弱であることが挙げられ、
実際にはコレギウム・ムジクムで音楽監督を務めた1730年頃から翌年の1731年にかけて作曲されたものという見方が強くなっています。

第1楽章 ヴィヴァーチェ(Vivace)
冒頭20小節の間に、第2ヴァイオリン-第1ヴァイオリン-通奏低音-第2ヴァイオリン-第1ヴァイオリンの順で、3.5小節のフーガ主題が5回も現れるフガートで開始されます。
その後、独奏部を挟んで、通常のリトルネロの代わりに、第1ヴァイオリン(a)-通奏低音(g)-第1ヴァイオリン(d)の順でフーガ主題が回帰する。フーガ主題冒頭の動機は、
合奏部がユニゾンで独奏部の伴奏をする際に繰り返し用いられ、楽章に統一感をもたらしています。独奏部は同度の模倣で始まり、4度・6度等多彩に絡み合います。
第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・タント(Largo ma non tanto)
平行調のヘ長調。ゆるやかな8分の12拍子。高貴さを湛えた華麗な楽章です。通奏低音が長-短のリズムを刻む上で独奏が模倣しあう、トリオソナタの緩徐楽章のような書法で、
合奏部は和声的な伴奏に終始する楽章です。
第3楽章 アレグロ(Allegro)
ニ短調、4分の3拍子。リトルネロは、厳格ではないが1拍同度の近接カノン風に書かれています。独奏部は第1楽章と同様に同度の模倣で始まりますが、
増音程・減音程が強調された印象深い動機や、独自の動きをする合奏部との掛け合いにより、より強い緊張感を保ちながら疾走していきます。

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  2022/12/06   animato

Solo+クラリネット四重奏+「鐘の音」

Solo+クラリネット四重奏+「鐘の音」
Sons de carrilhoes
ジョアン・ペルナンブーコ
Joao Pernambuco

編成はソロ楽器、Cl.4本、ドラムス、マリンバ、エレキベースに加えて
パーカッション(Cabasa)で総勢9名です。
エレキベースはBs,Cl.に変更可能でパート譜は同梱しています。

同梱のSoloパート楽譜はin F版(Hn.)、
in C版(Ob.、Mallet Perc.など)、
in C-Fl.版(Fl.、Pic.)、
in C低音版(Eup.、Bsn.、Tbn,、St.Bs.など)、
 Tubaは1オクターブ下げて演奏可能です。
in B版(Tp.、Cl.、Bs.Cl.、Sop.Sax.、T.Sax.など)、
in Es版(Es Cl.、A.Sax.、B.Sax.など)が含まれています。
多くの楽器がSoloを担当し、伴奏は下の編成も含め5種類から選ぶことができます。
金管四重奏版、サックス四重奏版、木管四重奏版、鍵盤打楽器二重奏版は発売中です。

陽気なブラジルの名曲をコンサート・ピースに、ぜひどうぞ。

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ジョアン・ペルナンブーコ
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「鐘の音」は「鐘の響き」とも題されています。ブラジルのギタリスト、ジョアン・ベルナンブコ(Joao Pernambuco 1883-1947)の作品、
ショーロ(ブラジルの音楽スタイル)のギターソロ曲です。
このショーロ(Choro)は、ジョアン・ペルナンブコ(Joa~o Pernambuco)作曲のギター曲で、
「鐘の響き」とか「鐘の音」、「鐘の歌」という題がついているようです。
明るいメロディーと軽快なリズムのノリの良い曲で、技巧的にはそんなに難しい所はないので人気があり、クラシックギターでよく取り組む曲です。

ペルナンブコといえばショーロ(鐘の響き)というくらいよく知られた曲です。
ジョアン(ジョン)・ペルナンブコは1883年生まれのブラジルのギタリストで、ショーロのパイオニアの一人です。
他にレボリソ、インテロガンド、ルアール・ド・セルタンというような曲が有名です。
ギターの詩人 ジョアン・ペルナンブコ

ブラジルが大西洋に向かって東に尖がった部分の地はセルタン( Sertao)と呼ばれています。
バイア州の上のペルナンブコ州からセアラ州まで、暑くって、乾いていて、貧しくて、何にも無く、そこの男達はなめした皮で出来た平べったい
ハットを被り、タバコの脂で真っ黒になった歯を見せ、馬に乗って痩せた牛を追う、といった所です。

この地方の言い伝えによると「神がセルタンの地に降り立った時、右手に銃を持っていた」と言います。それ位、乱暴で、単純で、悲しい地です。
1920年代30年代にはカンガセイロと言うブッシュに住む武装グループが州政府と争っていました。

セルタンはブラジルの魂の地です。映画の「セントラル・ド・ブラジル」でバスの窓に映っていた地です。
丘陵をうねりながら進むアスファルトの道路から見ると遥か海岸線に沿って真っ白な山続きます。白い砂山です。
道路わきには岩とサボテンが乾いた地の墓標のように並んでいます。

ジョアン・ペルナンブコはそんなセルタンのペルナンブコ州ジャトバ(Jatoba 海岸線より500キロ位奥地)で、ポルトガル人とインディオの間に生まれ、
そしてその町でストリートミュージシャンの演奏を見て、聞いて、ギターを覚えました。

1904年にリオに移り、そこで6年間鍛冶場で働いていました。
1908年頃には既にショーロ・ミュージシャンとして名も上がり、11年にはブラジル史上最もレコード化された回数の多い
「ルアール・ド・セルタン」(セルタンの月夜)が作曲されています。
その後、パリ公演以前のピシンギーニャのオイト・バツータスに入っていました。

モーツアルト・デ・アラウジョはギターにおけるエルネスト・ナザレと評価しています。(ラファエル・ラベーロも同じことを言っています)
リオ生まれのカリオカであるナザレと比べると一昔前のブラジルの地方色が感じられます。
特に、「鐘の音 (Sons de Carrilhoes)」はセルタンの乾いた大地の崩れかけた教会堂で鳴る鐘の音のように聞こえてきます。

色々な人が彼の音楽に言葉を残しています。
ヴィラ=ロボス 「バッハでもジョアン・ペルナンブコの作品に署名するのに躊躇しないであろう」
マウリシオ・カリーリョ「ジョアン・ペルナンブコにお世話にならなかったブラジルのギタリストはいない」
モーツアルト・デ・アラウジョ「ギターにおけるナザレだ」
ラファエル・ラベ-ロ 「(鍛冶屋の?)ナザレだ」
ヴィラ=ロボス 「ジョアン・ペルナンブコはブラジル人がギターを弾く為のルールブックだ」

ショーロ(Choro、Chorinhoとも呼ばれる)とは、リズムではなく演奏スタイルのことです。
ワルツやポルカ、そしてマズルカやハバネラ、タンゴなどのヨーロッパからブラジルに流れてくる音楽と、
アフリカから来るリズミカルな要素が混じりあってできた三部形式からなるブラジルのポピュラー音楽のスタイル(ジャンル)の一つで、
後のサンバ、ボサノバにも影響をあたえています。
ショーロという名前は、ポルトガル語のchorar「泣く」という意味からついたと言われています。

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  2022/12/05   animato

サックス五重奏 即興曲op.142-3から「ロザムンデの間奏曲」

サックス五重奏 即興曲op.142-3から「ロザムンデの間奏曲」
フランツ・ペーター・シューベルト
(1797 ~ 1828)オーストリア
Vier Impromptus No.3
Franz Peter Schubert

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
木管五重奏、クラリネット五重奏、金管五重奏版は発売中です。

シューベルトお気に入りの美しい旋律をぜひ演奏表現してください。
コンサートピースの小品に、ぜひどうぞ。

サックス五重奏 即興曲op.142-3から「ロザムンデの間奏曲」
フランツ・ペーター・シューベルト
(1797 ~ 1828)オーストリア
Vier Impromptus No.3
Franz Peter Schubert

編成はソプラノ、アルト2本、テナー、バリトンです。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

「4つの即興曲」作品142は、シューベルトが世を去る前年の1827年に、作品90の続編といった意向で作曲されました。
しかし、作品90がそれぞれ独立した即興曲であるのに対して、作品142はむしろソナタである、という説が論じられています。
シューマンは、「シューベルト自身が、即興曲、と名づけたとは信じられない。第1番は完璧なソナタの第1楽章だ。
第2楽章も曲想といい調性といい、まったく同じソナタの第2楽章だ。第3楽章は別の曲だが、第4番はソナタのフィナーレにあたるかもしれない」と
述べています。
このことは、大曲では出版が難しいけれど、小品のピースならば売れるだろう、という出版社の思惑があったとも想像されますが、
シューベルト自身が「バラ売りでもよい」と語った言葉も残されています。
ここには厳格なベートーベンなどでは考えられないような、シューベルトの人間性が感じられます。

第3番にあたるこの曲は、変奏曲の形式をとり、Andante,B dur,2分の2拍子となっています。
主題は「ロザムンデの間奏曲」としても知られるもので、自作の劇音楽「キュプロスの女王、ロザムンデ」D.797からとられています。
シューベルトはこの旋律を大変気に入っていたらしく、「弦楽四重奏曲第13番」D.904の第2楽章にも用いています。

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  2022/12/04   animato

金管八重奏+ 第二組曲 作品28 から第1楽章 マーチ

金管八重奏+ 第二組曲 作品28 から第1楽章 マーチ
Suite for Military Band Op.28
1. March
Gustav Holst

編成はTp.3本、Hn.2本、Tbn.またはEup.2本、Tubaに加えて打楽器1~2名です。
サックス八重奏版、木管八重奏版、金管八重奏版は発売中です。
上記4種類の各編成五重奏で第一組曲も発売中です。

ホルストのイギリス情緒豊かな名曲を、ぜひお楽しみください。

金管八重奏+ 第二組曲 作品28 から第1楽章 マーチ
Suite for Military Band Op.28
1. March
Gustav Holst

編成はTp.3本、Hn.2本、Tbn.またはEup.2本、Tubaに加えて打楽器1~2名です。
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アトリエ・アニマート楽譜ページ1/3

吹奏楽のための第二組曲(Suite for Military Band)作品28は、グスターヴ・ホルストが作曲した吹奏楽のための組曲です。
第1組曲変ホ長調作品28aと第2組曲ヘ長調作品28bの2曲があります。

当時はまだ吹奏楽というジャンルが完全には確立されておらず、イギリス軍楽隊もオーケストラからのアレンジ曲などを中心に演奏していました。
そんな中でホルストは管楽器と打楽器の編成からなる「第1組曲」「第2組曲」を書いたわけですが、やはり編成の関係もあって作曲された当初から
すぐに取り上げられたわけではありませんでした。
しかし、1920年代に入ってから公の場で演奏されるようになってくると、「第1組曲」「第2組曲」共に徐々に評価を上げるようになります。
そしてついには他の作曲者にも管楽器・打楽器の編成で独自の曲が構成できることを認識させるに至ります。
そういった点でホルストが吹奏楽の歴史において果たした役割は非常に大きいと言えるでしょう。
「吹奏楽の原点」とでも言ってもよい作品です。

ホルストは吹奏楽曲を複数残していますが、これらの組曲はその中でも初期の作品であり、ブラスバンドのための『ムーアサイド組曲』(1928年)などより
20年ほど前に書かれました。フレデリック・フェネルは「この作品における楽器法は、バンド編成を念頭に考え抜かれている」
「もしこのスコアを真に理解したならば、それは音楽と指揮というものすべてを理解したのと同じだ」と述べていて、
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの『イギリス民謡組曲』、パーシー・グレインジャーの『リンカンシャーの花束』などと並び、
吹奏楽の分野における古典的な演奏会用作品としてきわめて重要な作品です。
2曲を揃えた世界初録音は、フェネルとイーストマン・ウィンド・アンサンブルによって1955年に行われました。

第2組曲
1911年に現在の第3楽章を欠いた3楽章の形で作曲され、1921年に軍楽隊の編成が変更されたことを反映してか、
1922年に改訂が行われました。
現行の形での初演は1922年6月30日にロイヤル・アルバート・ホールで、王立軍学学校の吹奏楽団によって行われています。
1922年に出版され、コールドストリームガーズのバンドマスターを務めていたジェイムズ・ウィンドラム(James Causley Windram)に献呈されました。
1923年には初録音、1924年にはラジオ放送が行われ、第1組曲よりも早く一般に知られていました。

各楽章はそれぞれイングランドの民謡や舞曲に基づいて構成され、ホルストのそれへの関心の高さが窺えます。
民謡素材はジョージ・ガーディナー博士(Dr. George B. Gardiner)がハンプシャーで採譜したものからとられました。
用いられた民謡のいくつかは『6つの合唱曲』作品36b(1916年)でも扱われています。
のちにゴードン・ジェイコブによって『ハンプシャー組曲』("A Hampshire Suite")として管弦楽に編曲されています。

第1楽章 マーチ (March)
Allegro ヘ長調 - 変ロ短調 - ヘ長調 2/2拍子 三部形式
「グローリシャーズ」("Glorishers")と呼ばれるモリス・ダンス(英語版)の旋律、「スワンシー・タウン」("Swansea Town")と呼ばれる水夫の歌(Sea Shanty)、
「クローディ・バンクス」("Claudy Banks")が用いられています。

第2楽章 無言歌 (Song without Words "I'll love my love")
Andante ヘ短調 4/4拍子
「私の恋人を愛す」("I'll love my love")が用いられています。

第3楽章 鍛冶屋の歌 (Song of the Blacksmith)
Moderato e maestoso ヘ長調 4/4拍子
「鍛冶屋の歌」("Song of the Blacksmith")が用いられています。
作品36bの一曲として無伴奏合唱のために書かれたものが、ほぼそのまま転用されました。

第4楽章 ダーガソンによる幻想曲 (Fantasia on the "Dargason")
Allegro moderato ヘ長調 6/8拍子
「ダーガソン」("Dargason")と呼ばれる8小節の循環旋律が、冒頭から終結まで奏されています。
また「グリーンスリーブス」が対旋律に現れます。
弦楽合奏のための「セントポール組曲」の終曲にも転用されました。現行版は初稿よりも拡大されていて、
弦楽に移されたときのアイディアが改訂の際に採り入れられたと考えられています。

ホルストは1900年代中ごろに、学友のヴォーン・ウィリアムズらと共にイギリス各地の民俗音楽の採取と研究を行っていますが、
その優れた成果のひとつがこの組曲であると言えます。
 この作品の民俗的な節回しの旋律の醸し出す独特の哀感は、イギリス音楽ファンには堪えられない魅力です。
管楽器の表現力の豊かさも特筆すべきもので、吹奏楽の醍醐味を存分に味わえる作品でもあります。全曲の演奏時間は約12分です。

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  2022/12/03   animato

フルート四重奏曲 第1番 ニ長調 K.285木管伴奏

フルート四重奏曲 第1番 ニ長調 K.285木管伴奏
アレグロ ニ長調 4/4 ソナタ形式
Allegro from Flute Quartet in D major K.285
Wolfgang Amadeus Mozart

編成はFl.、Ob.、Cl.、Bsn.です。
サックス版、クラリネット版は発売中です。

モーツァルトの明快な作品を、ぜひお楽しみください。

フルート四重奏曲 第1番 ニ長調 K.285木管伴奏
アレグロ ニ長調 4/4 ソナタ形式
Allegro from Flute Quartet in D major K.285
Wolfgang Amadeus Mozart

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第1楽章 アレグロ ニ長調 4/4拍子 ソナタ形式 フルートが輝かしく縦横無尽に活躍します。
第1楽章については、以下のようなことが言えます。
・(明快に聞こえることに比べると)主題構成が非常に凝っていること
・目立たぬ中に「1小節単位の短いカノン」や「半音進行」の技術を織り込んでいること
・フルートの主旋律に対するエコー(とくにヴァイオリンとヴィオラ)が登場のたび変形されていること
・聞き飽きてしまうような「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のような、教科書的なソナタ形式ではないこと

1777年9月23日、モーツァルトは母と二人で就職活動のためザルツブルクを出発。 10月30日、マンハイムに到着し、そこに4ヶ月半滞在しました。
選帝侯カール・テオドールは文化活動を奨励し、ドイツにおける文化全般の中心地を作り上げていました。
モーツァルトはマンハイム楽派の音楽に接し、歌手のアントン・ラーフ(63歳)、フルート奏者ヨハン・バプティスト・ヴェンドリング(54歳)、
オーボエ奏者フリードリヒ・ラム(33歳)などと親しくなり、さらにまたアロイジア・ウェーバー(17歳)に恋するようになりました。

1777年12月10日、モーツァルトは滞在先のマンハイムから故郷ザルツブルクに残る夫レオポルトに手紙を送っています。 
彼は当地で知り合ったフルート奏者ヴェンドリングの提案に飛びついていました。

例のインドの人(これは自分の財産で暮らしているオランダ人で、すべての学問を愛好し、ぼくの大の友人であり、崇拝者である人ですが)、
この人はとても貴重な人物です。 あなたがこの人のために、フルートのための小さな、やさしい、短い協奏曲を3曲と、四重奏を2、3曲作曲して下さったら、
200フローリン差し上げると言います。 カンナビヒも、気前のいいお弟子を少なくとも二人はお世話します。
あなたはここでピアノとヴァイオリンの二重奏をいくつか作曲し、予約を取って印刷させる。 食事は昼も夜も私のうちでお取りになる。
あなたご自身の宿は財政顧問官のところにする。 すべてあなたは無料ですみます。 お母さんについては、あなたがこれらの事をすっかりお家の方へ書いてやるまで、
2ケ月ぐらいの予定で安いお宿をわれわれが見つけてあげよう。 そのあと、お母さんがお家へ帰り、われわれはパリへ行く。
[手紙(上)] pp.102-103

そのとき57歳の母マリア・アンナは心細い気持ちで、凍えるような寒さに震えていました。
私があの子自身を私から離したくはないのはおわかりいただけるでしょうし、私もひとりぼっちで家に戻る旅をしなければいけないのですが、
こんなに遠い道は私も嫌いなのです。 でも、どうしたらよいのでしょう。 パリまでのとても長い道のりを旅するなんて、
私の年では辛いことですし、それにお金もかかりすぎます。
[書簡全集 III] p.344

と寂しい心境を伝えています。 しかしレオポルトには息子の成功が優先課題であり、そのためには自分も、妻も、
そして娘ナンネルも犠牲を払うのは仕方ないと考えていました。 息子が成功した暁には家族みんなが息子の世話になれるからです。
やがて息子はその期待に重荷を感じるようになり、反発して離れてゆくことになるのですが、もちろんそんな結末になるとはこのときの
父レオポルトにはまったく思いも寄らぬことでした。 彼は妻に寒さ対策を指示し、切手代の節約法を指南するのでした。
一方、21歳の息子に対しては、旅の目的を忘れてぐずぐずしていることを一つ一つ取り上げて説明し、他人の提案に耳を傾けるよりも
自分からの手紙をよく読んで、何をなすべきか考えるよう厳しく伝えています。
ドゥジャン(Ferdinand Nikolaus Dionisius Dejean, 1731 - 97)はボンに生まれ、東インド会社に長く勤めました。
また医師でもありました。 裕福でヨーロッパ各地を気ままに旅行し、ちょうどこの頃マンハイムに滞在していました。
音楽愛好家で、フルートが上手でした。 彼の依頼で、モーツァルトは2つのフルート協奏曲(K.313, K.314)と、
3つのフルート四重奏曲(K.285, K.285a, K.285b)を書くことになります。 
その5曲のうち、フルート四重奏曲ニ長調 K.285 は最初の作品です。 これら3つのフルート四重奏曲について、アインシュタインはモーツァルトが
「全く気乗りがせず、高度の飛翔をしなければならぬとは感じていなかった」と言っています。 
ただし最初のニ長調 K.285 だけは完全な価値を持っているとも言っています。 

それは長さの上からも完全である。すなわち他の2曲が2楽章で満足しているのに、それは3楽章を持っている。
またもちろん、それは様式と内容の点からも完全な価値を持っている。 この曲はいくぶんコンチェルタントで、フルートが際立っているが、
必ずしもヴァイオリンに、ヴィオラにすらも、発言を禁じているわけではない。
またそれは、きわめて甘美に憂鬱なロ短調のアダージョを持っているが、これはおそらく、グルックの『オルフェオ』における楽園の場面への
前奏曲を除けば、かつてフルートのために書かれた最も美しい伴奏つき独奏曲であろう。
そしてロンド自身もきわめて優美な晴れやかさを持った作品で、旋律的な感覚と響きの魅力に満ちている。
[アインシュタイン] pp.249-250

この曲はフランス風の優美さとモーツァルト一流の憂愁を帯び、瑞々しい感性に溢れていて、アンリ・ゲオンが第1楽章を
「走る悲しさ tristesse allante」と評したことも有名です。 なお、第2、3楽章は休みなく演奏されます。
1777年12月18日の手紙では「本物の博愛家であるインド人ことオランダ人のための四重奏曲を1曲もうじき仕上げます」とあり、
そして自筆譜には「マンハイム、1777年12月25日」と書かれていることで、この曲の成立ははっきりしています。
しかし、この曲を含む5曲に対してドゥジャンが支払ったのは「約束の半分以下の96フローリンだった」(1778年2月14日)とモーツァルトは父に伝えています。
レオポルトには既にお見通しだったようで、「もしヴェンドリングさんがお前をからかい、
おまけにドゥジャンさんが約束を守らなかったらどうするのだ」(1778年2月12日)と叱りつけ、早くパリへ旅立つことを命じていました。
モーツァルトはその地で仕事にありつけることを願っていましたが、夢がかなわず翌年3月、母と遠くパリへと旅立つことになります。 
希望に燃えていた青年モーツァルトでしたが、よく知られているように、就職に失敗し、失恋し、母を失い、
負け犬となって否応なしに父親のもとに戻る(1779年1月)ことになります。

フルート協奏曲を3曲完成できず、約束の 200フローリンをもらえなかったのは、自分が今いるところは作曲できる環境ではないことと、
フルートという「我慢できない楽器」のための作曲には気が乗らないからだとモーツァルトは父に説明しています。 
ただしモーツァルトの主張を100パーセント信じることができるかどうかは疑問です。 
もしかしたらドゥジャンの注文は最初からそれほど多くなく、96フローリンに見合う程度だったかもしれません。
この頃のモーツァルトは自分が当地でもてはやされていることを誇張して父に伝えようとし、また、様々なことで父から叱責されるのを回避するために、
その矛先を他人に向けさせて、自分は父から同情を買おうとしていたフシが見られるからです。
そして息子の性格をよく知るレオポルトは半信半疑で息子からの報告を受け取っていたのです。 
したがってモーツァルトが書いた「フルートという我慢できない楽器」という表現は話半分で聞くべきでしょう。
でなければ、このフルート四重奏曲 K.285 ような古今東西の名曲が生まれるはずがありません。
レオポルトは息子から「(あなたも)御存知の通り、(ぼくには)がまんできない楽器」とまるで共犯者のように仕立て上げられたことにはいっさい答えず、
次のように問い詰めています。

1778年2月23日
それじゃおまえは200フローリンの代わりに92フローリンしかもらわなかったのかね? で、なぜなのだ? 
おまえが彼に協奏曲を2曲と四重奏曲を3曲しか書き上げなかったからです。 彼がおまえに半額しか金を払ってくれないとすると、
おまえは何曲彼のために書くはずだったのです? なぜおまえは、彼のために小さなやさしい小協奏曲を3曲と、
四重奏曲を一対だけ作らなくちゃいかんと、この私に嘘を書いているのだ。 なぜおまえは私の言うことをきかなかったのです?
[書簡全集 III] p.545

父にすべてを見透かされていることを悟った21歳のモーツァルトはぐうの音も出ませんでした。

1778年2月28日
これまでの手紙で、例の件がどうなっているのか、どういう考えだったのか、すっかりおわかりになったと思います。
とだけ書くのがやっとでした。
ぼくの本意は、早くぼくらが一緒になって、仕合わせになれるよう努力することにあったし、現在もそうだし、これからも常にそうでしょう。
(中略)
ぼくには信頼のおける3人の友人がいます。 しかもそれらは力強い、けっして克服されることのない友人たちです。 
つまり、神と、あなたの頭脳と、ぼくの頭脳です。

さまざまな事情があったにせよ、それにもかかわらず洗練された名曲が生まれたことで、注文主に(たとえその価値が到底理解できなかったとしても)
感謝したいほどです。 それはドゥジャンやヴェンドリングの腕前が良かったせいか、それともアロイジアへの恋心からかもしれません。
モーツァルト母子は3月14日、パリに向けて旅立ちます。 そして比類ない傑作「フルートとハープのための協奏曲ハ長調」(K.299)が生まれることになります。
モーツァルトがフルートという楽器を嫌っていたという通説は(父レオポルトが無視したように)まともに受け取らず、
モーツァルト一流の冗談として受け流すべきでしょう。
余談ですが、ドゥジャンについて、モーツァルトは De Jean あるいは Dechamps と書いていて、その人物はオランダ人で音楽愛好家の
デジョン Willem van Dejon であると考えられていたこともあります。 
しかし現在は上記の Ferdinand Nikolaus Dionisius Dejean であるとされています。 
さらに Dejean はのちにウィーンへ移住し、そこでもまたモーツァルトとの交流があったといいます。

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  2022/12/02   animato